M-023 バリアントの群れ
荒地のあちこちにタグの巣穴がある。初めてタグを見た時にはその大きさに驚いたけど、リードさんの槍で簡単にたおすことができるとヴォルテンさんが教えてくれた。
ヴォルテンさんは長剣よりも杖を振り回すんだけど、目を突き刺せばそれで終わりらしい。
私も、イザという時にはクロスボウで目を狙おう。
「少し西に向かうぞ、タグの斥候がいる」
「分かった。それにしても巣穴だらけだな」
そんな会話が私達の前から聞こえてきた。
昼食を諦めて昨日光って見えた場所に進んでいるのだが、5M(750m)も真直ぐに進めない。
そんなに遠くにあるようには思えなかったけど、今日中に到着するのは無理みたいだ。
太い灌木が2本立っている場所で野営をすることになった。
夕食の支度をキャシーさんに任せて、灌木によじ登って目標を望遠鏡で眺める。
昨日よりもはっきりと見える。
表面が光って見えたのは、石壁が磨かれたものだからだろう。
全体の形は石段を積み上げたような形に見える。
何かの記念碑なんだろうか?
ジッと目を閉じて気の流れを確認すると、どうやらあの構築物の一角に向かっているらしい。構築物自体に吸い込まれていると思っていたのだが……。
灌木から降りてくると、皆が私に顔を向けた。
今度はヴォルテンさんも登ってこなかったから、私が見たものを教えてくれと言うことなんだろう。
「こんな形の構築物です。何かの記念碑なんでしょうか? 気の流れは構築物全体ではなく、その一角に吸い込まれていました」
焚き火の傍の地面に焚き木で簡単な絵を描いた。
不思議な物でも見るように、私の描いた絵を皆が眺めている。
「ストーパと呼ばれる建造物の話を聞いたことがある。それに少し似ているようだ」
「リザル族の伝承か? アキト殿もそれを聞くためにリザル族の長老を訪ねたらしいが?」
「アキト殿は我等の大事にしている像が何かを一目で分かったらしい。長老でさえ知り得ぬことだったようだが」
「ストーパとはやはり記念碑ということなの?」
「いや、信仰の対象だ。だが、形が似ているだけで同じとは限らんだろう」
リザル族は遥か東の方から移動してきたらしい。彼らの故郷にはあんな構築物がたくさんあったのだろうか?
東に西に移動方向を変えながらひたすら南に歩いていく。
昼を過ぎた頃には、その姿が地上からでもはっきり見えるようになってきた。
これなら夕暮れ前には到着できるんじゃないかな?
そんなことを考えながら歩いていたのだが、ヴォルテンさん達の足がピタリと止まった。
何だろうと、キャシーさんと急いで前の2人の所に行くと、止まった理由が直ぐに分かった。
バリアントの群れだ。おびただしい数のバリアントがストーパを取り囲んでいる。
「少し考えなければならんな。とりあえずはカチートを作って野営をしよう」
リードさんの言葉に、キャシーさんが頷くと私達の周囲を透明な障壁が囲んだ。
途中で集めた灌木を背負いカゴから下ろして焚き火を作る。
「しかし、まいったな……」
「あと少しなんだが、あれだけのバリアントだ。しかも前にみた奴よりも大きく見える」
大きいと一括りに出来るんだろうか? 体高だけで私の背丈より高く見える。そんなバリアントが群れを作っているんだから……。アキトさんはどうやってここを越えたんだろう?
