現象再発
「ガス管の爆発だ。クソ」
再びの待ち合わせ場所で、日向はつまらなさそうに吐き捨てた。
二度目の事故。何度目かの死。その数だけの巻き戻り。今朝の時点まで巻き戻った私は、起きてすぐに日向との待ち合わせ場所を訪れた。日向はすでにそこで待っていた。彼女の髪は、既に美しい黒に染まっていた。
おいちょっと待て、本来の待ち合わせ時間までまだ後数時間あるぞ。お前美容院から出てすぐここに来たんじゃなかったのか。問い詰めると、彼女は気恥ずかしそうに髪をいじる。
「だってよ……。もしイケてなかったら、染め直す時間が要るじゃねえか」
何しょうもねえこと気にしてんだよ馬鹿かお前。私は口に出した。日向は怒った。かくして子供の喧嘩が始まった。
しばらくの間にゃんにゃんと喧嘩した後、私たちは肩で息をしながら今後の方針について相談した。
「で、どうすんだ。またあそこに行ったら爆発に巻き込まれるぞ」
考える。これが現象だとするのなら、おそらく標的になっているのは私だ。仮に場所を移したとて、今度は別の現象が私の命を狙うだけだろう。
ならば人気のない場所に移動すれば良いのか。そう考えたとき、私は大切なことを確認し忘れていたことを思い出した。
今回、巻き込まれたのは何人だ。
「十六人だ。死んだのはお前を含めて二人で、入院が必要な重傷は三人。他の奴らは中軽傷で済んだ」
彼女が言うには、私は爆発に巻き込まれて意識不明になったが、即死はしなかったらしい。病院に搬送されてから数日後に息を引き取ったと。ちなみに死因は全身の熱傷から来る敗血症性ショック、つまりはやけどである。
「なあ。やっぱり、辛かったか。痛かったんだよな」
いや全然。私視点だと即死と変わらん。そう答えると、日向は少しだけ表情を緩めた。
私がゆっくり死んでいく間に日向は情報を集めてくれていた。爆発したのは老朽化したガス管ということになっていたが、耐用年数は過ぎていなかったという。正常に運用できるはずの管が破裂したので、怪しげな専門家たちがワイドショーで喧々諤々の議論を繰り広げていたらしい。
「あたし、やっぱりパイプ技師になる。世の中にこんなガス管なんてもんがあっちゃいけねえんだ」
いいからお前は警察になれ。意思は強靭だが方向性が風見鶏な日向を適当にあしらいつつ、私は考えた。
これは現象によるものだ。現象が幸運の総量を調整するために、強引に事故を引き起こした。そこまではいい。しかし、一体何が起因となったのだろうか。
前回の事件では、廃ビルの崩落事故はまったくの偶然によるものだったと考えている。それに巻き込まれたのは私の不運ゆえのものだ。それを避けた結果、現象はダンプカーを操って事故を引き起こすことで幸運の総量を調整した。だからあの交通事故には強引さがあった。
だが、今回は最初から現象由来の強引な事故が発生している。現象の起因となった、本来起こるべきだった偶然の不幸が存在していない。それはなぜか。
……いや、今はそれを考えても仕方ない。本来起こるべきだった不幸は、きっと知らず知らずの内に避けていたのだろう。それよりも今は、やがて起きる現象をどう対処するかを考えるべきだ。
「どうすんだ。どっか人気のない山奥にでも逃げるか」
そう、現象が私を狙っているのなら、少しでも被害を避けるためにそうするべき――。いや、違う。そうではない。現象の目的は幸運の総量を調整することだ。いかに人気のない場所に逃げようと、被害が出ることは変わらない。
むしろ逆。私たちは、少しでも人の多いところに行くべきだ。
「そんなことしたら被害者が増えちまわねえか?」
それでいい。巻き込む人を増やして、一人一人が被る不幸を分散する。そうすれば、死ぬような目に遭う人は無くせるかもしれない。
そう説明すると、日向は最高に悪い笑みを浮かべた。
「お前、悪いこと考えるな。大きくなったら逮捕しちゃる」
そりゃどーも。
