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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第三章 列侯会議編

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60 季節は巡る

「今朝はとんだ災難に巻き込まれたらしいな」


 からかうようにそう言ったのは、長尾憲隆であった。

 列侯会議本会議が終わり、議員控え室でのことである。


「いくら俺の家臣に呪術師がいるとはいえ、うちは道場じゃないんですがね」


 苦笑交じりに、景紀は応じた。

 今朝の浦部八重襲来事件は、屋敷の周辺に張り込んでいた記者たちによって面白可笑しく触れ回られてしまったのだ。時間が時間だったために新聞が刷り上がっており、紙面に上ってはいなかったが、それでも六家の屋敷で発生した珍事件として、皇都市民の間で話が広がっているらしい。

 景紀としても冬花が侮辱されるような内容であったら断乎とした処置を講じるのだが、そうでもないので放置するしかないのだ。


「まあ、宮中に足掛かりが出来るのはいいことではないか」


「それをあの御霊部長が簡単に許すとは思えませんが」


「そこは貴殿の政治的手腕次第であろうな」


 演劇を眺める観客のような、他人事の口調で長尾公は言う。


「まあ、それはともかくとして、嶺州の件だ」


 彼も、わざわざ雑談をするために景紀に会いにきたわけではない。


「宗秩寮審議会の決定は、今夕にでも公表されるだろう。が、貴殿の方でも内密に審議結果を知らされているな?」


 辺りを憚るような声で、長尾公は言う。

 部屋には冬花が控え、盗聴を防ぐための結界を張っているので問題はないのだが、それでも気になるのだろう。


「はい」公爵の言葉に、景紀は頷く。「佐薙成親より伯爵位を剥奪し、横領に加担した家臣たちも士族の地位を剥奪して平民移籍。さらに横領した分の金額を国庫に返還させるとともに、財産の一部を没収。また、これを受けて中央政府は、嶺州南部を中央政府直轄県として独立させ、南部の中心的都市・花岡の名を取って『花岡県』の設置を決定する。そこまでは知っていますよ」


「加えて、平民になれば領主としての特権も失われ、罪に問いやすくなる。恐らく、これまでの事例を考えても氷州や日高州への流刑というのが適当なところであろうな」


「俺もその方向に持っていくつもりですよ」


「もっとも、あまり苛烈な処分を下せば、六家にまで累が及びかねない。我が妹は佐薙成親正室であるし、その娘もまた貴殿に嫁いだ。この血縁関係が、佐薙家を潰し切れない要因となろう。我々にとって、後々の禍根とならねばよいのだが」


「しかし、最早佐薙家は死に体です。家としての存続は許されますが、政治的な力を発揮することは難しいでしょう。これに関しては、宵のお陰もありますが」


「ああ、宵姫が結城家から嶺州の経済振興のための支援を引き出した、というあれか。貴殿も上手い情報を流したものだな。佐薙家を排除する一方、嶺州統治のための足掛かりのためにあの娘を利用するとは」


「一部は宵が本気で俺を説得した結果ですがね」


「なかなか健気な娘ではないか」少しだけ感心したように、長尾憲隆は言う。「それで、境界線問題についてはどうする? 嶺州南部の花岡県化で、我が領と嶺州の領地境界線問題は花岡県との問題に移ることになるだろうが」


「御家さえ異存がなければ、問題の河川を国有河川にして、砂金採取のための共同事業の設立を考えていますが?」


「ふむ」長尾公は一瞬だけ思案顔になる。「佐薙家が消えた以上、河川の管轄を妙州に、という連中は我が家臣団の中から必ず出てくるであろうな」


「今回の事件での直接的な被害者はうちですよ? 直接的な被害を受けていない妙州が、ちゃっかり利権を獲得すれば、うちの家臣団の反発は必至でしょう」


「やはり、双方の面子を立てる必要があるか。まあ、うちと貴殿の家は宵姫を通して血縁関係を結んだようなものだ。その意味では、我が長尾家と貴殿の家との共同事業ということにすれば、家臣団を納得させられんこともないだろう。うむ、それでいくしかなかろう」


