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メンタルくそつよ大学生のめっちゃ楽しい死に戻り  作者: 佐藤悪糖
夕焼優希の日記帳① 夏の夕暮れと秋の始まり
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もう一つのタイムリープ

 再びこの日記を書く機会があるとは、私自身想像だにしなかった。


 本当に。まったく。これっぽっちも考えていなかった。というかぶっちゃけ死ぬ気だった。あえて直接的な表現は避けてきたが、もういいや書いちゃおう。何を隠そう、夕焼優希ちゃんは死ぬ気がマンマンだったのだ。

 それがどうしてこうなったのか。というかこの現状は一体何なのか。すべてを説明できる気はしないが、起きたことを順番に記していこう。


 まず、私は自宅の階段下で目が覚めた。病院ではない。狭くて暗くて薄汚れたいつもの寝床だ。寝起きの頭はすぐには違和感を捉えなかったが、両膝の下に切り落とされたはずの足が生え揃っていることに気がつくと、思わず声が出そうになった。


 音を立てずに制服に着替え、逃げるように家から出た。いつも以上に胸が高なっていた。家から出てすぐの路地裏で丹念に体を確認したが、何度確認しても体のどこにも異常は無い。私が経験したここ数日の病院生活は夢物語だったのか。そんなことも考えたが、この日記には記憶通りの出来事が克明に記されていた。


 それ以外にも違和感があった。一つ一つは些細なものだ。路上に出されたゴミ袋、空を流れる雲模様、早朝ランニングに勤しむ誰かの足音、淀んだ空気の湿り具合。それらのものに、どこか覚えがあったのだ。幾ばくかの混乱があったが、それが意味することは大胆な閃きとして算出された。


 時が戻っている。


 急いで家から出たせいで、あいにく日付を確認するものを持ち合わせていなかった。もう家の人たちが起きている頃だろうし、あの家には戻りたくない。ならばどうするか。代替案はすぐに思いついた。


 裏路地を抜けて古く寂れた通りを歩いた。この街では駅向こうと呼ばれる場所だ。街の再開発から取り残され、人足が途絶えて久しい灰色の街区。ここに漂う重苦しい諦観は、私にとっては居心地の良いものだった。そんな駅向こうの一区には、このあたりのホームレスが根城にする巨大な廃ビルがある。そしてこの場所は、私が足を失った事故現場でもあった。

 廃ビルを見上げて、私は自分の閃きが正しかったことを悟った。

 崩落したはずの外壁が剥がれ落ちていなかったのだ。


 その時、通りの向こうから走り寄る人影があった。随分と目立つ人だった。制服の上に着込んだスタジャンをはためかせ、腰まで届く金糸の髪を振り乱しながら、彼女は懸命に走っていた。廃ビルの前で立ち止まった女は、肩で息をしながら私と相まみえた。

 女は叫んだ。


「おい、危ねえぞ! すぐに離れろ!」


 切羽詰まった全力の警告。私はその意味を理解し損ねて、立ち尽くしたまま彼女を見た。廃ビルを挟んで向き合う私たちの目の前で、果たして外壁は崩落した。瓦礫が巻き上げた砂埃を風がさらった後、私は女に近づいた。

 君も、知っていたのか。そう聞くと彼女は目を見開いた。


「お前、それってどういう意味だ」


 返事はしなかった。

 それよりも先に、突っ込んできたダンプカーに轢かれて死んだからだ。



 *****



 なんてことがあった一日だったなー、と思い出しながらこれを書いている。

 二度目の死を迎えた後、私は当然のように階段下で目を覚ました。今度は別に驚かなかった。一度経験したことでそう何度も驚くような私ではない。優雅に寝床を後にして、シャム猫のような足取りで廃ビルを訪れた。昨日よりも三十分ほど早い時間。少し遅れて、女は走ってやってきた。


