表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第五章 擾乱の半島編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/372

88 流血の始まり

 戦国時代末期以来、常に国家の尖兵として周辺諸国のみならす西洋にまでその武名を轟かせてきた皇国軍は、今再びその暴力性を露わにしていた。

 正門の守備に就いていた二〇名あまりの兵士たちは、景紀の号令一下、一斉に射撃を開始した。

 正門を外側から打ち破ろうとしていた陽鮮の蜂起軍民たちが、銃弾を受けて呆気なく倒れる。

 実用段階にまで技術的に洗練された後装式銃である三十年式歩兵銃の威力は、まさに圧倒的であった。

 兵士たちは最小限の動作で次弾を装填し、発砲を繰り返す。

 雷管が発明されてなお前装式が主流を占めていたこの時代において、後装式銃の発射速度は驚異的であった。一旦銃を引いて銃口を上に向けて次弾を装填するという動作が完全に省略出来るので、次の発射までの時間を数分の一に抑えることが出来たのである。

 景紀もまた三十年式歩兵銃を構えて、迫り来る群衆を撃つ。


「ったく、陽鮮の軍事力をこんな形で“視察”する羽目になるとはな……」


 唇を皮肉の形に歪めて、景紀は呟いた。

 今回、彼は反撃の決断を最後の最後まで引き延ばし、その正統性を得ることに腐心していた。しかし、その正統性は確保出来たとはいえるものの、それは景紀が望む最善ではなかった。

 帯城倭館が凶徒に包囲されているという現状は、倭館を脱出して邦人を保護しつつ海軍陸戦隊と合流するという景紀が当初、想定していた状況と大きく異なっているからだ。

 結局、本国の誰も彼もが半島情勢へ介入する口実を求めて静観を続けてきた結果が、陽鮮の凶徒たちによる倭館襲撃である。

 きっと頼朋翁はこの状況にほくそ笑み、伊丹・一色はこの状況を政争の具にしようとするだろう。

 まったく呑気なものだと、景紀は思わざるを得ない。

 そのような愚痴めいた思考の合間にも、彼は射撃の手を緩めなかった。三十年式歩兵銃の射撃によって、鍬を持った農民らしき男が倒れる。

 その光景に、景紀は同情を覚えなかった。

軍が民衆を撃つというのは、いかなる理由があろうと後世の歴史家から虐殺の誹りを免れないだろう。それが、他国の民衆であるならばなおさらだ。

 だが、こちらが虐殺に手を染めなければ、虐殺されるのはこちら側なのだ。

 皇国軍人として、そして将家の人間として、景紀には自国民の生命と財産を守る義務がある。彼自身は自分が高潔さとは程遠い人間だと自覚しているが、だからといってこの状況で義務を疎かにする気にはなれなかった。

 保護すべき自国民の中には、宵だって含まれているのだ。

 自らの大切な者たちを守るためならば、虐殺者の誹りは甘んじて受けよう。






「始まってしまいましたね」


 指揮所の外から聞こえ始めた銃声に、貴通はそのような呟きを漏らした。


「こいつは、最早戦争ですな」若林先任曹長も、呻くように言った。「如何に暴徒とはいえ、相手は他国の人間です。そいつらと戦うとなれば、最早戦争と言っても構わんでしょう」


「過激な排外主義の行き着く先がこれですよ」


 連続する銃声に、貴通は冷淡に応じた。


「いったい、皇国が彼らに何をしたというのです? 我々はただ、通商を求めていただけです。なのに彼らは全権代表を斬り付け、今また倭館にいる僕らを害そうと襲ってくる」


 貴通は正直、陽鮮の人々に同情を覚えなかった。むしろ、よくここまで皇国は隠忍自重していたと思う。

 全権代表が斬り付けられた時点で、皇国は半島への出兵を決意してもおかしくはなかったのだ。実際、西洋諸国では宣教師が害されたという理由だけで出兵に踏み切った国もある。アヘンの密輸を取り締られたからと対斉出兵を決意したアルビオン連合王国に至っては、最早何をかいわんやである。

