M-035 私もアキトさん達と……
テーバイの王宮でオデット様の歓待を受け、翌日は部屋でのんびりと過ごす。
アキトさん達を探したんだけど、王宮にいたのはユングさん達だった。どうやら、ラミア女王の廟にアキトさん達は向かったらしい。
一緒にミズキさんとアルトさんが行ったらしいけど、なんか複雑な感じがするな。
アキト様の婚約者がミズキさんで、アルトさんはお嫁さんらしい。あの小さな姿でアキトに降嫁したのじゃ! と言ってたからね。それでいて、ラミア女王と、シグ王女に手を出したというんだから、女性の敵にも思えるんだけどな。
「あの時の騒ぎは面白かったぞ。そうだな、確か記録があったはずだ。後でメールで送ってやろう。だけど勘違いしないでほしい。アキトは誰にでも優しいんだ。ラミア女王はオデットを身籠ったときに王座から降りたんだ。ミズキさんに対して済まない気持ちがあったんだろうな。アルトさんはあの性格だし、シグさんは姉貴の陰で自分の身の振り方に悩んでいた時だった」
「でも今は大テーバイ王国ですよ」
「それは、狩猟民族の言い伝えの通りに出産したからだろうな。おかげであまり協力的でなかった狩猟民族の連合化とテーバイ王国への編入が問題なく行われたんだ。シグさんのところもサマルカンドの発展に寄与してるし、アルトさんのところのオーロラはモスレムでなくてはならない存在になってるだろう?」
結果良しということなんだろうか? でも、ちょっと問題じゃなかったんだろうか。
「そういえば、その時に活躍したのが嬢ちゃん達だったな。王国間の連合の動きと貴族の排斥に拍車が掛かったころだったから、不満分子が蠢いていた。アキトの騒ぎで一気にそれが浮き上がって来たから、上手くまとめて始末できたんだ。しばらくはたまに騒ぎを起こせとサーシャちゃんがアキトに言っていたぞ」
そんな昔話を、王宮のテラスでユングさんが教えてくれた。
話をしていると目の前のユングさんが男性に思える時がある。でも目の前でおいしそうにコーヒーを飲んでいるのが、美人のお姉さんなのが不思議に思える。
翌日にテーバイ王宮を去って、モスレムに向かう。行く先々で廟やお墓に向かうのは、仕方がないにしても、小さな村から少し離れた荒れ地の端にある名もない墓標にまでお参りするのはどうかと思うな。
誰が眠っているの? と聞いたら、もう少しでモスレム王国を滅ぼすことができた娘さんだと教えてくれた。
そんな人までアキトさん達は覚えているということなんだろうか?
各国の王廟を巡り、サマルカンドの青の神殿にも手を合わせる。ネウサナトラム村に向かう前にバジュラ像に向かったが、この像の中におばあちゃん達は眠っているらしい。
去り際にふと像に振り返ると、甲羅の上に誰かがいたような気がした。それも1人ではなかったんだけど、もう一度目を凝らすと誰もそこにはいない。
だけど、あれはおばあちゃん達じゃないかしら。私に向かって小さく手を振ってくれたようにも思える。
アキトさんを連れて帰ったんだからおばあちゃん達も嬉しかったに違いない。
エントラムズの王都に戻った時だ。
私は思い切って、アキトさんにお願いしてみた。
「このまま、アキトさんのところでハンターを続けても良いですか?」
「嫌だと言っても連れていくところじゃった。あんな動きではミーアに顔向けできんからのう」
アルトさんの言葉に思わずアキトさんに飛びついたんだけど、そういえば……と気が付いて後ろの3人を見たら、笑顔を私に向けてくれた。
「これで昔に戻った感じね。でも家族がいるんだから一度戻ってネウサナトラムに来なさいな」
ここでリードさんとヴォルテンさんが分かれたんだけど、リードさん達がいなければ私はアキトさんに会えなかったろう。深々とお辞儀をした私に軽く手を振って、2人とも雑踏に消えていった。
おばあちゃんの暮らしていた屋敷の前でアキトさん達と別れたんだけど、この屋敷に住んでいるのは誰になるんだろう?
今でも亀兵隊の何人かが玄関に立っているから、亀兵隊の重鎮になるんだろうか?
