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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第三章 列侯会議編

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43 初めての補佐

 今日は、有馬家別邸の門のところに結城家の馬車を待機させていた。

 乗り込んで御者に合図を出すと、馬車は皇都へと繋がる坂道を下り始めた。


「はぁ……」


 重たそうな息をついたのは、冬花だった。景紀の対面の座席で、ぐったりとしている。


「大丈夫か?」


 景紀は、心配そうな視線を白髪の少女に向ける。


「大丈夫。ちょっと本調子じゃないだけだから」


 弱々しい笑みを、冬花は浮かべた。主君たる少年を安心させようとしたのだろうが、逆効果であった。景紀の眉に皺が寄る。


「屋敷に帰っても、無理はするなよ。今日はもう、休んでおけ」


 つまり、景紀は補佐官としての仕事を休ませようとしているのだ。


「……ごめんなさい」


 応ずる冬花の声には、張りがなかった。

 景紀の方も、思わず案ずるような息をついてしまう。

 冬花の体の傷は、完全に癒えていた。しかし、酷い責め苦を受けた精神的な部分まで癒えているかどうかはまた別問題だ。

 それに加えて、妖狐としての血を暴走させてしまったことで、霊力も酷く消耗している。その所為で、彼女の体は未だ倦怠感に包まれているのだ。

 それでも、彼女は屋敷で養生するのではなく、景紀の護衛としての務めを全うすることを選んだ。

 冬花にとってみれば、一人、部屋で養生しているよりも、景紀の側にいる方がよほど心を落ち着けることが出来た。

 景紀としても、例え冬花の体調が万全でなかったとしても、彼女が側にいるだけで襲撃を目論む者たちを牽制出来るため、頼朋翁との会見に同行することを許した。

 それが間違った判断だとは思わないが、冬花には無茶をして欲しくないと思う。


「ねえ、景紀」


 ふと、冬花が淡い笑みを浮かべて言った。


「何だ?」


「私がいないからって、政務を疎かにしたりしたら駄目だからね」


 強がるように、冬花は冗談を言う。


「うちのシキガミ様は随分と厳しいんだな」


 景紀も、小さく笑いながらその冗談に応じた。


「ご主人様がしっかりしていない分、シキガミの私がしっかりしてなくっちゃ」


「ほんと、俺のシキガミは頼りになる奴で助かるよ」


 そんな戯れじみた言葉を交わしながら、馬車は進んでいった。


  ◇◇◇


 屋敷に帰ると、執務室で宵が待っていた。

 机の上には、今朝の新聞が積まれていた。皇都で発行されている新聞のほとんどを、景紀の指示で取り寄せておいたのだ。


「景紀様」


 部屋に入ってきた景紀を見ると、宵は立ち上がって詰問するような声を出した。


「これはいったい、どういうことなのですか?」


 新聞の一枚を持って、宵は景紀に詰め寄る。


「どうしたんだ?」


 どこかとぼけたように、景紀は聞き返した。


「私と冬花様の誘拐事件に関する記事です。冬花様のことは一切書かれておらず、しかもかなり私に同情的な論調ばかりではないですか。これではまるで、私が悲劇のお姫様のようです」


「そりゃあ、そういう記事になるように情報を流し、内務省警保局にも手を回しておいたんだからな」


 悪びれることなく、景紀は答えた。

 佐薙成親が昨日起こした事件について、景紀は結城家有利な情報が皇都内に流れるように情報操作を行った。主に、攘夷派浪士の過激さについて喧伝する内容となるよう、工作を行ったのである。

 その過程で、景紀は出来るだけ宵に同情が集まるように仕向けた。

 攘夷派の厄介なところは、彼らが民衆からも一定の支持を受けていることである。だからこそ、景紀としてはその支持を失わせる必要があった。そこで彼が考えついたのは、誘拐された宵の存在を悲劇的なものに仕立て上げることであった。


「これらの記事では、冬花様の受けた責め苦を、私が受けたことになっています」


 宵が納得のいかない口調で言った。


「その方が、都合が良いからな」


 彼女を悲劇の存在に仕立て上げる一方、景紀は冬花の存在については完全に伏せることにした。彼自身がどう思っていようと、彼女は所詮、用人の娘でしかない。政略のために嫁がされた、いたいけな将家の姫という民衆からも判りやすい悲劇的存在である宵に比べれば、冬花の悲劇性を演出するのは難しい。

