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メンタルくそつよ大学生のめっちゃ楽しい死に戻り  作者: 佐藤悪糖
3章 青くて春な馬鹿だから
18/28

きっと俺には大学生の才能がある

 日向向日葵、十七歳。あの部屋には一人で住んでいたようだった。

 そうと聞いて早速その名前を検索にかけた。案の定と言うかなんというか、それらしき情報は出てこなかった。部活などで名を残すような人物なら話は早かったのだが、そう上手くは行かないようだ。

 手がかりが見つかったのはSNSだ。流行しているいくつかのSNSで、この近辺にある高校と名前を組み合わせて検索を行った。こちらの方はすぐに結果が出た。一昨年の九月頃、二年D組の日向が自殺したのではと疑う高校生の書き込みがいくつもあったのだ。


「棗。日向本人のアカウントってありそうか?」

「今のところ無い。書き込みをしている奴らのフォロワー関係を洗ってるが、本人っぽいのは出てこんな。SNSとかやらないタイプのようだ」

「そうか……。かもしれんな」


 本人の書き込みが見つからない一方で、周囲からは散々な言われ方をしていた。経済的貧困を苦にして死んだとか、他校の生徒と喧嘩で負けて首を吊っただとか。暴力団と繋がりがあり罪を着せられて殺されただとか、実は生きていて警察から逃げるために地下に潜ったのだとか。こんなものは序の口で、アンモラルな口さがない書き込みも決して珍しくはなかった。


「人によって言ってることが全然違うじゃねえか。結局何が原因なんだよ」

「当てにするな、こんなの外野が好き勝手に言ってるだけだ。だが、本人のことをよく知る友人が全く出てこないのは気になるな」

「んー……。友達とか作らないタイプ?」

「安直だが意外と合っているかもしれん。嫌われているというか、恐れられていたようにも見える。一匹狼だった、とか」


 ノートにまとめた情報をもう一度眺める。確定したことはと言えば、彼女の名前と出身校・学級と死亡時期。残りの情報は確度に乏しく、どれも推定の域を出なかった。


「で、次はどうする。知ってそうな奴らのアカウントを特定して、直接話を聞きに行くか?」

「それも手ではあるが、愚直に聞きにいっても警戒されるだろう。個人じゃなくて、もっと立場がある相手の方が良い。そうだな……」


 少し考え込み、棗は言った。


「こいつの母校。直接行ってみるか」



 *****



 SNSの情報から割り出したクラスで調べれば、当時の担任らしき名前はすぐに出てきた。その教員は去年に転勤し、今は隣町の高校で働いていることも分かった。


「教師ってプライバシー無いんだな」

「学生だってわざとやってる自覚は無いだろうよ。一つ一つは『浅見先生の課題キツすぎ』くらいの愚痴だ。だが、その書き込みをした時期と書き込みに反応した人間のプロフィールを集めていくと、こうなっちまう」

「子どもと接する仕事は大変だ」

「そんなこと言ってますけど、私たちだってつい数ヶ月前まで高校生でしたよね?」


 月島女史の痛烈な指摘は棚に上げることにした。

 調査に進捗があってからの俺たちは迅速だった。学校に電話をかけて件の担任教師に取り次いでもらった。特に交渉に手管を弄したわけではない。単刀を直入しただけだ。


「日向向日葵さんのことについて、お伺いしたいことがあります」


 そう言うと、電話口の返事はためらいがちに帰ってきた。


「放課後に。職員室まで来てください」


 拍子抜けするくらい簡単にアポが取れた。

 そんなわけで俺たち三人は仲良く並んで電車に揺られ、隣町へと向かっていた。ちなみに運転免許は誰一人持ち合わせていなかった。貧困大学一年生などこんなものである。


「そう言えばですけど、二人とも午後の講義は大丈夫なのですか?」

「大丈夫、俺らまだ二回目だから」

「二回目? 何が?」

「サボった回数。半期あたり四回までセーフ。それ以上だと欠格になる」

「入学してまだ一月ばかりとは思えない手慣れっぷり」


 こればかりは俺自身驚きであった。大学生としての自覚が身に付いた瞬間、どのように講義をサボれば良いかが手にとるように分かったのだ。きっと俺には大学生の才能があるに違いない。大学生になるために生まれてきたと言っても過言ではなかった。

 それにな、と棗が付け加えた。


「午後の講義は必修科目だからな。多少サボったってそう問題にはならんよ」

「必修科目なら尚更出ないといけないのでは?」

「大学カリキュラムを作る側になって考えてみろよ。悪の組織の総本山たる文部科学省に命令されて必修科目を作ったは良いが、そうは言っても学生は俺たちみたいなちゃらんぽらんの馬鹿ばかりだ。ちゃんと卒業して就職させるためには、なんとかして馬鹿どもに必修科目をパスさせないといけない。となると、温情措置や救済措置なんかのバックアップ体制を敷いておかないと不安だろ?」

「なるほど。次の質問ですが、その悪知恵をもうちょっと世のため人のために使おうと考えたことはありませんか?」

「己も満たせぬ輩が他人のために施そうなど、欺瞞も甚だしいと考える」

「あー言えばこう言いますね」


 口ぶりこそ呆れていたが、彼女の口元は微笑んでいた。彼女と凄惨な出会いを果たしてからしばらく、警戒態勢もようやく緩んできたのかもしれない。俺たちは今や目的を共にする同志である。彼女のガートが緩んだ今こそ、かねてより考えていた計画を実行に移すべきだろう。


