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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

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337 城内突入

 十二月十日、依然として鳴り響く砲声に那古野城内は徐々に疲弊しつつあった。

 御深井丸多門櫓には多数の砲弾が撃ち込まれて倒壊寸前の有り様となっており、北の丸練兵場もまた地面を砲弾に鋤き返されて無数の穴が穿たれていた。

 その中を、城を守ろうとする領軍将兵や家臣団が、損傷箇所の修復を行おうと必死に奔走する。

 御深井丸では城内の他の区画の建物を取り壊して確保した建材で櫓の倒壊を防ごうとし、北の丸では崩れた土嚢を積み直し千切れた鉄条網を張り直すなどして結城家による総攻撃に備えようと奮闘を続けていた。

 しかし、修復した箇所も数刻後には砲撃によって再び破壊され、一色家の者たちは再び同じ作業を何度となく繰り返すこととなっていた。城内の建物を解体して確保しようとした資材も、その側から消費していく有り様であった。

 同時に、弾着のたびに新たな死傷者が生まれ、野戦病院や衛戍病院は悲鳴や呻き声を上げる負傷者で溢れかえっていた。

 医薬品の消費量も著しく、備蓄がどこまで保つのかという懸念が軍医や典医の間で囁かれている。包帯などは、奥御殿の侍女などが持つ上等な着物などから新たなものを補充するほどであった。その中には、公直正室・仲姫のものも含まれているという。

 暖をとるための焚き火や炊事用の薪として、城内庭園などに植えられている松も次々と切り倒されていた。松は樹脂が多いため薪として用いやすく、那古野城のみならず各地の城で籠城に備えてよく植えられている植物の一つであった。

 そのようにして一色家は、城内のあらゆるものを戦のために消費しつつ、抗戦を続けていたのである。

 彼らの多くは、“芳濃国の後備部隊”が結城家領軍の側背を突いて戦況を覆すという一色公直の言葉を信じ、遠からず援軍がやってくるという希望の下で戦っていた。

 援軍が来なければ、籠城戦はただただ防衛側にとって悲惨なだけである。

 彼らはそうした現実から目を逸らすためにも、一色公直の言葉に縋らざるを得なかったのである。

 そしてそれ故に、城内で一つの事件が発生することとなった。






 この日、三の丸にある中部鎮台司令部庁舎に、突如として家臣団の青年たち数名が押し入ったのである。

 制止する衛兵を無視し、彼らは殺気立った調子で鎮台司令官への面会を求めた。


「いったい、何事か?」


 司令官執務室で、一色家分家出身の鎮台司令官は彼らとの面会に応じた。鎮台司令官は、血気盛んな青年家臣たちが城外へ打って出る挺進斬込隊の編成やらその志願やらの嘆願に訪れたのだろうと思っていた。

 陣地に籠りただ敵の攻撃を受け続けるだけという状況が続くと、将兵ともいっそ打って出て決着を付けようという気分になりやすい。

 だが、青年家臣たちがこの鎮台司令官に向けた言葉は違った。


「閣下には、謀反の疑いがあります」


 代表らしき青年は、はっきりとそう断言したのである。自らの予想に反したその言葉に、鎮台司令官は驚きよりも納得の方が先に来てしまった。

 昨日、彼は宗家当主・一色公直より領内での後備部隊の編成を意図的に遅らせているとの疑いをかけられた。それがどこからか漏れ伝わり、一色公直の攘夷思想に心酔する若手家臣たちが義憤に駆られて先走る形で詰問に訪れたといったところだろう。


「芳濃国の後備部隊が賊徒どもの側背を突けば、戦況は一挙に覆せましょう」


 青年は、結城家領軍を賊徒と言い切った。


「しかるに、依然として後備部隊が賊軍の討滅に現れる様子がない。これは、閣下が鎮台司令官の立場を利用し、御館様の意思が後備部隊の将兵に届くのを妨げているからとしか思えません」


