28話 傲慢の手先
勇者タカアキ―――死す。
地に倒れ無様に天を仰ぐ巨漢を見下す黒髪の少年。
彼はタカアキを心底つまらなそうに眺めた後、背後に控えていたメイドに告げる。
「つまらないなぁ。こんなのが神が手を焼く男だっていうのかな?」
「私たちには判別が付きません、ルーファイ様」
金髪と銀髪のメイドが畏まる。
この二人も相当な使い手であるのだが、非転生者だ。
二人は主であるルーファイが自ら鍛え上げた者たちで、非転生者ながら、その戦闘能力はチート転生者に匹敵する。
「まぁ、いいや。さっさと仕事を終わらせてゆっくりしようか」
彼らは暗殺者である。多額の報酬で殺人を請け負う暗黒の住人だ。
そこに善も悪も無い。ただ、依頼された仕事をこなすのみ。
勇者タカアキのもっとも嫌う者たちだ。
「では、残りは私たちが」
「ルーファイ様はお休みを」
「そうしようかな? ここはいい場所だし、この仕事が終わったら買い取るか」
ルーファイは既に購入後の事を妄想していた。
誰もいないここでなら、水着も何も付けないで海水浴が楽しめるだろう。
そうなれば二人の従者とも気兼ねなく、あれやこれができる。
「(そろそろ、後継者を仕込んでおいてもいいか)」
ルーファイの表の顔は貴族である。位は子爵。
ゆくゆくは父親から家督を譲られる。
彼には兄が二人いたが、既にこの世にはいない。
ルーファイが消したからだ。
彼の兄たちはルーファイを可愛がったが、ルーファイは兄二人を障害物程度にしか見ていなかった。
感覚としてはモブキャラがでしゃばるな、といったものである。
ルーファイは転生者にありがちな【ゲーム感覚】のまま成長中なのだ。
ただ、能力が平凡であれば途中で過ちに気付いたであろう。
彼の悲劇は非凡であったため発生した。
それより生じた実力とプライドは、これよりおこる非常識な出来事によって粉々に粉砕されるだろう。
「やれやれ、ゆっくり死んでもいられませんね。欲張ると―――身を滅ぼしますよ?」
「なっ―――!?」
突如として起き上がる死人。
何事も無かったかのように振舞うそれは、身体に付いた砂を払い落す。
その胸には大穴が開いており、常人であれば確実に死んでいるであろう損傷だ。
だが――その男は動いている。死んでいないのか。
否、死んでいる。
確実に勇者タカアキは死んでいるのだ。
「不死者か!」
「そうでもあるし、そうでもありません。ふふ、どうやら、あなたは【死】というものがどういったものであるのか理解できていないようですね」
「何っ!?」
この異常事態に二人のメイドも身をこわばらせた。
今までは対象を殺して全てが終了していた。
しかし、此度は殺しても終わらない。
想定外の出来事は優れた人物であっても凡愚へと変える。
「私を殺したとウキウキしながら帰っていただければよかったのですが……ほかの皆さんも殺すとか穏やかじゃないので。本意ではありませんが、ここであなた方は駆除させていただきます」
「できるものならやってみろ。肉塊ごときが」
タカアキはルーファイたちを利用し、タカアキ死す、の情報をバラ撒こうと考えていた。
そうなれば誰も彼に構おうとする者はいなくなるだろう、と考えたのだ。
しかし、いざ、殺害され計画を実行したところ、想定以上の邪悪さぶりに計画は変更せざるを得なくなった。
迷くことなく駆除を宣言したのは、ルーファイがあまりにも命を軽視し過ぎており、加えてそれを奪う事に躊躇いが無い事を身をもって理解したためである。
彼は生かしておいても為にならない。それがタカアキの結論だった。
「さて、【死】ですが……あなたは生命活動を止めれば殺せる、そう思っているようですね」
「当然だ。だからお前も死んでいなきゃいけない」
「甘いですねぇ。肉体は【魂】の入れ物に過ぎないのです。死とは魂と肉体の縁が切れる事を示します。それさえ防げば幾らでも【死】は防げるのです。あなたの依頼人に聞かなかったのですか?」
タカアキは魂糸で魂と肉体を繋ぎ止めていた。心臓は停止中なので魂糸を全身に通し、無理矢理動かしているのだ。
「おまえ―――どこまで知っている!」
「そうですねぇ、あなたの都合の悪いところまで、ですかね」
ルーファイが動いた。
常人では認識不可能な速度。戦闘系のチート転生者であっても見えるか見えないかの領域。
タカアキの首が刎ねられた。
宙を舞う首はしかし、輝く糸によって元の位置へと戻された。
