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メンタルくそつよ大学生のめっちゃ楽しい死に戻り  作者: 佐藤悪糖
1章 冬が終われば春が始まる
4/28

これから俺は半裸で部屋に突入する

 扉を開き、俺はにやりと笑った。


「よう、そろそろ仲良くなれたんじゃないか?」


 黒い女はためらうことなく俺を殺した。



 *****



 扉を開き、俺は彼女を優しく抱きしめた。


「もういいんだ、こんなことしなくたって。全部わかってる。……辛かったんだよな」


 黒い女はためらうことなく俺を殺した。



 *****



 扉を開き、深刻な面持ちで俺は言った。


「聞いてほしい。実は俺、お前の生き別れの兄なんだよ!」


 黒い女はためらうことなく俺を殺した。



 *****



 扉を開き、俺は情けなく倒れ込んだ。


「やめろ……! 金なら払う! 頼む、殺さないでくれ!」


 黒い女はややためらってから俺を殺した。



 *****



 扉を開き、俺は軽い足取りで黒い女に近寄った。


「この辺かゆいんだけどさ、悪いけどかいてくれない?」


 黒い女は指差した箇所に包丁を刺し込んで俺を殺した。



 *****



 扉を開き、俺は中国武術の構えをとった。


「さて、そろそろどっちが強いか決めようじゃないか……」


 彼女は呼応するように包丁を構えた。しばし睨み合った後、俺たちは同時に動いた。俺は気迫と共に雄叫びを上げ、黒い女は包丁を振って俺を殺した。



 *****



 扉を開き、俺は人間ができる限界ギリギリの奇っ怪な動きで彼女の元へと駆け寄った。


「うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 彼女は機敏に飛び退いた。


「あびゃあああああああああああああああおんぎゃああああああああああああああああああああああ」


 黒い女はしばらく動揺していたが、俺が彼女の目の前に陣取って名状しがたき狂気の舞いを繰り出すと、いよいよもって俺を殺した。



 *****



 巻き戻った直後、俺は確信と共に頷いた。


「よし、この路線で行こう。サンタクロース! この辺にドン・キホーテはあるか! 銀色の全身タイツが必要だ!」

「お願いだからそれだけはやめてあげて」


 本気で嫌そうな顔だった。本気で嫌そうだった。本気で嫌そうにサンタは言った。


「本気で嫌なんですけど」

「お、おう」

「本気で嫌なんですけど!」

「わかった、わかったから」


 彼女は両手を固く握りしめてぷるぷると震えていた。これまででで一番明確な意思表示だった。押しに弱くてちょろいヤツの評価を獲得しつつあった彼女の、渾身の主張だった。


「もういいから諦めてよ……。無理じゃん、ただ何回も死んでるだけじゃんか。しかもなんか段々生き生きと死にだすしさあ。なんなの? 君なんなの? なんで私はこれにつきあわされてるの?」

「いや、すまん。つい楽しくなっちゃって」

「自分の命で遊ぶなばかー!」


 サンタクロースはそう言ってぷりぷり怒るのだから、俺は方針を改めざるを得なかった。

 うーむ、もう少しで仲良くなれそうなのだが。ようやく黒い女から人間らしい反応を引き出せるようになってきたのだ。やはり鍵となるのは本能に訴えることなのだろう。しかし、恐怖の路線から本能にアプローチをしかけるのは物言いが入ってしまったから……。そうだな。


「やはり、ここはエロしかないようだな」

「あんた何言ってんの?」

「いいか、次の作戦はこうだ。これから俺は半裸で部屋に突入する」

「……それで?」

「下も脱ぐ」


 グーで殴られた。

 すっかり目が据わったサンタクロースをなだめるのは大変だった。もう二度と奇行に走らないと約束するまで、彼女は怒ったり訴えたり諭したりした。もっとも頻出したワードは「親御さんが泣くよ」だったが、これくらいで泣くようなら俺の実家はとうに水没している。