「ご理解いただけたようで、何よりです」


「ふん、相変わらず喰えん若造だな、貴殿は」


 溜息をつきたそうな調子で、長尾公は言った。景紀を若造と侮れれば簡単なのだろうが、そうも出来ないことへの苦労が滲んでいた。この公爵はこの公爵で、景紀と対峙することに緊張感を覚えているのだろう。

 紆余曲折はあったものの、景紀にとって宵との婚儀から始まった東北問題は、これにて一応の区切りがついたのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そしてその日の午後、結城家皇都屋敷では―――。


「……」


 鏡の前で、宵はかすかに顔をしかめていた。不機嫌というよりも、困惑や戸惑いの色が強い。

 畳の上に立てられた全身鏡には、洋式肌着(シミーズ)洋式下穿(ズロース)を身に付けた自分自身が映っている。


「……このズロースというものは、窮屈な感じがしてあまり着心地の良いものではありませんね」


 少し気持ち悪そうに、宵は己の穿いている西洋下穿(ズロース)を引っ張った。


「とはいえ、本日は皇国ホテルでのお茶会なのですから、洋装の方が好ましいのです」


 主人を宥める従者の口調で、宵の世話役である益永済は言った。


「判ってはいるのですが、やはり、洋装というのは窮屈なものだと感じます」


 宵はげんなりとして小さく息をつく。

 この時代、秋津皇国に住まう女性の下着といえば、肌襦袢や腰巻きが一般的であった。男性と違って、下穿を穿く習慣がないのだ。女性用下着としてズロースのような洋式下穿が全国的に普及するのは、もっとずっと後の時代である。

 とはいえ、だからといって着ないわけにもいかないのだ。皇都で生活する以上、これからも一定の頻度で洋装することにはなるだろう。

 将家の姫として、洋式の礼儀作法も一通り身に付けてはいる。今まで、ほとんど実践する機会がなかっただけで。

 つまり、慣れていくしかないのだ。

 宵は済の手伝いを受けつつ、洋服を身につけていく。スカートなるものは裾の部分がひらひらとして奇妙なものだと思うが、これもまた国や地域による衣装の違いと考えるしかない。

 知識として知る分には面白いのだが、実際に自分が着てみるとまた違った感想を抱く。


「お似合いでらっしゃいますよ、姫様」


 着付けが終わると、済は娘を着飾らせた母親のような口調でそう評した。

 実際、彼女の心にはそうした感情があるに違いない。結城家筆頭家老・忠胤との間に二男一女をもうけた済にとって、宵は四人目の子供のようなものなのだろう。娘もすでに嫁にいってしまった以上、宵に対して母親に近い感情を抱くのも納得出来た。


「そうですか」


 帽子までかぶった自分の姿を、鏡で確認する。その場でくるりと回り、色々な角度から洋装となった己の姿を眺めていく。

 見慣れない格好のため、いまいち、宵自身では似合っているのかいないのかが判りにくい。とはいえ、皇都での生活が長い済がそう言うのならば、それほどおかしな格好でもないだろう。

 少なくとも、皇都にやってくる多くの西洋人たちが利用するという皇国ホテルでの茶会でも、恥ずかしくない格好には違いあるまい。


「……どうだ、宵」


 襖の向こうから、景紀の声がした。


「さっ、姫様」


 そっと押し出すように、済が促す。


「お待たせいたしました、景紀様」


 いつもと違った格好で少し気恥ずかしいが、それでも腹を括って襖を開ける。


「おっ、似合ってるじゃないか、宵」


 少しだけ目を瞠って、景紀は微笑ましげな笑みを浮かべた。


「お前は美人さんだから、何を着ても似合うよな」


「いえ、そんな……」


 何となくこそばゆい思いがして、ちょっとだけ宵は視線を俯ける。


「……景紀様こそ、お似合いでらっしゃいます」


 昼頃、廟議堂から帰ってきた景紀もまた、洋装をしていた。黒っぽい上着の下に対照的な白いシャツを着、瀟洒なネクタイをしている。上着の衣囊(ポケット)へと伸びる懐中時計の鎖が、何とも粋な感じであった。

