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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

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334 砲火の城郭

 皇暦八三六年十二月七日、結城家領軍はついに那古野城への砲撃を開始した。

 この日の早朝、朝の清冽な空気を破るように無数の砲声が響き渡り、一色公直の拠る居城を打ち据えたのである。

 砲撃は、主に包囲網の北側から行われた。

 これは結城家領軍の砲兵陣地と那古野城の間には田畑が広がっており、包囲網の他の地区と比べ流れ弾が城下町に落下する危険性が低かったからである。

 また、那古野城天守閣の位置的にも、北側からが最も狙いやすかった。

 結城家砲兵陣地からは、那古野城本丸、二の丸、本丸北西に位置する御深井丸(おふけまる)、二の丸北側に位置する北の丸、そして三の丸の一部などが射程圏内に収められている。

 龍兵による事前の上空からの偵察では、北の丸に塹壕や鉄条網の他、簡素な兵舎のような小屋が多数、確認出来ていた。

 もともと、那古野城北の丸は築城当時には存在しなかった施設であり、その後、陸軍練兵場とするために沼地を埋め立てて増築された箇所であった。本来は練兵場であるためにただただ広いだけの空間であったはずであるが、城が包囲されるに及んで、急ぎ防備を整えたのだろう。

 北の丸は二の丸と堀で隔てられており(三の丸とは繋がっている)、那古野城における事実上の出丸としての機能を一色家は期待しているのかもしれない。

 北の丸内に確認された小屋も、恐らく守備隊の臨時兵舎だろう。

 一色公直の命によって、十二歳以上五十歳未満の家臣団が兵員として召集されたことは結城家の側でも把握している。そうして増大した守備兵力を居住させる空間として、北の丸を用いているのだろう。

 もう一つ、本丸北西の御深井丸は築城当初から本丸を守るための郭として築かれたものであった。

 こちらは石垣の四隅に隅櫓が建てられ、全周を多門櫓が取り囲んでいる堅固な郭であった。とはいえ、それはあくまでも築城された戦国時代末期の基準に過ぎない。

 現在の皇国陸軍が保有する最新鋭の野砲である十一年式七糎野砲であれば、十分に破壊出来るはずであった。結城家領から届いた攻城用の臼砲なども、結城家は砲兵陣地に設置していた。

 これらの砲が、一斉に那古野城に向けて火を噴いたのである。






 殷々たる砲声が周囲に響き渡り、黒色火薬の白煙が濛々と立ち上る様子を、景紀は土手の上に設けられた指揮所から見つめていた。側には、冬花が控えている。

 眼下では、砲に取り付いている砲兵と観測梯(かんそくてい)の上で双眼鏡を構えている観測員の姿が見られた。

 一発撃つたびにその反動で砲車が後退し、砲兵がそれを元の位置へと戻して次弾を装填していく。観測梯上の観測員は弾着の結果を報告し、それを元に弾着修正が行われる。


「弾着の結果は良好のようだな」


「はい。目視による観測以外に、呪術兵による霊力波による測距、さらには龍兵による上空からの弾着観測も行っていますので」


 景紀の満足げな言葉に、野砲兵第二連隊の連隊長がそう反応した。響き渡る砲声のために、互いにそれなりに声を張り上げている。

 那古野城砲撃に当たり、結城家領軍は徹底した観測体制を整えていた。

 観測梯や砲隊鏡などを用いた光学による観測以外に、呪術兵の放つ霊力波を用いた測距、さらには上空に龍兵を飛ばしての弾着観測と、可能な限り正確な射撃を行えるよう結城家領軍は手配していたのである。

 先日の本営強襲で一色家は有力な術者を失っており、霊力妨害を受ける可能性は著しく低下していた。仮に一色家が霊力妨害を行ってきたとしても、冬花と鉄之介という高位術者がそれを打ち破る手筈になっている。

 また、那古野上空の制空権を結城家が保持していることもあり、龍兵に呪術通信兵を同乗させての弾着観測も容易であった。

 一色家は気球を利用してなおも城内に物資を運び入れようとしていたが、これは結城家領軍龍兵部隊によってことごとく阻止されている。

 そうまでして結城家の側が正確な射撃にこだわった理由は、やはり城下町への流れ弾の落下を恐れていたからである。

 皇軍相討つ骨肉の内戦とはいえ、一色家を降して終わりではないのだ。戦後、旧一色家領を安定して統治するためにも、領民への被害は最小限に抑えなければ新領主と旧一色家領領民との間に禍根を残す結果となる。

 また、単純に弾薬の消耗を恐れているという理由もあった。

 出来る限り、那古野城に対し効果的な砲撃を行いたかったのだ。

 皇都や結城家領に対して弾薬の輸送は要請し、実際に鉄道輸送が行われてはいるが、現地にて貨車からの積み下ろしに時間を要しているというのが実情であった。

 結城家は城下町南側の操車場を確保してはいたが、包囲網北側にはそうした施設がない。鉄道部隊が急ぎ引き込み線を敷設して終末停車場を建設していたが、那古野城北側の地域が低湿地帯であることもあり、その建設には依然として手間取っていた。

 結果として、占領した那古野操車場に兵站が集約されることとなり、貨車に積まれた物資を捌ききれないという状況が生まれつつあったのだ。もちろん、貨車から降ろした糧食や弾薬は、馬匹輸送などによって前線の各部隊に配分しなければならない。

