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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第四章 半島の暗雲編

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71 軍事視察団

 そして数日後、宵が鷹前から皇都の結城家屋敷に到着した。

 政務の引き継ぎについては、無事に済んだらしい。彼女は十分に、景紀の正室としてその代理の責務を果たしたといえよう。


「……冬花様と貴通様は、景紀様に従って陽鮮に行かれるのですね」


 宵にも、景紀は一通りの事情を話した。


「ああ、そうだ」


 開け放たれた障子の向こうでは、しとしとと雨が降っていた。季節はすでに梅雨へと入っていたのである。

 雨音の中で、宵はしばし沈黙した。何かを考えている表情であった。

 部屋には景紀と宵の他に、冬花、貴通、新八がいた。景紀の側に控えている冬花と貴通とは対照的に、新八だけは廊下との境にある柱に背を預けて立っている。


「新八様については、どうなさるおつもりで?」


「僕が陽鮮に行っても、護衛程度にしか役に立たんよ。変装は得意やが、流石に陽鮮語を流暢に話せるわけでもないしな。だから以前、若に言いつけられた通り、皇都で攘夷派の動きを探っとることにするわ」


「ああ、俺がいない間については、新八さんは頼朋翁の指示で動いてもらうことになった。何かあれば、あの爺さんの方で用意した呪術師を通して、冬花の方に連絡がいく手筈になっている」


「まあ、そういうことや」


 新八にとっては、いつも通りの諜報任務であるためか、気負いらしいものは見受けられなかった。


「鉄之介さんと八重さんも連れて行かれるのですよね?」


「ああ、冬花だけだと術者が足りなくなる可能性があるからな」


 景紀は宵の問いに頷いた。

 実際のところ、鉄之介と八重の説得は拍子抜けするほど簡単に終わってしまった。話を聞いた八重が、二つ返事で了承してしまったからだ。彼女は今回の陽鮮行きを、父や景紀から実戦の機会を与えられたと受け取ったらしい。

 そうなると、必然的に彼女は術者としての相棒と認識している鉄之介を引っ張り出そうとする。結果、鉄之介も八重に引き摺られる形で陽鮮行きに同意したのだ。


「……なるほど。判りました」


 普段通り、抑揚の乏しい声で宵は頷いた。そして、じっと景紀を見る。


「景紀様、私の扱いについて、決めあぐねていますね?」


「……」


 その指摘に、少年は渋面を作る。ここまでの話で、景紀は宵がどうすべきかについて、一切、言及していなかった。


「……ああ、そうだ」


 重い息をついて、景紀は認めた。


「正直、今回の任務はかなり危険なものだ。お前を連れて行きたくないという思いはある」


「しかし一方で、結城家の分裂ということを考えると、自分の側に置いておきたいということですか?」


「お前には敵わないな……」


 はあ、と景紀は溜息をついた。


「流石に積極的にお前を害そうとする人間は少ないだろうが、それでも冬花のいない隙をついて、里見の奴がお前と冬花の分断を深めようとする可能性もある」


「私自身にその気がなくとも、周囲の人間たちの意識を変えて、私に冬花様との対立を余儀なくさせる、ということも考えられますからね」


「そうだな」


 景紀は腕を組んで悩ましい表情を見せている。


「宵、俺が帰ってくるまでの間、鷹前の聡殿のところにいるか?」


 景紀の中では、それが最善だと思っている。景紀と同じように一時的に結城家から距離を置き、なおかつ宵を危険に晒さないための選択肢。

 だが、それを宵自身が納得しないであろうことも予想出来た。


「私も景紀様と共に陽鮮へと向かいとう存じます」


 そして、その予想通り宵は強い視線で景紀を見つめてきた。


「……一応訊いておくが、それがどういう意味を持っているのか、判っているよな?」


「私の存在自体が、景紀様にとって足手まといとなるということですね?」


 宵は即座に答えた。


「ああ」景紀の声は厳しかった。「冬花は呪術師として、貴通は軍人として、陽鮮で起こるだろう状況に対応することが出来る。だが、お前自身は呪術師でも軍人でもない。ましてや外交官でもない。俺にとっては、政変が起こった時に守らなきゃならない存在が一つ、増えるわけだ」


