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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

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336 二人の宗家当主

 結城家領軍による那古野城への砲撃が開始されてから二日後の十二月九日、景紀は領軍本営に小山朝康を呼び出していた。

 東山に設けられた領軍本営の外では、依然として砲声が響き渡っている。


「朝康。お前に武勲を挙げる機会を与えてやるよ」


 司令部天幕へと招いた有力分家嫡男に、景紀は開口一番にそう言った。


「んだよ、今さら殊勝に」


 だが朝康は、何か裏を感じ取ったのか、いささか探るような口調で応じた。

 実際、これまで朝康が武功を挙げる機会は限定的であった。先の対斉戦役で彼は所属する騎兵第二旅団と共に戦略予備として国内に留まり、小山家として戦勝に貢献する機会を与えられなかった。

 皇都内乱では朝康率いる部隊が先鋒として皇都へと進撃したものの、最終的に景紀自身が宮城へと突入したため、結城家新当主となった景紀の戦功ばかりが目立つ結果となった。朝康自身も景紀に付き従って宮城に突入したのであるが、貴通という五摂家の人間が結城家に従っていたという面ばかり取り沙汰される所為で、朝康の武勲はその影に隠れてしまった形である。しかも、景紀の危機を実際に救ったのは、葛葉鉄之介と浦部八重という二人の術者だ。

 伊丹・一色両家に対する追討令が発せられ、東海道を巡る戦いで敵陣の背後へと奇襲上陸する部隊を率いていたというのが、今のところ朝康にとって最も華々しい武勲といえる。

 朝康にとってみれば、自分が宗家嫡男の武勲を超えないように周囲の人間が抑圧しているという認識なのだ。

 当然、彼をそうして抑圧している人間の中には、景紀も入っている。

 実際問題、結城家新当主となった景紀にとって分家嫡男の戦功が自分を上回るようなことになれば、当主としての権威が損なわれるのだ。

 特に景紀と朝康は年齢が近いため、家中だけでなく世間一般からも比較対象にされやすいことが問題であった。

 とはいえ、だからといって朝康に華々しい武功がまったくないというのも問題であった。

 本人の不満もそうだが、一門衆の弱い景紀にとって、朝康やその父・朝綱は宗家を支えるべき貴重な人材であるからだ。一定程度の戦功は、逆に挙げてもらわねば困るのだ。


「現状、東海道での武勲だけだと、お前の権威付けにはちょっと弱いんだ」


 だから景紀は、朝康に説明する。


「けっ、だったら最初から俺を対斉戦役に出征させればよかったじゃねぇか」


 今でもそのことを根に持っているらしく、朝康は不機嫌そのものの口調で言う。

 そんな分家嫡男の態度に、共に本営に出頭していた嘉弥姫が背後から睨み付けている。先日、一色家から解放された人質が皇都に発ったため、彼らの世話をしていた彼女も朝康の側へと戻ってきていたのだ。

 今も、婚約者というよりはお目付役といった態度で朝康の側に控えている。


「内戦後の結城家の政権基盤を盤石にするためには、結城家宗家だけでなく分家の権威付けも必要だ」


 景紀は端的に指摘した。

 正直、煩わしい(まつりごと)の世界からは早く足を洗いたいと思っている景紀の願いとは裏腹に、内戦後の国内の安定化を考えると、結城家を中心とした封建体制を確立し、当面は維持、強化していかなければならないのだ。

 だからこそ、結城家一門衆自体の権威を底上げしなければならない。


「そのためには、お前も一色家を降すのに決定的な役割を果たした一人として歴史に名を刻む必要がある」


 幼い頃から軍記物の世界に憧れを持っていた青年は、景紀にそう言われても面白くもなさそうな表情を浮かべていた。

 恐らく、宗家にお膳立てされた戦功など、願い下げだとでも思っているのだろう。朝康にとって、自分自身の力によって打ち立てられた武勲こそが、本物の戦功なのだ。

 何とも難儀な奴だなと景紀は内心で苦笑しつつ、続ける。


「俺もお前も、はっきり言ってまだまだ若造だ。年齢だけで言えば、有馬貞朋公や斯波兼経公の方がよっぽと内戦後の皇国を率いていくのに向いているだろう。だが、俺たちは皇都内乱で勝った。いや、勝っちまったと言った方が正しいか。今さら六家体制に戻ることは無理だ。これからは三家……ああ、長尾家も加わるかもしれないが……の間で政権を誰が担うかという主導権争いが乗じるだろう。だからこそ、この内戦で戦功を積み重ねて、少なくとも内戦を終結させた立役者として、自らの権威を両公以上のものに押し上げるしかない」


