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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第五章 擾乱の半島編

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93 江蘭島沖の艦隊

 夜明けと共に貞英と金光護を乗せた翼龍が飛び立った帯城倭館では、三日目となる籠城戦に備えて菊水隊の兵士たちが配置についていた。


「第四航空戦隊司令部より通信があったわ。帯城を翼龍の航続圏内に収めたそうよ。要請あり次第、地上攻撃のための龍兵を発艦させることが可能とのことよ」


 指揮所となっている部屋で、冬花が報告した。


「よし、そいつは重畳」


「ええ、これでようやく、孤立無援の状況を脱せます」


 景紀と貴通は、互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「それで、翼龍を使った脱出計画の方はどうなっている?」


「四航戦司令部からは、敵龍兵および地上からの妨害がないのであれば、実施可能との返答があったわ」


「現状、敵性龍兵の存在は確認出来ていない。問題ないだろう」


「じゃあ、翼龍による倭館館員と使節団の脱出作戦の実施を四航戦司令部に要請していいかしら?」


「ああ、頼む」


「了解」


 そう言って、冬花は通信盤に向き直った。


「貴通、俺は深見館長たちに脱出の準備をするように伝えてくる。その間、部隊の指揮を任せていていいか?」


「了解です。お任せ下さい」


 にこりと貴通は笑って頷いた。


「ああ、龍兵の支援が受けられそうだってことは、兵士たちに伝えていいぞ」


「判りました」


「じゃあ、ちょっと頼んだ」


 そう言って、景紀は指揮所を出て東館の方へ向かった。当然のように、その後ろに冬花が付き従った。






 海軍部隊の接近と翼龍による脱出の目途がついたことを深見館長や森田首席全権らに伝えると、彼らは一様に安堵の息を漏らした。

 脱出の順序については、館長、副館長の夫人と四人の女中という女性陣を優先し、次いで使節団の者たちを脱出させるということになった。

 深見館長は、自分は館長であるので最後まで倭館に残ると言い、翼龍での脱出を拒否した。

 また、通訳は陽鮮側との意思疎通のため、料理掛は菊水隊への配食のため、そして医務官は負傷者が出た場合のため、脱出の優先度は下げられた。彼らは、菊水隊と共に倭館を脱出することになるだろう。

 こうした点に関して、館員や使節団からの異議は出なかった。少なくとも、彼らは倭館防衛の指揮を執っている景紀の命令に、全面的に従う姿勢を示していた。

 景紀が陽鮮国王・仁宗と直接の遣り取りを行ったことに不快感を示していた森田首席全権や広瀬次席全権も、脱出計画に関しては完全に景紀と海軍の管掌範囲だと考えているようであり、特に口を挟んでくることはなかった。

 また、景紀は仁宗国王から熙王子も翼龍で先に脱出させて欲しいとの要請を受けていた。父親として、万が一倭館が陥落した際に巻き添えで幼い息子が殺されかねないことを懸念したのだろう。王子の収容先が皇国海軍の龍母となるので、ある意味で皇国が陽鮮の王子を人質に取っているようにも受け取られかねないが、仁宗国王はそれを承知しているようであった(そもそも、現状でも似たような状況であるが)。

 そして協議の結果、国王と共に王宮を脱出してきた侍従長を付けて、熙王子も翼龍での脱出組に組み込まれることとなった。念のため、王子が無事に皇国海軍に保護してもらえるよう、六家次期当主である景紀の書状を持たせることにもなっている。

 そして、景紀は優先して脱出させる女性の中に、非戦闘員である宵を含めなかった。陽鮮まで付いてきたのは宵自身の決意によるものだが、それを認めてしまった景紀にも責任がある。宵のために、脱出する人員の優先順位を歪めるわけにはいかなかった。

