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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第三章 列侯会議編

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58 読会制

 皇国議会における審議方式は、基本的には本会議中心主義であった。

 これは、「読会制」と呼ばれる制度であり、各種委員会における審議よりも本会議における審議を重視する方式であった。

 そのため、皇国議会は常任委員会の数自体が少ない。衆民院が開設された当時、常任委員会は予算委員会、請願委員会、懲罰委員会の三委員会しか存在せず、その後十年ほど経って四つ目の決算委員会が設立された程度である。

 これはアルビオン連合王国における審議方式と似ており、逆に委員会中心主義のヴィンランド合衆国とは対照的であった。

 読会制は、まずある法案が本会議に上程されるところから始まる。法案が書記官によって読み上げられ、次いで趣旨説明がなされる。趣旨説明をするのは、提出者が政府であれば政府委員が、議員であればその議員が行う。その提出趣旨に対する質疑応答があった後、法案全体についての討論が行われる。

 ここまでが第一読会と呼ばれるものであり、慎重な審議を要すると判断された案件に関しては第一読会の最中に特別委員会が設けられ、そこに議論が委ねられる。議論が終わるとその結果が委員長によって本会議に報告され、第一読会が続けられる。

 第一読会が終わると、法案を第二読会に送るかどうかの採決が行われる。ここで否決されればその法案は廃案となり、可決されれば第二読会が開かれる。

 法案全体についての審議を行った第一読会と違い、第二読会では逐条審議(その法案を一条ごとに審議し、採決していくこと)が行われ、法案の部分的な修正などがなされる。

 そして、その修正を受けて再度、全体的な審議を行うために第三読会が開かれる。ただし、第三読会は省略となる場合も多い。

 皇国議会は六家を中心とする列侯会議にその起源を有するが、こうした本会議中心主義がとられるようになったのは、やはり皇国の国家体制が六家を中心とするものであったからである。

 委員会を組織して、そこでの審議が中心になってしまうと、拒否権を持つ六家が十分に審議に参加出来ないという状況が生まれてしまう可能性がある。これは、六家当主が六人しか存在せず、委員会の数は三(その後は四。特別委員会が設置されればそれ以上の数になる)あるという物理的な問題によるものであり、制度の運用ではどうにもならない問題であった。

 だからこそ、皇国の議会制度は本会議中心主義である読会制によって運営されることになっているのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 十二月二十六日午前十時より、この日の列侯会議本会議は始まった。

 基本的には、法案の提出、第一読会、特別委員の選出、という順序で議事は進行していく。列侯会議に提出される法案ということもあり、諸侯、特に六家にとって不利益となる法案はほとんど見られない。まれに民権思想に同調する進歩主義的な諸侯が、平民、特に労働者階級の権利拡張を目的とする法案を提出することもあるが、本当にまれな事例である。

 そのため、列侯会議は衆民院ほどに激しい弁舌が飛び交うことはない。どこか予定調和的な応酬とともに、審議は進んでいく。






 そしてそれは、予算委員会においても同じであった。

 予算委員会には景紀を始め、六家の全員が参加している。委員長に関しては相変わらず公家華族を据えているが、それでもこの委員会が六家を中心に運営されることは、誰の目にも明らかであった。


「総理大臣恒松(つねまつ)宗長(むねなが)君が予算について説明したいという申し出がありました」


 委員長の言葉に応じるように、宰相を務める恒松宗長が立ち上がった。


「予算委員会におきまして、政府として来年度予算の既定につきまして、その主意と内容に関しましてこれより政府委員より説明がございますので、お聞き願います」


 恒松家は公家華族の家系であり、爵位は伯爵。

 六家に連なる人間(当主の弟など)を宰相に据えようとすると六家間で主導権争いが生じる危険性があることから、宰相は概ね、政治的実権を持たない公家華族から選ばれている。政策面において対立することもある六家であるが、他の諸侯に対しては支配勢力として団結しなければならないという事情が、こうした状況を生み出しているのだ。

 六家は宰相の選出(正確には皇主に対する奉推)を行うものの、あくまでも宰相を六家の影響下に置いておきたいという意向もあり、宰相としての指導力よりも意見調整能力の高い人間が選ばれやすい傾向となっている。これは、宰相本人が政治的指導力を発揮すると六家の影響下から独立する恐れがあるためであり、そうしたことは当然、六家は望んでいない。

