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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第三章 列侯会議編

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56 失脚

 一時間の休憩が終わり、議長が宮城から戻ると、本会議が再開された。

 議長から政府提出の法律案などの報告がなされると、次の議題は全院委員長の選出であった。全院委員会は、文字通り議員全員が所属する委員会であり、形式上は本会議とは別個の存在とされている。

 全院委員長に選出されたのは五摂家の一つ、九重公爵であった。この辺りにも、権威を尊重することで自らの権力の正統性を示そうとする六家の思惑が透けて見える。

 全院委員長に九重公爵が選出されると、次は彼の下で各常任委員の選出が行われることになる。

 ここで昼時になったので、また休憩を挟んで午後に常任委員の選出を行い、その結果を報告するための本会議が午後二時過ぎに再度開かれた。

 景紀は六家の人間ということもあり、委員会の中でも最も重要とされる予算委員に選出された。

 そして、今後の議事日程が議長によって通達された後、第一回目の列侯会議本会議は終了となった。


  ◇◇◇


 午前の列侯会議において佐薙成親による電信維持費の横領が暴露されると、それに合わせるかのように正午に内務省、逓信省による連名での公式発表がなされるに至った。もちろん、議会での詳しい説明はまだであるが、それでも佐薙家による横領の事実は皇都の住民たちの知るところとなったのである。

 結果、佐薙家のみならず、横領の事実を暴いた結城家にも新聞記者たちがやってきたが、新聞操縦の観点から景紀は結城家にとって不利にならない情報は積極的に開示するように家臣たちに予め指示を出していた。これによって、恐らくは横領の情報を隠蔽するために記者たちを追い返すであろう佐薙家との対比を生み出し、記者たちからの好印象を得ようとしたのである。

 なおこの時代、交通・通信網の問題から新聞の夕刊は一般的ではなく、佐薙成親による電信維持費の横領が新聞の紙面を飾るのは、翌二十六日のことになる。






 二十五日の夕方、廟議堂から帰宅した景紀は、今日の本会議で起こったことの顛末を宵たちに報告した。


「つまり、佐薙成親の失脚は確定的となったのですね」


 淡々とした口調で反応したのは、佐薙成親の娘でもある宵であった。その声音には、実の父親に対する憐憫の情など一切存在しない、酷薄なものであった。


「これにて、景紀様にとっての後顧の憂いは断たれたことになります。実に目出度いことです」


 そして、宵はむしろ父親を出し抜いて失脚の道筋を付けた景紀の手腕を喜んでいるようでもあった。


「僕としても、景くんがあんな男に足を引っ張られずに終わって一安心です。今度は伊丹、一色の番ですか?」


 どこか浮ついた調子で言ったのは貴通。


「気が早い奴だな」


「そう言うってことは、将来的には追い落とすつもりはあるんですね?」


 苦笑して思わず言ってしまった言葉に、貴通が喰い付いてきた。


「まあ、俺の楽隠居の邪魔になりそうであれば、な。隠居したあとも面倒な政治的ゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだからな」


 とりあえず、景紀はそう言って誤魔化しておく。


「ふふっ、景くんらしいといえばらしいですね」


 そんな同期生の言葉に、貴通はおかしそうな笑い声を漏らした。


「それで若、僕の方は当面、民党系の院外団に潜り込んで情報収集って形でええんか?」


 一方、新八は今後の諜報活動の方向性について尋ねてくる。


「ああ、そうだな。だが、攘夷派の人間が根絶やしにされたわけじゃない。そっちの方面にも、ある程度気を配っておいてくれ」


「了解。まあ、何とか上手くやってみるわ」


 手の中で火の付いていない煙管を弄びながら、飄々とした調子で新八は請け負った。


「景紀、佐薙成親の失脚に伴って、問題が発生すると思うのだけどいいかしら?」


 すっと冬花が手を挙げる。


「何だ?」


「佐薙家が横領した電信維持費について、恐らく国庫への返納命令が出ると思うけど、佐薙家にその金額を返納するだけの財政的余裕はあると思う? 無理矢理捻出出来たとしても、嶺州の統治権をうちが取り上げる方向で画策している以上、今後の佐薙家は経済的に困窮するはずよ。そうなると、嶺州に大量の牢人が発生することになると思うけど?」


「失脚するのは佐薙成親だけじゃない。横領に加担していた、あるいは横領を隠蔽するのに協力していた家臣のほとんども、失脚するはずだ。そいつらは、氷州か日高州で木を数える仕事に就くことになるだろうな」


 つまり、佐薙家の重臣たちのほとんどは流刑にすると、景紀は言っているわけである。


「ただし、下級官僚、つまり嶺州で実際に領地経営に当たっている実務者系統の人間たちは、よほど問題がなければそのまま使うことになるだろうな。そいつらまで入れ替えるとなると、そもそも結城家としても人間が足りない」


「それは、官僚系家臣団の方の話でしょ? 用人系統の方はどうするの? 佐薙家が没落して一番困るのは、家に直接仕えていることになっている用人系統の家臣団のはずだけど?」


