かぐや姫の結末(2/2)
「原因不明の悪性魔法。現段階では、そうとしか言えないにゃん」
「そう」
ここではない何処か、今ではないいつか。わたしではない、誰かの記憶。それがバグのように、脳裏に再生される。
通い慣れた。そう思いつつも、どこか違う病院の一室。そこでわたしと、知らない女性が話している。まったくもって不思議だが、なぜだか弟の朱雨に似ているような気がした。
「発現が確認されているのは、双子の片方だけ。もう一方の子は健康体にゃん。そして重要なのは、ここの部分」
エコー写真のようなもので、わたしはそれを女性に説明する。
「へその緒を通して、歩美にも悪性魔法の転移が始まってるにゃん」
「転移? それって、病気みたいに?」
まだ腹の膨らみは目立たないが、きっと女性は妊婦なのだろう。
とても深刻な、無視できない情報を、わたしは彼女に説明する。
「こんな症例、魔界でも聞いたことがないにゃん。過去に、龍一にかけられた魔法が、子供に発現するようプログラムされていたのか。それにしても、疑問点が多すぎるにゃ」
「それで。わざわざこうやって呼び出したってことは、よっぽどの面倒事ってこと?」
「にゃん。……致命的なことになる前に、原因である片方の子を」
「――却下します」
わたしが、それを言い終わる前に。女性は強く言葉を発した。
「どんな事情があったとしても。わたしの中で、この子は今、必死に産まれようとしてるんでしょ? わたしは母親として、双子の赤ちゃんを産むわ」
「……」
嫌な予感がする。今ここで、この悪性魔法をどうにかしなければ、きっと取り返しがつかない事が起こる。
冷静な思考が働く一方で。なるべく、彼女の意向に従いたいという気持ちもある。
そんなわたしの感情を察してか、彼女はいつも通りの微笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。他ならぬ、あなたがついているんだから。どんな困難も、今まで乗り越えてきたでしょう?」
期待されている。信頼されている。
天才であるわたしなら、絶対に不可能を可能にすると。
でも、みんなが思っているほど、わたしは。
「了解にゃん♪」
笑顔が引き攣っていないか。
いつも、心配だった。
◆◇
「ふぅ、スッキリした。じゃあタマにゃん、後はいいわよ」
もはや言い残したことはない。やるべきことは全て終わった。そう言わんばかりに、納得した様子を見せるカグヤであったが。
無論、輝夜とリタはそれを許さない。
「おい、ちょっと待て」
「そうよ、カグヤ。今あなた、なんて言ったの? ルナティック症候群を、引き起こした? あれはあなたが死んだことで、槍の力が暴走した結果じゃ」
「……そんな偶然、悲劇なんかじゃないわ」
ずっと、ずっと前から。全てが始まった時から、カグヤはそれを知っていた。ゆえに、自分自身の中ではすでに整理がついているのか。輝夜やリタの反応とは温度差がある。
「みんな知ってる通り、竹取物語、かぐや姫の結末は、ハッピーエンドじゃないわ。月の使者に連れられて、地上を後にして、月の呪いを制御する人形へと変えられた。とっても可哀想な、悲劇のお姫様。……でもね、わたしも地上での生活を経て、良くも悪くも人間らしくなったのよ」
最初の数百年とは違う。自らの役割を疑わない、無垢だった少女はもう居ない。かぐや姫は地上での生活で、善と悪という概念を知った。
だからこれは、当然の帰結なのかも知れない。
「あの哀れな救世主。魔神サタンの放った一撃で、わたしの心臓は穿たれた。わたしは”願った通り”に、死という解放を得られたの」
忘れられない。つい昨日のことのように、カグヤは左胸に触れる。あの衝撃、あの痛みは忘れない。
「本当は、そのまま死ぬつもりだったの。でもほら、いわゆる走馬灯ってやつかしら。胸を貫かれた瞬間に、わたしの時は永遠のように感じられて。つい、槍が目に入ってしまった」
かぐや姫の最期。死する直前。
彼女が抱いたのは、淀みのない悪意であった。
「1000年以上、わたしは槍を握り続けて、会ったこともない地上の人々を守り続けてきた。感謝もされず、見向きもされず。のうのうと文明を繁栄させていく、あの堕落した人間たちを。……だからわたしは、あの青い惑星を穢したくなった」
それが、ルナティック症候群の真実。
世にいる多くの人々は、魔神サタンの攻撃によって、月に呪いが生じたと考えている。かぐや姫や、槍の存在を知っている者たちですら、あの攻撃が原因だと思っていた。
けれどもそれは、真っ赤な嘘。地上と魔界の境界を歪ませ、人類全体を呪うようになった、赤き月の光。それは、たった1人の人間の”悪意”によって生み出された。
「槍に命じる直前、あなたのことを思い出せてよかったわ」