 六家は内部でどれだけ対立が発生していようとも、政治において指導力を発揮するのは自分たちでなければならないという思いでは一致しているのである。

 このため、逆に他の国務大臣には六家の影響下にある人物たちが就くことも多く、首相はそれら大臣の意見を上手く調整しなければならない。

 首相も含めた各国務大臣は、全員が皇主から任命されたという形になっているので、首相自身に他の閣僚を任命する権限はない。そのため、閣内不一致の場合は内閣総辞職という事態が容易に起こり得る。

 これも、列侯会議での拒否権と並んで、六家が皇国における支配勢力であり続けるための一つの仕組みであった。

 このため現行制度下においては中央政府の権限は抑制されており、宰相に就任したとしても六家との利害関係の調整に苦慮する者が多いという。今回に関しても、予算問題で六家長老たる有馬頼朋と攘夷派たる伊丹・一色両家の板挟みになっていたことであろう。

 しかし一方で、経済基盤の弱体化している公家華族としては、貴族院議員としての歳費と同じく、宰相としての収入も重要な収入源となっており、例え宰相としての権限が抑制的であったとしても就任を望んで六家に対して工作を行う者たちもいた。


「只今八三五年度予算の大体につきまして予め説明しておきたい点が二点、ございますので、お聞き願います。第一点目は予算編成上の目的であります。第二点目は予算編成上の計画であります。これを今よりお話しいたします」


 政府側委員として出席している大蔵次官が、手元の書類に目を落としながら説明を始めた。


「第一に予算編成上の目的につきまして、政府が最も注意いたしましたのは、我が国今日の如く発展の時に当たりまして国家が宜しく執るべき事業は誠に多端でありますが、しかしこれを括って申しますれば、外に対しては以て国運を伸張し、内に在っては民産を発達するという、二途の外にはありませぬ。故にこの二のものは必ず偏存、偏廃することなく、あたかも車の両輪の如く、鳥の双翼の如くに、両々相俟って相平行して国利民福を増進するという、唯一の方向進路を執ってこの予算を編成いたしました」


 大蔵次官の説明は、ほとんど六家会議において確認されたことの繰り返しであった。しかし、六家会議はあくまでも六家同士の私的な集まりという建前であるので、それを政府の公式な説明として発表することには意味がある。

 その後、大蔵次官は予算編成上の計画、すなわち財源の問題などについて長々と説明し、多少の質疑応答などを行って、この日の予算委員会は終了した。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方その頃-――。


『けふ宗秩寮審議会開かる』

『血税横領の佐薙伯に断乎処分の方針』

『不逞浪士使嗾の佐薙伯へ大鉄槌』


 十二月二十六日の新聞記事は、佐薙成親伯爵の処分を決定するための宗秩寮審議会の記事で溢れていた。

 すでに内務省や逓信省が内偵を進めて横領の証拠を集めており、最早、佐薙成親は言い逃れる術のないところにまで追い詰められていた。


「……」


 自室の畳の上にそれら各社新聞を、宵は丁寧に並べていた。


「……」


 並べられた新聞を見つめる少女の目は、ひどく冷めていた。実の父の失脚に対して、何も思っていないかのように、その表情は酷薄なものであった。

 実際、宵にとって実父の失脚を成し遂げた景紀を賞賛する気持ちの方が強い。

 昨日、貴通も言っていたが、次は伊丹公や一色公の失脚を目指してくれないものだろうか、とすら思ってしまう。

 自分でも随分と物騒な考えだとは思っているが、中央集権国家を目指すにあたっては、彼らは絶対に排除しなければならない政治勢力である。一方で、攘夷を目指す両公にとっても、景紀を始めとする人間は排除しなければならない存在であろう。

 いずれ、景紀も対峙せざるを得なくなる時が来るに違いない。

 自分は、そんな夫たる少年を支えていくのだ。


「……宵姫様、よろしいでしょうか?」


 不意に、障子の向こうに影が現れた。彼女の世話役たる済の声であった。


「なんでしょうか?」


「佐薙家からの使者がまいりまして、宵姫様に取り次ぎを願っているのですが……」


 済の声には、困惑が混じっていた。


「……景紀様の予想通りですね」


 ぼそりと、口の中で宵は呟く。佐薙家の人間が宵という六家への伝手を頼ってくる可能性は、以前、景紀から言われていた。その場合の対応の方向性も、言いつけられている。


「判りました。会うことにいたします」


「よろしいのですか?」


「下手に追い返して、彼らを追い詰めるわけもいかないでしょう。接見の間に通しておいて下さい」


「はっ、かしこまりました」






 華族同士の交流として、客人としてもてなすならば茶室や応接間に通すのだが、今回は他家の家臣という、結城公爵家からすれば家格において劣る人間である。そのため、宵は当主がそうした者たちに会うための部屋である接見の間へと通したのだ。

