M-021 気を吸い込む場所
私は意識を研ぎ澄ませて、気の流れと流れが織りなす波紋の広がりを眺める。
波紋同士のぶつかり合いが、新たな流れを作ってどこまでも広がっていく。遠く海にまで到達して吸収されるに違いない。あたかも川の流れのようにいつまでも延々と続く現象なのだろう。
全ての生物が死に絶えても、気の流れは続くのだろうか? 気は生体エナルジーの具現化でもあるとアテーナイ様が言っていたけど、生態エナルジーとは何かをアテーナイ様は示してくれなかった。
気を発する者や乱す者は必ず生きている。生物だけがその現象を引き起こすように思える。
リードさんが狩った獲物は、全く気の流れを乱すことは無かった。
ひょっとして、命が発するロウソクの輝きのようなものなのだろうか? 命の持つ輝きは生き物によっても違うだろうし、風によって揺らぎもする。
命のろうそくの明かりを揺らすものは、他の命のロウソクの炎によって生じた気流にも例えられるのだろう。
形を持たずに自由に動き回り、他の命に干渉すら与えるもの、それが気の流れという事になるんだろうか?
っ! これは?
どこまでも広がった思索の中で感じる気の流れにおかしな場所があった。
まるで、呼吸をしているように気が吸い込まれていく。ゆっくりと目を開き、その方向を見定めた。
190度の方向……。やや南に位置している。
3人のいる方向に顔を向けると、ジッと私の事を見ていたらしい。思わず顔に血が上って来るのが分かる。
「分かったのか?」
「おかしな場所を見付けました。気が吸い込まれていくんです。アクトラス山脈からゆっくりと南に流れる気が、まるで穴にでも吸い込まれるように……」
「それだ!」
「確かに薄い空気は周りの空気を吸い込むわ」
「アテーナイ様が言っていた気の薄い場所がそこにあるからだろう」
ヴォルテンさんが焚き火から腰を上げると、私の指し示した方向を眺めている。
私達も直ぐに立ち上がって同じ方向を眺めたのだが……。
「森の外れということかしら?」
「その先は、ゴツゴツした岩の荒地だ。その境界付近が怪しくはあるが……」
「魔物が問題だわ」
この辺りには獣よりも魔物のような生物が多い。
キメラと呼ばれる生物は、獣の体を切り取ってくっ付けたようなものから、植物と動物を合体させたようなものまでいるようだ。
思いもよらない攻撃を仕掛けてくるから、リードさん達が苦戦するときもあるんだよね。一番いいのは、爆裂球や【メル】の火炎弾で焼き殺すことなんだけど、使用回数が私達では限られてしまう。
「ここまで来たんだ。もうすぐ会えると思えば気も楽さ。もう1日体を休めて出掛けるぞ。キャミーはパンを焼いてくれ。リードは水を頼む」
「そうだな。まだ水はあるが補給しておくのは俺も賛成だ」
ヴォルテンさんが指示を出してくれるから助かるな。
大型水筒の残りをポットに入れて、お湯を沸かし始めた。私達の水筒を集めて鍋に入れたのはスープを作るためだろう。
沸いたお湯を水筒に入れると、残った大型水筒の水をポットに入れる。これで大型水筒が空になったようだ。
空になった大型水筒と、それより少し小さめの水筒を魔法の袋に入れたリードさんは、片手剣を穂先にしたような槍を掴んで荒地を駆けて行った。
「あの体力にはいつも驚かされるんだよな」
「山を平地のように走るとまで言われてるわけだわ」
ヴォルテンさんとキャシーさんが、荒れた斜面を駆けていくリードさんの姿を見ながら感心している。
おばあちゃん達も、リザル族のハンター達と狩の腕を競ったことがあったそうだけど、結果はいつも、あと一歩と言うところだったらしい。
サーシャおばあちゃんの作戦があってこその話なんだろう。他のハンターでは、そもそも競うこと自体が問題なように思える。
でも、一人でだいじょうぶなんだろうか? リザル族の人達は私のような感を持つことは無いが、目は抜群に良いと聞いたことがあるけど。
「私達も始めましょう。鍋の水を使えばパンをこねられるわ。ヴォルテンは焚き木を集めて頂戴。パイプを楽しみながら待っていようなんて考えないでね」
キャシーさんの言葉にヴォルテンさんが苦笑いをしながら頭をかいている。図星ということなんだろうね。背負いカゴを手に小さな斧を持って出掛けて行った。
残った私達は魔法の袋からお鍋と小麦粉を取り出して粉を練りだし始めた。小さな団子をいくつも作り、掌で叩きながら平たくする。焚き火の熾火に鍋を反対にして乗せると、鍋底にパンを乗せれば平たいパンが焼けるのだ。
簡単な作り方だけど、ビスケットよりは柔らかいし魔法の袋に入れておけば日持ちもする。
「これだけあれば十分だろう。明日はたくさん炭が作れるぞ」
ドサリと焚き火の近くに焚き木を背負いカゴから下ろしたヴォルテンさんが焚き火の傍に腰を下ろした。
ご苦労様と声を掛けて、キャシーさんが出来たてのパンとお茶のカップを渡している。
「これは美味いな。少し甘く感じるが、砂糖をいれたのか?」
「入ってるのと入ってないのがあるわ。入ってるのは表面に印を付けてあるの」
私達は甘いパンが好みだけど、リードさんは嫌うんだよね。そのため、パンは2種類作ってある。もう1種は塩味なんだけど、それほど塩気があるわけではないから、気が付かないんじゃないかな?