「なあ月島さん。そろそろ敬語が取れても良い頃じゃないか」


 月島はさっと口を尖らせた。


「さっきも言いましたけど、私はあなた方と仲良くしたいとは思いません。むしろあなた方、私に対して少しばかりフランクすぎやしませんか」

「バラマサって呼んでくれよ、月丸」

「俺は裕太郎で頼む。ちー助」

「家賃三千円増額で承りますよ」


 誰一人として幸せにならない提案である。きっと悪とはこういうことを言うのだろう。不覚にもこの世の不条理を垣間見てしまった気分だった。

 そんなこんなをしつつ、俺たちは高校までやってきた。校門から出てくる生徒たちも疎らに、グラウンドでは運動部が掛け声を上げて練習をしている。私服姿の大学生三人組、校門前で待つには少しばかり浮いていた。

 しばらくして俺たちは応接室に通された。応対した教諭は、決して歓迎などしていない様子で俺たちを見ていた。

 彼の名は酒井(さかい)明俊(あきとし)

 日向向日葵の、元担任だ。


「あなた方は、この学校の卒業生ですか」


 いいや、違う。俺は否定した。彼はそうですかとだけ答えた。社交辞令以上の意味は無いのだろう、大して興味も無さそうだった。


「電話でもお聞きしましたが、日向向日葵さんについてお話を聞かせてください。何か、知っていることがあれば」

「日向とはどのようなご関係でしょう」


 酒井は疲れた顔をしていた。

 予測はしていたが、どう答えたものかと悩んだ。正直に答えて信じるものなのだろうか。とてもそうは思えないが、だからと言って俺は棗のように嘘は吐けない。

 まあ良いや。失敗したら巻き戻せば良い。深く考えず、いつも通りにやることにした。


「赤の他人です。ですが、俺の部屋に日向さんの亡霊が出ます。彼女があんまり浮かない顔をするので、どうにかしてやりたいと思って調べています」

「え、ちょっと、灰原さん?」


 俺は月島を手で制す。酒井は少しだけ目を見開いた。しかし、それだけだった。


「日向は、誰かを恨んでいましたか」

「楽しそうにしてますよ。ただ、時々人を殺したがります」

「そうですか。想像がつきませんね」

「本当です。嘘ではありません」


 実際に嘘は言っていない。信じてもらえればそれで良し、信じられないのならそれまで。それくらいのつもりだった。


「疑っているわけではないですよ」


 酒井は、たいして気にもしなかった。


「と言うより、疑う意味がない。結局は同じことですから」

「はあ……。それはどういった意味ですか」

「私は日向向日葵の担任を二年間務めました。ですが、その間にあの子と会話したことは、両手で数えるほどもありません。先に断っておきますが、私と話したところであなたが望む情報は得られないでしょう」


 その時になって、俺は初めて気がついた。

 酒井は疲れた顔をしているのではない。これは諦めた顔だ。抗うことをやめて自らの運命を受け入れた顔だ。過ぎ去った何もかもに抱く後悔すらも捨ててしまった、灰色に染まりきった人間の顔だ。

 この男は、既に、日向について考えることを止めている。


「日向向日葵が自ら命を絶つその時まで、私は、彼女のことを知ろうともしませんでした」



 *****



 夕暮れの町並みを、俺たちは帰路についていた。

 部活終わりの運動部はグラウンドにトンボをかけ、文化部の少女たちがきゃあきゃあと騒ぎながら校門を抜けていく。そんな高校生たちに混じって、俺たちも駅へと向かう。それなりに込んだ電車に揺られて、俺たちは雨城の街に帰ってきた。

 その間、会話は一つも無かった。


「あの」


 群青色の空の下、大学へ続く道を往く途中、月島が口を開いた。


「もうやめませんか、こんなこと」


 俺と棗は立ち止まって彼女を見た。湿度の高い沈黙があった。それ以外には、何もなかった。


「もういいじゃないですか。きっと、日向さんは、何かとても不幸な目に遭って死んだんです。だからもう……。これ以上、無関係な私たちが彼女の死を嗅ぎ回るのはやめましょう。そのままにしておいてあげましょうよ」


 月島は伏し目がちに、しかし、はっきりとそう言った。

 酒井明俊教諭の述懐は事件の解決をもたらさなかった。俺たちは日向向日葵の素性について一定の知見を得たが、死の詳細は未だに不明だ。だが、手がかりが得られなかったわけではない。

 その手がかりが聞いて嬉しいものだったかと言えば、嘘になる。


「月島。俺たちがやっていることは興味本位の詮索じゃない。道義心の証明のためにこれをやっているわけでもない。現実に俺の部屋には黒い女が住み着いていて、人を殺している。それについて浮かない顔をしたやつがいる。そうだろ」

「それはそうですが……。私には、この事件の裏には、何か抗いようもなく大きな不幸が隠されているように思えてならないのです」


 まったくもって同感だ。ただでさえ血生臭い話だったが、酒井の話を聞いて以来、粘つくような重苦しさを感じていた。


「だからだろ」


 しかし俺は、首を振った。


「そんなもん、一人で抱えてたら、可哀想じゃねえか」


 過干渉だろうと余計なお世話だろうと、首を突っ込むと決めたのだ。これで怖いから止めますなんて言ったら嘘になる。譲るつもりはない。


「棗さんも、同じ考えですか」

「そりゃあな。そんなもんだろ」

「そんなもんではないですよ」


 月島は俺と棗の顔を交互に見回して、それから、長い息を吐いた。ため息ではない。きっとそれは、彼女なりの覚悟だ。


「わかりました。あなたたちって、馬鹿なんですね」


 口ぶりとは裏腹に。彼女は、柔らかな笑みを見せていた。

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