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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第五章 擾乱の半島編

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94 邦人引揚作戦

 七月二十五日、陽鮮軍の倭館に対する攻撃は始まる前から躓きを見せていた。

 まず、敦義門通過中の増援の砲兵隊が冬花の爆裂術式によって城門ごと吹き飛ばされて戦闘力を失ってしまった。また、倭館に最も近い城門が破壊されたことにより、城内からの増援を迅速に派遣することも不可能となった。

 それでも、高台の下の陽鮮軍は、昨日、やはり冬花の爆裂術式で破壊された火砲の内、比較的損傷の少なかった砲を修理して再び砲座に据え付けるなど、相応の攻撃準備を整えようとしていた。

 しかし、ここで陽鮮軍は皇国海軍龍兵部隊による爆撃を受けることとなった。

 爆撃は、〇八〇〇前後から開始された。

 第四航空戦隊から発進した龍兵隊は、一部が制空隊として陽鮮側の翼龍を警戒しつつ、残りは地上攻撃用の小型爆弾を陽鮮軍頭上に次々と投下した。

 如何に皇国の翼龍が他国に比べて体格・体力の面で優れているとはいえ、所詮は動物を使っているために可搬重量(ペイロード)は限られる。そのため、後世の航空機のように一騎あたり数百キロ単位で爆弾を投下することは出来ない。

 それでも、上空から一方的に投下される爆弾によって、陽鮮軍は混乱に陥ってしまった。

 その光景に、景紀の部下たちから再びの歓声が上がる。万歳を叫ぶ者、上空の龍兵に声援を送る者、あるいは龍兵に大きく手を振る者など様々だった。


「景紀、この後、〇九〇〇時頃に人員救出のための第一陣、翼龍二個小隊八騎が到着するそうよ」


 通信用呪符を片手に、冬花が報告する。


「判った。……伝令、あの雷娘に翼龍の発着陸を誘導してもらうように言ってくれ」


 近くにいた兵士に、景紀はそう言いつける。


「はっ!」


 倭館到着以来、鉄之介との術比べを行っていた結果、雷娘という渾名が定着してしまったらしく、それだけで兵士には伝わってしまった。


「問題は、天候だな……」


 景紀は駆けてゆく兵士の背中を見遣った後、視線を上空に向けた。すでに空は曇り始めていた。

 雨風に晒されれば、翼龍の発着は難しくなる。不安定な龍母の飛行甲板に着艦せねばならないとなれば、なおさらだ。

 天候が崩れ出すまでに何人が翼龍で脱出出来るか……。

 景紀は、上空に向ける視線を険しいものにしていた。


  ◇◇◇


 倭館の庭は、翼龍が発着しやすいように昨日の内に庭石や樹木などがほとんど撤去されていた。

 美しかった和風庭園の姿は、すでにない。


「庭は狭いんだから、一騎ずつ降りてきなさい!」


 今、その庭園は翼龍の発着場と化していた。

 八重は上空の翼龍に語りかけるようにして怒鳴る。障害物を撤去したとはいえ、それでも庭は一騎の翼龍がようやく発着出来る程度の広さしかない。

 八騎の翼龍が邦人脱出のために派遣されてきたが、七騎は倭館上空で旋回しながら待機しているしかないのだ。

 翼龍での脱出という作戦に限界があることを、この時点ですでに露呈していたといえよう。

 八重は昨夜と同じように口笛を吹いて翼龍を誘導した。

 とはいえ、もともと狭い龍母の飛行甲板での発着に慣れている海軍の龍兵である。翼龍にある程度言うことを聞かせられる八重の能力の補助もあり、危なげなく倭館の庭に着陸していく。

 降り立った翼龍には、偵察員用の復座鞍が括り付けられていた。もちろん、後部の鞍には誰も乗っていない。

 外務省警察の誘導で、最初に脱出する女性陣の内の一人が翼龍に乗った。八重が厨房で世話になった、倭館の女中であった。

 なお、館長と副館長の夫人は、翼龍で脱出する女性陣の中でも最後に脱出することになっていた。


「料理、案外楽しかったわ。教えてくれてありがとうね」


 残されることに特に気負いを感じず、八重は鞍に跨がった女中に声をかける。


「あなたも、必ず脱出するのよ」


 一方、その女中は心配そうな視線で八重を見ていた。


「判っているわよ。さっ、兵隊さん、後が詰まっているから早く出発してちょうだい」


「了解。嬢ちゃんも無事でな」


 敬礼する龍兵に、八重はいつもの不敵な笑みを返す。そして、口笛を吹いた。

 それに合わせるように翼龍が甲高く鳴き、畳んでいた翼を大きく広げた。そして、短い滑走距離で空に浮き上がり、海の方角へと向かっていく。

 まずは一人、倭館から脱出させることが出来た。


「さあ、次! とっとと降りてきなさい!」


 八重は快活な声で上空の翼龍に語りかけた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 江蘭島から五〇キロほど離れた海域を、二隻の航龍母艦が航行していた。