 幾千の努力の果てに彼女は落ち着きを取り戻したのだが、しかしどうにも腑に落ちない。そもそも俺は一度たりとも奇行に走った覚えなどないのだ。


「わかった、もう、わかりましたから。まったくもう……。私が話をつけてきます。だから、灰原さんはもう何もしないでください」

「話って、つけられるのか?」

「そりゃあね。あの子、私の言うことならちょっとは聞くし」


 だったら最初からそうすればよかったのでは。口には出さなかった。けれど、彼女には伝わったようだ。


「折れるかもって思ったの」

「それならもう少しで折れそうだぞ。だからもっと俺に死なせろ」

「君が折れることに期待していたんだよ。何回か死んだら諦めるかなって。でも、もう、これ以上は見てられない。いろいろな意味で」

「だからってお前が折れることもないだろ」

「いいの。諦めるの、得意だから」


 サンタクロースは影のある自嘲をこぼした。長くて深い息を一つ吐き出し、扉を開いた。

 果たして黒い女はそこにいた。あいも変わらず、包丁を手にゆらゆらと揺らしながら、垂れおろした長い髪にすっかりと顔を隠していた。女はじっと俺たちを見ていた。いや、正確には俺を、だ。俺はすかさず数年前に流行ったラグビー選手のお祈りポーズを披露すると、女は包丁を俺に向けた。


「そんなもの人に向けないの。ほら、危ないでしょ。灰原さんも変なことしないって約束したよね」

「変なことじゃない。戦いの前の重要な精神統一だ」

「じゃあそれも止めて」


 サンタはてくてくと黒い女に歩み寄って、あっさりと包丁を取り上げた。黒い女の手が所在なくぷらぷらと揺れる。サンタクロースは女の頬に手を当てて、がっちりと目を合わせた。


「ふらみょん。話をしましょう」


 ふらみょんは頷いた。


「あのね、もう十分過ぎるくらい分かってると思うんだけど、君のやっていることに意味なんて無いんだ。こんなことをしたって誰も救われないし、ただ痛くて辛いのを撒き散らすだけなんだよ。君はそれでも良いのかも知れない。だけど、私は、何度だってそれを否定します」


 黒い女はサンタの手を乱暴に払い除け、包丁を奪い返した。肩を怒らせながら、軋むほどに包丁の柄を握りしめる。サンタクロースは落ち着いた様子で続けた。


「きっと私は何もかもを間違えてきた。そして今も、間違いを重ね続けている。そうだよ。私にはもう、何が正しいかなんて全然わからないんだ。だけど、これは違うってことははっきり分かる。だから……。どうすれば良いのか、もう一度、みんなで考えようよ」


 女は既にサンタクロースを見ていない。包丁の切っ先は俺の首元に向けられていた。黒い女は低く唸り声を上げ、ゆらゆらと俺との距離を詰めた。


「少なくとも。何回その人を殺しても、あの子は帰ってこないでしょ」


 女は動きを止めた。

 刃を構えたまま首だけを動かし、ねばつくような黒い瞳で俺を見る。上から、下まで。余すことなく。それは観察と呼ぶにはあまりにも感情的な、殺意と執着をぐちゃぐちゃに織り交ぜた、視線の形をした暴力だった。


「灰原さん」


 サンタクロースに促され、俺は頷いた。自分が何をするべきかよく分かっていた。こういう状況でやるべきことを、俺は十分に理解している。俺は唾を飲み込んで覚悟を決め、片膝を付いて黒い女の手を両手で包み込んだ。細く、筋張って、ガサガサに荒れた、冷たい手だった。


「なあ、あんた」


 俺は彼女の手を強く握った。今しかない。そう思った。


「結婚してくれないか」


 黒い女は俺を殺した。



 *****



「なんでそうなるの!? なんでそうなっちゃうの!? ねえ、馬鹿なの!? 馬鹿なんだよね!? ばーかばーか! あほー!」


 巻き戻った後で、サンタクロースはぷりぷりに怒っていた。

 俺たちは相変わらず部屋の中に居た。黒い女はそれぞれの手に一本ずつ包丁を握り、部屋の隅からじっと俺を見ていた。マジ顔ダブルナイフ。近づいたら殺されそうな気迫を放っているが、それはつまりいつも通りという意味である。


「おい! ばか! 聞いてるの!?」

「いやまあ、待て。落ち着けって。これには理由があるんだよ」

「やかましいわ! どんな言い訳があればあんなことができるんだ!」

「確かに。考えてみると特に理由なんて無かったわ」

「ちょっとは言い訳をしろばかー!」


 支離滅裂である。彼女は怒ったり怒ったり怒ったりした。感情表現が豊かな子だ。思い返せばいつの時もそうだった。俺の記憶にある彼女は、いつだってこんな表情をしていた。彼女と出会ってから積み重ねてきた数時間の記憶が蘇り、俺は胸の内に深い郷愁を覚えた。