 そして、腰に差している刀も、柄や鞘が洋式の鋭剣(サーベル)風に装飾されたものであった。


「……冬花様も、今日は普段と違った格好をしてらっしゃるのですね」


 と、景紀の背後に控える冬花もまた、普段の特徴的な着物姿ではなかった。

 動きやすさを追及して足を出しているのはいつもと同じであったが、身に付けているのは黒く丈の短い洋袴(ショートパンツ)であった。黒い洋袴と対になるように白いシャツを身につけ、その上に赤い羽織をまとっている。腰には革製の剣帯を巻いて刀を下げ、足にはいつも通り膝上丈までの黒い脚絆を履いていた。


「冬花様だけ、和洋折衷なのですね」


「完全に洋装ですと、呪具を仕込む場所がないので」


 それで、あの赤い羽織をまとっているらしい。あの赤い羽織自体も火鼠の毛で織った衣であるので、それ自体が呪具とのことであった。

 白と赤の対比は、まとっている服とも相俟って、凜々しい少女剣士といった彼女の印象をより鮮烈なものにしていた。


「冬花様も、凜々しくて素敵だと思います」


「光栄です」


 自分では決してなれない凜とした美しさに、宵はどこか憧憬じみた感情を覚える。


「じゃあ、行くか。あんまり待たせると、多喜子にどんな嫌味を言われるか判らないからな」


  ◇◇◇


 皇国ホテルは、皇都に巡らされた水路に面した、洋風建築の建物であった。白い壁面に黒い屋根の、石造りの建築物である。

 水路沿いには桜が植えられており、春になればホテルの客室から満開の桜を眺められることだろう。

 ホテルのティールームは、以前の皇都巡りの時に訪れた喫茶店とは比較にならないほど高級感に溢れた空間であった。身なりの良い皇国人以外に、西洋人らしき客も多数、見受けられた。

 戦国時代末期以来、西洋諸国との交易を続けてきた秋津皇国が、その国威を西洋人に知らしめる場。

 それが、皇国ホテルの役割でもあった。






 景紀たちが予約していた席は、ホテルの庭園が一望出来る窓際の席であった。

 窓の外に広がる庭園は、自然の趣を取り込んだ和風の庭園ではなく、人工的な印象を受ける西洋式の庭園であった。ただし、それはそれで計算され尽くした数学的な美しさはある。