 ここまで来て反撃しないとなれば、皇国の威信に関わる。

 射撃を開始した景紀の判断を、貴通は一片の躊躇なく支持したいと思う。

 彼には、歴史に名を残す英雄的な役割を演じて欲しい。少数の兵のみを率いて敵中に取り残された自国民を保護する。何とも錦絵などに残すに相応しい状況ではないか。

 そして、そんな彼の幕下であればこそ、自分という人間にも存在価値が生まれる。

 だから、どのような状況であろうと、どのような相手であろうと、景紀と共に戦える戦場ならば貴通はそれだけで満足なのだ。






「『我、陽鮮側カラノ射撃ヲ受ク。之ヨリ倭館防衛ノ為ノ自衛行動ニ出ヅル事トス。一四二八』」


 塀の影にしゃがみながら、冬花は呪符にそのような通信を吹き込む。

 流石に景紀に付いて回りつつ通信盤を抱えているわけにもいかないので、通信盤と連動する術式を組み上げて、それを呪符に描き込んでいたのである。通信盤本体は、貴通らのいる指揮所に置いてある。


「景紀、本国への通信、終わったわ!」


「了解!」


 立ち上がって景紀の隣に並びつつ、冬花は報告した。

 すでに両隣から無数の銃声が響き続けている。正門に取り付いていた暴徒たちはすでに撃ち倒され、なおも武器を手に倭館を襲撃しようとする者たちにも容赦なく銃撃を浴びせていく。

 不意に、景紀が射撃の手を止めた。

 首にかけていた双眼鏡を掴み、無数の群衆の中にそれを向ける。


「……冬花、あいつを狙えるか?」


 主君が指差す方向を、冬花は見る。倭館に繋がる坂の中程で、(カッ)を被った一人の人物が周囲の者たちを叱咤していた。

 陽鮮においては服の種類や色と同じく、被り物も身分を象徴するものであった。そして、冬花が見た人物は黒くつばの広い笠(黒いのは漆が塗られているから)を被っている。これは両班階級の象徴で、剣を振り回していることから恐らくは武官だろう(なお、両班とは文官と武官の総称)。

 つまり景紀は、凶徒に倭館を襲撃するよう煽動している指揮官らしき人間を狙撃しろと言っているのだ。

 位置や距離的に、小銃で狙うのが難しかったのだろう。どの銃にも、狙撃用の狙的鏡(スコープ)がついていないのだ。


「了解」


 冬花は短く返事をし、すとん塀の上に飛び乗った。ふわりと一つに縛った髪が軽やかに舞う。

 矢筒から一本の矢を取り出し、そして弓に番えた。

 ぐっと矢を引く。

 霊的な効力を持つ梓の木で作られた弓と、そして予め破魔の術式を刻んだ矢に霊力を込める。

 その赤い目がさらに妖しい輝きを増し、射貫くべき相手を見据える。

 弦の鳴る音と共に、弓が放たれた。

 霊力をまとった矢は淡く霊力の燐光を残しながら、導かれるように黒い笠を被った人物の眉間を直撃する。

 冬花は残心の姿勢のまま、射貫いた相手の最期を見届けた。


「……よくやった」


 双眼鏡を覗いた姿勢で、景紀は冬花を褒める。


「矢に誘導用の術式を込めただけよ。景紀も知ってるでしょう?」


「だが、それがあるのとないのとでは大違いだ」景紀は言う。「特に、こんな状況じゃあな」


 見れば、倭館を襲撃しようと駆け上がってきた群衆に混乱が生じ始めていた。次々に周囲の者たちが撃ち殺される状況と、最前列近くで統制をとる者の喪失。それによって、蜂起軍民の興奮状態も徐々に冷め始めたのだろう。

 恐らく、次に来るのは恐慌状態だ。

 自棄(やけ)を起こして倭館に殺到するか、それとも逃げ出すか。

 冬花には何とも判断しがたかった。


「ねえ、爆裂術式を込めた矢もあるけど、どうする?」


 シキガミの少女は矢筒から新たな矢を取り出す姿勢を見せつつ、主君たる少年に問いかける。


「いや、今はいい。流石にこの状況で爆裂術式はやり過ぎだ」


 双眼鏡を顔から離した景紀が、塀の上の冬花を見上げて首を振った。

 野砲を持たない景紀ら菊水隊にとって、冬花の爆裂術式はその代わりとなるものであった。とはいえ、現状でそれを打ち込むには、自衛行動の範疇を超えている。

 倭館からの銃撃は、さらに続いた。

 そのたびに、流血の量は増えていく。

 やがて、限界が来たのだろう。

 集まっていた陽鮮軍民の動きが、明らかにおかしくなった。とにかく倭館に殺到しようとしていた動きが鈍くなり、逆に坂を下ろうとする者すら現れ始めたのである。そして、近代的軍隊のように規律の採れていない集団において、逃亡者の発生は致命的な結果をもたらす。