 あまりに一方的な断定に、鎮台司令官を務める分家の男は疲労を覚えた。これまで分家の人間として宗家に仕えてきた末がこれか、と徒労に近い感情が込み上がってくる。


「後備役・予備役の者たちへの召集は、間違いなくかけられている」


 それでも、鎮台司令官は青年家臣たちにそう説明した。


「それでもなお兵が集まらんのは、我らが皇主陛下より追討の宣旨を賜ってしまったが故だ。その時点で、領内へ布告された動員令は政治的にも法的にも正統性を失う」


「陛下は、奸臣・結城景紀の讒言に踊らされているに過ぎません!」


 すかさず、青年の一人がそう反論する。


「佞臣・奸臣どもの讒言によって発せられた追討令に正統性はありません!」


「やはり閣下は、結城家と内通し己が身の保障のために主家を売り渡そうとしておられる!」


「武人としての恥を知らぬのですか!?」


 追討令の影響に言及したことが、青年たちを激昂させてしまったようであった。

 もっとも、鎮台司令官にとっては、最早どうでもいいことであった。那古野城を巡る戦況も一色家を取り巻く政治的状況も、絶望的である。

 ただただ、徒労感だけが募っていた。


「かくなる上は、奸臣・結城景紀を討つ前に、閣下を誅さねばなりますまい」


 代表らしき青年の言葉と共に、押し掛けてきた若手家臣たちが拳銃や刀を抜く。


「お覚悟を!」


 その言葉と共に、代表の青年が発砲する。


「天誅!」


 続いて他の青年たちも発砲し、刀を持った青年が介錯とばかりに鎮台司令官の首へと白刃を振り下ろす。

 そうして、青年たちの断罪とは逆に、宗家に殉じようとしている自分におかしさを覚えながら、鎮台司令官の意識は闇に落ちた。






 中部鎮台司令官殺害事件は、ただちに二の丸による一色公直の元に伝えられた。


「……そうか」


 執務室で報告を受けた公直は、一瞬絶句した後、短くそう答えた。

 鎮台司令官殺害の実行犯たちは、銃声を聞きつけて執務室に入った副官や参謀たちによってその場で拘束されたという。青年たちは義挙を成したと思ったのか、特に抵抗を見せなかったとのことである。


「事件については箝口令を敷け。籠城の最中、分家出身であり鎮台司令官の地位にあった者が結城家に内通の疑いをかけられて誅されたというのは、全軍の士気にかかわる」


「それだけでございましょうか?」


 老臣・大野為尚がいささか非難がましい視線を公直に向ける。

 青年家臣たちが凶行に及んだのは、間違いなく公直が鎮台司令官に猜疑の目を向けたからであろう。当主の猜疑心が、城内の連帯を乱す原因となったと、この老臣は暗に主君を諫めたのである。


「為尚よ、今は城を挙げて結城家との対決に臨まねばならなんのだ」


 だが、公直は老臣の言葉を意に介さなかった。あくまでも、結城家に対して徹底抗戦を続ける肚であった。


「これより城内領軍は、陸軍大将たる私が直率する。家臣団守備隊と領軍守備隊との間で分裂していた指揮系統を一本化するのだ」


 そして公直は、鎮台司令官死亡を受けてそう宣言した。鎮台司令部も三の丸から二の丸に移し、彼自身が直接、作戦指導に当たるつもりであった。

 その言葉を続けようとした、直後のことであった。

 地を揺らすような衝撃が、轟音とともに二の丸御殿を襲ったのである。これまでの砲撃による振動とは比較にならない、地震のような衝撃であった。


「何事か!」


 だが公直は、動揺を見せずに報告を命じた。恐らく、北の丸を飛び越えた砲弾が二の丸御殿を直撃したのであろう。

 そう考えていた公直であったが、直後にもたらされた報せはその予想を裏切るものであった。


「申し上げます! 敵龍兵が二の丸の馬場に強行着陸! その直前、上空から多数の“矢”が降り注ぎ、それが御殿の門や塀に直撃し爆発を起こした模様です!」


 その報告の意味を理解するのに、流石の公直も一拍を要した。


「―――結城、景紀……っ!」


 矢が降り注いで爆発が起こるなど、呪術師どもの用いる爆裂術式以外にあり得ない。

 そして、翼龍を使った敵陣への挺進降下。

 こんな戦術を多用しようとする人間など、六家の中で結城景紀だけだろう。

 あの小倅のことだ。妖狐の血を引くという呪術師の娘を従えて、直接城に乗り込んできたに違いない。


「守備隊をただちに二の丸に集結させよ!」


 報告を理解するのに一瞬の間があった公直であったが、流石に理解してからの判断は迅速であった。

 結城景紀が二の丸に乗り込んできたのならば、守備隊の全力を二の丸に集結させ、数の力で押し潰してしまえばよいのだ。

 翼龍や気球を用いた挺進降下作戦など、所詮は少人数による邪道の戦術でしかない。

 戦国時代などには、むしろ劣勢の側が敵に一矢報いるために玉砕覚悟で翼龍に乗り敵陣に突っ込んだ戦例があるくらいなのだ。

 戦国時代と違い、翼龍の国家的な繁殖・飼育体制が整えられた現在でも、貴重な翼龍を無意味に消耗する作戦として、対斉戦役までは陸軍内部で真剣に研究する者がほとんどいない戦術であった。