「佐薙家自体は、存続させる方向で調整している。宵の母だとか、大寿丸だとか、仕えるべき人間はまだいる。ある程度の人員削減はするが、溢れ出た牢人が徒党を組んで匪賊と化して東北の治安を脅かす、なんてことにはならないはずだ」


「それに、冬花さんを見ていると忘れがちになりますが、そもそも用人系統の家臣団は家の庶務、つまりは会計・経理などの事務や家事などを司る人間たちばかりですので、匪賊化するよりは、他に就職先を見つけようとする者が多くなると思いますよ」


 景紀の言葉に、貴通が付け加えた。彼女自身は匪賊討伐に加わったことはないが、軍人の知識として匪賊の人的構成を知っているのだ。


「まあ、そこは結城家の方で、ある程度就職先を斡旋してやれば城下町に失業者が溢れかえるってことにはならんだろう。鉄道なんかが開通すれば、経営のために会計の知識を持った奴なんかが必要になってくるわけだからな」


「判ったわ。じゃあ、結城家が東北経営に介入するにあたって必要な人材の種類を、一覧表にまとめておいたほうが良いかしら?」


「ああ、そうだな。頼む」


「了解。それと、列侯会議の予算委員会の方で、こっちが用意しておく資料とかってある?」


「ああ、そうだな。民党が騒ぎ立てそうな地租問題についての資料をまとめておいてくれると助かる」


「判ったわ」


「まっ、六家会議がまとまった以上、六家や大臣の誰かが余程の失言をしない限りは、問題なく議会は進むだろうよ」


 まだ議会は始まったばかりであるが、来年度予算問題と東北問題に一定の道筋を付けた以上、当面、面倒事に巻き込まれることはないだろうと、景紀は判断していた。

 衆民院において軍事拡張費と地租問題が議論となりそうではあるが、六家間の合意が形成されている以上、拒否権などの発動によって議会において来年度予算が成立しないという可能性は低いだろう。とかく民党の存在が注目されがちであるが、衆民院には中央政府や六家の意向を汲む、いわゆる“吏党”も存在しているのだ(「吏党」は、あくまでも民党側が政府・六家寄りである政党を批判しての言葉であり、自ら吏党を名乗っている者たちはいない。彼らは基本的には「温和派」、「保守派」を名乗っている)。そして、議員の割合でいえば“吏党”の方が多い。

 これは、六家などによる選挙干渉の結果というよりは、選挙資金など衆民院議員が必要とする政治活動資金の出所の問題であった。

 政治家に資金を提供出来るだけの大資産家は、もちろん地主層も含まれてはいるものの、将家、特に六家であることも多かったのである。後に財閥と呼ばれることになる大店(おおだな)の多くも、この時代は将家の庇護を受ける御用商人であることがほとんどであった。

 つまり、衆民院議員はどこかで六家と繋がりのある場所から提供される政治資金に頼らざるを得ない者が多く、それ故に純粋に“民党”と呼べる存在はごくわずかであった。

 こうした議会の人的構成であるので、景紀はある程度、議会の状況を楽観視していたのである。


「ところで、僕の方はどうすればいいですか?」


 と、貴通が手を挙げた。


「僕が結城家で何をやればいいのか、景くんに命じてもらわないと、無為徒食の人間になってしまいます」


 自分だけ何もやることのない現状に、貴通はちょっとだけ唇を尖らせた。


「ああ、それに関しては正式な辞令が兵部省人事局から出されてからってことになるんだが、俺はお前に結城家領軍の査閲官を任せたい」


「査閲官、ですか?」


「まあ、表向きは領内を回って軍の状況を調査するってことになるんだが、俺がまだ十分に取りかかれていない新部隊の設立と運用方法、それに基づく訓練などを見てやって欲しいんだ」


「なるほど」貴通は頷いた。「以前、景くんが言っていた新設部隊の件ですね?」


「ああ、一応、人員の選定と編成まではあらかた終わっているんだが、具体的な部分はまだだからな」


「流石に新参者の僕を部隊長にすると反発が強まるだろうから、査閲官ということですね?」


「理解が早くて助かる」にやり、と景紀は笑う。「というか正直、俺が部隊長をやってお前を幕僚長に据えたいくらいだ」


「景くん、言っていることがまるっきり新しいおもちゃで遊ぼうとする童のそれですよ」


 くすり、と男装の少女は笑った。


「でもまあ、楽しそうではありますね」


「だろ?」


 景紀から大役を任されたことが嬉しいのか、あるいは本格的に軍人らしいことが出来るのが嬉しいのか、とにかく貴通の声は溌剌としていた。


「いつかその部隊で、景くんと轡を並べられるといいですね」


「ああ、そうだな」


 兵学寮時代の思い出が蘇ったのか、景紀も貴通も、どこか懐かしそうな笑みを互いに浮かべ合った。


「じゃあ、そういうわけで頼めるか、貴通?」


「ええ、了解です。では、査閲官の任、仰せつかりました。結城少佐殿」


 そう言って、貴通は実に茶目っ気のある敬礼をしたのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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