 皇国軍の銃撃に怖じ気づいて逃走しようとする者の数は、わずかな間に激増した。

 だが、坂の下にはまだ千人単位の蜂起軍民が控えている。その彼らと、坂を下って逃げだそうとした者たちが衝突した。


「撃ち方止め、撃ち方止め!」


 自衛行動はここまでと考えた景紀は、大声で命令を下す。正門守備兵は、即座にその命令に従った。

 だが、それで陽鮮側の悲劇が終わったわけではない。

 むしろ、ここからが本当の悲劇であったかもしれない。

 逃げ出すために後ろに下がろうとする者たちと、倭館を襲撃しようと殺気立っていた者たちが入り混じった結果、将棋倒しのように次々と人々が倒される結果となったのである。そして、倒された者たちは周囲の者たちに踏まれ、あるいはさらに倒れた者たちにのし掛かられ、次々と圧死していった。

 高台の下で、いわゆる“群衆事故”と呼ばれる現象が発生したのである。

 倭館の者たちに向けられていた罵声を超える悲鳴が、景紀たちの耳に届く。


「悲惨ですな」


 正門守備兵をまとめる下士官が、そう言った。


「ああ、そうだな」淡々と、景紀は応じた。「これが過激な排外主義の行き着く先、か……」


 この光景が皇国で出現したらと思うと、景紀は薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 七月二十三日、帯城で始まった兵卒の暴動はついに秋鮮間の武力衝突という事態にまで発展した。

 帯城軍乱の発生そのものは何ら計画的なものではなかったとされるが、それ以後の軍乱の展開は攘夷を標榜し開化派の仁宗国王の排除を試みる旧守派勢力によって誘導されていたといえるだろう。もともと政変による権力奪取の計画を進めていた旧守派にとって、軍乱は渡りに船だったのである。

 ただし、「斥邪討倭」を唱えて蜂起軍民の排外意識を煽動しようとした彼らであるが、彼らが秋津皇国との武力衝突をどこまで本気で考えていたかについては、いささか疑問が残る点であった。

 政権内部の結束を強めるために、倭奴討滅の決断を下したとも言われている。

 ただし、少なくとも王世子・李欽は討倭は可能であると考えていた。

 すでに陽鮮はフランク軍とヴィンランド軍という、二度の洋夷を撃退している。であるならば、文明的にも文化的にも劣る倭奴に対して、東華である陽鮮が敗北する道理はない。

 それが、王世子の考えであった。

 実際、単純な戦力差を考えれば、艦隊と上陸用の陸戦兵力を率いて来寇したフランク、ヴィンランド両国に比べれば、帯城倭館に籠る数十名の秋津軍など取るに足らない規模であった。武力衝突が生じたとしても、容易に蹂躙出来ると考えていたとしても不思議ではない。

 陽鮮側が、彼らを純粋な“軍事視察団”、あるいは使節を王都まで送り届けるための“儀仗兵”と認識していたので、なおさらであった。

 この点で、陽鮮で政変が発生した際の介入を事前に想定していた秋津皇国は、仁宗国王も含めた陽鮮側を騙していたといえる。こうした明らかな内政干渉の準備に関して、秋津皇国側の心理的葛藤、あるいは心理的障壁は明らかに低かった。絶無に近かったかもしれない。

 自衛権発動の時機を限界まで引き延ばそうとしていた結城景紀についても、本質的には秋津皇国中央と変わるところがない。彼は倭館邦人の保護という言葉を言い訳に、帯城への伝単散布や陽鮮公主・王子の身柄確保など、陽鮮への内政干渉を正当化していたのである。

