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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第三章 列侯会議編

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42 献身

 景紀の問いかけに、広間はしんとなった。

 時が止まったかのように誰もが微動だにしないまま、今の若き当主代理の言葉を脳内で反芻している。

 宵もまた、不可解そうな表情を浮かべていた。


「……主家たる結城家の利益、なのでは?」


 やがて、一人の家臣がおずおずといった調子で下問に答える。


「以前、俺はこの席でお前たちに言ったな? 今は戦国時代ではない。自己の家の利益だけに汲々としている将家はいずれ破綻するだろう、と。六家の一員として軽んじられないように、などという面子に拘って、宵の言う通り、佐薙と嶺州の民を同時に敵に回すのか? 俺の手元には、嶺州出身議員の要望書なんかも届いているんだが?」


 景紀の口調には、家臣を叱責するような調子はない。ただ淡々と疑問を述べているだけだった。それがかえって、彼の本音を表していた。


「景紀様」執政の一人が言った。「それはつまり、景紀様は宵姫様のご意見に賛成ということで?」


「結論としては、な。どうにも、今回の事件の所為で忘れられているようだが、何故、宵がこの場にいるのかを考えるべきだな」


「つまり、東北地方の安定化の役目は、未だ我が結城家に託されている、と?」


 ちらりと宵を見つつ、筆頭家老の益永が言った。


「少なくとも、俺はそう考えている。国内の安定化は、皇国の将来にとって必要なことであるからだ」


「しかし、佐薙成親の行動は景紀様への明確な敵対行為です。宵姫様との婚姻を結んだ前提条件は、すでに崩れているかと」


 益永の言葉に、宵の瞳に一瞬だけ動揺が走った。それを、彼女は意思の力で表情や態度に出ることを阻止する。

 筆頭家老の男が言った言葉は、景紀との離縁すら想定したものだったからだ。

 だが、そのような益永の言葉に対して、景紀は億劫そうに溜息をついた。


「確かに、結城家としての面子を考えればそうだろうな。だが、そんな一時の面子に拘ってどうする? 宵がうちの一員であるということは、佐薙家失脚後に俺たちが嶺州の統治に介入するための口実になるんだぞ。領国統治の正統性は、血によって保障されているのが今の皇国の現状だからな」


「……」


「……」


「……」


「まあ、今まで結城家のために代々仕えてきたお前たちだ。急に国家単位で物事を考えろ、と言われても戸惑う奴もいるだろう。なら、結城家の視点で嶺州統治への介入する利点を考えてみるぞ。もの凄い俗物的な言い方をしちまえば、結城家家臣団に俺が与えられる地位が増える。まあ、あんな寒い領地の地位なんか要らんという奴は、南の島に別の椅子を用意してやってもいいが」


 その冗談めかした言い方に、くすりと笑う家臣もいた。それでようやく、朝食会議の場に納得の空気が広がっていく。


「あと、それとは別に、今までの議論で決定的に欠けている視点がある。宵にも、益永にも、な。流石に、気付いている人間がいておかしくはないと思うんだが?」


 景紀はそう言って、益永を始めとした家臣たちを見回した。しかし、答えようとする家臣はいない。


「ちなみに、俺が一番、厄介だと思っていることなんだが?」


「……」


「……」


「……」


「……おい、まさか全滅か?」


 叱責というよりも、完全に予想外という声で景紀は尋ねた。若干、腰が浮きかけている。しかし、家臣団は、互いに顔を見合わせたり、困惑したような表情を浮かべているだけだ。


「……宵、お前は気付けるか?」


「いえ……申し訳ありません」


 本当にすまなそうに、宵は萎れた声で答えた。


「全員、結城・佐薙の二家間関係で考え過ぎだ。婚姻という部分に引き摺られ過ぎたな」


 はあ、と景紀はそこで小さく息を吐いた。


「一番厄介なのは、有馬の老人が介入してくることだ」


 その一言に、宵も家臣団もハッとなった。


「佐薙家は失脚させるとして、それで嶺州の民まで混乱に陥れたら、確実にあの老人は介入して、自らの政治的指導力を誇示しようとするぞ? そして使えない奴と認定された俺はあの老人に切り捨てられ、結城家は所詮、未熟な若造の統べる家だと六家を始めとする全諸侯から侮られる。そしたら喰われるのは佐薙家ではなく、結城家になる。あの老人は、そういう人間だぞ?」