 少なくとも、有馬・斯波両公にそこまでの政治的野心はないだろう。だが、次代がどうなるかは判らない。

 宵が子を宿した以上、景紀もいずれ生まれてくるだろう子供のために出来る限り結城家の権威を盤石なものとしておく必要があった。


「……ったく、てめぇにお膳立てされた武功ってのが気に喰わねぇが、宗家ご当主様の言うことだ。従ってやるよ」


「ちょっと、朝康!」


 宗家当主に対してあまりに不遜に過ぎる言葉を流石に見逃せなかったのか、嘉弥姫が叱り付ける。だが、朝康は意に介さずにふて腐れたような態度のままであった。


「お前のその、戦功だけを求めて政治的な部分では全然野心を見せないのは、今の俺には貴重だよ」


「馬鹿にしてんのか、てめぇ」


「朝康!」


 むしろ朝康の態度を好意的に捉える景紀に対して、朝康は心底嫌そうな口調で言い返す。そこにすかさず、嘉弥姫の制止が飛んだ。


「……んで、お前は俺に何をさせたいんだ? 那古野城への一番乗りを、譲ってくれるとでも言うのかよ?」


 流石に景紀に反発し続けても時間を無駄にするだけと考えたのか、朝康が本題に入るよう促してきた。


「まあ、当たらずといえども遠からじといったところだな。俺と一緒に、那古野城に乗り込んでもらう」


「つまりはてめぇの武功の添え物じゃねぇかよ」


「宗家と有力分家、その両家が互いに協力して那古野城を落としたという“物語”が必要なんだ」


 なおも不満を示す朝康に、景紀は噛んで含めるように言った。

 皇都内乱を鎮定したのは景紀であるが、現在、政権を担っているのは結城家有力分家当主の小山朝綱である。

 景紀が政権を担うには若すぎるというのがその理由であるが、この状況を利用して両家の分断を図り、結城家の権威失墜を狙おうとする者が現れないとも限らないのだ。

 伊丹・一色家を討伐したとしても、北陸の長尾家という不確定要素は依然として存在し、内戦後の中小諸侯たちの動向も懸念材料である。一色家から解放されたにもかかわらず景紀に怨嗟を向けた少年がいたように、人質処刑の責任を景紀に問おうとする諸侯が現れないとも限らないのだ。

 そのためにも、結城・小山両家の関係は極めて良好であり、結城家が宗家として小山家に統制を及ぼしていると印象付ける“物語”が必要であった。

 それには宗家新当主である景紀が、分家嫡男を付き従えて那古野城を落としたという“物語”が最適であった。皇都内乱でも景紀と朝康の関係は同じようなものであったが、小山朝綱による政権が発足した現在、今一度そうした両家の関係を示すことには政治的に意味のあることなのだ。


「結局は政治かよ。ったく、戦に余計なもん持ち込みやがって」


 ある意味で、朝綱は武人として純粋なのだろう。それを景紀は羨ましいとは思わなかったが、少なくとも結城家当主の座に未練を残す景秀・景保父子のように疎ましくは思わない。


「それで、俺はお前と一緒に総攻撃の日に突撃の先頭に立てばいいのか?」


 あれこれ不平不満を述べつつも、戦功を立てる機会を逃したくはないのだろう。朝康が確認するように問うてきた。


「まあ、端的に言えばそうなる。ただまあ、単に先頭に立つだけだと、武功としての華やかさに欠けるだろう?」


 にやりと景紀が悪巧みをする子供のように笑えば、やはり裏があったと朝康は思ったのだろう、警戒心も露わに顔をしかめるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 この二日間、結城家領軍からの砲撃は緩急を付けながらも途切れることなく那古野城を襲い続けていた。

 初日にして御深井丸多門櫓の北側壁面が大きく崩れ、北の丸でも簡易的に築かれた兵舎のいくつかが破壊されている。

 砲撃による負傷者の数も時間と共に増える一方であり、城内各所に設置された野戦病院には負傷者が溢れかえっていた。

 砲弾の一部は天守閣にも直撃し、壮麗な建築物の数ヶ所に穴が穿たれている。本丸御殿の一角にも砲弾が落下し、公直の正室・仲姫の侍女などにも犠牲者が出ていた。

 現状、那古野城北側の区画では、二の丸だけがちょうど北の丸練兵場の影に隠れるような形で砲弾による直撃を免れていた。


「現在、御深井丸の各櫓の損傷は激しく、特に北側多門櫓は工兵隊による努力にかかわらず倒壊の危険性があるとのことです」


 畳が取り払われた二の丸接見の間では、上段の間の一色公直や居並ぶ重臣や側近たちに対して、中部鎮台司令官による報告が行われていた。


「また、北の丸に築きました野戦陣地も砲撃によって塹壕や掩体壕の一部が崩れるなどの被害が相次いでおり、御深井丸多門櫓の修復と合せまして、工兵隊の能力の限界に達しつつあります。それに加えまして、修復のための資材の消費量も、著しいものがあります。負傷兵を治療するための医薬品は、領軍のみならず典医らの供出した分も含めましても、不足気味でございます」


