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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第三章 列侯会議編

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45 対処方針

 景紀が内務省へ手を回して情報操作を行い、有馬翁と会談を行う一方で、伊丹正信、一色公直の両公爵もまた、宵姫誘拐事件についての情報収集に追われていた。

 ただ、彼らはどちらかといえば、今回の事件に対して困惑しているというのが正直なところであった。


「下手人は、ほぼ佐薙成親で間違いないかと」


 朝、発刊されたばかりの新聞を手にしたまま、一色公直は伊丹家屋敷を訪れていた。


「うむ、私もそのように報告を受けている」


「このような形で暴発するとは、いささか予想外でした。今朝の各社新聞をお読みになりましたか?」


「ああ」伊丹は頷いた。「ふざけた記事だ。これでは、結城の小倅の嫁は悲劇の姫君となり、結城・長尾両家を争乱の種を蒔いた存在として糾弾することはままならん。まったく、佐薙伯ももう少し上手くやればよかったものを」


 思わぬ形で状況を引っ掻き回されたためか、伊丹正信の声には失望の響きがあった。


「それにしても、内務省の発表によれば、攘夷派と佐薙家が結託して結城・長尾に対する暗殺計画を仕組んだ可能性あり、とのことだが、そもそも佐薙伯はどこで攘夷派と繋がりを得たのだ? あの男は民権派議員と繋がりを作っていたと報告を受けていたのだが? まさか、攘夷派に装った隠密ではなかろうな?」


「いえ、それについてなのですが……」


 一色公直は、恐懼したように続けた。


「どうやら先日、長尾・結城に仕向けた無頼漢どもの一人、伊東玄斎という攘夷派浪士が佐薙家に匿われていたようでして、そこから佐薙伯は攘夷派との繋がりを得たものかと」


「何?」伊丹の目が鋭く光った。「一色公、卿は暗殺に失敗した挙げ句、口封じにも失敗していたというのか?」


「誠に申し訳ありません」


 一色の顔は、苦り切っていた。

 もちろん、彼は伊丹の家臣ではない。厳密な意味でいえば、伊丹正信への報告義務などないのだ。

 しかし、両者は現在、攘夷という政策において共闘関係にある。そうした中で、後々問題となりそうな情報を相手に伏せていたというのは、今後の両者の関係に影響を与えかねないものであった。


「……」


 伊丹は一色を睨み付けた上、不快げな唸り声を上げた。

 とはいえ、ここで両者の共闘関係を切るわけにいかないのが実情であった。今更、攘夷を唱えるのを止めるわけにもいなかかったし、有馬・結城・長尾の三家連合に寝返るわけにもいかない。

 何よりも攘夷は彼らに共通する信念であった。


「その件は、もうよい」


 だから、伊丹は険しい声を出しつつも一色の情報の共有不足を容認するしかなかったのである。


「それで、何故、内務省は佐薙伯の犯行だと断定したのだ? 証拠はあるのか? 有馬の老人が手を回したのか?」


「それが、これまた先日の口封じの失敗が響いたようでして……」


 一色公直は釈明を重ねる。


「どうやら伊東玄斎は先日の暗殺失敗の際、頬に傷を受けたとのことで、そうした人相の男がここ数日、佐薙家屋敷に出入りしているのを、不逞浪士を監視している警視庁の密偵が確認していたこと。そして現場となった廃寺で、これまた頻繁に佐薙家屋敷に出入りしていた僧侶と共に死体となって発見されたことから、佐薙家が裏で糸を引いていたことが明るみになってしまったようです」


「これで佐薙伯が結城の小倅を殺せていれば、まだ何とかなったものを……」


 伊丹正信は唸るように言った。


「いたいけな姫を誘拐した挙げ句、拷問。そしてそんな姫を颯爽と助けた結城家の若君。世間の支持は当然、結城家に向かうだろうな。憂国の志士としての攘夷派の印象が、大きく損なわれかねん」


「しかし、それで我々の目的が変わるわけではありません」


「当たり前だ」


 叱責するように、伊丹は強い口調で一色の言葉に同意した。一色公直の顔が強ばる。


「攘夷派が国内からどう思われていようと、西洋列強による侵略の危機は、今そこに厳然として存在するわけだからな」


 伊丹は苛立たしげに、脇息に体重をかけた。手の中に扇を何度も打ち付ける。


「……やむを得ん。皇都の治安を乱す不逞の輩は、どのような理由があれど許されることではないと、我々も列侯会議で表明するしかなかろう。我々が攘夷派であることは周知の事実だが、だからといって女子供をいたぶるような連中と同一視されてはかなわんからな」


「申し訳ございません」


「もうよい」


 一色の謝罪に、伊丹は煩わしげに手を振った。


「それと、此度の事件の全責任を佐薙伯に押し付ける。実際、奴がしでかしたことだ。責任くらいは取ってもらおうではないか。結城の小倅を助けるようで癪ではあるが、奴を失脚させて東北を我ら六家の完全なる統制下に置くのだ」