 景紀の個人的感情としては納得のいかないところではあったが、情報から冬花のことは一切抹消することにしたのだ。

 そして、冬花が受けた拷問を宵が受けたことにし、攘夷派の残虐性を誇張させた。そうして、宵をより悲劇的な存在に祭り上げたのだ。


「景紀様は、最初からそのおつもりだったのですか?」


「そうだな」


 少しばつの悪さを感じた景紀は、言い訳じみた口調で言ってしまう。

 新聞を持ったまま、宵は小さく息をついた。


「結局、景紀様は昨日の段階で私を悲劇のお姫様にする工作をしていたわけですか。なら、今朝のあれは何だったのですか?」


 景紀が、宵を利用すると言ってきた今朝の会話。少女はそれに、諾と答えたのだ。

 だというのに、その前からこの少年は自分を利用するつもりだったのである。


「まあ、承諾と実行の順序が逆だったことは悪いと思っている。だが、情報操作は速度が命だ」


「別に、悪いと思っていただく必要はありません。昨日の私に、そんな話を聞く余裕はなかったでしょうから」


 その声は、少しだけ拗ねたような、ふて腐れたような響きがあった。


「私はあなたの支えになると言ったのに、どうにも景紀様の為すことに対して後手後手に回っている気がします」


 そこに何か、自分自身でも納得出来ないものを宵は感じている。それが自分自身の不甲斐なさへの憤りなのか、常に自分の先手を打って行動してしまう景紀の能力への嫉妬なのか、よく判らない。


「そりゃ、経験の差だろうな」


 そんな宵のもやもやとした思いを知ってか知らずか、景紀はそっと彼女の髪を梳いた。


「俺は十七、お前は十五。それに、次期当主となるべく教育を受けてきた俺と、あくまで将家の姫としての礼儀作法を中心に習ってきたお前。差があって当然だろ」


「つまり、これから頑張ればいい、と?」


 どこか縋るような視線で、宵は景紀を見上げた。少女にとって、景紀の支えとなることは、新たな人生の目標でもあるのだ。

 だからこそ、それが上手くいっていないように思える現状に、不満を抱いているのかもしれない。


「お前の頑張りを、俺は認めているつもりなんだがなぁ……」ちょっと気恥ずかしそうに、景紀は言う。「何ていうか、上手く伝わっていなかったか?」


「伝わっていないわけではないのですが……」


 言葉を選ぶように、宵は沈黙を挟んだ。


「何となく、もっとこう、直接的に伝えて欲しい気がします」


「……こんな感じか?」


 一瞬だけ悩んで、景紀は己の手を宵の頭に持っていった。そして、そっと撫でる。


「……そうです、そんな感じです」


 普段の無表情をちょっとだけ蕩けさせながら、宵はそう言った。


「……少し、積極的だな」


 そんな宵の様子を、景紀は微笑ましげに評した。


「今朝、言いましたよね? 私だって、あなたと絆を結びたいのです。景紀様と冬花様の十七年間に私が追いつくには、多少なりとも積極的にならないといけませんから」


「まあ、嫁いできた直後の、覚悟と悲壮感でガチガチに固まっていたお前に比べたら、だいぶ進歩してきたんじゃないか?」


「絡繰り人形じゃつまらないとおっしゃっていましたものね」


 ふふっ、と宵は嬉しげに微笑む。

 やがて、少女はひとしきり少年の手の感覚を堪能すると、表情を普段の無表情に戻した。


「ところで、冬花様のお姿が見えないようですが?」


「あいつはまだ本調子じゃないからな。今日はもう、休みを与えた」


「それがよろしいかと思います」


 宵も、冬花が普段通りの体調ではないことは、景紀と出かける前の彼女の姿を見て気付いていた。


「お前の方こそ、体調は大丈夫なのか? 正直、今日くらい、書庫に籠るのは止めておいた方がいいと思うんだが。体を冷やす」


「お気遣い、ありがとうございます」


 宵は景紀の言葉を有り難く思った。こうして自分のことを心配してくれる人間が、佐薙家にどれだけいただろうか?


「体の方は、問題ないと思います」


「ならいいんだが、無理はするなよ」


 どこか懐疑的な口調で、景紀は言う。


「はい。ところで景紀様、一つ、我が儘を聞いて頂いてもよろしいでしょうか」


「まあ、俺に出来る範囲でなら構わんが?」


「では、今日一日、私をあなたの補佐官として扱って下さい」


 迷うことなく、宵はそう口にした。景紀の目が、一瞬だけ意外そうに見開かれる。


「やはり、私は景紀様をお支えする者として未熟です。だからこそ、今日一日、景紀様のお側でその為さり様を見ることで、書庫とはまた違った得るものがあるのではないかと思ったのです」


