永遠の終わり(1/2)
「それじゃ、こいつを宝具でぶっ壊すにゃん」
タマにゃんについていくと。そこにあったのは、今にも爆発しそうな、巨大なタンク、あるいは何かしらの機械であった。
ところどころ、煙を上げて。強烈な熱を発し、一部のパーツは溶けている。まさに、臨界寸前という言葉が相応しい。そんな機械を、タマにゃんは壊せと言っている。
輝夜もリタも、その恐ろしい光景に言葉を失う。
「ちょっと、待ってもらえるかしら? 見たところ、過負荷状態のハイブリッドリアクター、かしら。こんなものを刺激したら、わたし達全員、消し炭になるんじゃない?」
リタが、冷静にそれを分析する。
「にゃ、その通りにゃん。でもこれ以外に、ユーたちが元の世界に戻る方法がないのも事実にゃん」
万能の天才、ニャルラトホテプにも限界はある。特に、この地下シェルターのように、物資の限られた状況であれば、なおさら。
「本来なら、この世界はコードと呼ばれる結界に覆われていて、内側から外に逃げることは不可能にゃん」
「そう。でも今は、遠く離れたどっかで、地球が3回壊れるほどの衝撃が起きて、コードが崩壊してるらしいわ。それでもって、今こうして無駄話をしてるうちに、コードは修復されつつある。つまり、逃げられるうちに逃げろってことよ」
「そんな、当たり前みたいに説明されても」
あなたが一番、無駄話が多かったような。
リタはそう思いつつも、口には出さないことにした。
「向こうの世界に戻るには、来た時と同じ方法を使うしかない。つまり、リタのネックレス、燕の子安貝の力ね。ネックレス自体は壊れちゃったけど、わたしがさっき頑張って、大閻魔の中に機能を組み込んだわ」
「なんだ。そんな簡単な話か。――来い、大閻魔」
話を聞いて。今度はしっかりと名前を呼び、輝夜は大閻魔の地金をその手に出現させる。
名前を呼んだおかげか、もはや無重力というレベルで刀は軽かった。
「にゃ。そこで、残る問題はエネルギーにゃん」
「エネルギー? そんなの、普通にわたしの魔力で」
「にゃは。地球圏内だったら、確かに輝夜の個人的魔力だけでもどうにかなったにゃん。でも、ここはあまりにも遠い世界にゃん」
そう、これは本来なら起こらなかった邂逅。あり得なかった時間。
奇跡の再現に必要なのは、同じ奇跡に他ならない。
「最低でも、宝具を1つ使い潰す。それくらいのエネルギーがないと、帰還は無理にゃん」
宝具。すなわち、かぐや姫の五つの難題。けれども、今この場に存在しているのは、そこに当てはまらない大閻魔の地金のみ。
「その刀を、ここで失うのは論外。あと、その刀はわたしの造った純正品じゃなくて、なんというか、海賊版? みたいなものだから。必要なエネルギーには到底及ばない」
「海賊版か……」
輝夜は、地味にショックを受けた。
「こちらへの転移の際に、ネックレスが壊れたのはエネルギーを使い果たしたせいにゃん。別に、輝夜の刀が当たったからとか、そういう理由じゃないにゃん」
「なるほど。それなら、確かに納得できるわね」
たった一度の使用で、なぜネックレスが崩壊したのか。その理由を含め、リタは事情を理解する。
「この場にいる4人が力を合わせても、必要な魔力量には届かないわ。まぁ、そんなレベルの宝具をポンポン生み出してた、全盛期のかぐや姫つよすぎ、って話ね」
「それで力を失って、自滅したバカ、の間違いじゃないかしら」
カグヤとリタの間に、一瞬火花が散る。
しかしながら、今はそれどころではない。
「コードの修復まで、もう時間がないにゃん。だから今、取れる方法は1つだけ。このリアクターを臨界寸前で爆発させて、そのエネルギーを転移に応用するしかないにゃん」
「それで死ぬって考えは無いのか?」
「無いにゃ! ミーは天才だから、心配無用にゃん!」
「そうそう。天才のタマにゃんがそう言ってるんだから、あなたたち凡人は、さっさと言う通りにしなさい」
「ぐっ」
