無能勇者、己に鞭を打つ
力強く光るそれは、真っ赤な珊瑚のように思えた。自分の腕、肩、少し脱いで見れば体の至る所に広がっている……水たまりに映る自分の表情にも、赤い筋が写り込んでいる。
何故、俺は死んでいない?
握れすらしないはずの聖剣を使い、自滅覚悟でドラゴン共を消し炭にした。俺の両腕ぐらいは黒焦げが何かになってしまっていて、今頃俺は死んでいる……はずなのだ、なのに。
「なんなんだよ、一体……」
徐々に薄らいでいく赤い筋は、やがて俺の肌の上から光を失い、消えた。傷とかではない、もっとこう……血管が浮かび上がったような高揚感が、自分にはあった気がする。
俺にはさっぱり、何もかも分からないが、一つだけわかることがあった。
「……助かった」
ただ、その事実が嬉しかった。イグニスさんも、おまけに自分まで五体満足で生きている。さっきボロボロにされたはずの体も、何故かキレイに元通り……なんだか、順調すぎるぐらい順調だった。
しかし俺は、俺自身のやるべきことを見失うほど愚かではない。ここまで逃げずに、曲がりなりにもやってきた。……だったら最後まで、勇者でいてやろうじゃないか。
残り少ない魔力を絞り上げ、俺は気絶したイグニスさんに魔法をかけた。すると彼女の体はよろよろと宙に浮き、瞬きした頃には消えていた。
彼女には申し訳ないが、俺が最後に泊まった宿に行ってもらった。これから先の戦いに、これ以上彼女を巻き込むべきではない。
ふらふらと目眩のする体に、鞭を打つ。
「……ベルグエル」
倒すべき敵、勝てるはずもない相手の名前を、呼んでみた。