「まさか、お前も覚えてるのか?」


 ダンプカー。短く答えると、彼女は綺麗な舌打ちを響かせた。

 廃ビルから離れたところで、私たちは話をした。彼女の名前は日向向日葵。奇遇にも、私と同じ高校の生徒だった。


「つっても、学校なんてほとんど行ってねえけどな」


 見た目通りの悪い子だ。不真面目さにかけては私も人のことは言えない。私もだと答えると、日向はからりと笑った。

 以前、日向は廃ビルの崩落事故に巻き込まれたと言う。彼女は重傷を負ったが命に別状は無かったらしい。そして今朝時間の巻き戻りに気がついたので、事故現場の確認に訪れたのだと。今のところ、私たち以外に巻き戻りを認識している人はいなさそうだった。


「でもよ。一回目の時はダンプカーの暴走なんて無かったじゃねえか」


 そうなのだ。崩落事故を避けた結果、一度目では起きなかった事故で私たちは死んだ。奇妙な話だがそういうことになる。

 物事には理由がある。起こらなかったことが起きたのには、何か必ず裏がある。すっかり体に染み付いた何事も疑ってかかる癖が、私の口からそんな言葉を吐き出した。


「つまり、これは単なる事故じゃないって言いたいのか」


 その可能性がある。しかし、だからと言って誰かが私たちを殺そうとしたと考えるのは早計だ。

 ビルの崩落なんて簡単に起こせるものではない。何かしらの仕込みがあったにしても、一度目に私がここを訪れたのは単なる偶然なのだから。


「あたしだってそうだよ。ここにはたまたま気が向いて来ただけだ」


 だとしたら、あの崩落はやはり事故だったと考えるのが順当だ。よしんば想像もつかない深謀遠慮の策があったとして、そんな慎重な輩がダンプカーを突っ込ませるような強引極まりないセカンド・プランを採用するだろうか。それにそもそも、私たちを殺して一体何になる。この説には考えにくい点がありすぎた。


「じゃあ、これは一体なんだって言うんだよ」


 分からない。今のところ、とてつもなく不運な事故だったと考えるのが精一杯だ。しかし……。そう考える最中、私の脳裏に一つの言葉がよぎった。


 ――幸福には、総量がある。


 サンタクロースの言葉だ。あの日、病院の屋上で、彼女は確かにそう言った。


「おい。シンキングタイムはその辺にしとけ」


 ビルの外壁が崩れ始める。私たちは離れたところからそれを見ていた。瓦礫が散乱し砂埃が巻き上がる中、遠くから響き渡るエンジン音が聞こえた。

 風が吹き抜けて視界が晴れる。車重数トンの鉄塊は、まっすぐに私に向かってきていた。日向ではなく、私の方だ。不運なんてものではない。狙い過たず差し向けられた狂気の刃を、私は、ありありと感じ取った。


 この事故は、私の命を標的にしている。


 姿のない殺意に思わず足がすくんだ。動かなければ死ぬのは分かっていた。しかし、ダメなものはダメなのだ。あー、これ死んだわ。私の冷静な部分はすぐに諦めたし、私の熱血な部分は随分前にどこかに行ってしまった。


 突然、横っ腹に衝撃を受けた。吹っ飛ばされて、もんどり打ちながらアスファルトの上を転がりまわる。何が起きた。私が吹き飛ばされた直後、直前まで立っていた場所にダンプカーが突き刺さった。勢いを一切落とさずに高速で突き抜けたダンプカーは、数十メートル離れた廃屋に激突して何もかもをぐしゃぐしゃにした。

 身体中がめちゃくちゃに痛い。それでも、私は生きていた。


「ぼさっとしてんなよ。立てるか?」


 日向が手を差し伸べる。その時になって、彼女に蹴り飛ばされたのだと気がついた。

 全身傷だらけだ。これなら死んだほうがマシだった。そう漏らすと、随分と悪い笑みが帰ってきた。


「悪かったな。人を思いっきり蹴飛ばすのが好きなんだよ」


 この女、中々いい趣味してやがる。

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