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メンタルくそつよ大学生のめっちゃ楽しい死に戻り  作者: 佐藤悪糖
夕焼優希の日記帳① 夏の夕暮れと秋の始まり
7/28

現象考察

 事故についての事情聴取を受けた後、私と日向は警察署内のロビーで落ち合った。


 特に誘ったわけではなく、自然と私たちは顔を合わせた。出会って数日の仲ではあるが、共にこの奇妙な現象に巻き込まれた同士なのだ。流血が結ぶ縁は絆よりも濃い。素行不良な私たちは事情聴取の愚痴でひとしきり盛り上がった後、思い出したように互いの安否を確認した。

 私は全身あちこちをぶつけて包帯まみれになっていたが、命に別状はない。日向の方はまったくの無傷である。彼女は今更になって私の怪我を気にしていたが、そうは言っても、今私が生きているのはこの女の美脚のおかげである。素直にお礼を言うと、居心地悪そうにしていた日向はより一層落ち着きがなくなった。


「まあ、その、蹴り飛ばしたあたしが言うのもあれだけどさ。顔に傷がなくてよかったよ」


 顔なんて。別に、どうだってよかった。

 私たちは思い出したように情報共有をした。結局、ダンプカーの後に事故が起きることは無かった。ひょっとしたら私の息の根を止めるまで事故が起こり続けるのかもと考えていたが、そういうわけではないらしい。


 しかし、万事丸く収まったわけではなかった。昨日の事故では一人犠牲者が出ていた。ダンプカーの運転手だ。

 私たちは生き延びて、代わりに彼が死ぬことになった。それについて日向が何かに気づいた様子は無い。しかし私は、気がついてしまっていた。


 私は言った。幸福には総量がある。


「あ? なんだそりゃ」


 この不思議体験を仕掛けたであろう女の言葉だ。この言葉を解釈すれば、今回の一件を説明できる。


 昨日も指摘した通り、この事故には不可解な点がある。一体誰がこれを引き起こしたのかという点だ。いや、誰というのはおかしい。強いて言うならば現象だ。人の意思ではなく、現象としてこういうことが起きている。そう仮定しよう。


 現象に動機は無いが、目的はある。なぜならば現象は無作為なものではないからだ。三度目の事故の時、私たちは廃ビルから離れていたにも関わらず、ダンプカーは正確に私めがけて突っ込んできたことが証左になる。ならばその目的とは何か。それが現象を読み解くキーポイントとなる。


「ちょっと待て。急に難しい話するんじゃねえ、理系かよ」


 理系だよ文句あっか。

 三度目の事故では大きな変化が二つあった。一つは私が死ななかったこと。もう一つは、私が死ななかったのに現象が終わったこと。一度目と二度目の事故では私の死という結末があったが、三度目の私は無事に生き延びている。


 だとすると、ここに疑問が生じる。一体なぜ現象は終わったのか。


 台風や洪水と言った災害とて、何も予測不可能な形で突発的に起きるものではない。ある一定の条件を満たしたからこそ災害は発生し、条件を満たさなくなれば災害は消滅する。同じ原理をこの現象に当てはめれば、こう考えられる。現象は目的を果たすために発生し、目的を果たしたからこそ終了したのだと。


「理系の話は回りくどくて分かりづらい」


 ほっとけ。ここまでの話を日向が飲み込むまで、私は繰り返し説明した。

 つまり、この現象の目的は何なのかが問題だ。ダンプカーが私めがけて突っ込んできた時、それは私の命だと考えた。しかし私は生き残り、代わりに他の人間が命を落としたことで現象は終わった。それが意味することは何か。現象は確かに私を標的にしているのかもしれない。しかし、死ぬのは誰でも良かったのではないかと言うことだ。


「それってつまり、あの車に乗ってたおっさんはあたしらの代わりに死んだってことかよ」


 そうだ。そして、それだけではない。状況を整理してみると、もう少し具体的な結論が見えてくる。

 最初の一回目。足を失った私は苦しんだ末に死を選び、日向は重傷を負った。二回目の私たちは轢かれて即死した。そして三回目。私たちは生き延びて、ダンプカーの運転手が死んだ。

 犠牲者の数は直接的な要素では無いのかもしれない。ならば、現象の目的とは何だろうか。もう一つ憶測を重ねよう。サンタクロースは、幸福には総量があると言っていた。もしもこの言葉が関係しているのならば。

 現象の目的とは、幸福の総量を調整することではないか?