「しかし、私が内地に留まっていては、もし内地で変事が起こった際、景紀様は私を守ることが出来ません」


 それは、鋭い指摘であった。景紀の悩ましげな表情が、さらに深まる。


「私がどこにいようとも、景紀様にとっての弱点になってしまうことは変わりありません。ですが、お側にいれば、何らかの形で景紀様をお支えすることも出来ましょう」


 ただ守られるだけの存在になるつもりはないという、宵なりの決意の表れであった。ただし、少し卑怯な言い方であることも、宵自身、自覚していた。


「……」


 景紀は、以前の誘拐事件の宵のことを思い出していた。拐かされ、自らが斬られても、動揺らしい動揺を見せなかった少女。

 土壇場において、狼狽して使いものにならなくなるという危険性は低いだろう。

 冬花は自分が連れて歩くことになるだろうが、鉄之介や八重に宵の警護を任せれば、何とかなるかもしれない。


「……判った。お前も、連れて行こう」


 景紀がそう言うと、宵は畳に手をついて深く頭を下げるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 六月の皇都は梅雨によって天気の安定しない日々が続いていた。


「陽鮮半島は、七月から八月にかけて雨季に入ります。恐らく、向こうに行っても気象条件は今の皇都と同じようなものでしょうね」


 皇都内の練兵場の一角で、景紀や貴通は陽鮮に派遣する軍事視察団の訓練を行っていた。

 今日も皇都は雨であり、団員たちは油紙製の雨合羽を着て訓練に従事している。なお、冬花は呪術通信の霊力波長の調整などのため外務省の方に出向いており、今はこの場にいない。


「しかし、頼朋翁も随分と気を遣ってくれたものだな」


 兵部省が選定した軍事視察団の団員は、四十四名であった。そこに景紀と貴通を加えて、四十六名となる。規模としては、小隊に相当する。

 そして、その編成を見れば“軍事視察団”というのが表面的なものでしかないことが見て取れた。

 本当に軍事視察団なのであれば、技術士官を中心とした人員構成になるのであるが、団員は下士官と兵卒から成っていたのである。つまり、将校を指揮官に頂く完全なる小隊なのだ。

 実際、団員で将校であるのは景紀と貴通のみであった。

 しかも、景紀が指揮を執りやすいように、小隊先任曹長を始めとして匪賊討伐などの実戦経験を有する者たちによって構成されていた。

 四十四名の団員は、下士官一名と兵卒十名で一分隊を形成している。とはいえ、表向きは“軍事視察団”であるので、「分隊」という呼称は使わず、一番隊、二番隊といういささか戦国時代を思わせる呼称となっていた。

 その小隊先任曹長は若林忠一という人物であったが、彼は有馬領出身の軍人であった。恐らく、この下士官は頼朋翁が景紀につけたお目付役なのだろう。

 ただし、そうは言っても若林曹長は二十代後半ながら兵卒として入隊以来十年以上の軍歴を誇り、熟練の下士官といって良い存在であった。

 こうした軍歴の長い下士官は、往々にして実戦経験のない若い将校を見下す傾向にあるのだが、今のところ景紀を将校として立ててくれている。


「部隊の練度もそれなり高いですし、教導兵団で装備していた最新鋭の後装式銃を用いた戦術にもあっという間に習熟したようですね」


「ああ、そうだな」


 この時代、雷管の発明によって小銃は燧石式から置き換わっていたが、それでも前装式銃が主流であった。

 原因は、薬室の閉鎖性が後装式銃では十分に確保出来ないことにあった。

 つまり、発射の際の火薬の爆発に閉鎖機構が十分に耐えられず、装薬を少なくしなければならないために前装式銃よりも射程で劣る、燃焼ガスが射手の顔などにかかってしまうなどの問題があった(さらに一部の国では、装填が容易過ぎるため兵士たちが無駄弾を撃ちやすくなるという批判まであった)。

 そのため、軍が保守的な組織であることも相俟って、列強各国でも後装式銃の普及は、ごく一部の例外を除いて、まったくと言って良いほどに進んでいなかった。

 その例外の一つが皇国であり、軍技術廠や鉄砲鍛冶師などの間で後装式銃の改良が進められていた。

 皇国陸軍は戦国時代、世界最大の鉄砲保有国であったことにも示されるように、火力というものを重視する傾向にあった。特に、鉄砲隊の一斉射撃が騎馬隊の突撃を防いだ戦訓などもあり、鉄砲の改良には余念がなかった。