「こうやって景紀とゆっくりお茶をするというのも、久しぶりな感じがします」


 宵と違って洋装を着慣れた様子の長尾多喜子は、席に着くなり楽しそうな口調でそう言った。


「はっ、よく言うぜ。お前と楽しくお茶会が出来るとは思えないがな」気安い調子で、景紀は毒づいた。「この間の宵や冬花との茶会も、腹の探り合いだったらしいじゃないか」


「あら、それも含めて茶会を楽しむということでしょう?」


 まったく悪びれず、多喜子は言い返した。


「ふん、相変わらずその腹黒さは治ってねぇな」


 景紀の罵倒には、嫌悪感などの悪感情はまったく含まれていなかった。むしろ、この遣り取りを楽しんでいるきらいすら見える。


「そこが私の可愛さというものでしょう?」


「はっ、自分でよく言うぜ」


「とはいえ、どちらかの屋敷で茶会を開かないだけ感謝して欲しいものです」


「つまり今日の茶会は、あくまで子供時代からの友人同士の茶会。互いの家の事情は関係ない、って俺たちや周囲に示したいわけだな?」


「前回の茶会の結果、引き起こされた事件に対して私も思うところがないわけではないので」


 そんな会話は、給仕が紅茶と菓子を持ってきたところで中断された。

 ティーカップに注がれた褐色の液体から、馥郁たる香りが立ち上る。


「冬花」


 景紀がそう言うと、冬花は一つ頷いて透かし模様(レース)の入った白いクロスの敷かれた卓子(テーブル)の上に指を這わせた。その指先が、クロスに梵字を描いてゆく。

 術者でない三人には感じ取れなかったが、これで四人の卓子は結界に囲まれることになった。内部の会話を聞き取れなくし、外部からの干渉も遮断する。そうした結界であった。

 それで、会話が再開される。


「ここ数日の政治情勢は、見ていてとても楽しいものでしたよ」ころころと笑うように、多喜子は言う。「あなたに本気を出させてくれた佐薙成親伯に、逆に感謝したいほどに」


「俺の大切なものに手ぇ出したんだ。容赦はしない」


 景紀の口調は、多喜子とは対照的に剣呑なものであった。


「麗しい主従愛ですね。いえ、夫婦愛も混じっているのでしょうか?」


「どっちもだ」


 迷いなく、景紀は答えた。


「それはそれは」少し意外そうに、多喜子は驚きを示す。「そこの従妹さんに(ほだ)されたんですか? 幼い頃、冬花を守ろうと私に対して警戒心剥き出しだったあなたが?」


「宵はお前とは違うからな」


 当然のことのように言い、景紀は紅茶を口に含む。


「あら、酷い言い草です」


 傷付いた様子も見せず、むしろ茶目っ気のある口調で多喜子は嘆いてみせた。


「さて、これにて景紀は佐薙成親を失脚させて、東北経営に本格的に乗り出すことが出来るようになりましたね。おめでとうございます」


 わざとらしい仕草で、多喜子はパチパチと拍手をする。


「これで私も気兼ねなく景紀に会うことが出来ますね。だから景紀も、今日の茶会に応じてくれたのでしょう?」


「俺としても、長尾家への伝手は失いたくないからな」


 あからさまに嬉しそうな笑みを向ける多喜子に、景紀は素っ気ない態度を返す。


「もう。私はあなたの幼馴染でもあるんですよ。もう少し優しくしてくれてもいいじゃないですか」


 むう、とむくれたように多喜子は頬を膨らませる。


「そういうのは俺じゃなくて、お前の夫になる奴に期待するんだな」


「愚鈍な殿方に、期待などしませんよ」冗談じみた口調の中に冷笑を混ぜて、多喜子は応じる。「私の夫になるべき人物は、相応の出来物でなければなりません。が、そんな気骨のある同年代の人間など、今の皇国にはほとんどいないのが実情です。家というしがらみに縛られる者、攘夷という馬鹿げた思想に取り憑かれる者、まったく、小物ばかりで嫌になります」


 そこで、多喜子は今までおちゃらけた印象とはまったく異なる笑みを浮かべた。妖艶ともいえる、どこか底の知れない笑みである。


「だったら、私がそういう出来物になればいいだけの話だと思いませんか? ねぇ、景紀?」


「そういう野心を抱くのはお前の勝手だ。だが、俺を巻き込むな」


 頑とした口調で、景紀は言う。彼の表情には、多喜子の野心を聞かされたことへの驚きはない。子供の頃から、この長尾家の姫が遊びでも何でも自分が主導権を握ることに強い執着を抱いていたことを覚えている。

 囲碁や将棋などで、何度張り合ったか判らない。彼女は自分が勝つためならば、盤外戦術を始め、不正すら平然と行うのだ。

 長尾多喜子とは、そういう少女だった。


「あら、結城家が実質的に佐薙家領を手にした今、あなたと我が長尾家が手を組めば皇国の東半分を手中にしたようなものなのですよ。そしてそれぞれの家が持つ植民地利権を合わせれば、伊丹・一色両公の勢力など簡単に潰せます。有馬家だって、頼朋翁が死ねば政治的主導権はこちらのもの。そうは思いませんか?」


