永遠の終わり(2/2)
感想等、ありがとうございます。
「にゃー。あれはミーの悪魔人生の中でも、数少ない失敗だったにゃん」
「呪いという特殊な要因もあったことから、紅月姉弟の出産に立ち会ったのはごく少数のメンバーだったにゃん」
「ダニーが執刀医で、ミーがそのサポート。事情を知る看護師が1人と、心配性な龍一がそばで見守ってたにゃん」
「それでもって、結果は大惨事に終わったにゃん。当初の目的であった、母体と双子の安全なんて、夢のまた夢。あの出産で問題なく産まれてきたのは、弟の朱雨だけ。姉である輝夜と、母親である歩美は、呪いという未知の悪性魔法によって殺されたにゃん」
「本来なら輝夜は、出生届ではなく、死産届を出されるはずだったにゃん」
「でもミーは、なんだか負けた気がしたから、どうにかしようと思ったにゃん」
なんだか負けた気がしたから。
あまりにも淡々とした口調で、タマにゃんは己の所業を口にする。
「母体という守りを失ったせいかにゃ。輝夜は取り出された時点で、呼吸と心臓が止まったにゃん。それだけならまだしも、宿主が死んだ影響か、輝夜の心臓に巣食っていた呪いは突如、体外に飛び出して周囲に無差別に死を振りまくようになったにゃん」
「それが、もう大惨事にゃん。母体である歩美は一番に呪いの直撃で心停止、そこから弟を取り出すのも命がけだったにゃん」
「にゃはは。いま思い出しても、あれはヤバかったにゃん。宿主から解き放たれた呪いはとんでもなく凶暴で、あの龍一でも近づくことすら出来ない状態だったにゃん。だから当然、他のメンバーも産まれたばかりの朱雨の面倒を見るのが精一杯。心停止した母親や、もはや”呪物”みたいになった輝夜には、どうすることも出来なかったにゃん」
「そんな中、ミーは思ったにゃん。このトンデモ状態の赤ん坊を、このまま朽ちさせるのはもったいにゃいと! 母親の方も助けたかったけど、同時には無理だったから、そこはまぁ残念としてにゃん」
「ミーが悪魔だったおかげか、呪いもそこまで致命的じゃなかったにゃん。だから、死産した赤子に蘇生手術を施して、なんとか”生物として機能する形”まで回復させたにゃん」
それが、紅月輝夜の生誕の秘密。
なんてことのないように話すタマにゃんであったが。
それに対し、リタは怒りを滲ませる。
「その点までは、見事と言っていいでしょう。あなたはその技術で、人を治療したのだから。ですが、魔法をもってしても、脳機能の回復は出来ない。”不可逆”、というのが世の理。それを知っていながら、あなたは」
「その通りにゃん。あの世界の技術、魔法では、脳死の人間を治療する術はなかったにゃん。でも、ミーは諦めなかったにゃん!」
常人ならば、考えない。常人ならば、考えたところで踏み止まる。
けれども、彼女は違う。
「機能停止した脳は、1ヶ月も経たずにドロドロになるにゃん。けれども、ニューロンの活動を擬似的に再現、補助する役割を持ったナノマシンを埋め込んで、それを専用のインプラントで制御させたにゃ。そのおかげで、輝夜の脳は10年も腐らずに維持できたにゃん! ここにいる本人が、その証明にゃん!」
自らの研究、その成果の1つであるかのように。タマにゃんは、輝夜のことを指し示す。
対する輝夜は、自分についての情報の多さに頭を抱えていた。
「ちょっと待った。頭が、脳みそがパニックになりそうだ」
「にゃはは! 我ながら、ミーは天才にゃん♪」
タマモ・ニャルラトホテプ。誰がそう呼んだか、タマにゃん。
天才とは時に、常識とは相容れないもの。
「あなた。噂以上のマッドサイエンティストね」
「にゃ。自覚はあるにゃん」
他者からどう思われようと関係ない。理解される必要はない。
それが彼女、ニャルラトホテプという悪魔であった。
「にゃははは!!」
笑い声。特徴的な声が響く。
本当に脳天気な、何も気にしていないような。
そんな、彼女特有の笑い声が。
「ッ」
輝夜の脳に、刺激を与える。
それは本来なら、届かない場所、触れられない領域。
自分ではない記憶が、フラッシュバックする。
――決めたにゃん! 産まれてくる子供には、ミーが天才的教育を施すにゃん。
――天才的教育? 嫌よ。それで子供たちが、語尾に”にゃん”って付けるようになったら大変だわ。
――それで、女の子の名前は考えてくれた? あなたのネーミングセンスだから、もちろん期待はしてないけど。
――にゃ。見くびらないでほしいにゃ。歩美と龍一の血を引いた子供なら、きっと素晴らしい美人に育つにゃん。だから、日本で美人といえばにゃ、有名なお姫様から取ったにゃん!