 結果として、後装式銃の実用化最大の問題であった閉鎖機構の欠点にもある程度の解決が見られ、射程において前装式銃と変わらず、装填速度において前装式銃を上回る性能の新型小銃が完成することになったのである。

 採用なった後装式銃は、「三十年式歩兵銃」(皇暦八三〇年正式採用)として、陸軍での配備が進んでいた。ただし、未だ十分な量産体制が整っておらず(閉鎖機構の製造には鉄砲鍛冶師たちの職人技が必要などの量産化に当たっての問題点があった)、皇国陸軍の半数以上は未だ前装式銃を装備したままであった。

 なお、現在はまだ紙薬莢が中心であったが、すでに金属薬莢を利用した新型小銃の実用化も進められているという。

 今回、景紀はその三十年式歩兵銃を優先的に視察団団員に配備するよう、兵部省に掛け合っていた。


「如何ですかな、団員の様子は?」


 すると、練兵場の泥を跳ねて若林先任曹長が駆けてきた。


「ああ、問題ないだろう。短期間ながら、新装備の扱いにも慣れてきたようだ」


 後装式銃の実用化は、必然的に歩兵戦術の変化をもたらした。前装式時代は歩兵は立ったまま装填し射撃、前進を繰り返す存在であったのだが、後装式銃は歩兵を伏射して匍匐前進出来る存在へと変えてしまったのである。


「むしろ、これに慣れてしまうと元の前装式には戻りたくありませんな」若林はにやりと諧謔の籠った笑みを向ける。「まさしく、六家様々といったところです」


「部下に十分な装備と糧食が回るよう手配するのが、指揮官の役目でもあるからな」


 むしろそれこそが指揮官にとって最も重要なことだと言わんばかりの口調で、景紀は言う。


「そして、小隊規模の部隊であれば、俺みたいな世間知らずの将校があれこれ指示を出すよりも、貴官のような熟練の下士官に多くを任せた方が、結局は上手くいく」


「別に、自分は中佐殿のことを華族のボンボン将校とは侮っていませんがね」


 若林は、景紀の言葉を意外そうに受け止めた。


「少なくとも自分は、中佐殿のこれまでの経歴を知っています。匪賊討伐に、新南嶺島での牢人反乱の鎮圧。相応の実績のある上官として見ておりますよ。それに、何でもかんでも自分で仕切りたがる口うるさい将校殿は多いですから。それをなさらないだけでも、十分、自分らにとってはありがたい上官殿であります。まあ、六家の次期ご当主であるためか、昇進速度が異様なのは若干、気になるところではありますが、この際、些細な問題でしょう」


「貴官の評価を嬉しく思う」


 素っ気なく、景紀は応じた。この下士官が自身に相応の敬意を払ってくれることはありがたいが、だからといって別に、自分と大して親しくない人間、それも有馬家の息の掛かっているかもしれない人間から評価されたところで嬉しいとも感じないのだ。


「むしろ問題は、この人数で帯城の倭館をどこまで守れるか、ということでしょうな。暴徒の類であれば問題ありませんが、陽鮮軍の大軍を相手にするには、いささか以上に兵力が不足しています」


「それについては俺も懸念しているところだが、俺としても如何ともし難い問題だ」


「判っております。ただ認識を共有しておきたかっただけであります」


「俺も倭館の居留民保護のために全力を尽くす。曹長らも、いざという時が来たならばその任を全うしてもらいたい」


「無論、その所存であります」


 若林曹長はそう言って敬礼すると、再び雨の中を駆けて訓練を続ける兵卒たちの下へと戻っていった。


「……頼朋翁は、優秀な人材ばかりを集めてきたようですね」


 その後ろ姿を見て、貴通がぽつりと言う。


「ああ、だからこそ、ああいう人材をみすみす死なせるような指揮官になりたくないな」


「ふふっ、そういうところ、景くんって本当に意地っ張りですよね」


 雨音と銃声の響く練兵場の中で、からかうような貴通の声が景紀の耳に届く。


「俺は、俺が嫌うような人間どもと同種の存在になりたくないたけさ。お前や冬花、宵たちのためにな」


「それじゃあ僕も、景くんに失望されない存在にならないといけませんね」


 自分のことを、冬花や宵と同様に見てくれている。そう思うと、貴通の中に不思議と頑張ろうという気持ちが湧き上がってくる。

 案外自分も、この少年の前では意地を張っていたいのかもしれない。何とも似たもの同士の同期生だな、と貴通は嬉しく思っていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 景紀率いる軍事視察団も含めた陽鮮王国への使節団は七月初旬、皇都を出発、鉄道にて本州西部の港へと向かった。所要時間は二〇時間弱で、鉄道未開通の時代と比べれば雲泥の差であった。