 鎮台司令官からもたらされる情報は、どれも城内の窮状を報せるものであった。接見の間に居並ぶ家臣団の表情も硬い。

 報告の合間にも砲声は接見の間に届き、砲撃による振動が御殿を揺らしていた。

 そして、だからこそ一色公直はこの二の丸御殿で戦況報告を受けることにこだわっていた。これまでは鎮台司令部に出向いて作戦指導を行っていたが、現状で南側の三の丸へと移ることは当主が安全な場所に退避したような印象を守備隊に与えかねないのだ。

 一色家当主としての矜持から、公直は二の丸御殿に留まり続けていた。


「城下でも結城家領軍による総攻撃に備え防備を固めておりますが、弾薬の不足は甚だしいものがあります」


 皇都奪還のために挙兵した一色家は東海道を巡る戦いで領軍主力が結城家に降伏したため、領内に備蓄していた銃砲や弾薬の内、相当量を喪失していた。

 その後、那古野城攻防戦の中で那古野砲兵工廠まで結城家領軍によって奪取されたため、兵器弾薬を生産する手段すら失われてしまっていた。

 最早、銃砲も弾薬も消耗する一方でしかない。


「芳濃国で召集した後備部隊が到着すれば、問題はなかろう」


 破局を思わせる戦況の中で、一色公直はそう言った。それが、現状の彼にとって唯一残された希望であったからだ。


「その後備部隊を以て、我が城を包囲する結城家領軍を背後から脅かす。その機を逃さず城内から逆襲をかけ、結城家領軍の砲兵陣地を奪取する。連中は土岐川の南岸に砲兵陣地を築いている。彼らは撤退する際に砲を遺棄せざるを得まい。それを弾薬と共に鹵獲すれば、火砲の数において逆転することが可能だ」


 すべての鍵は、領内で召集した後備部隊の存在であった。これを有効に活用すれば、那古野城攻撃にうつつを抜かしている結城家領軍の側背を突くことが出来るのだ。


「……御館様」


 しかし、そのような部隊が一色公直の頭の中か、あるいは地図上にしか存在しないことを理解している鎮台司令官は、言い辛そうな口調で続けた。

 以前は老臣の大野為尚が指摘していたが、流石に今回は一色公直に現状を正確に認識してもらうためにも鎮台司令官自らが説明すべきだと考えたのだ。


「大変申し上げにくいことではありますが、領内での後備役・予備役の召集は進んでいないと見るべきでありましょう。芳濃国の後備部隊も、編成が完了したとの報告を受けておりません」


 彼の言葉に、何人かの家臣がちらりちらりと上段の間の一色家当主の様子を窺った。


「鎮台司令官」


 すると、上段の間から厳かな声が降ってきた。


「私は領内に布告を出したはずだ。佞臣・奸臣を討ち、皇都を奪還して皇主陛下をお救い申し上げるための兵を挙げる、と。その布告があって何故、兵が集まらぬのか? 現に我が家臣団は老いも若きも馳せ参じ、城の防備についているではないか」


「……」


 追討の対象となっている将家の領軍に加わりたい平民がどれほどいるというのか。そもそも、一色家に対して追討令が発せられた時点で、一色家が領民に布告した召集・動員令は正統性を欠くものとなっている。

 後備役・予備役の動員がはかどらないのも、それが理由であろう。

 一色家家臣団と一般の領民とでは、御家の危機に対する感覚が違うのだ。

 鎮台司令官はそう思いつつも、それを一色家当主に対して言えずにいた。良くも悪くも、この鎮台司令官は分家として長く生きてきたために宗家に仕えるという意識が染み付いてしまっているのだ。


「もしや卿は、後備部隊の編成を意図的に遅らせているのではなかろうな?」


 だが、公直はそのような鎮台司令官の内心を推し量ることもなく、追及の言葉を発した。


「この私が佞臣・奸臣どもの讒言によって逆賊とされたのを奇貨として、結城家と内通し領軍を弱体化させ、己の身分だけは結城家の連中に保障してもらい、あわよくば御家乗っ取りを行おうという魂胆ではあるまいな?」