「判りました」


 六家会議で面子を潰されたことで、結城景紀を敵視している一色公直は、自身の内心を隠すような固い声で応じた。


「それで、六家会議の方はどうする? 来年度予算案で六家が揉めたまま、列侯会議に突入するのはいかにも拙かろうて」


 佐薙伯の件はこれで終わりとばかりに、伊丹は話を切り替えた。

 最早、彼らにとって佐薙成親は政治的に“終わった”人間なのであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そして、事件の一方の当事者である佐薙成親は、そうであるが故に伊丹や一色のような一種の無関心を貫くわけにはいかない状況に置かれていた。


「一体、誰がこのような発表をさせたのだ!」


 屋敷の使用人から今朝の新聞を届けられた佐薙成親は、銃弾を受けた右肩の痛みに顔をしかめつつ、新聞を床に叩き付けた。

 そこに書いてある記事は、佐薙家にとって不利なものばかりであった。

 佐薙成親が密かに攘夷派と手を組み長尾・結城両家への暗殺計画を企てていただの、そのために宵を誘拐して結城家の次期当主を誘き出そうとしただの、雇った攘夷派浪士は捕らえた宵に拷問を加えただの、そのどれもが民衆の批判を佐薙家と攘夷派に向けようとするものばかりであった。

 一部、民権派政党の人間たちが立ち上げた新聞社の記事は、所詮は将家同士の争いだと冷淡な調子であるが、それでも佐薙家や攘夷派を批判的に論評している。


「しかも何なのだ、この内務省の発表は!?」


 新聞記事に掲載されている、宵姫誘拐事件に対する内務省警保局の公式発表は、余計に成親を焦燥と苛立ちへと駆り立てた。

 内務省は、現場の死体から佐薙家屋敷に出入りしていた者たちの犯行であると断定し、さらには事件の詳しい経緯を解明するため、結城家、佐薙家に捜査の協力を求めるという内容の発表を行っていたのだ。

 佐薙家はともかく、結城家は六家の一角であり、中央政府にも強い影響力を持つ。

 しかし内務省の発表は、結城家に対してかなり強気に出ているのだ。

 内務省の警察権は、諸侯の領地にまでは及ばない。皇都の将家屋敷もまた然りである。下手をすれば、将家の面子を潰すことにも繋がってしまう。

 そうなれば六家の怒りを買い、内務省警保局長、皇都警視庁長官、新聞検閲を担当する警保局図書課長などが、更迭されてしまう可能性もあるのだ。

 新聞社もまた、発禁処分などを受ける恐れがあるだろう。

 それなのに、内務省は結城家の面子を潰すような発表をし、新聞社もまたその発表を元に記事を書いている。

 裏で六家が糸を引いていなければ、出来ないことである。


「我が佐薙家は、あくまでも攘夷派に拐かされた娘を救出しようとしただけである。それを内務省や新聞各社に通達するのだ。内務省の発表は我が佐薙家の、ひいては将家の武威を(けが)すものであり、断じて容認出来ん、とな」


 成親は家臣たちにそう命じた。

 しかし、問題は結城家がどう動くかである。例え世間を誤魔化すことが出来たとしても、宵やあの陰陽師の小娘の身柄は結城家の側にあり、しかも結城の小倅も現場にいた。

 長尾家だけでなく、結城家までもと対立するようになれば、佐薙家は早晩、滅ぼされるだろう。

 宵の婚姻で嶺州領民の期待が高まっていた頃合いでの、今回の事件である。もし、長尾家、結城家が攻めてくるのではないかとの流言飛語が領内に飛び交えば、混乱は必至であろう。

 領民に対する佐薙家の求心力も落ち込み、家臣団も反六家派と宥和派に分かれて分裂する。

 佐薙成親は、何とかこの窮地を脱しなければならないのであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 有馬貞朋と長尾憲隆もまた、料亭にて会合の席を設けていた。


「貴殿は出歩いていて大丈夫なのか? 内務省の発表だと、佐薙が暗殺計画を企んでいたというではないか」


「ふん、暗殺を恐れていては六家などやっていけんわ」


 貞朋の言葉を、長尾憲隆は軽く受け流した。


「まあ、互いに警戒するに越したことはなかろう」貞朋は続けた。「それで、午前中、結城殿が父上の元に昨日の件の報告に行ったとのことだ」


「頼朋翁はこれを機に佐薙家の統治権を剥奪するおつもりなのか?」


「いや、内務省などに手を回すことにしたものの、東北問題については結城殿に任せるようだ」


「ふむ」


 長尾公は思案顔になった。


「翁はあの若造に期待しているのか、それとも試しているのか」


「その両方ではないか」貞朋は、自身の父の心情を推察する。「私があまり面白味のない人間であるが故に、あの人は若い人間に期待している節がある。結城殿は、恐らくその筆頭格なのだろう」