 宵自身も、自分の意志でここまでやって来た以上、自身の脱出は最後で構わないと景紀に伝えている。

 ただ、ここで一つ問題が生じてしまった。


「おい、景紀」


 いつも通りのぶっきらぼうな口調で景紀を呼び止めたのは、鉄之介だった。景紀に付き従う冬花が、弟に咎めるような視線を送る。


「京畿監営の連中を解放しろって、こいつらが五月蠅いんだが」


 だが、その弟は姉の視線を無視して、うんざりした調子で報告したのだ。

 彼は今まで、京畿監営から倭館に逃げ込んできた者たちを結界の中に軟禁しておく役目を負っていた。国王が倭館に逃げ込んできた以上、監司は流石に軟禁しておくわけにもいかず、昨夜の秋鮮間の協議に合わせて解放したが、残りの者たちは無用の混乱を招く恐れがあるとして、未だ軟禁状態に置いていたのである。


「結城景紀殿」


 そして、鉄之介に続くようにして講修官・金寿集と内禁衛将・鄭孝顕の二人が現れた。


「京畿監営の武官や倭館警備の我が軍兵士たちを武装解除の上、軟禁しているとのことですが、彼らを解放してはいただけぬか?」


 金寿集が、金光護と変わらぬ流暢な秋津語で問うてきた。


「金光護殿から聞いておりませんか? 京畿監営はただ倭館に逃げ込んできただけで、それ以前は熙、貞英両殿下の身の安全について責任回避に終始していたのですよ?」


「それは聞いておりますが……」


 金寿集はちらりと鄭孝顕を見る。


「鄭将軍としては、万が一に備えて陛下をお守りするためにも出来るだけ兵力を確保しておきたいとの意向でして」


「いざとなれば持ち場を離れて逃げ出すような武官に警備の兵ですよ? 仁宗陛下の護衛として当てになるかどうか」


 景紀は、正気を疑うような目で内禁衛将を務める男を見る。

 通常、軍において、敵前逃亡は軍法会議の上で銃殺刑である(皇国の場合、将校は切腹の場合もあるが)。そのような人間を国王の護衛として使うなど、景紀から見れば信じがたいことであった。


『だからこそ、だ』


 金寿集から景紀の言葉を通訳された鄭将軍が言う。


『連中はこのままでは、どのような結末になろうと処罰は免れん。だからこそ、汚名返上の機会を得るべく陛下のために働こうとするだろう』


「……」


 金寿集から鄭孝顕の言葉を通訳されて、景紀は少し楽観的な見方に過ぎるのではないかと思った。あるいは自分が、単に人間という存在を信じ切れていないからそう思ってしまうのか。


「景紀」そっと、冬花が耳打ちをする。「今まで緩衝役になってくれていた貞英殿下がいない以上、ここで陽鮮と無用の軋轢を起こすのは良くないと思うわ」


「軋轢を回避するために、何をしでかすか判らない連中を野放しにしろってのか?」


 冬花からの進言ではあるが、景紀には受入れがたいものであった。


『正直なところ、我々は不安なのだ』仁宗の親衛隊長を務める男は続けた。『今、陛下の味方がどれほどいるのか判らぬ。そして率直に言わせてもらえれば、貴殿ら秋津人を、私は今ひとつ信用出来ずにいる。だからこそ、いざという時のために陛下のお側を陽鮮人で固めておきたいのだ』


 つまり、秋津人が李欽政権に仁宗を売り渡して身の安泰を図るなど、こちらが裏切る可能性をこの将軍は懸念しているわけか。

 人間不信の気がある景紀としては、そうした意味でなら監営の武官や兵士を解放せよという鄭孝顕の意見は理解出来ないこともなかった。しかし、倭館を守ろうとしている秋津人が信用出来ず、一度逃亡した同胞の人間ならば信頼出来るというのは、いささか倒錯した理論である。

 そこには秋津人を夷狄と蔑視し、陽鮮人を小中華とする、彼らの華夷思想が見え隠れしているような気もしていた。


「……」


 軟禁している京畿監営の武官は七名。正門を警備してそのまま倭館に逃げ込んだ陽鮮軍兵士は四名。一方で、完全に国王側といえる陽鮮人武官はこの内禁衛将の他には、貞英と煕の護衛として倭館にやってきた御付き武官の三名の計四名。

