少女たちの休日
久しぶりの日記となってしまった。
ここ数日は毎日が慌ただしく、中々日記を書くところまで気が回らなかった。サンタクロースにこの日記をもらった時はあんなにウキウキだったのに、すっかり三日坊主である。
……そんなにウキウキだったっけ? 忘れた。昔のことは忘れるのが私という生き様だ。にゃんにゃん。
あの日以来、学校にはそれなりに通っている。
やはり気が進まないことも多いが、行かなければ翌日に日向から報復を受けるのだ。彼女いわく、あたしが来てるんだからお前も来いと。一緒に不幸にならなくたっていいじゃないかと抗議したが、不幸になるなら尚更一緒だろと返されてしまった。あの女、嫌な感じに日本人である。
まあ、行ったら行ったで悪いことばかりではない。最近は日向以外の人とも挨拶をするようになった。他人との交流を最小限に保っていた頃に比べると目覚ましい変化である。ここで言う変化とは内的なものだ。私は以前ほど、他者との交流をわずらわしく思わなくなっていた。
その他にも記すべきことがある。サンタクロースのことだ。
私が最後に彼女と出会ったのは、主観記憶にて病院の屋上だ。時間が巻き戻ってからは生きるのに必死で、彼女とはすっかりご無沙汰になってしまっていた。以前は毎日のように会っていたというのに。
サンタクロースには聞きたいことが山程あった。私が立てた現象に関する推論は正しいのか。どうして時間を巻き戻したのか。日向向日葵を巻き込んだのはなぜか。そして何より、彼女が残した言葉が気になっていた。果てのない地獄とは一体何を意味するのだろうか。
答えを求めて、私は放課後に度々サンタクロースの影を追った。街を歩き回って、どこかに彼女が居ないかと探し求めた。
私はまだ、彼女と出会えていない。
*****
ある休日に、私は日向と外で待ち合わせをした。
待ち合わせ場所となったのは駅前の美容院だ。なんでそんな場所でと思ったが、特に不都合も無かったので異は唱えなかった。
果たして日向はそこにいた。パンツルックに英字がプリントされたTシャツ、いつものスタジャンを羽織って、スマートフォンをいじりながら佇んでいた。私は最初、それが彼女であることに気づかなかった。むしろ全くの別人かもしれないと思ったが、機嫌悪そうな表情には強烈に見覚えがある。あれは日向だ。しかし。
日向向日葵のトレードマークでもあった眩い金糸の長髪が、鮮やかに日に映える烏の濡羽色に染め上げられていたのだ。
「おせーぞ」
声をかけられて、ようやく私はそれが日向であると確信した。彼女は、何か照れくさそうな顔をしていた。
「……おい、なんか言えよ。似合わねえなら似合わねえって言ってくれ。その方が気が楽だ」
うん、前のほうが綺麗で好きだった。正直にそう言うと、強めに頭を小突かれた。なんでだ。
「お前な。こういう時は嘘でも似合うって言うもんだぞ」
大変に横暴である。なんなのだこの女は。
で、その髪は一体どうしたのだ。失恋でもしたのか。そう聞くと、日向は前髪をくるくるといじりだす。
「笑わないで聞いてくれるか」
当然だ。日向向日葵は大切な友人だ。彼女が改まって話をすると決めた以上、その全てを受け止めることに異論などあるはずもない。それが友としての責務である。
「あたしさ、そろそろ真面目になろうと思うんだよ」
不覚ながら大爆笑した。ヘッドロックを食らった。ごめんて。
しばらくにゃんにゃんとじゃれ合った後、改めて私は聞いた。どういう心境の変化だと。その時にはもう、日向の表情から硬さは抜けていた。
「最近さ、命ってやつについて考えるんだよ。正確には死についてか。だってさ、人があんな突然に死ぬとは思わないじゃんか。そりゃいつかは死ぬってのは知ってたけど、なんつーか……。上手く言えねえけど、死ってのが誰かの気持ちとは無関係に起きちまうもんだとは思わなかった。もっとちゃんとした順番があって、然るべき条件が満ちた時に死ぬんだって、漠然とそう信じてた。でも、実際はそんなもんじゃなくて、そう思うと居ても立ってもいられなくなってよ」
感覚的な言葉だった。私はその言葉を正しく理解できなかった気がした。私はまだ、今を生きるだけで精一杯だ。死の意味を理解するなんて考えすら及ばない。
それは幸運なことだったのかもしれない。自分の死に触れることはあれど、死んでしまった誰かに触れるようなことはなかった。残される側の気持ちなんて知りもしない。しかし、日向は、それを知ってしまったのだ。
「あたし、これから死ぬほど勉強して警察になるよ。世の中にはもっと正義ってやつが必要だ。お前もそう思うだろ」
正義ってやつは分からないけれど、友の決意を応援したいと思った。だから私は不器用な言葉をいくつか並べて、彼女は大いに照れながらもそれを受け取った。
「お前もそういうのないのか。将来の夢っつーと教員共の顔が浮かんで気持ち悪いけどよ。これからのこととか、やりたいこととかさ」
考える。特に無かった。夕焼優希は今を生きるので精一杯だ。これからのことなんて考えたこともない。
「なんだよ、つまんねえやつだな」
悪かったな。冗談交じりに不貞腐れると、日向はきっといい夢見つかるはずだとかなんとか言った。余計なお世話だった。
それから私たちは駅前通りでウィンドウショッピングを楽しんだ。雑貨店だとか、書店だとか、服屋だとか。目につく店舗を片っ端から回り、面白いものを探してはしゃいで歩き回った。そして私は何かの爆発に巻き込まれて死んだ。
たぶん、日向は死ななかった。




