無能勇者、不撓不屈の抵抗
何処までも続く通路を走り続ける。走っても走っても終わりは見えてこない、それどころかむしろ、俺たちは迷っているのだろう。この城には何かある、そうでなければ……目印であるあの赤い残滓が、何度も見える訳が無いのだ。
「アルカ! さっきから俺たち、同じ所をぐるぐる回ってる!」
「みたいだな、おかげで追手も来ないが、このままじゃ何時まで経っても外に出られない!」
走ることをやめ、俺とアルカは互いに背中を預けた。人間性はクソだが、実力だけならば信用に値する。いつ何が来ても、この男であれば安心できる。……人間性はクソだが。
「間違いねぇ、この魔法はウィノパルスだ! あの野郎、腹いせに魔王城全体に大魔法を掛けやがった!」
「破ることは出来ないのか⁉」
「やるにはやってみるが、なにぶん俺も年を喰った! お前もありったけ叩き込め!」
腰に背負った剣を引き抜き、アルカは構えた。溢れ出る赫雷の量と質は桁違い、周囲の流れを歪ませるほどの魔力が、全てこの男の握る剣に浸透していく。剣は赤く染まり、いいや赤熱して輝く! その輝きは聖剣にも見劣りせず、思わず俺は余波に対して身構えた。
「行くぞ勇者! これが俺の、『憤雷の一族』の長が放つ、最強最高の一撃だァァッ!」
振るわれる一撃、歪む空間。収束する魔力と空気は渦を巻き、振るわれる刀身に翻弄されてぐらりと揺れる。それは見えない何かにぶち当たり、そのまま大きな亀裂を生む……それはまるで空間の裂け目。魔法によって狂わされた空間に赤い雷が突き刺さり、たった今空虚が生まれたのである。
「――飛び込め!」
そう言ってアルカは、裂けた亀裂に飛び込んで消えて行った。俺は一撃に魅入られていて動作が一瞬遅れてしまった。――時すでに遅し。まるで傷口が塞がるかのように、アルカが開いた空間の穴は、消えてしまった。
「ッ……!?」
こじ開けるように、空間に残った僅かな穴に手を突っ込む。怒りを練り上げた赫雷を放ち、少しでもその穴を大きくしようと藻掻き、藻掻き。怒って、怒って……こんなところで死んでたまるかと、渾身の力を腕に込めた。
だが、根性でどうにかなるほど俺の非力は軽くなかった。空間が無理矢理繋ぎ止められ、その瞬間俺は遠くへ吹き飛ばされた。壁に叩きつけられた俺は、空間が元に戻ったことをこの目で確認した。
(クソっ……こんなところで、こんなところで!)
よろめく体、弱音ばかりの頭の中、痛みを発する体全体……それら全てを黙らせ、俺は再び怒りを放った。轟き、爆ぜ、空間に多少の揺らぎはあるものの、かけられた魔法全てを焼き尽くすほどの威力と持続力は持ち合わせていない。――それでも。
「俺が諦めたら、誰が希望を示すんだよ! 諦めるな、諦めるな! ……諦めんじゃねぇええええええ!」
責任感と、死にたくないという渇望が己を震わせる。怒りに混じるその感情は、赫い雷の威力と鋭さを、確実に鈍らせていた。――しかし俺は諦めない。自らに対する怒りが、世界を蹂躙する魔物たちへの怒りが、それを赦す訳が無かったからである。