「それは、皇国を内乱の渦に巻き込むことになる」


「六家という、六つの家が並列して権力を握っている状況を打破するためには、その程度は覚悟すべきでしょう?」


 多喜子の思想は、中央集権体制を目指すものではない。攘夷で国論を統一しようとする伊丹正信や一色公直と同じく、自らが政治的主導権を握りたいが故の考えである。

 景紀の隣で礼儀正しく茶菓子を口にする宵などは、内心で多喜子の言葉に眉をしかめていた。皇国の政治体制を変革するという大義のために内乱が必要ならば、そこに巻き込まれる民がいようともなすべきだと、宵は思う。一時の犠牲によって、将来の皇国の安寧が確保出来るのであれば、必要な犠牲と割り切れもしよう。

 今の皇国の政治体制は、産業の近代化に比してあまりにも歪だからだ。

 しかし、自らの権力欲のために民を犠牲にするやり口は、宵の好むところではなかった。


「景紀は天下取りに興味はないのですか?」


「ないね。俺は戦国時代の人間じゃないんだ」


 景紀は、やはり頑として多喜子の言葉を撥ね除ける。


「……つれないですねぇ」


 少し残念そうに、多喜子は目尻を下げた。そして、隣の冬花に身を寄せた。


「ねぇ、冬花。あなた、景紀が天下を取る世界というのを、見てみたくはありませんか?」


 無邪気そうな声で、多喜子は続ける。


「本気を出したご主人様の姿を、あなたは見てみたくて仕方がないんじゃなくて?」


「―――っ!?」


 内心を見透かされたような気がして、冬花は思わずびくりと肩を震わせてしまった。


「冬花」


 そこに、ぴしゃりと冷水のような言葉がシキガミの少女に浴びせられる。冬花が恐る恐る声の主を見れば、険しい顔をした景紀がいた。


「……かげ、のり」


 少女は、親に叱られた子供のような、少し怯えの混じった表情を向ける。

 ぐい、と景紀は少し強引な動作で自らのシキガミを引き寄せた。


「こいつは、俺のシキガミだ。惑わすんじゃねぇ」


 低い声で紡がれた景紀の言葉に、多喜子は連合王国人のように肩をすくめるだけであった。気圧された様子はない。


「まったく、景紀は女心が理解出来ていませんね」


 あまつさえ、呆れたようにそう言い放ったのだ。

 だが、その言葉は奇しくも以前、宵が言った“女の見栄”そのものであった。


「野心だけでなんとかなると思っているお前は、政治を理解出来ていない」


「おや、これは厳しい返しで」くすり、とおかしそうに多喜子は笑みを零す。「まあ、多分、こんなですから私は景紀の“大切なもの”の仲間入りが出来ないんでしょうね」


「判っているなら、少しは治す努力をしろ」


 景紀の口調は厳しかったが、それでも多喜子に対する敵意はなかった。むしろ、間違った道に行こうとする知人を諫めるような響きすら混じっていた。


「無理ですよ。これが私の性分なものですから」


 淡く笑みを浮かべて、多喜子は返した。


「ったく、少しは気楽な茶会をさせろ」うんざりとした表情で、景紀は言う。「これならまだ話が合う分、頼朋翁との茶会の方が気が楽だぞ」


「判りました。ここからは、余計な駆け引きはなしにします」


 そう言って、多喜子はちょっとだけ気恥ずかしそうな顔になった。


「私だって、幼馴染や同期生との茶会を、純粋に楽しみたいって思いもあるんですよ」


「だったら最初からそうしていればいい」


 素っ気なく、景紀は断言する。

 それからようやく、四人は変な緊張感もなく茶と菓子を楽しみながら会話をすることが出来た。景紀の兵学寮時代の出来事や南洋への視察で見た内地では見られない数々の光景、冬花や多喜子の女子学士院時代の思い出、そうしたことを気分の赴くままに語り合った。

 だが、それでも多喜子は思うのだ。自分が愚鈍ではないと認めているこの少年が、本気でこの国を動かしていく様を見てみたい、と。そして、そんな彼と、対峙するのでもいい、協力するのでもいい、とにかく彼と対等に張り合える存在となってみたい、と。