「いい動きです。ですが、それが通用するのは肉体と魂の関係を理解していない者まで。ほうら、直ぐに治っちゃいます」
切断された首が、グチュグチュ、と不快な音を立てて接続されてゆく。その時間、僅か二秒。
傷跡も完全に消え去り、元の姿を取り戻していた。
何故、このような超速再生が可能なのか。
それは、タカアキの食い溜めに要因があった。
「化け物め」
「ふふ、人間は自分の理解の及ばない存在を直ぐに化け物とします。それは極めて愚かな思考といえましょう。その先に、神なる妄想の産物がおりますね。そうです、逆立ちしても叶わない存在を人は神と呼称し、庇護下に入れないかと模索します。これは生存本能が働いているからだと私は推測しますが―――」
「黙れっ!」
ルーファイは再び神速の手刀を繰り出した。
今度はタカアキを唐竹割りに処すつもりであったが、それは失敗に終わる。
「ふぅむ、慣れてしまいましたね」
「なっ!?」
受け止められた。
彼のいかなる物も両断する手刀が、タカアキの分厚い肉の手によって。
「最初こそ、見事と思いましたが、【起こり】さえ見逃さなければ後は直線的。もう少し工夫した方がいいと思います」
「(こいつ……!)」
「でもまぁ、あなたはここで、【来世】への旅に出ていただきますが。行先は輪廻の輪です。転生者なら名前くらいは耳にしたことがありますよね?」
ルーファイはタカアキに反応を見せない。
代わりに上着の裾から細身のナイフを取り出した。
「そこに行くのは、おまえだ。ランザ、ミーユ、おまえらの命、もらうぞ」
「仰せのままに」
「この命はあなた様の物。いかようにも」
ルーファイは二人の従者の首を刎ねた。
この従者たちはルーファイの幼馴染にして将来も誓い合った仲である。
だというのに自らの手で命を奪ったのである。
「なるほど……彼の者がいうとおりだ。莫大な力を感じる」
従者たちの命を吸ったナイフは禍々しいほどの黄金の輝きを見せた。
そんなナイフに勇者は眉を顰める。
「他者の命を奪い、借り物の力で私を討って嬉しいですか?」
「黙れ。僕にこの能力を使わせた報いを受けさせてやる」
ルーファイはナイフを構えた。
このナイフは勿論、ここなる世界の神が与えし物。
命を喰らい威力を増大させるライフイーターだ。
いやらしい所は所持者の命ではなく、所持者の大切な者の命でしか効果を発揮しないという所だ。
つまり、ルーファイは従者たちを本当に大切に思っていた、ということになる。
「本当に救いが無い。直接、輪廻の輪の中に送って差し上げようと思っていましたが―――どうやら、その前に罰を受けさせた方が良さそうです」
「地獄に送ってやるってか? はっ! 地獄の鬼が僕に敵うかよ!」
「あなた、鬼と地獄の獄卒を一緒くたにしてませんか? 例えるなら、鬼は野生動物ですが、極卒は戦闘、そして拷問のプロ。今の私とて後れを取るであろう猛者です。それが億の単位であなたをお待ちしているんですよ? それでも勝てると思っているとは……いやはや」
ルーファイはタカアキの言葉を信じてはいない。だが、それでも目の前の男の説明には妙なリアルさがあった。
まるで、極卒と戦ったことがあるかのような。
「地獄はあなたが考えるような混沌さはありませんよ。寧ろ、法によって完璧に管理されている世界です。そこで、あなたは自分の犯した罪の重さを知るでしょう」
「黙れと言った!」
「ならば、話はここまでです」
タカアキが構えた。
だが、今度はその構えに明確過ぎる殺意が籠る。
ルーファイは途端に体の重さを感じ取った。
「(この殺気! 今まで戦ってきた連中とは比較にならないっ!)」
ルーファイは今更になって後悔の念を持つ。
自分の後ろには神がいる。
だから、自分の成すことは全てにおいて正当化され正義になるのだ、そう信じて疑わなかった。
だが―――だというのに、この圧倒的な力の差は何だというのだ。
ルーファイはなまじ強かったが故にタカアキとの力の差に気付き絶望した。
しかし、彼にはもう退路は無いのだ。
逃走せん、と背を向けた瞬間、葬り去られる未来が脳裏を過る。
そして、それは極めて正しい末路。
自分が生き残るには、目の前の化物をどうにかして殺すしかない。
「(どうすれっていうんだ!? 心臓を潰しても、首を刎ねても死なない奴を!)」
タカアキの胸の穴は首を繋げた要領で既に完治している。
神に授かったナイフでも、タカアキを殺せるという確約は無いに等しい。
打つ手がない、そう考えたルーファイは予想外の行動を取った。