 その意味では、秋津側の方が陽鮮側よりも武力衝突を本気で考え、覚悟していたといえるだろう。

 彼らは戦国時代から連綿と続く力の理論で、半島の政情不安問題、そしてそれに引き続いて起こるであろう東アジアの動乱に対処しようとしていたのである。

 確かに六家内部の意見対立は存在していたが、しかし外部や後世の視点から見れば、秋津皇国全体が遠からず起こるであろう戦乱に対処しようとしていたといえるのである。


  ◇◇◇


 午後、倭館の秋津人と蜂起軍民との間に起こった衝突は、直接の銃撃による死者よりもその後の混乱で発生した死者数の方が多かった。

 正確に数える術がないので不明であるが、この日、倭館のある高台の下に集まった暴徒は三〇〇〇人から五〇〇〇人といわれている。

 やはり正確に数える術がないため不明であるが、秋津皇国側の記録、つまりは“菊水隊”を自称した軍事視察団の陣中日誌や、結城宵が密かに持ち出して焼失を免れ、かつ彼女自身によって記録がとられ続けた館守日記の記述では、正門前の遺棄死体約二〇〇と記されている。つまり、それだけの人間が菊水隊によって射殺されたということである(戦傷者は戦死者の約三倍といわれるので、さらに六〇〇名近くが負傷した計算になる)。一方で混乱の中で圧死した陽鮮人の数は、五〇〇から八〇〇とされている。

 群衆事故としては、世界史に残る規模の死者数であった。

 こうした陽鮮側蜂起軍民の混乱とそれによって集まった人間の内、一割以上が圧死するという事故のために、秋津皇国側は二十三日、倭館に一人の暴徒も入れることなく夜を迎えることが出来たのであった。

 問題は、政権を握っている李欽王世子らの動向であった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 倭館を襲撃しようとした蜂起軍民たちの間に起こった悲劇は、ただちに王宮へと報告された。

 景徳宮を掌握した太上王・王世子派にとって、倭館は短時間で蹂躙できる目標であるはずであった。そうした衛正斥邪の実践によって自らの政治的正統性や権威を確立しようとしていただけに、この事態は彼らの権力基盤を危うくしかねないものであった。


「殿下、何卒、秋津人に対する敵対行為をおやめ下さい!」


 謁見の前に斧を持って上疏に訪れたのは、礼曹判書(宮内大臣、文部大臣、外務大臣を兼ねるような役職)であった。


「これは明らかに秋津国との戦争を引き起こしかねない行為です! また、倭館には殿下の妹君と弟君であらせられる貞英殿下と熙殿下がいらっしゃいます! 倭館を攻め滅ぼそうとすれば、両殿下も害されましょう! どうか、ご再考を!」


 外務大臣的存在でもある礼曹判書は、王世子・李欽らの唱える「斥邪討倭」の危険性を認識していた。

 王位を実質的に簒奪した王世子は、いずれ仁宗時代に任命された判書である自分を粛清するだろう。ならば、その前にせめて王世子の外交政策の誤りを指摘するのが、自分の礼曹判書としての最後の責務だと、彼は覚悟を決めていた。


「その貞英は、狡猾な倭奴どもにまんまと取り込まれた。もはや、見逃すわけにはいかぬ」


 玉座に座る王世子・李欽は、険しい声で臣下の言葉をはね付けた。


「それに、倭奴はいずれ我らが膺懲せねばならぬ蛮族どもだ。倭寇によって衰退させられた前王朝の轍を、我が陽鮮王国は踏むわけにはいかぬ。我らは二度、洋賊を退けた。倭奴もまた、我らの総力を挙げれば退けることが出来よう」


「まさしく、王世子殿下のおっしゃる通りであります!」


 声高に同調したのは、戸曹判書(大蔵大臣に相当)であった。


「ただちに五営の全力を以て倭奴共の巣窟を攻め落とすべきでありましょう!」


 仁宗に対しても秋津人との交渉を強硬に反対していた戸曹判書は、今も謁見の間に集まった政府高官たちの中で最強硬派に属していた。


「それでは王都の防衛はどうする? 未だ去就を明らかにしていない地方軍への備えも必要だ」


 実際に軍事を担当する兵曹判書(兵部大臣に相当)が反論する。すでに仁宗に仕えていた前任の兵曹判書は、李欽の政権掌握に伴って役人の不正および軍乱発生の責任を追及され賜死を受けていた。