「……不服だけど、そうするしかないようね」
ここで議論をしている時間はない。
仮に議論をしたとして、他の方法が見つかるとも思えない。
「すでに、ミーの調整でリアクターは爆発寸前にゃん。後は、輝夜がコア部分に刀を突き刺して、爆発でエネルギー発生。そのエネルギーを転移に転用して、グッバイにゃん!!」
「……この世からグッバイしないか、それが心配なんだが」
「大丈夫にゃ。ミーを信用するにゃん」
むしろ、成功するビジョンが見えない。ここに刀を突き刺して、本当に元の世界に戻れるのか。
やろうと思えば、輝夜は未来視が出来る。しかし今は、それを本能が拒絶していた。
「いい? 輝夜。このバカみたいな天才悪魔を信用できない、その気持ちは分かるけど。この作戦は、”何年も前”から決まっていたものなの。こうなると予想していたから、わたしだって受け入れてる。あなたとリタは、向こうに戻らなきゃいけないの」
「……マジか」
本当に、この作戦しか無いのか。
輝夜は天を仰ぎつつ、せめて痛みは感じないように、神に祈った。
◆◇ 永遠の終わり ◇◆
「じゃあ。リハーサルは不可能だから、ぶっつけ本番で行くわよ。リタは、出来るだけ輝夜にくっついて。じゃないと、どこかの時空に放り出されるかも知れないから」
「分かったわ」
そう言われて。どこかぎこちない様子で、リタは輝夜の背中にもたれかかる。
「それじゃ危ないわ。暴走するバイクに乗るように、ちゃんと抱きついて」
「……」
なぜ、こうも気まずさを感じてしまうのか。
カグヤに見られながら、リタはカグヤに抱きついた。
「ちょっと。年寄り臭いとか言ったら、後で怒るわよ?」
「言ってないだろ!? それに、別に嫌いな匂いじゃない」
「そ、そう?」
「……」
長年の友であるリタが、新しい輝夜と触れ合っている。
なんとも言えない光景に、若干の苛立ちを覚えるカグヤであった。
「ふぅ」
輝夜は刀を握り締め、今にも爆発しそうなリアクターを見つめる。
いくら、天才と言われるタマにゃんの計画とは言え、正気の沙汰とは思えなかった。
とはいえ、後はもう突き進むしかない。
「それじゃあ、お前ら。一応最後に聞くが、本当に”向こうに戻る”気はないんだな? 2人で跳ぶのも4人で跳ぶのも、感覚的には変わらなそうだが」
「にゃん!」
「ええ。わたし達は、ここでお別れよ。もう二度と、道が交わることはないでしょう」
タマにゃんとカグヤは、故郷である向こうの世界には戻らない。
こちら側に残る道を選んだ。
「ミーには、この世界でやるべきことが山ほどあるにゃん。もちろん、そっちの世界も心配にゃけど、そっちは輝夜がいるから安心にゃん」
「わたしも、微力ながらタマにゃんに手を貸すつもりよ。こっちに流れ着いたとき、保護してくれた恩もあるし。何より、そっちの世界の法則的に、かぐや姫が2人居るのはあまり良くないから」
決意は固い。
なにせ、ほんの少し前に偶然この世界にやって来た2人とは違い、カグヤとタマにゃんは年単位でこちらの世界に居るのだから。
「あ、それと。言い忘れてたけど、こっちの世界と向こうの世界、時間の流れがかなり違うから。多分向こうは、2人が転移してからそれほど時間は経っていないはずよ。だから安心して。転移には成功したけど、姫乃はすでに消し炭になっていた。みたいな事にはならないから」
「にゃ。浦島太郎の逆バージョンと考えれば簡単にゃん」
「それはまた、ラッキーだな」
「そうね。色々、長話をし過ぎてしまったから」
向こう側の世界、あの戦いは、まだ始まったばかり。
2人のやるべきことは、これからなのだから。
「そっちに負けないよう、ミーたちも頑張るにゃん」
二つの世界。向こう側の世界に戦いがあるように、こちら側の世界にも戦いがある。タマにゃんは、それと向き合わなければならない。
12年前。向こうの世界での事件、魔界の大崩壊に巻き込まれて、タマにゃんはこの世界へとやって来た。時間の流れが違うということは、無論そこにも当てはまる。