 そこから船に乗って、陽鮮南部の港・東萊へと至る。

 ここには、陽鮮最大の倭館が存在していた。

 倭館とは陽鮮において秋津人が交易を許されている拠点のことであり、その歴史は陽鮮王国が成立した四五〇年近く前にまで遡ることが出来る。

 東萊の倭館は「館」と名付けられているものの、その敷地面積は十万坪にも及び、事実上の秋津人町が形成されている。その上、敷地内には神社や寺すら存在していた。居留民の数は時期にもよるが四〇〇人から五〇〇人前後であった。

 陽鮮国内にはこの東萊倭館の他に、帯城倭館と元峯倭館の二ヶ所が存在している。

 帯城倭館は王都にある倭館であり、元峯倭館は沿海州に近い秋津海に面する倭館であった。ただし、これら二館は東萊倭館のような広大な敷地を持っておらず、実質的にはそれぞれ公使館、領事館といった存在であった。

 そして、これら倭館に共通しているのは、秋津人たちの敷地外への出入りが厳しく制限されているということである。陽鮮王国は外国との交易を極端に制限しているので、これは当然のことであった。

 東萊倭館の敷地は石垣作りの堀で囲まれ、周囲六ヶ所に陽鮮兵の見張所が設けられている。

 ここに住まう秋津人たちは、東萊府の決められた地区までならば外出が許可されるが、それとて陽鮮側が支給する鑑札がなければならない。いくつかある門の内、「守門」と呼ばれる開市や生活必需品の納入のための門は内側、外側の両側から鍵を掛けられるが、正規の外交使節などが出入りする「宴席門」などその他の門は陽鮮側が外側から鍵を管理していた。

 交易船の数も秋鮮間の約条(国家間の取り決めである「条約」と違い、あくまで陽鮮国王が秋津人当局者に与えるという形式をとった協定のこと)で年間の隻数が決められており、それ以外の臨時の使節については「差倭」と呼ばれて区別される。

 つまり、今回の電信敷設交渉のための使節団は、陽鮮側から見れば「差倭」ということになる。

 使節団一行が到着すると、まずは東萊府使など陽鮮側の役人に対して渡海の挨拶を行った。これは「茶礼儀(されいぎ)」という儀式であり、秋津側の使節が陽鮮国王への時候の挨拶や使節の目的、献上品の一覧などを書いた国書(書契)を差し出す。

 皇国からの献上品については、香辛料や香木、蘇芳(赤色の染料の元となる植物)などの南洋原産のものが中心であった。その他、蒔絵の硯箱など皇国の伝統工芸品なども献上品に含まれることがある。

 一方、陽鮮国王は秋津皇国からの献上品に対して、回賜(返礼品)を送ることになっている。回賜は、毛皮や漢方薬の原料、織物など多岐にわたる。

 ただし回賜については秋津側が品目を指定することも出来、これを「求請」というが、今回の電信敷設交渉はこの求請の制度を利用したものであった。つまり、献上品の回賜として、電信敷設権を得るということである。

 もちろん、電信を敷設する意向を示しているのは陽鮮国王であるから、事前に陽鮮の側から内密に求請に電信敷設権を挙げて欲しいと言われている。

 これが西洋諸国との外交であればこうした儀式的な遣り取りなどを省略してただちに敷設交渉に入れるのであるが、華夷秩序に基づく外交関係であるが故に、秋津側としてもこのような伝統的な形式をとらざるを得なかったのである。

 実際、前回、東萊と皇国を結ぶ海底電信を敷設した際も同様の交渉経過を辿っていた。

 東萊府使に対する渡海の挨拶が終わると、入国・入京の許可が出、いよいよ一行は王都・帯城へ向けて出発することとなる。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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