――あら、そうなの?
――自然分娩は不可能だ。この謎の魔法が、彼女の心臓まで届いてしまう。まだ対抗手段すら見つかっていないのに。
――それは、ミーたちの決めることじゃないにゃん。ちゃんと本人たちに説明して、やれるだけのことをやるだけにゃん。
耳をつんざくようなアラーム音。
それは、最悪の記憶。
――なんだ、これは。
――母子ともに呼吸、心肺停止。すぐに蘇生措置を!
惨劇の中、心臓の止まった彼女が、わたしの手を掴んだ。
――にゃ、なにを。
――
心臓が止まり、言葉は出ない。
無音のまま、口が震えるだけ。
なにかを伝えようと。
それでも、聞こえない。
それが、彼女からの最期のメッセージだった。
――生命維持、ニューロンの活動も、全てインプラントで制御できるようにするにゃん。そうすれば、表向きこの子は、昏睡状態という形にできるにゃん。
――タマモくん。それは、本当に医療と呼べるのかい?
理解されなくていい。
わたしはいつも、考えるより先に行動してしまう。
――にゃ。お姉ちゃんと違って、お前は元気だにゃ。いつか、輝夜も抱っこしてあげたいにゃん。
双子の弟。朱雨と名付けられた赤子を抱きながら。
ふと、わたしは思い返す。
この子達の母親。
彼女は最期に、わたしに何と伝えようとしたのか。
それを知るために。わたしは、自分自身の脳を解析した。
記憶が、流れ込んでくる。感情が、まるで生き物のように。
喜びも悲しみも。ありとあらゆる感情が、刹那の間に通り過ぎた。
「……」
涙がこぼれ落ちる。これは一体、誰の感情か。
輝夜は、それが分からなかった。
「にゃん!? 涙は流石に予想外にゃん!」
「当たり前じゃない。自分がそんな実験体みたいな存在だって知ったら、誰だってショックを受けるわよ」
タマにゃんとリタは、純粋に輝夜のことを心配するものの。
同一体故か。カグヤは、いち早くその違和感に気づいていた。
「輝夜。あなた、その涙って」
「……」
戸惑うのも無理はない。
混乱の原因は、タマにゃんの口から出た言葉ではなく、その裏に隠されたもの。
輝夜はそれを、自らの瞳の能力で視た。
「――”わたしの、代わりに。この子を、愛してあげて”」
口から溢れた、その言葉。
誰も知るはずのない、その最期の言葉を聞いて。
「にゃ。まさか、そんなとこまで視えるにゃん?」
タマにゃんは、なにが起きたのかを悟った。
脳インプラントに移植した記憶。その断片、最も重要な部分を、一瞬で暴かれたのだと。
「困った、にゃ。フォーマットの違う記憶だから、アクセス出来ないはずにゃん」
「なんで、なんにも」
そんな声、そんな顔をしないでほしい。
彼女に出来るのは、脳天気なふりをして、ただ笑うことだけなのだから。
「にゃん! ミーだって本当は、もっと、もっと一緒に。……でもだからこそ、伝えられなかったにゃん」
もう、これ以上はいけない。
ずっと我慢していた感情が、溢れそうになる。
ゆえにタマにゃんは、輝夜の手を握り、刀をリアクターに突き付ける。
「龍一と、もっと仲良くするにゃん。それと、朱雨にもよろしくにゃ」
「そんな、こんな最後に」
こういう別れにしたくなかったから。輝夜を泣かせたくなかったから。
もっと笑って、元気づけるように、送り届けたかったから。
複雑な感情を押し殺すように。
そんなタマにゃんに促される形で、輝夜の刀は、リアクターを貫いた。
それが、終わりの始まり。
強烈な光と力が、リアクターより溢れ出る。