しかしここにも問題がある。前回事故が起きたとき、私たちはそれなりに人気の多い通りにいたのだ。
あれ以上の人口密度などこの街では中々ない。事故が起きるまでの数時間で移動できる範囲でも、そんなに混み合う場所は思いつかなかった。これが平日なら駅の構内でラッシュアワーを待つという手があったが、いかんせん今日は休日だ。
どうするべきか。悩んでいる私に、日向はあっさりと答えを出した。
「人、集めりゃいんだろ」
日向は脅迫的に楽しそうな笑みをしていた。
とてつもなく嫌な予感がした。
*****
死んだ。巻き戻った。そんなことはどうでもいい。本題だ本題。
前回私が日記に記録している間に、彼女はどこかからバンを回してきた。バンである。車である。免許はあるのかと聞くと、どうせ巻き戻るから良いだろと帰ってきた。この女、警察になるとか何とか言いながら思いっきり道交法に中指を立てていた。
「ライブだ。街角ゲリラライブすっぞ」
彼女はバンから二本のギターケースを引っ張り出し、背が高くて大きくてイカつい方を私に押し付けた。この女、学校をサボって時々街で出会った友人とバンド活動に勤しんでいるらしい。このバンもギターも、その友人から借りてきたものだと言う。彼女は慣れた手付きでアンプをセッティングしながら、意気揚々とそんなことを語った。
友だち、いたんだ。私以外の。ぽつりと漏らすと、彼女はにやりと笑った。
「お、妬いたか?」
妬いた。すっごく妬いた。一人で生きるのに飽きたとかなんとか調子の良いことを言っておきながら、自分は一人でもなんでも無かったのか。そんな恨み言をまくしたてると、さすがの日向もたじろいだ。
「いや、まあ、すまん。でも元々あいつらとも疎遠だったんだよ。お前と出会ってから……。ほら、あたしって変わったじゃないか。だからまたあいつらともバンド組むようになって、それで」
じゃあもう、私がいなくてもやっていけるね。そんな意地悪を言うと日向は泣きそうになった。その顔で許してやることにした。
それで、このギターで一体何をするのだ。腕組みをしながら尋ねると、日向はきょとんと小首を傾げた。
「何って、さっきも言ったろ。人を集めるんだよ。だからライブするんだ」
彼女の言語を理解するのにしばらくの時間を要した。私たちは人の多いところに行かなければならない。しかしそんな場所は思いつかない。ならば自分たちの手で人を集めればいい。どうやって? そうだ、ギターを演奏すればいいんだ!
馬鹿じゃねえの。私は言った。日向は怒った。私たちはにゃんにゃんした。
「喧嘩してる場合じゃねえだろ」
まったくもってその通りである。
しかし、そうは言っても音楽的文化活動で人を集めるのはいくらなんでも無理がないか。そもそも私、ギターなんて弾いたことないし。そんな抗議をしてみたが、いつも通りに日向は効いてくれなかった。
「んなもん練習すりゃいいだろ。時間ならたっぷりあるんだ」
……時間ならたっぷりある。それはひょっとして、私が死に戻ることを考慮した上で言ったのだろうか。身の毛もよだつ恐ろしい推論を、この女は極めて気楽に肯定した。
「命かかってるほうが物覚えも早いって言うだろ。おら、やるぞ」
そして日向は、問答無用で爆音を奏で始めた。
しばらくの逡巡の後に、私もギターの弦をべんべん鳴らすことにした。なんのことはない。全てを諦めたのだ。代案も思いつかなかったので。
その後に起きたことは語るに及ばず。私たちのへぼへぼライブは全くと言っていいほど人を集められず、それどころか警察に怒られている間にガス管が破裂して私は死んだ。そうして目が覚めたのが今朝のことである。
今、日向から隠れた場所でこの日記を書いている。美容院の前では見覚えのある白いバンが、今か今かと私を待ち構えている。あの様子では今日もやる気なのだろう。
おお神よ。ギタリストの神々よ。
どうか私を救い給え。