「卿としては、それで良いのか? 父親が自身の息子である卿にではなく、同じ六家とはいえあのような若造に期待を寄せていることを」


「いや、別にそのことには何とも思っていない」


 貞朋は何気ない動作で茶碗蒸しの蓋を開け、匙を入れる。


「むしろ、私はどこか父上を苦手としていてな。政治家として偉大かどうかはともかくとして、あの人は私にとってあまりに大きな存在でありすぎた。そんな人間の息子であることを、どこか重荷に感じていてな。あの若造がその重責を代わりに担ってくれるのであれば、私としてはむしろ気楽なくらいだ。私は、父上の言いなり人形であることの方が性に合っている。……ふむ、なかなかに美味いな、ここの茶碗蒸しは」


 そう言って、彼は景紀に対して何の(わだかま)りもない様子で茶碗蒸しを食していた。

 その態度を見ながら、長尾は一つの懸念を抱いていた。


「しかし、こう言っては不吉かもしれんが、いずれ有馬翁は死ぬ。そうなれば、次に六家長老となるのはあの伊丹正信だぞ。卿には、頼朋翁が中央政府内に築いた有馬閥を継承してもらわねば、我らも困ることになる」


「ふむ。それはしっかりと引き継ごうと思っている。別に、私は斯波の道楽人のようになりたいわけではない。それはそれで楽しそうではあるが、私がそうなるには、父上から現実を見る目を鍛えられすぎている。まあ無理だな。派閥のまとめ役をして、具体的な政策の立案などは誰かに任せることになるだろう。それがあの結城の若造でも一向に構わん。やはり私は、父上のように先頭に立って物事を進めるのに向いた性格ではないのだ」


「まあ、卿がそう思っているのであれば、私からはこれ以上、何も言わんが」


 貞朋には貞朋なりの苦悩や覚悟があるのだと思い、憲隆は納得することにした。


「それで、卿の方こそ、東北問題をどうするつもりなのだ?」


 今度は逆に、貞朋の方が問いかけてきた。


「以前、結城の若造に一任すると言ってある。今更、前言を翻そうとは思っておらんよ。昨日、さらに拗れた東北問題に手を突っ込もうとするほど、私も無謀ではないのでな。それに、娘の多喜子からも今、結城家の問題に介入しようとすれば、あやつを完全に敵に回すことになると忠告を受けていてるのだ」


「まあ、現状、嶺州に政治介入する正統性を持っているのは、宵姫を娶った結城殿だからな。下手な介入はせぬに限る」


「それよりも、六家会議だ。どう収拾をつける?」


「それについては、結城殿が父上に一つの案を持ちかけたそうだ」


「どのような案だ?」


「六家の家禄・賞典禄を削減して軍事費に回し、六家の財産からも一定の金額を国庫に納めるというものだ。それと、電信網の整備拡充など、有事の際に軍事に転用できる事業の推進だ」


「つまり、互いの面子を立てるわけだな」


 長尾憲隆は即座に景紀の意図を理解した。

 来年度予算案に組み込まれた膨大な軍事費を削減する代わりに、一定程度の軍備拡張が可能な予算を盛り込もうというわけだ。

 この案の上手いところは、六家が身を切ることで、民権派議員からの批判もある程度、回避出来るということだ。同時に、予算を兵部省に奪われたと、逓信省や拓務省からの反発も防ぐことが出来る。


「しかし、家禄・賞典禄の削減はいただけんな」憲隆は腕を組んだ。「一時的な削減が、永久的な削減になってしまう恐れもある」


「まあ、そこはやり方次第だろうな」貞朋は、相変わらず膳の上の料理に手を付けている。「別に、“削減”という形をとらず、家禄・賞典禄を受け取った上で、我らの財産の一部を国庫に納めるという形にすれば問題はないであろう。あとは、六家としての政治的一体性を維持するために、各家とも供出金額を一定にする必要があるだろうが」


「次の六家会議での議題は、それになるか」


「列侯会議の開催まで、もうあまり時間がない。伊丹、一色の連中も、予算案がまとまらずに議会が開会されてしまう状況は防ぎたいはずだ」


「まあ、私としては結城の若造の案は妥当だと思う。案外、この案に反対するのは斯波の道楽者かもしれんぞ。家の財産が減ることになって、一番困りそうなのは金遣いの荒いあの男だからな」


「ははっ、確かにそうかもしれんな」


 憲隆の言葉に、貞朋はおかしげに笑った。


「では、我ら三家はその方向で、次回の六家会議に臨むとしよう」


「うむ」


 そうして二人は、合意が形成された意味を込めて酒杯を掲げ合った。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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