「そうだな……。色々あったよな、俺たち」

「脈絡がないし何もなかったし、これからもう何も起こしたくないんだけど」

「一緒に乗り越えていこうぜ。な?」

「お願いだからもう帰ってよぉ……」


 サンタクロースはいよいよ泣き出した。この子のこういう顔がみたいから、ついついいじめたくなってしまうのだ。小学生男子だったあの頃から変わらないものもある。


「なあ。ふらみょんとやら」


 見た目にそぐわぬ名で呼ぶと、黒い女は俺を見た。


「お前らの事情ってやつは何一つわかんないけどさ。お前が俺を殺せば、なにかが良くなるのか?」


 反応は無かった。彼女は微動だにすることなく、黙って俺を見続けた。


「別に煽ってるわけじゃねえぞ。俺はお前に協力したいと思っている。そのために死ねって言うなら、十回でも百回でも付き合うぜ。な?」


 女は沈黙を守ったまま、ぺたりと一歩俺に近づいた。両手の包丁をゆったりと持ち上げ、俺の首を挟み込む。刃先が小さく揺れると、首の皮が一枚浅く傷つけられ、血管から噴き出した血が珠となってこぼれ落ちた。


「いてーんだけど。殺さないのか」


 黒い女は黙って俺を見続けた。向けられる殺意と執着が徐々に和らいでいき、しばらくの後に彼女は刃を下げた。首筋を触る。ピリとした痛みが走り、俺の手にはべったりと赤い血がついた。


「ねえ……。灰原さん。どうして君は、そんなこと、言えるんだ」


 サンタクロースは当惑を漏らす。


「いい加減にしてよ。どうして君がそこまでやる。はっきり言うけど、君は赤の他人じゃないか。そんな風に命を張る理由なんてどこにもない。ただ、黙って立ち去った方がよっぽど良い。無理をされたって困るだけだ」

「んなことねえだろ」


 そんなに分からない話をした覚えは無いのだが。薄々感じてはいたが、俺と彼女とでは考え方が根本的に違う。楽観主義と悲観主義、性善説と性悪説、崇高にして高貴なるこしあん派と低俗で下賤極まりないつぶあん派のように、物を見る目がまるで異なっていた。


「赤の他人とは言ってくれるじゃないか。互いの顔を知ってからかれこれ二時間は経ったんだぜ? もはや親友と呼んでも過言じゃないだろ」

「誰が聞いても過言だよ」

「おいおい勘弁してくれよ。俺がお前らの力になりたいって言うのは、そんなに変なことか?」

「想像を絶する変なことだよ」


 ふん、俗にまみれた物質主義者め。利益以外の言語を知らんのか。仮にもサンタクロースを名乗る存在が人の好意を信じようとしない様に、俺は隠しきれない失望を覚えた。


「あのな、よく聞け」

「なにさ」


 教えてやろう。そして平伏すが良い。世の中で最も尊き物の前に、己が無力さを知れ。


「この部屋な、近隣数キロメートルで一番安い部屋なんだ。ここを追い出されたら路頭に迷う」

「そりゃ事故物件だからね」

「憑いててお得じゃないか」

「何がだ」


 何を言おうと譲る気は無い。そもそも俺に譲る選択肢なんてものは無い。なにせ金が無いし、金が無いし、金が無いのだ。ああそうとも、絶対なる資本主義の前に人間とはかくも愚かになる。なんと言おうと、世の中ってやつは結局金が全てなのだ。



 *****



 その後もいくつかやり取りがあったが、俺たちはなし崩し的に和解した。

 黒い女はこれ以上俺を殺すことをやめた。今は部屋の隅に座り込み、じっと虚空を見続けている。正式にこの部屋の居住権を得た俺も、対角の隅に座り込んで虚空を見ている。俺とふらみょんの間に挟まれたサンタクロースは、居心地悪そうにそわそわとしていた。


「あの、これは一体どういう遊び?」

「行動を模倣することで共感性を得て、距離を縮めようと試みている」

「私との距離は毎秒単位で離れていることにお気付きですか」

「大丈夫だ。地球って丸いから」

「壮大な計画だなぁ」


 いくらかの予期せぬ出会いもあったが、かくして俺は自分の城を手に入れた。

 新しい街に、新しい生活。街での暮らしはきっと故郷では見たこともないような刺激を与えてくれる。ちょっぴり漂う血みどろな死臭も、それもまた良いスパイスになるだろう。

 なぜならば。これから始まる全ての季節は、楽しいものに違いないのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 憑いててお得って事故物件業界でも言うんだ……???
[良い点] 灰原くん馬鹿すぎて好きwww
[良い点] ギャグセンス最高すぎです。 [一言] つぶあん派の僕「・・・・・」
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