お茶のカップを持ちながらバリアントの群れをながめた。少しずつ移動しているようだけど、あのストーパからは離れようとはしないようだ。
ん? あの動き、少しおかしいんじゃないかな。
カップを置いて、望遠鏡を取り出してジッと動きを見てみると……。周囲のバリアントよりも少し小柄なバリアントは、近寄ってくる他のバリアントを避けているように見える。
「リードさん。バリアントって共食いをするんですか?」
「ん? 急な話だな。バリアントは何でも食べると言われている。同じバリアントでも、お互いの狩の獲物ということになるだろうな」
「そういうことか! それならあの中を通れるかもしれないな」
少し遅れて、ヴォルテンさんが嬉しそうな声を出した。
「どういうこと?」
「ミーナの言う通りさ。ミーナもこっちに来て座れ。明日の段取りを説明するからね」
望遠鏡をしまうと、キャシーさんの隣に座る。
得意そうな表情でヴォルテンさんが話しを始めた。
「要するにバリアントは共食いをするってことを利用する。先ずは……」
私達はヴォルテンさんの説明をジッと聞き入った。
翌日。朝食を終えて身支度を整えた私は、槍をキャシーさんに預けて、爆裂球の付いたボルトをセットしたクロスボウを持った。
ボルトケースには2本の爆裂球付ボルトが収まるのだが、今回は腰のベルトに3本の爆裂球付ボルトを差し込んでいる。
ヴォルテンさんの考えた作戦は、【メル】や爆裂球で何体かのバリアントに傷を付けるということだ。
傷を負ったバリアントを他のバリアントが襲えば、目の前の群れが少しは間隔が開くだろうというあまり当てにもならないような作戦だが、共食いをするのであれば意外と使えるかもしれない。
「最初は私ね」
そう言って、キャシーさんがバリアントの群れに近づいて数体後ろのバリアント目掛けて【メル】を放った。
火炎弾の炸裂に体をブルっと振るわせたバリアントだが、直ぐに群れの中を動き始める。と言っても私が歩くよりも動きはもどかしい。
「やはり、他のバリアントから攻撃されると分かるみたいだな」
「あぁ、あの何処に知性があるのか疑問に思うが、生存を優先することは本能に近いということなんだろう」
「さて、行きましょうか。全員まとめて【アクセラ】を掛けるわね」
身体機能2割増し。この上に私は【ブースト】を掛ける。さらに2割増しだからかなり素早く動けるはずだ。
バリアントの群れに近づいたところで、ヴォルテンさんとリードさんがバリアントの左右の群れに爆裂球を投げた。
爆裂球の炸裂で何体かのバリアントが傷を受けたようだ。傷を受けたバリアント目掛けてバリアント達が移動するから、私達の前に急に道が開いた。
私達はその道を駆け抜ける。
道が閉じようとすると、私達の誰かが左右に爆裂球を投げると、再び道が広がる。
「帰りも、あるんだぞ!」
「だいじょうぶさ。それほど爆裂球は消費しないだろう。それに、もう1つあれば十分じゃないか?」
私達の前にストーパの下段が見えている。そこまでの距離は2M(300m)も無いんじゃないかな?
「【メル】も使えるわよ。ヴォルテンは【メル】が使えるでしょう!」
「そうだな。一晩寝ればまた使えるから、前部使っても構わんはずだ」
今度は、ヴォルテンさんとキャシーさんが左右に【メル】を放つ。
【メル】で傷けられる相手は1体だけだけど、私達の前の道が閉じなければ構わない。
ストーパの下段の石組にたどり着いたところで、私とキャシーさんの体をリードさんが持ち上げてくれた。
私の身長ほどもある高さだから、私一人ではどうしようもない高さだ。
リードさん達は槍を使ってよじ登って来た。2つ目の石段を同じようにして登ったところで息を整える。
バリアントがいる地上から10D(3m)以上は高さがある。さすがにここまでは上がってこないみたいだ
石段の奥行きは10Dほどもある。1段ごとに10Dほど中心に向かっているようだ。
上を見ると、まだたくさんの石段がある。1辺の横幅だけで1M(150m)以上だから、遠くからでもこの構造物を見ることができたんだろう。
「さて、次は?」
「この構造物の右側に気が流れ込んでいます」
ヴォルテンさんの短い質問に私が答えると、皆が腰を上げた。
石段の上を通路代わりにして右に歩き始める。
下を見ると
10体以上のバリアントがたくさんのバリアントに包み込まれていた。共食いを始めたんだろうけど、歯も口も無い生物なんだよね。どうやって食べるんだろう?
「こらこら、ちゃんと下を向いて歩くのよ」
後ろから私のベルトを引っ張ったのはキャシーさんだ。すぐ前を見ると、石が無くなっている。どうやら角に来たらしい。慌てて体を左に向けると、キャシーさんに振り返って礼を言った。
ここまで来て、不注意で怪我をしたなんて誰かに知られたら赤面ものだ。少し落ち着きがないと言われてはいたけれど、自分では慎重な方だと思ってたんだけどなぁ。
「これか!」
「そういうことになるんだろうな。このストーパの入口ということになるのだろう」
私達の前に神殿のような柱があって、その奥に大きな四角い空洞が開いている。
空洞はどう見ても入口に見える。そのまえには石段が地面から延びているから、このストーパを作った者達は私達とさほど身長が異ならないということになる。石段の高さは1Dほどでしかない。
周囲を取り巻く石の回廊から石段に移動して入口に向かう。
少し階段を上ると小さな広場に出た。広場の奥にこのストーパの入口が大きな口を開いている。
「宗教上の施設に見えるが、やはりリザル族のストーパと同じ物なんだろうな」
「必ずしもそうではない。この壁の文字を見ろ。我等の文字でもないし、魔導文字とも少し異なるようだ」
ヴォルテンさんとリードさんには文字として目に映るようだ。私には門を装飾する彫刻にしか見えない。
キャシーさんも門の彫刻を見て考え込んでいる。やはり文字なんだろうか?