リードさんが帰ってきたのは、それからしばらく過ぎてからの事だった。どこまで水を探しに行ったんだろう。
「たっぷりと汲んできたぞ。泉の水だから問題は無いはずだ」
「助かるよ。これで準備が出来たことになる。明日は体を休めて、明後日に出発だ」
翌日は体を休めると言っても、朝からリードさん達は焚き木を燃やして炭を作っている。熾火になった焚き木を灰の中に入れて消せば、粗悪な炭になるのだが、携帯コンロで使用する分には問題が無いし、直ぐに火が点くから枯れ枝の量も少なくて済むのだ。
近くの雑木からヴォルテンさんが枯れ枝を集めて食料を入れていた袋に詰め込んでいる。あの袋はお弁当をたくさん入れといた袋だと思うけど、捨てないで持っていたみたいだ。
私はボルトのヤジリを研ぎなおしている。おばあちゃんは暇があればボルトを研ぐように教えてくれたけど、使わなければ研ぐ必要はないと思っていたのだが、よく見るとサビが出ているボルトもあった。
少なくとも腰のボルトケースに入っているボルトと直ぐに取り出せるように12本を束ねたボルトぐらいはきちんと研いでおこう。
グルカナイフも見てみたけど、波紋を浮かべた刀身には一点の曇りさえも無かった。いつも手入れしていたに違いない。刃が掛けたりしたら怒られないかな……。
「グルカナイフはその砥石で研いではダメよ。使った後は血のりを【クリーネ】で落とすだけで良いわ。私のナイフも似たような品だけど、その波紋は無いのよね」
「アキト殿を探し当てれば手入れの方法も教えてくださるだろう。それを使うことがないようにするのが俺の役目だからな」
リードさんが私を見て笑っている。リードさんもさっきまで槍の穂先を研いでいたんだけど、どうやら終わったらしく、今は小さな斧を研いでいた。
「一応、予備の長剣も持っては来たんだが、まだ十分に使えそうだ。リードは持ってこなかったのか?」
「槍の穂先と斧の頭を2個ずつ持ってきている。柄はどこでも手に入ると思っていたんだが、そうでもなさそうだ。斧をもう1つ作っておこう」
リードさんの革の上下には太いベルトが付いている。普段はそのベルトに小さな斧を無造作に差し込んでいるんだけど、不思議なことにベルトには大型のナイフがきちんとしたケースに入って取り付けられているのだ。でも、そのナイフを使った姿を見たことが無い。
早めに夕食を取り、【カチート】を張った中でゆっくりと休む。
ここまで来ればもう少しだ。いったいアキトさん達は何をしてるんだろうな。
翌日。早めの朝食を終えて、身支度を整える。
背中にクロスボウを背負って帽子をかぶり、杖代わりの槍を持てば私の準備は終わりだ。キャシーさんも私と同じような槍を持っている。昨日、リードさんに作って貰ったのかもしれないな。
「準備は良いかしら。【カチート】を解除するわよ!」
「ちょっと待ってくれ。進む方角を確認するからな……。あれが目印になるな。良いぞ!」
ヴォルテンさんの言葉が終わると同時に、私達を包んでいた魔法の障壁がなくなった。
「あの2つの岩が目印になる。あそこまで歩いたところで、再度方向を確認するぞ」
「変わった岩だな。だが目印には丁度良い」
ヴォルテンさんとリードさんが話をしながら先を歩く。私達2人はその後ろを付いていくのは今までと同じだが、ハンター達の多くがこのような隊列を組むということだ。
何かあれば先の2人が直ぐに対処できるし、後続の人達がその援護をするということなんだろう。
周囲の気配を読むのは私の役目。目を閉じることなく、歩きながらも周囲を探ることができるようになってきた。
今のところは何もない。たまに小さなラッピナに似た動物が私達を興味深げに見ているのがわかる。
南に向かって尾根を降りる感じだから、それほど疲れることはない。だけど、下り斜面は膝に疲れがたまりやすいと聞いたことがある。短い歩幅で遅れないようにヴォルテンさん達の後を付いて行った。