 監営の武官や兵士計十一名が不穏な動きをした場合、この四名で対処出来るかは判断し難いところであった。

 だが一方で、冬花の言うようにここで国王との間に軋轢を生み、内禁衛将たちが監営の武官奪還のために内部で決起するような事態になれば、倭館の防衛体制に深刻な影響を及ぼす。

 さらには、今後の対陽鮮外交という観点から考えても、ここで国王側に不信感を抱かれるわけにはいかないという事情もある。

 監営関係者の軟禁を継続しようとしまいと、不安要素は尽きないのだ。

 やはり、陽鮮の王族は厄介事しか持ち込まない。

 景紀は苛立ちと共に、その思いを新たにした。


「……いいだろう」


 結果、景紀は監営の武官たちの軟禁を解く決断をした。


「ただし、敷地内の自由な移動は認めない。仁宗陛下ともども、西館の中に籠っていてもらおう」


『ああ、それでかまわん』


 そう返答した鄭将軍の顔を、景紀は念押しするような視線で睨み付けた。


「……鉄之介、連中の部屋の結界を解いてやれ」


 少なくとも、軟禁を解くことで鉄之介を防衛のための戦力に復帰させることが出来る。

 人的資源の有効活用という点から、景紀は判断したのであった。

 これが、後悔するような決断にならなければいいと思いながら。


  ◇◇◇


 翼龍の誘導などは八重に任せることとし、景紀は正門内陣地へ向かった。


「ああ、景くん。ちょっと見て下さい」


 積み上げた土嚢の上に乗って塀から顔を出している貴通が、景紀が戻ってきたのを確認するや、そう言った。


「何だ?」


 景紀は同じように土嚢の上に乗って、倭館を包囲する陽鮮軍に双眼鏡を向けた。冬花もまた、景紀に倣って塀から顔を出す。


「……昨日よりも、減ってる?」


 朝からすでに曇り始めた空の下で、冬花はそう呟いた。


「ああ、減っているな、間違いなく」


 塀から高台の下に布陣する陽鮮軍を観察しながら、景紀も同じことに気付いた。

 陽鮮軍の数が、明らかに減少しているのである。また、高台へ続く斜面の遺棄死体も夜の内に回収したのか、そちらの数もかなり少なくなっていた。


「夜の内に、逃亡兵が出たようですね」


 景紀の隣で双眼鏡を構えていた貴通が、そう推察する。

 一昨日のように戦闘の最中に大量の逃亡者が発生することはなかったようだが、夜の闇に紛れて脱走した兵が相当数いたようだ。やはり、自軍が大量の戦死者を出す光景を目の当たりにして逃げ出してしまったのだろう。

 そうした半農半兵といった前近代的な陽鮮の軍事制度のお陰で、倭館は何とか持ち堪えている。

 ただし、未だ予断を許さない状況は続いていた。弾薬はすでに半分以上を消耗しているのだ。頼みの綱は冬花の用いる爆裂術式であったが、こちらに術者がいるとなれば陽鮮も当然、術者を用意するだろう。