 今も、挺進降下作戦は対斉戦役を長引かせないための窮余の一策として行われたに過ぎないというのが、公直の考えであった。

 つまり、結城景紀は決着を急ぐあまり短慮に出たのだ。

 己の価値観に従い、公直はそう判断した。

 しかし、続けざまにもたらされた報告はそうした彼の分析を根底から覆す。


「北の丸よりの報せです! 北方の敵軍が前進を開始! 北の丸への総攻撃を開始した模様です!」


 新たな報告者の顔面は、蒼白であった。

 つまり、二の丸に降下した敵部隊を撃退するために兵力を集中しようとすれば北の丸の防備が疎かになり、逆に北の丸の防備を固めようとすると挺身降下した敵部隊の跳梁を許すことになる。


「おのれ……っ!」


 一色公直は、軋むほどに歯を噛みしめた。


「……二の丸に詰める者は皆、武器を取れ! 結城景紀の首級を挙げれば、この戦は勝ちとなろうぞ!」


 結局、彼はそう言って家臣団を鼓舞するしかなかったのである。


  ◇◇◇


 景紀の駆る翼龍は、後部の鞍に冬花を乗せ先頭を切って那古野城二の丸を目指して降下した。

 翼龍が甲高い声を上げて鳴き、着陸へ向けた動作をとる。空を切る風が冷たい。


「冬花、頼む!」


 眼前に二の丸が迫る中で、景紀は叫んだ。


「ええ、了解!」


 洋短袴(ショートパンツ)姿の冬花は鞍の上で立ち上がると、弓を構えた。徐々に大きくなってくる二の丸の櫓や御殿。

 シキガミの少女はまず、二の丸御殿へと繋がる門に狙いを定めた。唐破風造りの番所を両側に備えた、立派な門である。

 そこに、躊躇なく爆裂術式を込めた矢を放つ。

 そして、即座に矢筒から次の矢を取り出して番え、二の丸御殿を囲う塀にも爆裂術式を撃ち込んでいく。

 那古野城二の丸に、次々と爆発が起こる。対斉戦役でも活躍した冬花の爆裂術式は、この内戦でも遺憾なくその威力を発揮していた。

 彼女の爆裂術式が炸裂するたび、地上で逃げ惑う者たちの姿が見られる。

 最後に冬花は、二の丸南側の区画にある馬場、その厩舎らしき細長い建築物に向けて矢を放った。ひときわ盛大な爆炎が舞い上がり、恐れをなした者たちが馬場周辺から一掃される。


「今よ!」


「おう!」


 景紀は手綱を操り、翼龍を馬場へと滑り込ませた。翼龍の両足が地面を捉え、飛んでいた勢いのままたったと馬場を駆ける。

 やがて止まった翼龍から、シキガミの主従は素早く降りた。

 後続の翼龍も、次々を二の丸馬場へと着陸する。

 景紀の翼龍を除き、一騎につき三人が騎乗していた。その内二人が素早く鞍から降りて、残った龍兵が素早く手綱を巡らして翼龍を再び飛び立たせる。

 わずかの間に一個小隊規模の部隊が、二の丸馬場に降り立った。

 彼らは対斉戦役でも景紀に従って紫禁城に降下した経験を持つ、独立混成第一旅団の歴戦の下士卒たちであった。機敏な動きで円陣を作り、全周警戒態勢をとる。

 その際、二の丸南側の櫓からの射線を遮るように、御馬見所(おんうまみしょ)(当主が馬術競技などを見学するための建物)を遮蔽物として用いることも怠らない。

 そうして馬場の一角を確実に確保出来たことが確認されると、冬花が信号弾代わりの矢を上空に放った。

 花火のように炸裂したそれを合図として、結城家側の陣地から翼龍に曳かれた紡錘形の気球が浮き上がる。

 天守閣の見張り員から結城家の陣地の大半が見渡せてしまうため、挺進降下作戦を秘匿するため間際まで偽装工作をしていた気球群であった。

 このため、降下作戦はまず景紀に率いられた先鋒部隊が翼龍に乗って奇襲的に降下、迅速に二の丸馬場を確保したのを確認した後に、気球部隊が発進するという手筈になっていた。