「御館様、そのような言い様は我が家の宗家に対するこれまでの忠義に対する侮辱であります!」


 流石に鎮台司令官としても看過できぬ言葉をかけられ、思わず彼は声を荒げた。

 一色公直は、若くして一色家当主の座を継いだ人物だ。それ故に、自身よりも年長の分家など一門衆に対する警戒心があった。そうした警戒に基づく猜疑心が、こうした切迫した状況故に噴き出したのだ。

 分家出身の鎮台司令官は思わず反論したが、ひとたび宗家当主の言葉によって撒かれた猜疑の火種はそう簡単には消えない。一色公直の言葉を受けて、接見の間に居並ぶ家臣団たちも鎮台司令官を冷ややかな視線で見つめていた。


「忠義とは言葉ではなく、行動で示すものだ」公直は、そう告げた。「速やかに後備部隊の編成を完了させ、結城家領軍の側背を突かせよ。それこそが、宗家に対する卿の忠義の示し方である」


 宗家当主の言葉に、分家出身の鎮台司令官はただ(こうべ)を垂れることしか出来なかった。






「御館様、これ以上の抗戦は御家のためにもなりませぬ」


 接見の間から執務室へと引き上げた一色公直に向かって、老臣・大野為尚は進言していた。ほとんど、諫言といえるだろう。


「だから佞臣・奸臣どもに降れと、卿は言うのか?」


 だが、公直はそんな老臣を冷ややかに見つめる。


「たとえ領地を大幅に削られたといたしましても、御家が存続する限り再起の機会は巡ってきましょう」


 大野為尚は、暗にこのままでは落城と共に一色家は滅ぶと言っているのである。


「結城家が佐薙家をどのように扱ったか、卿も知らぬわけではなかろう?」


 佐薙家は当主・成親や重臣たちの多くが日高州に流罪となり、その嫡男・大寿丸も嶺州の当主となることはなかった。佐薙家出身の宵姫は依然として結城景紀の正室の地位にあるが、佐薙家宗家の男系は断絶したも同然である。


「佐薙家は、当主・成親伯の不正発覚後も不祥事を重ねすぎました」


 もっとも、先の嶺州霜月騒動は一色公直が半ば仕組んだものではあったが。

 それを理解しつつも、この老臣は言葉を重ねる。


「今からでも伏罪恭順の意を示せば、減封や改易は免れずとも、御家の存続は叶いましょう。不肖この為尚が、此度の内戦の全責任を負う所存です」


 つまり為尚は、主君が被るはずであった罪を自らが引き受けると言っているのである。

 これは、これまで六家によって討伐されてきた中小諸侯を処断する際に比較的よくとられる形式であった。当主は死一等を減じる一方その重臣を処刑して、御家の存続は許すというものである。

 御家の存続のために、重臣が積極的に罪を被ろうとする事例も存在する。

 もちろん、これは恭順の意を示した場合にとられる処置の一つであり、六家に対して徹底抗戦の末に滅亡した諸侯も存在する。


「卿の忠義を嬉しく思う」


 公直も、流石に老臣の示した忠誠心を無碍には出来なかった。


「だが、今はそれを考慮すべき時機には達していない」


 それでも、彼は大野為尚の忠義に理解を示しつつ、諫言を退けた。


「結城家に一撃を加え、我が一色家の抵抗の激しさを思い知らせる。そうして初めて、結城の小倅と和睦を結ぶ余地が生じよう。そのためにも、芳濃国の後備部隊が編成を終え、結城家領軍の側背を突くまでは耐え忍ばねばならぬ」


 つまり公直が考えていたのは、一撃講和論といえるものであった。

 少なくとも、結城家領軍に打撃を与えることが出来れば、当主となったばかりの結城景紀の権威に傷を付けることが出来る。結城景紀の政治的・軍事的指導力が疑問視される事態に陥るからだ。

 結城家内部には景秀・景保(かげもり)父子のように、結城景紀に反対する勢力が存在する。一色家に敗北すれば、結城景紀は背後で蠢動するそうした勢力を押さえなければならなくなるだろう。

 当然、一色家を滅亡させるまで戦い続けることは出来なくなる。

 一色家が皇都を奪還する望みが薄れつつある現状、そこが公直の辛うじて許容出来る限度であった。

 それでも、自分が結城の小倅に和睦を申し入れねばならないのは屈辱の極みであったが。


「為尚よ、卿も家臣団内の長老として、皆の動揺を抑えるよう努めよ。今の卿に私が求めるのは、それである」


「承知、いたしました」


 主君を翻意させられなかったことを悔やむように、この老臣は平伏したのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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