 ひとしきり説明した後、日向は黙りこくってしまった。頭の中で必死に情報を咀嚼する様子は見て取れた。そして理解が進むほどに、彼女の表情はどんどん深刻なものとなった。

 頃合いを見て、私は言葉を重ねた。これはあくまでも憶測だ。しかし、無視できない仮説がある。


「おい、やめろ。それ以上言うな!」


 現象は私を殺すために発生して、私は自分の不幸を誰かに押し付けることで生き延びた。

 日向もそれに巻き込まれた一人だ。あの日たまたま、私の近くにいたからこんな目に遭った。だからもう君は私に関わるな。そう締めくくって私は席を立った。


「なんでだよ。なんで、そうなるんだよ……」


 シンプルな答えだ。

 君には関係ないからだ。



 *****



「関係なら、ある」


 翌日の夕暮れ。出会い頭に日向は言った。

 食ってかからんばかりの剣幕だった。彼女は怒っていた。夕日に照らされた金糸は灼光をはらみ、彼女の瞳はそれ以上に熱く燃え上がっていた。

 私はもう二度と日向と会うつもりはなかった。だから事故現場にはいかなかったし、そもそも駅向こうに近寄りすらしなかった。しかし彼女は一日足らずで私を見つけ出し、逃しはしないとばかりに肩を掴んだ。


「関係ないわけねえだろ。覚えてるじゃねえか。何もかも。あたしだけが」


 一理はあった。

 余人は失う巻き戻り前の記憶を、この女だけは保持している。その一点だけでも日向が無関係とは言えないのかもしれない。

 しかし、主体的に私に関わる必要は無いはずだ。もし再び私が死ぬことがあれば、私は自分が生き残るために周囲に自分の不幸を撒き散らすかもしれない。その時近くにいれば、日向が巻き込まれる可能性は高くなる。


「巻き込めよ」


 この女は、微塵たりとも迷わなかった。


「友達だろ」


 思わず、言葉に詰まった。

 考えたことのない言葉だった。友達なのか、私は。この女と。出会って数日の仲で。そもそも友達ってなんだ。何をすれば友達で、何をしなければ友達ではなくなる。私と交友関係を築くことで彼女に何のメリットがある。一体何が目的だ。それらを逡巡している間に、日向は畳み掛けた。


「ずっと黙ってたが、あたしはお前のこと知ってたんだよ。同じ高校だってこともな。だからあたしは一回目の時、お前が近づいてくるのを見て一歩後ずさったんだ。そのおかげであたしは生き延びて、お前は足を失った」


 それがどうした。言い返すと、日向は私の襟首を締め上げた。


「曲がりなりにもお前はあたしを助けた。だからあたしは、お前を助けるために廃ビルまで走った。文句は言わせねえよ。これが、あたしのやり方だ」


 だったらこれで貸し借りは無しのはずだ。そう抗議したが、彼女にそんな理屈は通じなかった。


「ごちゃごちゃうるせえ奴だな。あたしはな、このクソみてーな現実を一人で生きるのに飽きたんだよ。不幸だろうとなんだろうと巻き込めよ。それよりクソなことは百でも千でも知ってんだ」


 そう言われて、今更ながらに気がついた。生きるのか、私は。この世界でもう一度。

 それは、確かに、日向の言う通り。

 一人でやっていくのが厳しいことは、私もよくよく知っていた。



 *****



 かくして私は友人契約を締結する羽目に遭ったのだ。

 そうは言っても、私たちを結びつける縁は結局のところ流血だ。現象を乗り越えて、取り戻した平穏な日々で彼女との接点などそうそう生まれるはずもない。私はそう思っていたのだが、日向は違った。

 ある日彼女は脅迫的に私を誘った。学校に行かないかと。


「お前となら、あのクソみたいな牢獄も悪くはなさそうだ」


 私は嫌だ。抗議はした。私の努力は当然のように実を結ばなかった。そんなわけで、久しぶりに校庭の土を踏むことになったのだ。

 私は人間をやる気がある時だけ登校するようにしているが、日向はそもそも学校には行かないことにしていた。日向向日葵、今年度初の登校ということで、彼女の注目度は中々に高かった。


「ったく、今日だけで何回呼び出すんだよ。やってられっか」


 繰り返される生徒指導室への呼び出しを無視して、日向は休み時間中ずっと私の席に入り浸っていた。

 不良少女二人組。めちゃくちゃに目立っていた。彼女は強いかもしれないが、そんなに強くない夕焼優希としては心休まらない状況である。私はついに耐えかねて、日向の手を取り特別教室棟の社会科教室に逃げ込んだ。


「お前、こんな人気のない場所に連れ込んで何するつもりだよ。まだ昼間だぞ」


 何もするつもりねえよ何考えてんだ馬鹿かお前。

 日向と友人契約を結んだ以上、これからは学校でこういったイベントをこなさなければならないのか。そう思うと大変に憂鬱だ。可能な限り息を潜めて生きていたい私には大変に不都合である。人の噂も七十五日と言うが、早く落ち着いてくれないものだろうか。


「なんかこういうの、楽しくねえか?」


 君は楽しそうでいいよね。そう言うと、お前だって楽しそうじゃねえかと帰ってきた。

 否定はしなかった。

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