 その未来予想図に、宵も家臣団も苦い顔になった。


「故に結城家は、東北地方の安定化とその振興に努めなければならない。今回みたいな事件があろうとなかろうと、な」


「景紀様のお心は、それで収まるのですか?」


 その家臣は、暗に冬花のことを言っているのだろう。この少年が、陰陽師の少女のことをどれだけ大切に思い、それを傷付けようとする者に容赦しないのか、それを理解しているが故の問いかけだった。

 だが、この場において、その発言は完全なる失言であった。


「ああ?」


 低い声と共に、景紀はその家臣を睨み付けた。殺気すら籠った眼光であった。


「……失礼いたしました。ただ今の発言はご放念いただけると幸いです」


 景紀と倍以上年齢が離れている家臣は、怯んだように頭を下げた。それほどまでに、景紀の逆鱗に触れることは家臣団の中で禁忌となっているのだ。


「さて、話を戻すが、宵の方針は、その意味では正しい。佐薙の失脚と、嶺州の振興。これは、両立させるべき課題だ」


 景紀は、先ほどの家臣の不用意な発言などなかったかのように続けた。


「そしてそれは、佐薙の失脚が確定させられればそれほど難しいことではないはずだ。佐薙の失脚は、東北地方に権力の空白地帯を生むことになる。奴の息子は、まだ元服すら済ませていない子供だからな。少なくともその息子が兵学寮を卒業するまでは、何のかんのと理由を付けて、嶺州行政に介入出来る。当然、佐薙家と対立する長尾家が嶺州に勢力を伸ばそうとする可能性もあるが、嶺州統治の正統性という意味では、宵のいる俺たち結城家に軍配が上がるだろう。先ほども言った通りだ。それに、大陸植民地でルーシー帝国と対峙する長尾家にとって、国内で争乱が起こり、その対処に兵を割かねばならない事態は避けたいはずだ」


「……こうして見ますと、昨日の誘拐事件は『禍転じて福となす』といったところというべきですかな?」


 誰かが、ぽつりと言った。


「まあ、佐薙が呪術師を雇っていたところを見ると、向こうも言い逃れ出来る算段をつけてから事に及んだようではあるな。もっとも、逃げ切らせはしないが」


 にぃ、と景紀は凶悪に嗤った。

 その凄絶な笑みに、家臣たちの間に戦慄が走った。

 やはりあの陰陽師の少女を傷付けられた怒りは収まっていないのだと、この場にいるすべての家臣は悟らざるを得なかったのである。


  ◇◇◇


 朝食会議が終わると、景紀は外出の準備を整え始めた。

 有馬頼朋翁が何らかの行動を起こす前に、あの老人の懸念を払拭して介入を阻止しなければならないからだ。

 付いてきた宵が、景紀が上着を羽織るのを手伝ってくれる。


「すまん」


「いえ」


 宵の声は、いささか沈んでいた。


「結局、景紀様の助け船を頂くことになってしまいました」


「ああ、さっきの朝食会議のことか?」


 朝、冬花の部屋から出た景紀を宵は待ち構えていたのだ。そして、父である佐薙成親の失脚と、嶺州領民の生活の安定という二つの課題を両立させたい、だから自分に朝食会議の場で結城家臣団を説得する機会を下さい、と言ってきたのである。

 景紀は少女なりの決意を認めて、それを許した。


「まあ、初めてで緊張したろうし、堂々と弁舌を振るえていただけ十分さ」


 宵は自分の説得力が足りずに家臣団を説き伏せることが出来なかったと考えているようであるが、景紀にしてみれば、初めてならばあれで十分だと思っている。

 家臣団の反応を見ても、宵を単なる小娘と侮っている人間はいなさそうであった。


「しかし……」


「お前は、床入りの儀の時に言っただろう? 俺を利用して嶺州の民を救う、と。なら精々、俺を利用しろ。助け船を出されたことを、負い目に感じるんじゃない。むしろ、俺の存在を利用してやったと胸を張れ」