「それに関しては、一両日中には我々の義挙に賛同した両班が募集した兵士たちが王都に到着しますので、問題ないかと」


 王世子派についた高級官僚の一人がそう言った。


「殿下!」礼曹判書はなおも言い募った。「フランク共和国やヴィンランド合衆国と違い、秋津国は我が半島の目と鼻の先です。一度艦隊を撃退した程度で引き下がるような相手と考えるのは、明らかな誤りです!」


「我々は聖賢の道を守る絶対的な使命を有している!」


 叱り付けるように、戸曹判書が反論した。


「聖賢の道を護持することこそが我が王国の天命であり、故にそれを犯そうとする者たちを断固として膺懲せねばならぬ! 聖賢の道こそが、この世の絶対的な真理なのだ! それを実践する我らは絶対的な正義であり、正義である以上我が王国が敗れる道理などないのだ!」


「殿下、どうかお考え直しを!」


「君主は、綸言を覆すことはせぬ」


 断乎たる口調で、李欽は言った。

 古来より皇帝や王の言葉は絶対とされ、君主自身が前言を翻すことは自らの権威を著しく傷付ける行為であるために禁忌とされていた。

 すでに李欽は討倭の伝教を発しており、今更それを翻すことなど出来はしないのだ。


「それに、倭奴どもを打ち倒せば和議のための賠償金を得ることが出来よう」


 そして、そもそも彼自身は討倭の伝教が誤りであったとは、まったく考えていなかった。倭館の銀を奪い、さらには倭奴から賠償金を得られれば、悪化している王国の財政を立て直すことも可能であると判断していたのである。


「故に、ただちに五営に動員をかけよ。不遜なる倭奴どもに、我らが正義を示すのだ」


 馬鹿な、と礼曹判書は思った。

 蜂起軍民が倭館を襲った程度ならば、まだ秋津人に対して言い訳が立つ。例え李欽政権が彼らを煽動したとはいえ、所詮は暴徒の仕業ということにしてしまえばいいのだから。だが、中央軍である五営を動かして倭館を襲撃したとなれば、それは最早陽鮮国王の意思で秋津皇国に戦争を仕掛けるようなものだ。

 例え倭館の秋津人たちを皆殺しに出来たとしても、半島からほど近い位置にある秋津皇国本国から報復のための出兵が行われることだろう。そうなれば、疫病や不作の影響で荒廃している国土が、さらに戦乱によって蹂躙されるだろう。

 彼は暗澹たる気分になりながら、謁見の間から退出することになった。






「拙いことになりそうだ。殿下は、本気であらせられる」


 執務室に戻った礼曹判書は、直属の部下である講修官(対秋津外交を担当する臨時職。対秋津外交においては、礼曹判書の代理という扱いになる)に言った。


「このままでは、秋津国との全面戦争になりかねません」講修官たる役人もまた、懸念を示していた。「私は通信使としてかの国を見学した経験がありますが、我が国と違い、軍事中心の国家です。数百年にわたって本格的な対外戦争を経験していない我が国が、容易に手を出してよい相手ではありません」


「だが、王世子殿下は二度、洋賊を退けたことで、自信を持っておられる。戸曹判書に至っては、聖賢の道を実践している我が国は負ける道理がないと言い出す始末だ。しかも、誰も倭館におられる公主殿下と王子殿下のことを気にしておらん」


 宮中の庶務も取り仕切る礼曹判書は、王世子が倭人ごと自分の地位を脅かしかねない貞英と熙、二人の王族を始末しようとしているのではないかと疑いたくなってしまう。だからこそ、あそこまで頑ななのか。

 いや、攘夷を唱えて政権を奪取した以上、それを止めれば自身の正統性が保てなくなると思っているのか。

 いずれにせよ、王国は隣国との衝突に向けて舵を切ってしまった。


「上疏も受入れられなかったとなりますと、最早打つ手は……」


 頭を抱えたそうな調子で、講修官が嘆ずる。


「一つだけ、手がないこともない」


 苦渋に満ちた声で、礼曹判書は言う。


「どのような?」


「李欽殿下を、完全なる簒奪者に仕立て上げることだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