 言葉には、彼女の覚悟が宿っていた。


「いいぞ」


 それを聞いた景紀は、にやりとどこか挑発的な笑みを見せた。その表情を見て、宵も対抗心めいたものが湧いてくる。


「では本日一日、精一杯務めさせていただきます」


 挑むようにそう言って、宵は恭しく景紀へと頭を下げた。

 そして―――。


  ◇◇◇


「……終わった」


 思わずそう呟いて、景紀は椅子からずり落ちそうになった。


「お疲れ様です」


 明らかに疲労困憊の様子を見せる少年に、宵がいつも通りの抑揚の少ない声で労う。


「いや、ここまで今日の執務が爆速で終わるとは思っていなかったぞ……」


 時計は、午後の三時半を回ろうとしているところ。

 冬の日暮れは早いため、すでに窓の外にある日は傾きつつあった。執務室の中に、窓を通して直接茜色の光が差し込んできている。


「いやな、お前な、もうちょっと手加減というものを、な……」


「冬花様がお休みになっているのであれば、私がその代わりを務めるのがあなたの正室としての役目です」


 景紀からのどこか恨みがましい視線を、宵は涼しげに受け流す。

 実際、宵の補佐は容赦がなかった。徹底的に執務時間を切り詰める方向で、彼女は能力を発揮していた。合理性と効率を重視したやり方である。

 簡単に言えば、人使いが荒いのだ。

 彼女自身は、執務室にいる景紀と、家臣たちの詰める御用場との間を頻繁に行き来して、景紀に決裁待ちの書類や案件を素早く回し、それに基づいて家臣たちにあれこれと景紀の指示を伝達していた。

 重要度の低いもの、差し迫った決済が必要でないもの、あるいは書類の内容に不備があるもの、これらは景紀の元に届けられることはなかった。

 景紀に面会を求める人間についても、執政による報告など普段の政務の中に組み込まれている者以外については、選別を行った。景紀自身が、誰に会い、誰に会わないかという選別で時間を取られることのないようにしたのだ。

 それらはすべて、彼女なりの計算に基づいた行動であった。

 結城家の屋敷に来て数週間。日々の空いた時間を書庫に費やし、結城家の領地経営などに関する諸情報を頭に叩き込んでいたからこそ出来たのだろう。でなければ、重要度の選別など出来ようはずもない。

 しかし、それとて並大抵のことではない。

 景紀の補佐官を務める冬花は、女子学士院への入学が決まった八歳の頃からそうした教育を受けてきた。つまり、九年かけて景紀の片腕となるべく努力をしてきたわけである。

 それを、この北国の姫はわずか数週間で追いつこうとしているのだ。冬花は努力家だが、宵は完全なる天才肌だった。

 今日一日、彼女は持てる能力をすべて注ぎ込んで、景紀と家臣団との間を取り持った。

 次期当主の妻だからこそ出来る、冬花には決して出来ない動き。少なくとも、冬花はここまで徹底した働きは出来ない。用人の娘でしかない以上、その権限がないからだ。


「こんな爆速で仕事をこなしたのは、俺が父上から政務を引き継いだ直後くらいだぞ」


「はい。益永様も、苦笑しながら同様のことをおっしゃっていました。こんなに扱き使われた気がするのは、あの時以来だと」


 諧謔も皮肉もなく、宵は事実を淡々と伝えた。


「多分、それは益永なりの賞賛なんだろうな」


「ええ。私もそう感じました」


 その際、宵は『若様は良き伴侶を得られたようであるな』と益永が言うのを聞いたのだが、流石にこれを口に出すのは自慢のような形になってしまうと思い、止めた。


「しかしまあ、毎日こんな詰め詰めで仕事をやっていると、俺も執政連中も体が持たないだろうからな。程々にしておいてくれると助かる」


 明らかに疲労を滲ませる景紀。

 しかし、一方の宵は、まるで疲れを感じているようには見えなかった。普段通りの無表情で判りにくいが、むしろ軽い躁状態に陥っているようにも感じた。

 今まで故郷ではあり得なかった、家臣に対して思うさま命令出来るという状況、あるいは自分の思い通りに物事を動かせるという体験に、彼女はいささか興奮しているのだろう。


「まあ、私も少し張り切り過ぎたかとは思っています」


 とはいえ、やはり自覚があるのか、少しばつが悪そうな笑みを浮かべて宵は言う。


「しかし、少しでも今日の執務を早く終わらせられれば、景紀様も冬花様のお側にいられるでしょう?」


 それが、宵なりの心遣いであることは、景紀にはすぐ判った。


「お前……」


「私だって、弱っている時はあなたに側にいて欲しいと思います。冬花様も、ご同様でしょう」


 何の気負いなく言っている宵に、景紀は少しだけ申し訳ない気分になった。だから彼女は、こんなにも張り切って補佐の仕事をこなそうとしていたのか。

 宵は景紀の正室という立場であるにも関わらず、どこか冬花に対して一歩引いてしまっているのかもしれない。単に、自分の方が景紀と出逢うのが遅かったからというだけの理由で。

 景紀は彼女の心遣いをそのまま受けるのが、何となく心苦しかった。まるで、宵を蔑ろにしているような気がするのだ。


「いや、いいよ。今日の余り時間は、宵が作ったんだ。それをわざわざ冬花のために使うことはない。お前の好きに使えばいい」


 だから、景紀はそう言った。


「……」


 結城家次期当主たる少年の言葉に、宵は困ったような、微かな笑みを浮かべた。景紀の答えは、予想外だったのだろう。


「……では」


 逡巡しながら、それでも一歩前に踏み出そうとする勇気を込めて、宵は言った。


「……一緒に、お茶しませんか?」

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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