かぐや姫の結末(1/2)
それは、どこにも記されることのない、かぐや姫の結末。
月の祈りを制御する機械へと成り果て、やがて人間の少女へと生まれ変わる。
幼き少年を、評価すべき最後の人間と決め。共に歩み、共に戦い。その別れは、かぐや姫の心に大きな穴を空けた。
その世界、その歴史が終わりへと向かうと。かぐや姫は古き友の旅路に背中を押して、まるで因果に巻き込まれるように過去の自分へと逆行した。
やり直せるかもしれない、という小さな希望と。二度目の恋という、大きな絶望。
絶望に負けたかぐや姫は、その肉体を遠い彼方の隣人へと託し。行き場を失った彼女の魂は、果てしなく遠い終末世界へと辿り着いた。
◆◇ かぐや姫の結末 ◇◆
終末世界、アヴァンテリアの深淵で、かぐや姫は自らの心臓に刃を突き立てる。
もう1人の自分によって生み出された、真っ黒な罪の刀。
まるで、自らの罪を償うかのように。
何も告げず、自らを突き刺したカグヤ。その行動に、輝夜とリタは動揺を隠せない。
タマにゃんは意味を理解しているのか。真剣な眼差しで、事の顛末を見守る。
「――くっ。危ない危ない。普通に死ぬかと思ったわ」
自らの胸を貫きながらも、カグヤは揺らがぬ意志を。
肉体と刀を、魔力をもって繋ぎ止める。
「プロテクト突破。擬似的な所有者権限を取得。まったく、素人が宝具を造るから、こんなややこしいことになってるのね」
カグヤは刻む、意味を持つ言葉を。
その影響を受けるように、漆黒の刀は僅かに形を変えていく。
「リカバリーモード。タマにゃん、聖杯の欠片を」
「はいにゃ!」
この世界の法則を破ったために、崩壊した宝具。かつて、仏の御石の鉢と呼ばれたそれの残骸を、カグヤは漆黒の刀へと組み込む。
だが、それでは足りない。
(燕の子安貝は、もう中にある。他のエレメントは、わたしの中の痕跡を使うしかない)
そのリスクを、カグヤは知った上で実行。
自らの魂の一部を、刀へと注ぎ込む。
「くっ」
それは、ただの痛みではない。胸を貫く苦痛とは違う。自分自身を消費するという行為の代償。
その行為と共に、カグヤの髪から色素が失われていく。
見覚えのある光景だと、輝夜は思った。
一度、間違えてしまった歴史。ほんの僅かな力を求めて、寿命を削ったかつての自分のように。
「ちょっと、カグヤ!? 大丈夫なの!?」
リタの視点から見ても、それは明らかな異常行為であり。
それでも、カグヤは止まらない。いいや、止まれない。
これまで歩んできた全てより、この一瞬が大事なのだから。
「大丈夫に、決まってるじゃない。わたしは、かぐや姫よ? おとぎ話の存在なのよ? 2000年以上、生きて、足掻いて、無様な結末を晒すわけがない!!」
それは、魂の叫び。
彼女の声に呼応するように、漆黒の刀は力を受け入れる。
「……ありがとう、名もなき刀。これより、あなたを我が宝具と認め、”神名”を授けます」
自分の胸から、ゆっくりと引き抜いて。
最後にカグヤは、刀にそっと息を吹きかけた。
まるで、命を授かったかのように、漆黒の刀が脈動する。
「さぁ、輝夜。これが、わたしからあげられる最後の餞別よ。ありがたく、使いなさい」
肉体的にも、精神的にも消耗したのか。カグヤはどこかふらつきながら。それでも、カッコ悪い姿は見せられないと、輝夜にブレードを返却する。
「……あぁ」
何をしたのかは知らないが。きっと、大切な、意味のあることをしたのだろうと。輝夜は再び、ブレードを握り締める。
力を注がれた影響か。漆黒の刀という基本構成はそのままに、宝具と呼ぶにふさわしい華美な装飾が追加されていた。
「カグヤブレード、バージョン2ってところか」
そうつぶやいた瞬間。
漆黒の刀は纏っていたオーラを失って。同時に、輝夜はとてつもない重量を感じ取る。
「お、おも。死ぬほど重いぞ、こいつ」
「そりゃそうよ。だって、変な名前で呼んだんだもの。その子だって拗ねちゃうわ」
「はぁ?」
まったくもって意味が分からない。