 それが恋心に基づくものなのか、野心に基づくものなのか、長尾家の姫は未だ判断出来ていないのであるが。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 皇暦八三〇年代の皇国議会は、六家を始めとする封建勢力と自由民権運動の流れを汲む民党との対立構造という、単純な図式で捉えることの出来ないものであった。

 これは、衆民院議員の政治資金の出所の問題から六家に対して強い態度に出ることが出来ない議員が多いということの他に、国論の分裂という要因が存在していた。

 六家においてすら、攘夷と国内振興で分裂している状態である。その余波というわけでもないのだろうが、衆民院においても皇国のとるべき国策について意見が割れていたのだ。それは、民党を自称する勢力内においても同様であった。

 衆民院には“吏党”と呼ばれる会派や政党が存在しているが、彼らは六家の後援を強く受けているが故に六家の分裂に伴って一枚岩とはいかなくなっていた。

 吏党の最大会派は皇民協会と呼ばれる政党であったが、そこから対外硬派が離脱して攘夷系の護国党や蓬莱倶楽部などを立ち上げ、衆民院における伊丹・一色派の代弁者となっている。

 一方で民党の側も、地租減税や鉄道敷設、築港などの国内振興(より俗な表現をすれば地元への利益誘導)のためには将家との一定の政治的妥協が必要であるとの現実的な認識を持つ者も少なくはなく、そうした者たちは六家の中でも国内振興を主張する有馬、結城、長尾三家に接近しつつあった。また、逆に対外硬派となって伊丹・一色派に接近する者たちもおり、議会における将家と吏党、民党の利害関係は複雑に錯綜していた。

 ただし、皇暦八三四年十二月に開催された皇国議会においては、事前に六家の間において次年度予算案の合意が形成されていたこともあり、吏党系の会派・政党は表面上、団結することが出来ていた。

 そのため、民党による吏党の切り崩し工作も上手くはいかず、その民党自身が国策を巡って分裂しつつある現状では、封建勢力に対する有力な対抗勢力とはなり得なかった。

 特に、事前に六家間において歳出の五割に相当する軍事費を三割に削り、浮いた二割を国内の振興に充てるという合意が形成されていたため、軍備拡張よりも国内振興を優先すべきと主張する一部の民党は批判を封じられた形になった。

 それでもさらに軍事費を削減し、その削減分を地租の減税に充てるべしと根強く主張する議員も存在していたが、多くの議員にとって削減された二割がどの地域の振興に充てられるのかという問題の方が重要であった。

 皇暦八三四年度の常会は、六家が絶大な影響力を持つ列侯会議に関しては例年通り波乱なく進行していった。

 一方の衆民院は、このような会派・政党間の政治路線・利害関係の錯綜から時に激論を飛ばし、時に妥協を成立させながら進んでいった。

 それはまさしく、近世的な封建制度と近代的な官僚・議会制度が複雑に絡み合った秋津皇国の歪みの象徴ともいえる光景であった。






 そうして季節は皇暦八三五年の春を迎えようとしていた。

   冬花ケモミミ版・穂積貴通キャラクターデザイン(作:SioN先生)

挿絵(By みてみん)


 本話をもちまして、拙作「秋津皇国興亡記」第三章を終わらせていただきます。

 皆様からのブックマークや評価、誠に感謝しております。ありがとうございます。


 次章からは、いよいよ景紀たちが対外情勢への対応を迫られる展開とするつもりです。

 本作の目標である「異世界架空戦記モノ」を目指していきますので、また何卒、よろしくお願いいたします。


 ここまでの内容についてご意見・ご感想等ございましたら、宜しくお願いいたします。


  2022(令和4)年8月1日追記

 イラストレーターのSioN先生に、キャラクターデザイン画像を作成して頂きました(2022年5月7日活動報告参照)。

 デザイン画像の著作権はSioN先生に、デザイン画像の独占的ライセンス権は三笠にありますので、無断での転載・使用はお控え下さい。

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