 気球部隊が到着するまでの間に景紀たち最初に降下した部隊が一色家領軍によって撃破されてしまう危険性もあったが、そこは冬花の爆裂術式を火砲代わりとして凌ぎ切るつもりであった。

 多少の無茶は、景紀も承知の上であった。

 それに、事前に冬花が探索用の式を飛ばして城内の守備隊の配置を探っている。城を呪術的に守護する高位術者がいなくなったため、景紀は結城家側の優位を最大限、活かしたのであった。

 その結果、北の丸と御深井丸という、北側の二つの郭に一色家は兵力を集中させていることが判明している。

 二の丸への挺進降下作戦は、完全な無茶というわけでもなかった。

 そして、この挺進降下作戦に呼応して結城家領軍たる第二師団は那古野城への総攻撃を決行し、降下部隊を間接的に援護する役割が与えられていた。

 そうなれば、一色家はますます北の丸から二の丸へ兵力を引き抜くことが困難となるだろう。

 景紀は、この一連の作戦で那古野城を巡る攻防に決着を付ける覚悟であった。


「気球隊が降下次第、我々は行動を開始する! 紫禁城に降下し、皇都内乱に勝利し、今また那古野城への挺身降下を果たした諸君らの勇名を、一色家に教え込んでやれ!」


 領軍を率いる結城家当主として、景紀は挺進隊隊員たちを鼓舞する。

 と、突然、二の丸南側の櫓から敵兵が喊声を上げて飛び出してきた。


「何?」


 一瞬、景紀は敵の意図が判らなかった。櫓の矢狭間や窓からこちらへ射撃してくることを警戒していたというのに、自ら遮蔽物のほとんどない馬場に出てくるなど予想外であった。


「れ、連中、刀と槍で武装しています!」


 下士官も敵兵の様子を見て、驚愕の声を上げた。


「くそっ、構わん! 撃て!」


「てっー!」


 しかし、逡巡している暇はなかった。景紀の命令一下、挺進隊の装備する三十年式歩兵銃が一斉に火を噴く。それだけで、敵兵は倒れていった。

 二の丸南側にある櫓は、西隅櫓と東隅櫓、その中間にある太鼓櫓(時を知らせるための櫓)の三箇所。

 その三箇所の櫓から、互いに連携のとれていない突撃を敵兵はひたすらに繰り返す。

 それは、遮蔽物のない馬場では単なる愚行に過ぎなかった。


「なんてこった!」思わずといった調子で、下士官が声を上げる。「連中、今を何時代だと思っているんだ! 戦国時代ではないのだぞ!」


「……」


 景紀も、銃撃に倒れていく敵兵を険しい視線で見つめていた。そもそも、敵は軍服を着ていない。たすき掛けをした羽織袴姿で、得物を構えて突撃してきたのである。

 中には、鎧を着ている者すらいた。

 そして、倒れ伏す敵は壮年に差し掛かっていると思われる外見の者ばかりであった。そうした者たちが櫓を飛び出し、刀や槍を構えて最新鋭の後装式銃の前に突撃を行ってきたのだ。