 秋津皇国海軍第四航空戦隊に所属する、雷龍、丹龍であった。

 江蘭島砲台に睨みを利かせて軍事的圧力をかけている第七戦隊の四隻の巡洋艦と違い、龍母には砲台と砲戦を行えるだけの砲は搭載していない。

 そのため、第七戦隊とは離れて作戦行動をとっていたのである。

 龍母はそもそも、索敵と哨戒を目的として誕生した艦種であった。

 戦国時代の水軍では、すでに軍船で翼龍を運用していた記録が残っている。そして、時代が下ると共に翼龍の搭載を専門とした艦種が生み出されることとなったのである。

 もともと偵察目的の艦種であるため、不意に敵艦と遭遇した場合に備え、ある程度の砲戦能力は持っている。しかし、それはあくまでも敵艦を撃退して逃走するための自衛用の砲であり、戦列艦や巡洋艦と正面切った砲戦を行うための装備ではない。

 二隻の龍母に搭載されている砲こそ、最新鋭の鋼鉄製後装式旋条砲であったが、その搭載数は四門でしかなかった。

 今、陽鮮半島の西側、黄海を航行している二隻の龍母には陽鮮軍への爆撃を終えた龍兵隊が次々と帰投しているところであった。

 かつて、帆船時代の龍母は艦前部に集中させた帆柱や艦橋などを避ける形で、艦尾から艦首に向けて「V」字型に飛行甲板を伸していた。そのため、乗り込ませられる翼龍の数なども少なかった。

 しかし、蒸気機関の発達によって帆と風の力に拠らなくても船を自在に動かせるようになると、全通式飛行甲板を持つ龍母が現れるようになった。

 第四航空戦隊の二隻の龍母も、そうした全通式飛行甲板を持つ龍母であった。

 なお、煙突については、排煙が気流を乱し、また着艦しようとする龍兵の視界を遮ることから、舷側から伸す形になっている。

 そして、飛行甲板の下に翼龍のための龍舎区画を設けているため、帆船時代よりも龍母の搭載騎数は多くなっていた。また、帆船時代よりも飛行甲板を広く取れるため、一度に発艦させられる翼龍の数も増大している。


「特に損害もなかったようだな」


 戦隊旗艦・雷龍の艦橋から着艦する翼龍の様子を見守っていた四航戦司令官が言う。


「はい。翼龍の疲労などを確認して、可能であれば再度、爆装して出撃させられましょう」


 傍らで同じように飛行甲板を見下ろしていた先任参謀が、司令官の言葉に応じる。


「とはいえ、一定程度の翼龍は爆装のまま待機させるべきかと。江蘭島の出方が不明である以上、場合によっては第七戦隊の援護として江蘭島砲台の爆撃を行う必要が出てきましょう」


「やむを得んな」


 二隻の龍母に搭載されている翼龍は、合計で四〇騎。帯城倭館を包囲する陽鮮軍への爆撃、江蘭島砲台への爆撃、そして帯城倭館の非戦闘員の脱出という三つの任務を同時並行的にこなすには、いささか騎数が不足していた。

 さらに、黄海には斉国海軍の艦艇も存在している。未だ蒸気船を持たない斉国海軍であるが、半島情勢に介入の姿勢を見せている以上、警戒は必要であった。

 そのため第四航空戦隊は陽鮮に対する攻撃などを行いつつ、斉国海軍の動向にも気を配らねばならないという状況に置かれていたのである。

 単に帯城倭館の邦人救出任務であれば、巡洋艦四隻、龍母二隻という比較的強力な部隊は必要なかっただろう。出撃した部隊がこの規模になったのは、ひとえに海軍が黄海での斉国海軍の動向に警戒を払っていたからである。


「まあ、攻撃隊に損害が出ていないところを見ると、倭館の邦人脱出計画の方も順調に進みそうだな」


「ただ、敷地面積の問題から一度に発着出来る翼龍の数が一騎のみとのことですから、相応の時間がかかりましょう」


「ふむ、となると、翼龍を利用して軍事視察団も含めた全員の脱出は難しそうだな」


「視察団もそれを自覚しているようで、翼龍で脱出させるのはあくまでも非戦闘員のみに限定するとのことです」


「あとは、陸戦隊を上陸させて救出するしかないか」


「はい、第七戦隊と江蘭府との交渉の結果次第ですけれども」


 参謀の表情は、交渉結果をあまり期待しているようには見えなかった。そしてそれは、四航戦司令官もまた同様であった。


「攻撃隊を収容次第、再出撃可能な翼龍の数を調べさせろ。丹龍にも信号を出せ」


「宜候。各艦に下令いたします」


 司令官の命を受け、雷龍では伝令の兵が走り、信号員が檣楼に上って僚艦・丹龍へと司令官の命令を手旗信号にて伝達する。

 すでに第四航空戦隊は、完全な戦闘態勢に入っていたのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 第四航空戦隊による帯城倭館からの主要な非戦闘員の救出は、それを見ていた陽鮮軍による強襲を引き起こす結果となった。