 倭館に侵入した刺客たちも術者だったのだから、陽鮮側に動員出来る呪術師がいないわけではないのだ。


「ただ、連中はまだ続ける気のようだぜ」


 景紀は、双眼鏡を西大門の方に向けた。

 そこでは、城内から牛や馬に曳かれた青銅砲や弾薬を運んでいると思われる人夫が、今まさに城門を開いて通過しようとしているところであった。


「景紀、いっそ、門を完全に爆破した方がいいんじゃない?」


 背中の矢筒に手を回しながら、冬花が意見具申する。


「普通の弓矢だったら遠いけど、霊力を乗せれば十分に届く距離よ」


「……」


 景紀は、少しの間黙考する。

 今までは自衛権の範囲内で動いていたが、城門を通過中の隊列を攻撃することは、自衛攻撃ではなく先制攻撃になる。予防攻撃といっていいかもしれない。

 後々、国内でその点が政治的な攻撃材料とされる可能性もあるが、事ここに至っては、自衛攻撃も先制攻撃も大した差はないだろう。

 両国の政治的な問題に煩わされることにも、いい加減、辟易としてきた頃である。


「……よし、やっちまえ、冬花」


 様々な鬱憤を晴らすように、景紀は悪い笑みを浮かべて命じた。


「了解!」


 きっと、冬花も景紀と似たような思いを抱いていたのだろう。景紀に向けて不敵な笑みを浮かべて、軽やかな身のこなしで塀の上に飛び乗った。

 矢を番えた弓をぐっと引き絞り、綺麗な残心の姿勢を残して矢が飛び出していく。

 景紀は矢を目で追うことは出来なかったが、門へと到達した瞬間の爆発ははっきりと見えた。

 閃光と共に爆発。

 今まさに城門を通過しようとしていた隊列が、崩れた石や櫓の下敷きとなって消えていく。

 それを見ていた正門守備隊の兵士たちが、はしゃいだように歓声を上げる。

 眼下の陽鮮軍五営と違い、秋津側の士気はなお旺盛であった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 帯城から西へ直線で二〇キロほど離れた帯江河口に存在する江蘭島。

 古くは王都を攻められた国王が、一時この島に逃げ込んだほど、天然の要害として知られている島であった。

 フランク共和国とヴィンランド合衆国による二度の来寇を撃退したのも、江蘭島の砲台と守備隊の兵士たちであった。

 少なくとも、これまでの歴史から見て、陽鮮が江蘭島を難攻不落の要塞と豪語するのは、故のないことではなかった。

 七月二十五日の正午頃、江蘭島はかつての西洋船来寇以来の緊張感に包まれていた。

 沖合に、旭を模した皇国海軍の軍艦旗を掲げた四隻の艦艇が現れたからである。

 どの艦も陽鮮水軍の軍船などよりも遙かに巨大であり、天へと伸びる三本の帆柱が厳めしい。さらに煙突からはもくもくと黒煙を吐き出しており、陽鮮が未だ保有していない蒸気船であることが一目瞭然であった。


「あれが、公主殿下がおっしゃっていた倭人の艦隊ですかな?」


 海岸に沿って設けられた砲台の防壁から海を眺めていた貞英に、声をかける男性がいた。


「妾も見るのは初めてじゃがな」


 海と、その先にある四隻の艦艇を見遣ったまま、貞英は答えた。

 彼女を乗せた翼龍は無事に江蘭府に到着し、父王である仁宗からの書状を江蘭府守令に届けることに成功していた。少なくとも、未だ江蘭府は王都帯城での軍乱の行方を見極めようとしているようであり、貞英を害そうとする動きはなかった。

 ただし、流石に警護の者は付けられており、先ほどから貞英に付き従っている男は、江蘭島の守備を担当する将軍・白舜烈という者であった。彼はまだ若い頃、江蘭島に上陸したヴィンランド軍と交戦した経験があるという。


「夷狄どもの軍船は、この十数年の間でだいぶ進歩したと見えます」


 だからこそ、このような感想も出てくる。


「出来れば、穏便に終わって欲しいものじゃな」


 先ほど、秋津皇国海軍第七戦隊司令部の参謀を名乗る軍人が使者として江蘭府を訪れ、秋津側の要求を伝えてきた。

 今、江蘭府では守令を始めとした文官たちの間で協議が続けられている。

 秋津側の要求は、帯城倭館で包囲されている邦人救出のための海軍陸戦隊の上陸許可であった。

 また、上陸を許可しない場合は、艦載艇にて帯江を楊花津まで遡行する許可を要求していた。

 そして、いずれの要求も受入れられず、また陽鮮側が在留邦人の保護に対する責任を果たさないのであれば、艦隊は独自の作戦行動を取るとまで宣言していた。

 回答の期限を六時間以内と一方的に定め、使者としてやってきた参謀は一旦、艦へと帰還していた

一方、先日、貞英(正確には景紀)が江蘭府に宛てた書状は秋津軍の通過を認めるようにとのものであったが、国王からの書状は江蘭府が国王への忠誠を尽くすために挙兵するよう求め、必要とあれば秋津国の軍に支援を求めることも許可するものであった。