 結果、ほんのわずかの間に、馬場の周囲に無数の死体が転がることになった。そのすべては、一色家の者たちである。

 恐らく彼らは、一色公直の命によって召集されたという十二歳以上五十歳未満の家臣団、その内の年長者たちで構成された守備隊だったのだろう。

 銃を装備した主立った者たちが最前線に引き抜かれ、後方の二の丸の櫓を守っているのは、刀や槍で武装した者たちだけだったのかもしれない。


「若、気球隊が着陸します」


 そして、挺進隊が突撃してきた敵を一掃した頃合いを見計らったかのように、後続の気球隊が馬場への着陸態勢に入りつつあった。

 恐らく、櫓の敵はこの気球隊の着陸を何としてでも阻止するために、景紀たち挺進隊から馬場を奪還しようと焦燥に駆られて突撃を繰り返したのだろう。

 景紀は後味の悪さを振り払うように小さく息をつくと同時に、軽く首を振った。

 ずしんという重い音を立てて最初の気球が馬場に着陸したのは、その直後であった。






「ったく、船使って敵の背後に奇襲上陸したと思えば、今度は気球で敵中降下かよ。あの野郎、俺が騎兵科の人間だってことを忘れてるだろ」


「もう、景紀様がせっかく与えて下さった機会なんだから、文句言わないの」


 最初に那古野城二の丸馬場に降り立とうとした気球には、小山朝康と嘉弥姫が乗っていた。


「……」


 そんな二人の近くには、鉄之介も控えていた。彼もまた、姉の冬花と同じように爆裂術式の使い手として、挺進降下隊に足りない火力を補うために従軍していたのだ。

 彼らを乗せた気球は、先鋒を務める景紀率いる挺身隊が確保した馬場に降下していく。これまで遠くに見えていた那古野城が、眼前に迫っていた。

 改めて上空から見ると、那古野城は壮麗な城であった。

 だが今は結城家領軍からの攻撃に晒され、特に北の丸や御深井丸といった北側の郭で無数の黒煙がたなびいていた。

 北の丸へと総攻撃を開始した結城家領軍の兵士たちが、まるで海嘯のように城へと迫っているのも上空から見て取れる。

 それは、落城寸前の城の様子であった。

 直後、着地の衝撃が気球の(ゴンドラ)を襲う。


「行くぞ、お前ら!」


 朝康は、東海道を巡る戦いで敵陣背後に奇襲上陸をしたときと同じように勇ましい声を上げ、真っ先に二の丸へと飛び降りた。

 嘉弥姫、鉄之介がそれに続き、下士卒たちも次々に二の丸へと降り立つ。

 そして素早く気嚢と(ゴンドラ)を繋ぐ縄を切って、翼龍と共に気球を再び空へと浮かび上がらせる。残された籠の中には、多銃身砲一基とその弾薬が搭載されていた。

 兵士たちが機敏な動作で多銃身砲を降ろし、即座に射撃準備を整える。多銃身砲の銃口は、二の丸と三の丸を繋ぐ東(くろがね)御門へと向けられた。

 続いて降下した二基目の気球から降ろされた多銃身砲は、反対側の西鉄御門に向けて据えられる。門内に拠る一色家守備隊に対する牽制であった。


「降下次第、二番隊は西鉄御門を、三番隊は東鉄御門を制圧せよ! 三の丸からの増援部隊の侵入を阻止するんだ!」


 気球隊の降下が済むと、景紀が素早く命令を下した。対斉戦役での経験のある将兵たちが、即座に行動に移る。

 多銃身砲で門上の櫓を掃射し、兵士たちが突入していく。


「朝康!」


 景紀から呼び出された朝康は、嘉弥と鉄之介を伴って駆け付けた。


「お前は手筈通り、四番隊を率いて二の丸御殿に向かえ。鉄之介も連れて行っていい!」


「おう、判ってる!」


 景紀に命令されることに若干の鬱陶しさを感じながらも、朝康は頷いた。自分たちは敵地の真っ只中に降下したのだ、今さらお膳立てされた戦功に反発したところでどうしようもない。


「ちなみにどうだ、空から敵の城に侵入してみた気分は?」


 そんな朝康の内心を読み取ったのか、景紀がにやりとして聞いていた。


「けっ、てめぇの添えものでなけりゃあ、俺が子々孫々にまで語られる武勇譚になったってのによ」


 敵の城に挺身降下して決着を付ける。その戦功の華々しさを認め、朝康自身魅力を感じつつも、景紀に一番乗りを譲らざるを得なかったことに釈然としないものがあるのだ。


「よし、その意気があるなら十分だ」


 だが、景紀は気にした様子もなかった。おおかた、朝康が高所恐怖症にでもなっていつもの覇気を失っていないか確認したかったのだろう。余計なお世話である。


「俺は一番隊を率いて、まずは貴通の救出に向かう。後で合流するつもりだが、一番乗りは俺がもらったんだ。お前が一色公直の首を取っても、いっこうに構わんぞ」


「おし、その言葉、忘れんなよ」


 自らの手柄よりも一人の女の方を優先しようとする宗家当主に好感と反発を覚えながら、朝康は笑った。

 貴通を助け出したいのは個人的な理由だろうに、彼女が五摂家の姫君であるからという理屈が付けられるあたり、タチが悪い。

 そうして結城家の将来を担う二人の若者は、それぞれの隊を率いて駆け出していくのだった。

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