今までずっと、まるで体の一部のように、刀は重さを感じなかったというのに。これではまるで、普通の刀と変わらない。
そんな重たい物を、輝夜が持つことなど不可能である。
「その、なんて言ったかしら。カグヤブレード? そんな意味のない、クソダサい名前でずっと呼ばれ続けて、その刀が可哀想だったから。宝具にふさわしい、新しい名前を授けたの。今後、その名前で呼ばないと、その子は力を発揮してくれないわ」
「……くそ、面倒なことを。こいつの名前なんて、別にどうだっていいだろ」
「よくない! カグヤブレード? 武器に自分の名前を付けるって、頭イカれてるんじゃないの? いくらアナタが馬鹿とはいえ、そんな愚行は許せない。かぐや姫というブランドに傷がつくわ」
「ぐぬぬ。そこまで言うか」
どれだけ、輝夜が反骨精神を抱こうと、刀の重さは変わらない。すでに、そういうものと定義づけられてしまったのだから。
輝夜の右腕は、限界に達しようとしていた。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ? ぶ、ブラックセイバー? 最強の刀、カグヤソード?」
「……あなたに、ネーミングセンスが皆無なことは分かったわ。でも安心して。その子には、最後の宝具としてふさわしい、意味のある名前を与えたから」
かぐや姫の宝具、五つの難題。それに並び、あるいは凌駕する。そんな刀には、カグヤブレードなどという汚名は似合わない。
「――”大閻魔の地金”。それが、その宝具の神名よ」
新しい名前。ふさわしい名前。
これから先、輝夜の行く末を支える力として、存分に活躍できるよう。そう祈りを込めて、その名は授けられた。
「大閻魔の、じがね? 大閻魔は、まぁ理解できるが。じがねってどういう意味だ?」
「言い伝えによると。地獄の閻魔大王は、毎日ドロドロに熱せられた金属を飲まされて、体の中を焼かれるそうよ」
「ふむ」
「その理由は、亡者たちを裁くこと。つまり、”他者を裁く”という行為を自らの罪であると認識して、閻魔大王は自分自身にその罰を下しているの」
「う、うーん?」
「まぁ、そこからはわたしの勝手な解釈だけど。毎日毎日、自らの行う矛盾した行為によって、閻魔大王の胃袋にはとてつもなく大きな罪の塊が存在しているはず。それこそが、大閻魔の地金。この刀は、その地金を鍛えることによって生み出された、真っ黒な罪の刃。わたし達、かぐや姫が振るうにふさわしい武器だと思わない?」
「いや、えっと。……つまりこの刀は、閻魔大王の胃袋から出てきたと?」
「……わたしの勝手な解釈って言ったでしょ。あくまでも、ただの比喩表現よ。実際に、この刀がそんな経緯で誕生したわけないじゃないわ。そういうバックストーリーを用意することで、宝具は名前に負けない格を得るの」
そう、あくまでも根本的な部分は何も変わらない。この漆黒の刀は、未来を変えたいという輝夜の願いによって生み出されたもの。
「同じ刀でも、カグヤブレードなんて頭の悪い名前より、大閻魔の地金っていう格好良い名前のほうが、なんとなく強そうでしょう? まぁ、そんなところよ」
「じゃあ、つまり。ただ名前がカッコ悪いという理由で、こいつの名前を変更したってことか?」
「別に、それだけが理由じゃないわ。その刀には、”他者の魂を改竄する力”がある。強制的に心を切り開いて、そこにあなたという存在を刻み込むの。そんな罪深い武器、きっと地獄にだって存在しない。だからあなたは、その刀を使うたびに、思い出さないといけないの。自らの抱えた矛盾、その真っ黒な根源を」
「……」
この漆黒の刀は、ただの武器ではない。斬り捨てた死者を蘇らせ、仲間という”都合の良い存在”に変質させる。魂の奥深く、聖域にまで踏み込み、そこに輝夜という名を刻み込む。
ゆえに、それはふさわしい神名を与えられた。
「ふぅ。それにしても疲れたわ。宝具を弄るのに、まさかここまで手間取るなんて。もう少し手こずってたら、わたしの魂も、ぽろっと崩壊してたかも知れないわね」