「……はい」


 小さく、宵は頷いた。先ほどの沈んだ声ではなく、どこか恥じらいを感じさせる声であった。


「景紀様、宵姫様」


 と、廊下に続く襖の向こうから声がした。益永の声であった。


「どうした? 入れ」


「失礼いたします」


 一礼して、益永が入ってきた。


「先ほどの席では、姫様に要らぬ差し出口を申しましたことをお許し頂きたく」


 壮年の筆頭家老は、そう言って遙かに年下の少年と少女に頭を下げた。


「……」


 宵は普段通りの無表情であったが、心なしか戸惑いの色が含まれた瞳で景紀を見た。


「いい、頭を上げろ」


「はっ」


 なので代わりに、景紀が対応する。


「あの場は自由な議論をする場だ。俺がそう決めた。宵を論破しようとしたことについて、問題にするつもりはない。むしろ、それこそがあの会議の目的でもあるのだからな」


「ははっ」


 もう一度深く、益永は頭を下げた。


「時に、宵姫様」


 頭を上げると、彼はちょうど上着を羽織らせようとしたために景紀の背中に隠れるような位置になっている宵へと向き直った。


「なんでしょうか?」


 宵も、応ずるように前へと出る。


「姫様の民を思うお心は、誠に素晴らしいものかと思います。しかし、我ら家臣団は結城家の禄を()む者たち。故に、如何に景紀様が皇国という単位で政策を考えよと言われましても、どうしても他家の領の問題に関しては、それが我らの利益とならぬ限り、優先順位は低いのです。そこを、御承知ありたく」


「……心に刻んでおきましょう」


 宵は、この筆頭家老からの忠言を受け止めることにした。


「私も、観念論ばかりが先行して、家臣の皆様を納得させられるだけの実利を示すことが出来ませんでした」


 これは次回への反省点だと、宵は内心で思った。もっとも、景紀を差し置いてあの場で宵が積極的に発言すれば、それはそれで景紀の面子を潰すことにもなるだろうし、次期当主となるべき夫を尊重しない女として快く思わない家臣も出てくるだろう。

 そこは弁えねばならない。

 それでも、次は上手くやるという静かな決意が、宵の中には芽生えていた。






 益永が退出し、景紀が腰に刀を差して、彼が外出する準備は整った。


「なあ、宵」


「なんでしょう、景紀様?」


「お前は、俺を利用すると言ったな? だったら、俺もお前を利用させてもらっていいか?」


「私は、あなたを支えると言いました」


 景紀の問いかけに、宵は生真面目な声で答える。


「私の存在が必要であるならば、どうかご随意に」


「ああ、ありがとうな」


 少し献身的過ぎるような気もしないではないが、ここは素直に礼を言っておくべきだろうと景紀は思う。


「それで、私は何をすればよろしいので? 警察の捜査で、結城家有利になる証言をすればよろしいのでしょうか?」


「いや、そっちはある程度真実を語ってもらえれば、自ずと佐薙成親の不利に働くだろう。俺がお前を利用したいのは、嶺州の経営のことだ」


「つまり、私の佐薙としての血筋が必要、ということですか?」


「話が早くて助かるよ」


 そう言うと、宵はいつもの無表情に少しだけ嬉しそうな色を乗せた。


「朝食会議で、お前は俺の度量を天下に示す、なんて言ってくれたが、俺はお前の方がそれをやるべきだと思っている。哀れ見知らぬ男に嫁がされたお姫様が、故郷の民を思って、強硬に報復を唱える夫やその家臣を諫めた、って筋書きでな。その方が、世間の人間には受ける」