「輝夜、行くべき場所を見失わないで」
「くそっ、分かってる」
ここへ至る全て。
悪意も善意も、その全てを恨みながら。
輝夜は、その手に宿る力を制御する。
なんて馬鹿みたいな計画だと、改めて思いながら。
「にゃん! 体調には気をつけるにゃん!」
「2人とも、頑張るのよ」
タマにゃんと、カグヤ。
とても近くて、とても遠い。もう二度と会うことのない友人が、後ろから声をかける。
そんな真っ直ぐに応援されたら、振り返ることも出来ない。
きっと、その僅かな後悔が、遠い世界への旅路には邪魔になる。
ほんの刹那。
あるいは、そんな未来もあり得たのかも知れない、と。
温かな幻想を振り払うように、輝夜は遥か彼方への道を掴み取った。
瞬きの間。
それが、まるで夢であったかのように。
気づけば輝夜は、崩壊した建物の上に立っていた。
「……学校の校舎。そういえば、お前の攻撃で壊れたんだったな」
そんな言葉を、すぐそばのリタに対してつぶやくも。まるで感情がこもっていない。
あまりにも多くの出来事、記憶、想いが、僅かな時間になだれ込み過ぎた。
だがしかし。
嫌でも目に入る、彼方に見えるその存在が、輝夜を現実へと引き戻す。
そこにいたのは、得体の知れない”巨大な赤ん坊”。
光り輝く輪が、まるで天使の輪のように。その重みによって、姫乃タワーの上層部が完全に崩壊していた。
かつて視た歴史。予想していた未来とは、かなり姿が違うものの。
アレが敵であることは、一瞬で理解できた。
「やるぞ、リタ」
「ええ、輝夜」
姫乃を救い、歴史を変える。
この日の夜を越えるために、2人は戻ってきたのだから。
輝夜は涙を拭い、敵を睨んだ。
◇◆
嵐のような、エネルギーの濁流。その後の運用など微塵も考慮していない、行き過ぎた調整。
けれどもこれは事故ではない。不運だったわけでもない。
終末世界、アヴァンテリアの深淵。つい先程まで、輝夜とリタが滞在していたシェルター。
それは無惨にも、跡形もなく吹き飛んでいた。
天才、ニャルラトホテプの計画だから問題ない。エネルギーは全て転移へと流用され、シェルターへの被害は出ない。せいぜい、しばらく停電状態になるくらい。
そんなものは、真っ赤な嘘。
タマにゃんとカグヤ。2人は最初から、こうなるだろう、これでいいのだと納得していた。
すでに一度、死んだようなもの。それが偶然にもチャンスを与えられたに過ぎない。ならばその命、せめて大切な誰かのために使いたかった。
ゆえにこれは、当然の帰結である。
終わりを迎えた世界。
その中でも、地上より見放された、魔物の蔓延る地獄。
誰にも知られることなく。
そこには、小さな希望の残骸が散らばっていた。
「……ねぇ、生きてる?」
「……にゃ。冷蔵庫に潰されてるにゃ」
とはいえ、必ずしも死が訪れるとは限らない。
なにせ彼女たちは、悪運が強いのだから。
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、今は。輝夜に泣かれたのがショックで、動けそうにないにゃん」
「はぁ……」
ただでさえ生き埋め状態だというのに。
どうしたものかと、カグヤはため息を吐く。
「とはいえ。生まれて初めて、わたしも”ひま”になったから。気長に待つわ」
ここに居るのは、
永遠から解放された、もはやかぐや姫でもない1人の人間と。
変わらない想いを貫いた、不器用な天才悪魔。
彼女たちの物語は、この世界で続いていく。