 彼らは倭奴どもが逃げ出すのを阻止しようと、火砲の再配備や損耗した部隊の再編を待たず、高台への突撃を開始したのである。

 さらにこの日、李欽政権を支援する両班の募兵した兵力の一部が帯城へと到着。

 攘夷や救国の情熱に燃えるこれら私兵集団(李欽政権側はこれら募兵に応じた者たちを「義兵」と呼んだ)の士気は、農民や貧民を徴用して編成された五営の兵卒よりも高く、結果として李欽政権側が動員した軍の士気を立て直すことに、一時的ながらも成功していた。

 ただし、そうした士気の向上は五営の脱走兵に対する苛烈な処置の結果でもあった。実際、逃亡兵や戦意が不足していると見なされた兵卒の一部が、攘夷派の武官や義兵たちによって私的に処刑され、その首が南大門に並べられるという事態も発生している。

 二十五日正午頃から、義兵の参戦によって陽鮮軍による倭館強襲が開始された。

 正門を突破すべく倭館東側正面から突撃をかけていたこれまでと違い、正面の他にさらに南翼にも部隊を割いて、陽鮮軍は二方面から倭館を攻撃する姿勢をとった(なお、倭館北側は西池によって、西側は裏山によって大規模な部隊の展開が不可能)。


「外務省警察の連中も動員して、南側の守りも固めろ! 予備隊も南側に投入するんだ!」


 陽鮮軍の動きを察知した景紀は、即座に命令を下す。

 これまで予備隊を確保することに拘っていた彼であったが、事ここに至っては予備隊を温存しておくだけの余裕はないと判断していた。


「八重にはそのまま翼龍の誘導をさせろ! それと、鉄之介を南側に向かわせろ!」


 実戦の場で鉄之介がどれほど使えるのかは判らなかったが、それでも居ないよりは良いと考えて、景紀は南側の守備に鉄之介を回す。


「各員、見える範囲で構わん! 空に向かって銃や弓を撃とうとしている連中を、優先的に狙え! 絶対に翼龍を墜とさせるな!」


 菊水隊の射撃速度は、これまでに比べて明らかに緩慢になっていた。無駄弾を出さないようにと各人が慎重に狙いを付けようとした結果、装填から射撃までの速度が遅くなっているのである。


「……」


 景紀も、一人の陽鮮人武官らしき男に慎重に狙いを付け、三十年式歩兵銃の引き金を絞る。

 即座に槓杆を引き、弾薬盒から次弾を取り出して薬室に装填。照星と照門を合わせて、再び射撃。

 景紀の両脇では、貴通や若林先任曹長が同じように慎重に狙いを定めながら射撃を行っている。

一方、爆裂術式を撃てる冬花は、爆音と爆風が翼龍の発着に悪影響を与える可能性があるとして、今は霊力の温存に努めつつ景紀の側に控えているだけであった。

 倭館からの銃声と陽鮮軍からの喊声の間にも、翼龍の発着は続けられていく。

 やがて―――。


「……若様、最後の一人が無事に飛び立ったわ!」


 銃声に負けないくらいの大声を上げて、八重が正門内陣地にもの凄い勢いで駆け込んできた。


「よし!」


 その報告に、景紀は思わず射撃の手を止めて拳を握り込んでいた。

 翼龍にて避難を予定していた非戦闘員の全員が飛び立つまで、天候は何とか持ってくれたのだ。


「俺たちの中に、誰か日頃の行いが良い奴がいたらしいな!」


 思わず口をついた冗談に、周囲の兵士たちが笑いで応じる。彼らの中には、去ってゆく翼龍に声援を送っている者までいた。


「私は、鉄之介の方に回ればいいかしら?」


 完全に手空きとなった八重が、そう尋ねてくる。心なしか、急かすような問いかけ方だった。貴通が自分と共闘出来ることを嬉しがっているように、彼女もまた、鉄之介と共に戦いたいのだろう。


「ああ、頼む。だが、あまり無理をして霊力を使い果たすなんてことにはならんようにな」


 八重とって、この場所での戦いが初めての実戦である。戦闘による興奮などで術を乱発し、霊力を使い果たすということもあり得た。


「合点承知よ。鉄之介の方にも気を配っておくわ」


 八重は頼もしげな笑みを浮かべて、景紀の言葉に応じた。

 そして、くるりと踵を返して龍王の血を引く少女が倭館の南側に駆けて行こうとした時だった。


「結城殿、結城殿はおられるか!?」


 突然、倭館の料理掛の男が一人、正門内陣地に駆け込んできたのだ。


「どうした? 厨房の方で、何か問題でも生じたのか?」


 息を切らせた倭館職員を、景紀は怪訝そうに見遣る。男の顔には、焦燥と憤りがない交ぜになった表情が浮かんでいた。

 もう若くないというのに全力で走ってきたのだろう、両手で膝を押さえながら荒い息をつく。

 そして、この外務省職員が息を整えながら放った言葉は、瞬時にその場の者たちを凍らせることとなった。


「あぁ……よ、陽鮮の連中が、あんたの姫君を人質にとって西館に立て籠ったんだ」

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[良い点] この時代で空からの攻撃は効果抜群ですね。 搭載量は限られていても爆撃と、空からの偵察による支援効果はそれを持たない軍に対し圧倒的な優位性を持てます。 [気になる点] 竜の能力が他国に対し優…
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