 景紀の言葉に、揶揄の響きはない。本気で、その筋書きの方が都合が良いと言わんばかりの口調であった。


「そしてそれは、佐薙家家臣団に対しても同じだ。このまま佐薙成親を陥れれば、家臣団の中には六家に反発する者も出てくるだろう。父を見捨てた娘として、あるいは長尾家寄りの娘として、お前にもその反感が向かうかもしれん。そうなれば、結城家が今後、嶺州の領地経営に介入するのは難しくなる。だが、お前が佐薙と嶺州のために結城家の中で孤軍奮闘したことにすれば、その反発を抑え、今後の嶺州経営を安定化させることにも繋げられる。お前は、結城家が嶺州経営に介入するための切り札みたいなものだ。出来るだけ、上手く使いたい」


「……わかりました。その役目、謹んでお受け致します」


 宵は、わずかな逡巡を挟んでからそう答えた。彼女の本心では、景紀の度量を天下に示すという方針をとりたい。彼を支えるのが自分の役割だと宣言した以上、この少年を立てるべきだと思ったからだ。

 しかし、その当の景紀が自分の存在を使いたいというのであれば、そういう方面で支えるべきだろう。

 彼の筋書きだと自分を随分と健気な少女に描こうとしているようで、逆に恐縮してしまうが、それが必要なことであるならば受入れよう。


「あの夜より、この身はすでにあなたのもの。存分に使い潰して下さい」


 新たな覚悟と共に、宵は恭しく頭を下げた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 と、いうような出来事を景紀は掻い摘まんで有馬頼朋に説明した。もちろん、自身がこの老人を警戒していることについては一切明かさない。

 とはいえ、六家長老として未だ政治権力を握り続けているこの老人のことである。恐らく、自分が警戒していることなど、お見通しだろう。

 もちろん、互いにそれを指摘し合って現在の関係性に罅を入れるようなことはしない。


「ふむ、貴様の話を聞くと、佐薙の姫はかなりの出来物のようだな」


 その声には、納得の響きがありつつも、景紀を非難するような響きも混じっていた。


「しかしなにゆえ、あの娘を前面に立てようとする? 優秀であればこそ、むしろその存在は警戒すべきであろうに。もし貴様の筋書き通り、佐薙成親が失脚した後、宵姫が佐薙家家臣団に対して求心力を発揮するようになれば厄介だぞ。貴様と宵姫で、結城家の権力を分裂状態に陥らせるつもりか?」


「宵は俺を支えると決意してくれました。ならば、俺は問題ないと判断します」


「宵姫の本心がそうであったとしても、その下に付く者までそうとは限るまい。そうした上下の認識の差で組織が混乱することなど、貴様には判りそうなものだが?」


「だとしたら、その時はその時ですよ」


 頼朋翁の言葉を歯牙にも掛けぬ調子で、景紀は返答した。


「ふん、あの小娘に(ほだ)されでもしたか」頼朋翁は吐き捨てるように言う。「貴様、手温過ぎるな」


 六家長老の言葉にあえて反論せず、景紀は唇の片方を持ち上げて挑発的な笑みを見せた。どうせ、この老人とは人付き合いの仕方において、相容れることはない。

 有馬頼朋にとって、人間とは政治的状況を作り出すための要素でしかないのだろう。景紀も、家臣団や見ず知らずの人間に対してならば、その意見に賛同する。だけれども、冬花や宵といった、自らに近しい者たちには、そのような冷淡な接し方はしたくないと思う。

 景紀は人嫌いであるために、かえって親しい者には人としての情や温もりを求めてしまうのかもしれなかった。


「まあ、よい」


 頼朋翁は諦めたように手を振る。これ以上は、互いの価値観が衝突するだけだと感じたのだろう。


「内務省の方には、儂からも圧力をかけておこう。列侯会議における攪乱要因は、早々に排除するにしかず、だ」


「お願いいたします」


「ふん、貴様のその手温さでどこまでいけるのか、見届けてやろう」


 それで宵に関する話は終わり、彼らの話題は未だ解決していない問題、すなわち来年度予算案の決定に関するものへと移っていった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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