カグヤはすでに、疲労困憊という様子。なにせ、胸には大きな傷が残り、美しかった髪の毛は真っ白に。おまけに、自らを構築する魂すら削ったのだから。
本当の意味で、死ぬ寸前だったと言えよう。
「おつかれにゃん」
「ん」
厄介な大仕事を終えた。そんな様子で、タマにゃんはカグヤを労い。新しい力を与えられた輝夜は、まだ理解に時間がかかる様子で。
そんな中、彼女は吠える。
「何してるのよ、輝夜!」
「……リタ」
戸惑うような。どこか、憐れむような。そんな表情で、カグヤはリタを見る。
対するリタは、明確に怒りをあらわにしていた。
「色素の欠乏。それってつまり、命を削ったってことよね? こっちの輝夜に、色々と託したい気持ちは分かるけど。そんな無茶をしたら、あなたの寿命はもう」
「あー。そこは、心配しなくていいわ。ちょっと説明が難しいけど、今のわたしに明確な寿命は無いの」
「どういう、こと」
「さっき説明した通り、わたしはそっちのわたしと、世界を超えた肉体の交換を行おうとしたの。でも、結果は不完全。紅月輝夜の体に、そっちの魂は定着したけど。わたしは、交換先の体に入れなかった。だから、わたしは魂だけの状態でさまよい続けて、巡り巡ってこの世界へと辿り着いた」
「にゃん! ミーがシェルターの外を調査してる最中に、流れ着いたカグヤを保護したにゃん」
「ええ。肉体を失ったわたしだけど、魂だけの状態でしばらく活動した結果、ちょっと魂の強度が上がった、とでも言えばいいのかしら。わたしは、魔力によって肉体を構築して、そこに自分の魂を定着させる術を手に入れたの。だからわたしは、たとえ肉体が滅びても簡単には死なない。また同じように、新しい肉体を構築すればいい話だから」
「そう。……そんな、ことが」
「だから、心配しないで。今は魂が消耗してるから、少し安静にする必要があるけど。しばらくしたら、元の黒髪サラサラヘアに戻るから。……呪いにまみれたそっちのわたしより、よっぽど長生きできるわ」
「おい。誰が呪いまみれだって?」
残念ながら、カグヤの言う通りである。力を注がれ、宝具がどれだけ強度を増そうと。所有者である輝夜に変化はない。医療用ナノマシンをフルに使って、残り数年の寿命という事実は変わらない。
祈りも、呪いも、全て受け継いでしまったのだから。
「リタ。そっちのわたしを、お願いできるかしら。あなたがついていてくれると、わたしも不安が和らぐわ」
「……」
カグヤに、そう頼まれて。渋々という様子で、リタは輝夜を見る。
見た目は、よく知っている輝夜だが。その中身は、遠い世界から偶然選ばれた赤の他人。出会ってからの印象は、正直言って良くはない。
ただ、それでも。
「仕方ないわね。他ならぬ、あなたの頼みですもの。今後のわたしの力は、彼女を守るために使うわ」
「ありがと、リタ」
断らないとは、分かっていた。それでも、今はただ感謝を述べるしかない。
「そっちのわたし。あなたも、リタをよろしくね。2000年以上こじらせてる、とんでも厄介な魔女だけど。どうか、友だちになってあげて」
「まぁ、別に構わんぞ。こいつ、見るからに友だち少なそうだからな」
「なんですって?」
「事実でしょ。今まで、わたし以外に友だち居たの?」
「……10年後の未来だと。それなりに仲間とか、協力者とか。い、居たから」
「……そう」
なんだか、可哀想になってきたので。
2人の輝夜は、これ以上追求するのを止めた。
「さて。わたしから伝えることは、もう無いかしらね。他の宝具に関する情報は、なんとなく大閻魔に読み込ませたし」
思い残すことはないか。カグヤは少し、考えて。
「あっ、そうだわ。一応、これだけは言わないとね」
なんでもない様子で、とんでもない事実を口にする。
「――人を蝕む月の呪い。俗に言う、ルナティック症候群。あれを引き起こしたの、わたしだから」
それは誰も知らない、かぐや姫の結末。
彼女は死の間際に、地上の人々を呪いました。