知らない人だったら直ぐに家に帰ろう。
そんな思いで玄関に向かう。
夕暮れ前に私のような娘が訪ねてくるのは不思議なんだろう。玄関を守る亀兵隊の2人が槍を私の前で交差させた。
「ここは元ミーア様の館だぞ。子供が来るところではないのだが?」
「ミーアおばあちゃんの孫のミーナです。おばあちゃんの依頼を完遂したことを報告に来たのですが」
私の言葉が終わると同時に槍が戻され、玄関の扉が開かれる。
「無事のご帰還をお祝いいたします。ではアキト殿は?」
「先ほど別れました。各国の廟を巡って、ネウサナトラムの村に向かうそうです」
私の話を聞いて、2人とも目に涙が浮かんでいる。
何事かと玄関に出向いてきた女性に亀兵隊の1人が言葉を掛けると、私に付いてくるように言った。
おばあちゃんがいないだけで、なんとなく館の雰囲気が変わった気がしてならない。なんとなく全員の気落ちした雰囲気が伝わってくる。
おばあちゃんがずっと使っていた執務室の前までやってくると、案内してくれた女性が扉を叩いた。
中の返事を確認して扉を開けると、テーブルの向こうに座っていたのはファリスお姉さんだった。
「ミーナじゃないか! ミーアおばあちゃんの最後の依頼がミーナに託された話は私も聞いた。帰ったということは……、会えたということか?」
「2カ月ほど前に遥か東の不思議な建物近くで会うことができました。おばあちゃんの依頼はそこで果たしました。アキトさんは、私達の願いを聞いてネウサナトラムに戻ってくるそうです」
お姉さんの表情に喜色が浮かぶ。先ほどまで、副官とどんよりした表情で相談していたようだったけど、お姉さんもアキトさんが戻ってくれてうれしいに違いない。
「何よりの知らせだ。そんな旅をしたミーナをギルドも放っておかないだろう。そろそろ私の下で働かないか?」
「アキトさんのところで厄介になるつもりです。まだまだハンターとして未熟であることが身に沁みました。少しでもアルトさん達のようなハンターになれるよう頑張るつもりです」
「そうか……。できれば私もアキト様の指導を受けたいところだが、そうもいくまい。だが、ミーナがアキト様の近くにいるなら、それを理由に訪ねることもできそうだ。追い返されぬように頑張るんだぞ」
お姉さんがおいでおいでをするからテーブルに近寄ると、引き出しからバッジを取り出して私の手に乗せてくれた。
「これは?」
「おばあちゃんの部隊徽章。赤に黒の十字は、月姫の率いる部隊。名誉部隊員としてミーナに上げるわ。5年後にその徽章に恥じない姿で帰ってきなさい」
本当なら、敬礼をするんだろうけど私は軍に属さないハンターだ。お姉さんに深々と頭を下げておばあちゃんの住んでいた屋敷を後にした。
やっと自宅に戻った時には、両親とすぐ上のお兄さんが私をもみくちゃにするように歓迎してくれた。すぐに旅の話を聞きたがった兄さんに、お母さんがまずは食事です、とこつんと頭を叩いてる。
急にやって来たにしては豪華な食事が終わると、お茶を飲みながら旅のあらましを話すことになった。
お父さんとお母さんはワインを片手に、お兄さんはジュースのカップを持って私の話に聞き入ってくれる。
「それでね。アキトさんが一緒に暮らしても良いと言ってくれたの。だからしばらくはネウサナトラムで暮らすつもり。ファリスお姉さんが、これをくれたわ」
「母さんの徽章じゃないか! ミーナが夜襲部隊を率いることになるのかな?」
お父さんの眼差しは、そんなことにはならないだろうと言っているようだ。でも私は頑張ってみようと思う。あの優しいおばあちゃんが娘時代に暮らしたところは、まるで童話の世界のような場所だった。
そこでの暮らしはどんなだったのだろう。
しばらく会っていなかった友人達と再会を喜び、数日が過ぎたところで私はネウサナトラムに旅立つことにした。
1人で行こうとしたんだけど、ファリス姉さんが3人の亀兵隊を同行させてくれた。2つほど年上のお姉さんの駆るガルパスに乗って、私達は東へと街道を進む。
ちゃんと、アキトさん達は私を待っていてくれるだろうか?
アキトさん達と一緒に狩をして足手まといにならないだろうか?
ネウサナトラムに近づくにつれ、少しずつ不安が首をもたげてくる。
ネウサナトラムの村に入って、通りを西に進む。通りの片隅にある石像を目印に右に曲がって林の中を進むと……。小さな石作りの別荘があった。
あの時のままだ。ガルパスを下りて、3段の石段を上がると扉を叩く。
「今開けるにゃ!」
ネコ族の娘さんが玄関の扉を開けてくれた。
「やっと着いたにゃ。3人も中に入るにゃ。ちょうどみんな揃ってるにゃ」
お姉さんの手招きで、亀兵隊の3人も私と一緒に別荘に足を踏み入れた。大きなテーブルにはあの時のリムおばあちゃんの席にミズキさんが座っている。その隣にアキトさんとアルトさん。ディーさんは、暖炉でお茶のポットを用意していた。
「遠慮はいらないわ。どうぞ入って座って頂戴。今、お茶が沸いたところなのよ」
おずおずと私達はベンチのような椅子に座る。小さなリビングだけど、なんとなくうきうきした感じがする場所だ。
「その徽章はミーアちゃんの部隊ね。ミーナちゃんは亡くなったけど、今でもバジュラの中で貴方達を見ているわ。ミーアちゃん達に笑われないように努力してね」
ミズキさんの言葉に亀兵隊の皆は真剣に頷いて胸に手をやっている。最敬礼だけど……、相手は民間人だよね。
「ミーナは知らなかったようじゃな。テーバイ独立戦の折は、ミズキが派遣軍を指揮していたのじゃ。先のスマトル戦の折はサーシャの後見人であった」
それって、サーシャおばあちゃんより偉いってことなの!
