無能勇者、聖剣を担う
閉鎖された空間を、輝く赫雷が埋め尽くす。数多を照らす光の束であっても、空間を閉鎖する魔法を切り裂くには値しなかった。赤い雷の中心である俺は、荒い息を吐きながら、自分の激情を維持していた。
「はぁ、はぁ」
肩で息をしている、体力が底を尽きかけている。ここで俺が気を失ってしまえば、俺は何をされるか分からない。外にいるアルカも心配だ、この城から脱出するためには、彼の力が必要だというのに……!
(クソっ! 素手に魔力を込めても分散しちまう! 一点集中、俺にも剣があれば!)
あの宝物庫の中から、数本かっぱらうべきだったと舌打ちした。とにかく剣が必要だ、手段が必要なのだ。どうにかしてここから抜け出さなくては、そうでなければ……世界は今度こそ終わる! 勇者という希望の象徴が、これ以上失墜してはいけない! 俺の愚行なんかで、これ以上泥を塗ってたまるか!
(諦めるな、諦めるな……!)
魔力を、絞り出す。それが命を削る行為だと俺は知っている、それでも俺は怒るのを止めない、生きることを諦めようとしない。誰も居ない状況で、俺を救えるのは俺だけなのだ。アーサー達が居なくなったこの世界で、この世界を救えるのは俺だけなのだ。
「うぉぉおあああぁあぁぁっぁああああああ!!!!!!!!!」
それは、今自分ができる最大の一撃だった。怒りは全て赤い雷と変換され、魔力は身体強化に回される……あのベルグエルにさえ通じたこの一撃に、俺は全てを注ぎ込んだ!
光が通路を埋め尽くす、閉じられた空間の中が、まばゆい光によって蹂躙されていく。空間に亀裂が入り、遂には小さな穴が開いた。
(気を抜くな、続けろ! こんなんじゃ頭一個分すら入らない。もっと強く、もっと強い怒りを注ぎ込め!)
「く、そ、ったれぇええええええええええええええ!!!!!」
光が赤く変貌する、出力に踏ん張る事すら危うくなってきたが、そんな事はどうでもいい! 続けろ、砕けろ、貫け! 赫雷を纏った拳は、一本の槍の如く空間を貫いた!
(押し広げる!)
空間の端と端を掴み、そのまま力任せに体をねじ込む。頭が入った、今度は肩……ああ、駄目だ、空間が閉じていく! 開け、開け……! ――祈りは虚しく、俺は再び壁に叩きつけられた。
「――かはっ」
吐血、どうやら体の内側が傷ついたらしい。猛烈な痛みが、背中から体全体にじんわりと伝わってくる。いい加減に俺の心の中にも、卑屈で後ろ向きな言葉が沸き上がって来た。俺はそれがすごく悔しくて、本心ではまだ立ちたいのに、体がもう立てないと弱音を吐いている。――またもや、俺は俺自身の怠惰に牙を剥かれた。
(クソッタレ、クソッタレ! こんなところで終わるのか? 誤解も解けずに、魔王の顔も名前すら知らないまま? いやだ、そんなの、絶対に嫌だ!)
指先が動く、手が動く、腕が動く。上半身を起こし、次は立とうと地面を踏みしめる。それでも立てずに倒れる。這いずって、這いずって、俺は再び空間に攻撃を始める。意識が朦朧としているため怒りが練れず、静電気のようにか弱い赫雷が、指先を飛び回っている。
「あきらめ、られるか……」
最後の最後まで、俺は勇者であることを誓った。だったら命全てを使い切るぐらいは、こなして見せなければいけない。だから俺は怒る、怒りを武器に、貧弱な体に鞭を打つ。――しかし現実は非道であり、道理に敵っている。根性や気合でどうにかできるのは、どうやらここまでの様だ。
「……」
思考すらままならない空っぽの思考の中で、俺は夢幻を見た。それは星だった、空を駆け、こちらに向かって落ちてくる流れ星。……本当に、頭がおかしくなってしまったらしい。室内、しかも魔法で閉じ込められた空間内なのに、外にあるはずの星が見えるはずがない。
「……ははっ」
薄く笑って見せた、自分の事を、これまで何もしてこなかった無能の全てを。だがまぁ、皆勤賞ぐらいは貰えるだろう。ここまでやったんだ、アーサーだって苦笑いぐらいしてくれるはずだ。イグニスさんには申し訳ないけど、ぺパスイトスさんの夢は叶えられないけど、それでもまぁ、しょうがないって、笑ってくれるだろう。
「……嘘つけ、馬鹿野郎」
星に、手を伸ばす。誰が諦めようが、誰が仕方のない事だと諦めたとしても、俺はそうじゃない! 俺は諦めない、俺は仕方のない事だと思いたくない! 俺はアーサーの跡を継いだ勇者ガドだ! 不格好でも、弱くても、俺は俺を信じて託してくれた人に報いなければいけない!
落ちて来い、星! 必死に手を伸ばして、掴もうとする。それが何を意味するかなんて知らない、でも俺はまだ諦めない! 俺の妄想、万が一にも在り得ないその可能性が、あの星なのだとしたら……俺は、いくらでも縋ってやる!
来い。
来い。
……来い!
「落ちてこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいい!」
――咆哮に応えるかのように、その星はより一層輝く。
直後其れは、まばゆい光を放ちながら迫って来た。俺は回避も何も考えず、それにただ手を伸ばし続け……掴んだ。
白柄に黄金の装飾が施され、中心に赤い宝玉を据えた美しき流星。掴むとずっしりと重いそれには、しっかりとした意思が込められているように思える。握ると何故かは知らないが、妙に力が湧いてくる。
俺が掴んだのは、美しき剣。抜いた刀身には、俺の名前が彫られている。――『ガドの剣』、安直でシンプルな、この剣の名前と共に。