 結果、挙兵の問題と秋津軍への支援要請という二つの問題について、文官たちの意見は割れることとなってしまった。

 攘夷派文官の中でも過激な一派は倭奴の助力を受けるなど屈辱の極みであると主張する一方、儒教的道徳を重視する保守的な文官は事実上、王位を簒奪した王世子を討つべく陛下の伝教に従って兵を挙げるべきと主張する。開化派文官は、秋津軍からの支援の下に、陛下をお救いすべきだと主張する。

 江蘭府では、こうした議論が繰り広げられて結論が出せずにいた。


「交渉決裂となれば、戦闘じゃ。そうなれば、父上を救出するための挙兵どころではなくなろう。その点について、お主はどう考えておるのじゃ?」


「国土を守る将の一人として、倭人どもの上陸は認めがたくあります。しかし、戦闘となれば我が方に多くの被害が出るのは避けられないでしょう」


 白将軍は、渋々といった口調で公主からの下問に答えた。武人としての義務と現実の間で、板挟みになっているのだ。


「合衆国軍との戦闘は、本当に苛烈なものでした。砲台の多くは破壊、占領されたのです。我々は、辛うじて江蘭島を守り抜いたに過ぎません」


 その時の戦いで戦死した戦友たちを悼んでいるのか、将軍の口調には悲痛なものが混じっていた。

 どうやら白舜烈は、江蘭島要塞を難攻不落と盲目的に信じるような人間ではないらしい。そうした現実的な視点を持てる人間は、この状況では貴重だろう。


「しかし一方で、倭人は西洋の夷狄以上に狡猾な者どもです。迂闊に上陸の許可を出せば、それを口実に我が領土を切り取りかねません。連中を警戒するのは当然でしょう。そもそも、どこに他国の軍勢が領内に入ろうとするのを警戒しない者がおりましょうか?」


「倭館には父上、つまりは国王がおるのじゃぞ。また、我が弟、煕も。秋津の者どもを敵視して時間を浪費し、父上と煕を見殺しにするつもりか?」


 貞英の瞳に、苛立たしげな光が宿る。


「そんなに秋津の者どもを警戒するのであれば、早く帯城へ向かう軍を興せばよかろう。父上も含めた倭館の者たちを救出すれば、秋津人にも恩を売ることが出来ように、守令は何をぐずぐずしておるのか」


「しかし、目の前には倭人の艦隊がいるのです。島の守備を疎かにして、帯城へ上る兵を挙げるわけにはいきません」


 公主たる少女は、憤りを露わにして息をついた。

 武官である将軍ですらこの調子では、文官たちの議論はもっと消極的なものだろう。このままでは徒に時間を浪費し、秋津軍の強行上陸という事態を招きかねない。

 そうなれば、また多くの陽鮮の民が死ぬことになるだろう。

 それだけは、何としても避けなければならなかった。


「ならば、彼らに河川の通行権のみを与えれば良かろうが」


 だが、この将軍一人を説き伏せられないのであれば、文官たちを説得することなど不可能だろう。


「もし秋津の者が約定を破り、我が領土を侵すような真似をすれば、艦へと戻れぬように川を封鎖してしまえばよい。そうなれば、帯城に向かった秋津の連中は我が領内で孤立する。いったい、何のためにこの島に要塞を築いたと思っておるのじゃ?」


 十二歳の人間の思いつきの戦術を、この将軍がどう受け取るかは判らない。だが、それでも貞英はそう主張せずにはいられなかった。


「もし六時間以内に江蘭府としての回答を出せぬようであれば、妾が直接、秋津の者どもと交渉を行ってやろうぞ!」


 ここまで何も出来なかった公主としての最後の意地をかけて、貞英はそう覚悟を固めたのだった。

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