ファリス姉さんが同行人を付けてくれたわけだ。そんな存在だったとはちっとも知らなかったんだよね。
亀兵隊の3人が再度敬礼を行って別荘を去って行った。
残ったのは私1人になるのだが……。
「もうすぐ、キャシーもやってこよう。我と3人であの部屋になる。ミーア達と一緒に過ごした部屋じゃ。隣がディーで、ロフトがアキト達になる」
「また楽しく暮らせそうね。これからディーとギルドに行って、私達のパーティに入りなさい。ついでにレベルを確認するのよ。出だしは赤3つでも、あの旅を経験したからにはかなり上がっているはずだわ」
2つぐらい上がっていてほしいな。キャシーさんも来るなら、あの旅と同じように過ごせるかもしれない。
お茶を飲み終えて別荘の外に出ると、湖越しにアクトラス山脈が私を見守ってくれるようにそびえていた。
だいぶ紅葉がふもとに近づいている。
エントラムズとはまるで違う狩が始まるのだろう。
それは、昔のおばあちゃんがやっていたこと。私にできないはずがない。
そうだよね……、と石畳のテーブルセットの傍に生えている青々と茂った木に話しかけると、木の葉が光の粒を落とすように輝いていた。
「この木はユグドラシルという名です。絶対に枝を折ったりしないでくださいね」
不思議な光景に見入っていた私に、ディーさんが教えてくれた。
まるで私の言葉が分かるような気がしたけど、そんな話は聞いたこともない。
「分かりました。なんかこの木の傍にいると心が温かくなる気がします」
年を取らない家族の住む不思議な別荘。そんな場所に生えている木だって少し変わっているのかもしれない。
でも、みんな優しいし、間違ったこともしないようだ。だからおばあちゃんが私にアキトさんを探すように依頼したのだろう。
私がここで暮らすことを、一番喜んでくれるのがおばあちゃんに違いない。
林の小道を通りに向かって歩いているディーさんに気が付いて、私は急いで後を追った。
明日から、私の新しい暮らしが始まる。
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―END―
<<エピローグ>>
娘のミーシャとともに、廟の前に立つ。
かつてアキトさんが乗っていたガルパスに似せた石像だと教えてもらったけど、相変わらず威圧感がヒシヒシと伝わってくる。
ミーシャが私の後ろに隠れてしまったのも少しは分かるつもりだ。
日中は、あれほど参拝者達で溢れていた廟も、2つの月が上った今は私達だけだった。
4つの旗竿に掲げられた部隊旗がパタパタと音を立てている。
ミーシャの手を取って私の横に立たせると、持参した花束を祭壇に捧げた。
「これだけのことなら昼間に来ればよかったのに」
「昼は参拝者が大勢でしょ。私達だけなら、おばあちゃんもちゃんと見てくれてるわ」
ふ~んと首を傾げているけど、私の大好きだった3人のおばあちゃんは、この石像の中で眠っているのだ。
私にアキトさんを探すように頼んだおばあちゃんの最後の姿は、今でも時々思い出す時がある。
「それに、明日はネウサナトラムに向かうんでしょう? なら、そこで娘時代を過ごしたおばあちゃん達には是非とも報告しなければならないわ」
「大きな湖があるんでしょう? でも、私を歓迎してくれるかしら」
「だいじょうぶよ。私が去る時の約束だもの。だけど、1つだけ条件があるの」
あの象牙の意味を私はずっと考えていた。おばあちゃんも、お母さんも教えてはくれなかったけど、この歳になってようやく気が付いた。
あれは、アキトさん達への感謝の印。その恩を誰に返すかを描いたものだと思う。
アキトさん達にはとても恩を返すことはできなかったけど、連合王国の隅で暮らす人達にそれを返すことで感謝を示そうということに違いない。
アキトさんとミズキさんは寒村の身寄りもない少女を妹に迎えた。それが私達家族の始まりなのだ。
エントラムズの重鎮であり、王国軍の中枢に位置する私達の一族だが、驕ることなく王国の隅々に目を向ければ、報われる者達もいるに違いない。
「条件って?」
「ここに来る前に、おばあちゃんが倒した獣の牙の彫刻を見たでしょう? あれが、条件なのよ。私達一族が永遠に続けねばならないわ。でもね。それをここで言うことはできないの。自分で考えなさい。ヒントはネウサナトラムの暮らしの中で見つかるはずよ」
ミーシャの頭をポンポンと優しく叩く。
う~ん……、とミーシャが首を傾げているけど、エントラムズで満ち足りた生活をしていた彼女には、まだ理解することはできないかもしれない。
でも、アルト姉さんが遠回しに教えてくれるかもしれないな。普段はあんなだけど、誰よりも妹分の面倒を見てくれる。
深々と、石像に頭を下げるとミーシャとともに馬車に向かって歩き出した。
最後にもう一度石像を振り返ると……、2つの月明かりに照らされて3人の少女の姿が甲羅の上で私達を見ていた。