 念の為、結城家次期当主の妻として相応しい身なりに整え、さらに廟議堂にいる景紀の元に使者を仕立てる命令を出してから、宵は接見の間へと入った。

 当主の座る場所よりも一段低い場所に、佐薙家からの使者が平伏していた。

 佐薙家の家老を務める男であった。

 宵はあえて当主の席へとは座らず、その脇に腰を下ろした。当主の座所は景紀の座るべき場所であり、例え景紀不在の今であっても自分が座るべきではないと考えているのだ。

 実際、佐薙家使者との接見に際しては筆頭家老の益永忠胤も同席しているので、景紀の正室として夫の面子を立てねばならないのだ。


「宵姫様におかれまして、ご機嫌麗しゅうございます」


 佐薙家家老の男は、慇懃な調子で挨拶を述べる。


「また、お時間を割いて頂き、誠に感謝申し上げます」


「それで、貴殿はこの度、どのような用向きで訪れたのか?」


 将家の姫としての硬い声音で、宵は問うた。


「我が主君・成親伯爵閣下へ下されるべき処分について、寛大な処置を賜れますよう、宵姫様から結城景紀様にお口添え頂きたく」


「これは異なことを申されますね。佐薙成親殿に処分を下すのは、景紀様ではなく宮内省宗秩寮です。まずはそちらに嘆願をすべきかと存じます」


「されど、景紀様は結城公爵家次期当主にして御館様の義息。我ら家臣団による嘆願よりも、宗秩寮を動かす力は大でありましょう」


「ならば、私ではなく景紀様に直接言うべきでしょう。わざわざ、景紀様がご不在の時間に来られた理由は何なのですか?」


「……」


 その問いに、佐薙家家老は口を閉ざした。

 恐らく、彼も宵のことを単なる小娘と侮っていたのだろう。そして、景紀のいない間に宵に圧力を掛け、主君への処分を回避、ないしは軽度なものにする。

 彼ら家臣団としても、主家の衰退は職を失い牢人となる可能性を孕んでいる以上、動かざるを得なかったのだろう。

 しかし、馬鹿正直に宵が小娘だから、と言うわけにもいくまい。


「……宵姫様は、鷹前におられるお方様のことをお忘れではないでしょうか?」


 そして、結局、出てきた言葉はそれであった。


「このまま、御館様に厳しい処分が下されれば、お方様にも累が及びましょうぞ」


 実質的に宵の母を人質に取っての脅しに、傍らに控えている益永の眉根に不快そうな皺が寄る。


「それが、嶺州武士の礼儀か?」


 宵の低い声が、接見の間に響く。


「始めは私を人質に取り景紀様を亡き者にしようと企み、今度は我が母か! 貴殿ら佐薙家は武士としての恥を知らぬのかっ!」


 宵の口から放たれた一喝に、家老の肩が一瞬だけびくりと震えた。


「私は故郷の民を慈しみこそすれ、貴殿ら卑劣漢にかける情けなどないと知れ!」


「し、しかし御館様がいなくなれば嶺州の地は荒れましょうぞ」


「貴殿は先の婚儀を何と考えるか! 私が景紀様に嫁いだのは、ただ嶺州の民の安寧のためなるぞ!」


「……くっ」


 佐薙家家老は、顔を歪めて歯噛みした。


「嶺州の民の安寧福祉はこの宵が身命を賭して景紀様にお頼み申し上げる覚悟である。故に、貴殿とのこれ以上の問答は無用であろう。速やかに帰られよ」


 宵の声を受けて、益永が応じるように部屋の襖を開けた。


「……」


 使者は一瞬だけ宵に悔しそうな表情を見せた後、意気消沈したように肩を落とし、接見の間から退出していった。


「……益永殿」


 使者が去った接見の間で、宵は言う。


「はっ」


「今の接見の内容について、屋敷の周辺に張り込んでいるだろう記者連中にそれとなく流しておくように手配して下さい」


「……まさか、それを見越して」


 少しばかりの戦慄を込めて、益永は呟く。自分が教育掛を勤めた次期当主の少年と同じように、この少女もまた次期当主の正妻として相応しい力量の持ち主であるのだと、結城家筆頭家老は認めざるを得なかったのである。


「あの男に言ったことの七割方は本心ですよ。残りは、演技と虚勢ですが」


 表情の乏しい顔にかすかな苦みを乗せて、宵は唇の端をそっと持ち上げた。


「それでも、ご立派であらせられます」


 感服したように、益永は臣下の礼を取った。


「では、直ちにそのようにいたします」


「よろしくお願いいたします」

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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