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死ぬのってあんまり良くないんだよ? 分かってる?

 作戦はこうだった。

 まず俺が部屋に入り、黒い女に刺される。この時即死しない程度に致命傷を負うのがポイントだ。致命傷を負った俺は急いで部屋を飛び出し、欄干を越えて一階に居る彼女の目の前に落下する。そこで失血死するのだ。

 死後、俺たちは月島から鍵を受け取った直後に巻き戻る。ここで重要なのは、俺たちが巻き戻り前の記憶を持っていないように振る舞うことだ。全く同じように会話をし、彼女だけが俺の死を記憶しているかのように思わせる。


 するとどうなるか。大家・月島千秋は、自分が死のタイムループに囚われたかのように錯覚するのだ。

 名付けて偽造ループ作戦である。今のところ、この作戦は面白いくらいにハマっていた。


「待って……! 待ってください! 二階にはいかないでください!」

「しかし、部屋を確認しないわけには」

「あの部屋に入ると山尾さんが死にます! 本当です、どうか信じてください!」


 俺と棗は怪訝な顔を装って首をひねった。ただ「大丈夫ですから」とだけ言って二階に向かう。これで彼女にとって四回目のループになる。実際には二回ほど彼女の目の前で死ぬのに失敗しているので、六回目の死亡だったりする。


「どうして……。なんで何回止めても聞いてくれないのよぉ……」


 一階からすすり泣く声が聞こえたが、俺たちは心を鬼にした。それから俺は黒い女に刺されて、月島の目の前で事切れた。飛び散った血液が彼女の頬を赤く汚すと、それは大きな悲鳴が上がった。



 *****



「あのさ。君たち、さっきから何やってるの?」


 九回目の偽造ループ中、サンタクロースはさっきから変わらぬ姿勢で漫画本をめくりながら聞いた。すぐそこに棗が居るが、気にしなくなったらしい。この女、適応するタイプのサンタクロースなのだ。


「ちょっとな。悪いけど、もう少し付き合ってもらえるか?」

「はあ、私はもう諦めたけど。灰原、死ぬのってあんまり良くないんだよ? 分かってる?」

「大丈夫大丈夫。俺死ぬの好きだから」

「ああ、そうなの……。ま、ふらみょんが楽しそうだし、いっか」


 黒い女は何度も俺を殺せて嬉しそうだった。今も包丁を両手で構えて、今か今かと待ちわびている。


「灰原、ほどほどにしとくんだよ。何やってるのか知らないけど、私で良ければ話くらいは聞くからね」

「大丈夫だって。それより三時二十七分四十五秒に巻き戻すのだけよろしく頼む。ふらみょんも、刺すのは右胸の第四肋骨と第五肋骨の間だからな。手首を使って、刀身の三分の一くらいを入れるんだぞ」

「君のその無駄に具体的な指示もなんなのさ」


 後は何度もやったことの繰り返しだった。黒い女が俺を刺し、俺は月島の目の前に飛び降りて失血死する。彼女はもう、悲鳴を上げることすらせずに、ただただ座り込んで泣いていた。



 ***** 



 十六回目の偽造ループで、月島はついに諦めた。


「待ってください! 知っていることをお話しします! ですので、あの部屋に行くのはやめてください!」


 ここ数回のループで、彼女は繰り返される死のループに立ち向かうことを決めていた。

 俺たちが部屋に行こうとするのを引き止めたり、棗の手から鍵を奪い返そうとしたり、ホウキで叩いて俺たちを敷地内から追い出そうとした。だが、俺たちは彼女の努力の全てをあしらった。こう言うのもあれだが、強硬手段ならこちらの方に分があるのだ。


「あの部屋のことを……? やはり、あの部屋には何かあるのですか?」

「そうです、あの部屋にまつわることをお話します! ですから、もうあの部屋にはいかないと約束してください!」


 俺と棗は顔を見合わせる。内心したり顔であったが、締め付けを緩めるにはまだ早い。もっともっと絞るのだ。


「しかし、実際に部屋を見たほうが早いのでは」

「だからあの部屋に行ったら死ぬんですよ! もう何回も説明したじゃないですか!」

「そうでしたか? 今初めて聞きましたが」

「あなたたちは初めてでしょうね!」


 月島ちゃんは大変にぷんすこであった。慣れてきたとは言え、何も知らない素振りを保つのは少しばかり苦労した。とても悪いことをしているような気がしてゾクゾクするのだ。人を騙すのがこんなに気持ち良いなんて、善良な俺は知らなかった。


「事情は良くわかりませんが……。あの部屋についてご説明いただけると言うなら、お願いできますか?」

「はい、はい、もちろんです! ですが、その前に鍵を返していただけますか?」

「待ってください、この鍵はあなたが渡したのですよね……? そんなにあの部屋に入られるとまずいのですか?」

「……! 私は、あなたのために言っているんですけど!」


 月島は俺を指差すが、そんなことを言われても俺に思い当たることはない(ある)。きょとんとした顔で首をひねると、彼女はもどしかしそうに歯を噛んだ。


「わかりましたよ、もう。鍵はそのままで良いので、とにかく私の話を聞いてください。あの部屋のことを知ったら、間違っても入ろうだなんて馬鹿な考えはしなくなるでしょう」


 さあて、それは本当にそうかなぁ? 世の中には何回死んでも部屋に入ろうとする馬鹿が居るかもしれないぞう?

 月島は一〇一号室、自室の扉を開けて中に入れと招いた。その仕草にはかえって俺たちが驚いた。


「あの、外でお話しても良いですよ。すぐそこに喫茶店なんかもありますし」


 棗に代わって俺が言う。若い女性が、知らない男を自室に上げるのは抵抗があるだろうと思ったのだ。


「構いませんよ。この話は、絶対に誰にも聞かれるわけにはいかない話ですし……。それに」


 月島はやさぐれた表情でため息をついた。


「あなた方が何が何でもご友人の安否を確認しないと気が済まないお人好しだということは、誠に遺憾ながら十六回ほど確かめさせて貰ったので。もう十分ですよ」


 こんな純真な人を騙しているという現実に、俺は今更ながらに胸が痛んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひっどい作戦だwwww 灰原くん達異常者すぎますね!
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