5年前に漂流したカグヤは、実際にはその倍近い時間をこの場所で過ごしている。
タマにゃんに至っては、すでにこの世界で、”30年以上”の時を過ごしていた。
30年以上も生きた世界。すでにここは、タマにゃんにとってもはや第二の故郷とも呼べる場所であった。
だからこそ、戻れない。こちら側の世界にも、一緒に戦う仲間が居るから。
「にゃ。向こうの世界に戻ったら、ミーの電子精霊と接続するにゃん」
「マーク2と?」
「にゃん。戦いに必要な要素は、すでに向こうの世界、姫乃に存在するにゃん。足りていないのは、起動するだけのコードにゃん」
他の誰よりも、タマにゃんが知っている。姫乃にどんな力が秘められているのか、何のために生み出されたのか。
そしてそれが、自身の不在によって未完成のままになっていることを。
「さっき輝夜が眠っている間に、脳インプラントに必要な情報をコピーしておいたにゃん」
「そうか、助かる」
「にゃんとその内容は、ミーがこれまで歩んできた、”100年分の記憶データ”にゃん!」
「……なに?」
「にゃはは。ちょっと特殊なフォーマットで保存してあるから、アクセス可能なのはミーの人格を模倣したあの電子精霊だけにゃん。にゃ〜、輝夜がアモンと出会ってて、ほんとにラッキーにゃん」
「……そうか。わたしの頭の中に、とんでもないものをぶっ込んだんだな」
タマにゃんの記憶が100年分、自分の脳インプラントにコピーされた。その事実に、若干落ち込む輝夜であったが。
そこに、リタが疑問を抱く。
「ちょっと待って。100年分の記憶って、流石に冗談でしょ? そもそも脳インプラントは、性質上そこまで記憶領域のあるテクノロジーじゃないわ。仮にフルに利用しても、1テラバイトにも及ばないはず」
「にゃはは! そこは心配無用にゃん。輝夜のインプラントは、”脳死状態維持”のために製造した、世界で唯一の特注品にゃん!」
「……うん?」
聞き捨てならない単語に、さすがの輝夜も疑問を抱く。
「人格が宿って、ニューロンの活動を自力で行えてる今の輝夜は、インプラントの機能をほとんど無駄にしてたにゃん。だから余分となったその領域に、ミーの記憶をまるまるとコピーしたってわけにゃん!」
「なる、ほど? それは確かに、ナイスなアイデア、なのか」
「ちょっと、タマにゃん。その話はしないはずだったでしょ」
「にゃはは、つい口が滑ったにゃん」
どうやら、こちら側のカグヤは、すでにその事実を知っていたようで、特に驚いた様子はない。
しかし今、この場で口にしたことを咎めているようで。
混乱する輝夜はさておき。
頭の回るリタは、その恐ろしい”意味”に気づいてしまう。
「輝夜が目を覚ましたのは、産まれてから10年後。じゃあ、つまり。その10年の間、輝夜はずっと脳死状態だったってこと? 昏睡状態じゃなくて?」
「ん? 脳死やら昏睡やら、別に一緒じゃないのか?」
「一緒なわけないでしょ。仮に昏睡状態だったら、10年間病院で眠り続けていたのも有り得る話。でも、脳死なら有り得ない。だってそれは、すでに……」
産まれてから10年間、紅月輝夜は目を覚まさず、眠り続けていた。常識的に考えれば、これは特殊な昏睡状態だったのだろうと考える。心臓に巣食う呪い、特殊な魂。肉体と精神の齟齬が、覚醒を妨げていたのだと。
だがしかし、脳死状態ならば話は変わる。
昏睡、いわゆる植物状態と呼ばれる症状は、生命維持に必要な脳幹が生きているため、非常に確率は低いものの回復する可能性が残っている。
けれども脳死状態とは、生命維持に必要な脳幹を含めた、脳全体の機能が停止した状態のことを示す。医学的に、脳死状態から回復する可能性はゼロとされる。
すなわちそれは、
「そうにゃ。輝夜は産まれたときから、心肺停止の脳死状態。すでに、死んでいたにゃん」
眠り姫の真相を、タマにゃんは語り出す。