そう言って、カグヤはリタを見つめる。
「ただ1人、わたしのことを思ってくれる友達だから。あなただけは呪いの対象にならないようにしたの」
「そう。なら一応、ありがとうと、言ったほうがいいのかしら」
リタとしても、複雑な思いであった。
物言わぬ人形と変えられても、忘れずに居てくれたという気持ちと。あの大惨事を生み出したのが、他ならぬカグヤだったのだから。
「月の呪いが、どれだけの人々を苦しめているのか。それは、知ってるわよね」
「ええ。もちろん」
「月面で暮らしていた人々は、わたしを除いて全滅したわ。全身から血を流して、大きな悲鳴を上げながら。あれほど惨い光景は、わたしの長い人生でも一番だわ」
遠い離れた場所からでも、人間を確実に苦しめる月の呪い。その発生源に限りなく近い月面ともなれば、もはや地上とは別格の呪いを受けることになる。
そんな地獄の地から、リタはただ1人帰還し。”月の魔女”という名で呼ばれるようになった。
「わたしを、軽蔑する?」
「……いいえ。あなたと同じ時間を、わたしも生きてきたから。友達なんて言いながら、何も出来なかったわたしに、あなたを非難する権利なんて無いわ。それに、あなたが意外と腹黒だってこと、わたし知ってたのよ?」
「そうね。……そう、だったわね」
カグヤとリタ。その出会いから、すでに2000年近く。この程度の告白で関係が崩れるほど、2人の友情は脆くはなかった。
「じゃあ、あなたは? もう1人のわたし」
続いてカグヤは、後継者である自分の分身に尋ねる。
「きっと、そう遠くない未来。あなたは選択を迫られることになる」
「選択?」
「ええ。月の呪いの根源、救世の槍を扱えるのは、かぐや姫だけ。そして、人と悪魔の衝突は、もう止められない段階まで来ている。あなたはいったい、何を守り、何を滅ぼすのか。その選択を、必ず迫られる」
そう、輝夜は全てを託された。希望も、絶望も。未来を切り開くだけの力を、その手に。
罪と運命と責任。
大閻魔の重みが、様々な意味に感じられる。
だが、しかし。
――さぁ、涙を拭って。こんな悲劇が起きないよう、君が世界を変えるんだ。
――生きていてくれて、ありがとうございます。
――あたしは、ルーシェ。お前のファンや。
背負ったもの、託されたものの重さだけではない。
それ以上の想いを、輝夜はあの世界から与えられてきた。
「選択はする。でもわたしは、何も捨てないし、何も諦めない。”前のかぐや姫”とは、一味違うからな」
「あら。その自信、どこから来るの?」
カグヤが、輝夜に問う。
わたし達に、一体どんな違いがあるのかと。
「――わたしは、あの世界が好きなんだ。大切な人も、友達や仲間もたくさんいる。だから、わたしはきっと、お前と同じ道には進まない」
「……そう」
それが答え。新しいかぐや姫と、古いかぐや姫の考えの違い。
かつてのカグヤは、あの世界の価値を花輪善人という人間の有無で考えていた。彼こそが全てであり、それを失った世界になど価値はないと。
けれども、今の輝夜は違う。呪いに負けず、自分自身の足で立ち上がり。一度絶望を経験したことで、真の意味で”世界に生きる”存在となった。
どんな形でもいい。
あの世界を構築する一部として、わたしは生きていたい。
必要としてくれる場所に帰りたい。
「まぁ、その、なんだ。今は他に誰もいないからな、こんな馬鹿みたいに恥ずかしいことを言えるわけだが」
「……」
ほのかに赤面する輝夜を見て。こんなにも違うのだと、カグヤは理解する。
(そういう、問題だったのね)
ずっと疑問に思ってきた。遠く離れた世界から、新しい輝夜の生き様を見続けて。どうして先が気になるのか、どうして目が離せないのか。
2000年近く生きた自分よりも、どうして彼女の人生のほうが輝いて見えるのか。
(ただ、”生きていただけ”のわたしと。純粋に、”生きようとしている”彼女)
2人の違いは、たったそれだけ。
今頃になって気づいても、もう遅いというのに。
「まったく、バカバカしいにも程があるわ」
「うるさい! 善人に惚れてたような女に、何も言われる筋合いはない」
「だ、か、ら。わたしの歴史だと、彼はもっとクールだったのよ!」
「クール? あいつは基本コミュ障か、呪いでキャラ変するかのどっちかだろうが」
「あー、もう! ……ここの認識だけは、絶対に相容れないわね」
思わず躍起になってしまう。
ただ一度だけの恋は、どうしても譲れない感情であった。
とはいえ、
(――後は、任せたわよ。誰よりも美しく、誰よりも強い。まったく新しいかぐや姫)
罪も、呪いも、宿命も。
なんてことも無いように、彼女はこの先を行くのだろう。
かぐや姫の物語は、こうして引き継がれた。