 那古野城への包囲網を維持し、継続的な砲撃を行うことは、結城家領軍にとっても決して容易なことではなかったのである。


「夜間も出来るだけ射撃は継続しろ。城内の連中を疲弊させるんだ」


「承知しております」


「それと、残弾のことはあまり気にするな。そっちは俺の方で何とかする。まあ、何とかならなかったら貴官に頭を下げて謝るが」


 景紀が若干の諧謔を込めて言えば、連隊長も唇を持ち上げる。


「なぁに、残弾が尽きるまでに若があの城を落としてしまえば問題ないでしょう。戦国時代の清算をつけるのでしょう?」


 これまでの癖が抜けず結城家当主となった景紀を“若”と呼んだ砲兵隊指揮官は、先日の景紀の台詞を引き合いに出した。


「ああ、そうだ」


 景紀は、砲撃に晒される那古野城に視線を遣った。


「そのための地均しを、頼んだぞ」


「ええ、何せ我らは現代の“国崩し”ですからな」


 砲声は、なおも盛んに那古野の地に轟き渡っていた。


  ◇◇◇


 その後、景紀は那古野城への包囲網を形成する他の領軍諸部隊も視察してから、東山の領軍本営へと戻った。

 八束いさなの放った爆裂術式によって司令部天幕などが吹き飛ばされてしまったが、それらはすでに新しいものに張り直されていた。

 景紀はこれを機会に台地の麓の寺などに本営を前進させることも考えたが、鉄道築堤を境とする前線に近いことと東山の台地ほど防衛に向いた場所ではないことから周囲の反対を受け、結局、東山に本営を置き続けている。

 領軍将兵にとっても、本営が強襲されたことは衝撃的であったのだ。

 だからこそ、景紀は各部隊を回って自身の健在を示す必要があった。

 すでに本営強襲から二日以上の時間が過ぎ、領軍将兵の動揺も収まっている。むしろ、北側の砲兵陣地を襲撃しようとした護法童子を退けるために冬花の放った式が乱舞する様子を、珍しいものを見物出来たとばかりに周囲に語る下士卒もいるほどであった。


「冬花、城の結界はどうなっていた?」


「結界の残滓は感じたけど、消滅したと見て間違いないわね」


 景紀の問いかけに、冬花が答える。

 以前、彼女が確認した際には那古野城の天守と本丸には強固な対物結界が張ってあった。しかし、今日はその気配はなかった。

 恐らく、八束いさなを降したことで結界を維持すべき術者がいなくなり、消滅してしまったのだろう。

 その八束いさなは結城家によって捕らえられ、霊力などを厳重に封印されて皇都へと送られていた。その身柄を、宮内省御霊部の方で預かってもらおうと景紀や冬花は考えたのだ。

 人魚の肉を喰らって現在まで生きているという、童女の姿をした一色家の術者。

 たとえ霊力を封印したとしても、一抹の不安は残る。そのため、龍王の血を引く浦部伊任(これとう)らに身柄を委ねることにしたのだ。


「冬花、悪いが一つ、仕事を頼まれてくれないか?」


「何かしら?」


 主君からの頼みに、シキガミの少女はどこか期待したような声を返す。


「城内に式を放って、貴通がどこに捕らえられているか調べて欲しい」


 かすかに苦い声で、景紀は言った。

 一色家に捕らえられた人質と引き換えに、景紀が差し出した贄。たとえ代わりの人質となると言い出したのが貴通だとしても、その決断を下したのは景紀自身なのだ。

 そのことに、未だ景紀は忸怩たる思いを禁じ得ない。

 だからこそ、彼女の安否が心配であった。


「判ったわ」


 主君の苦悩が判っているから、冬花は柔らかな声音でその命を受けた。

 結界もなく、有力な術者もいない拠点に式を潜り込ませるのは、彼女にとってはたやすいことだった。それで主君の苦悩を一つ減らせるのなら、シキガミの少女にとってそれを行わない理由はない。

 冬花は、そうまで景紀に想ってもらえる貴通に少し嫉妬を感じながら、一羽の鳥型の式を袖口から放つのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 結城家より砲撃を受ける那古野城内は、喧噪に包まれていた。

 砲弾が炸裂して轟音を立て、爆発に巻き込まれた守備兵の悲鳴が響き渡る。

 内戦前は練兵場であった北の丸は地面は降り注ぐ砲弾によって鋤き返され、土嚢が吹き飛ばされ、塹壕の一部が崩れ落ちていく。

 御深井丸の多門櫓も砲弾によって貫かれ、内部に詰めている守備兵を次々と殺傷していった。一部では多門櫓の壁が倒壊し、その下敷きになった者もいる。

 衛生兵を求める声があちこちで叫ばれ、降り注ぐ砲弾の中を担架を持った衛生兵が駆け回る。

 三の丸には陸軍衛戍病院があったが、御深井丸からは西の丸を越えて向かわなければならない。それに、病院の収容能力にも限界がある。すでに、これまでの戦闘で負傷した者たちが大勢、衛戍病院には収容されているのだ。

 そのため、郭内に置かれている塩蔵などの蔵に野戦病院が設置され、負傷者の呻き声が満ちる中で家臣団の女性や城の侍女たちが軍医、衛生兵に協力して手当に当たっていた。

 治療には、一色家に仕える典医たちも加わっている。

 一方、負傷を免れた者たちは砲撃によって崩された箇所の修復に当たる。本丸や二の丸の御殿からも畳が引き剥がされ、障害物や遮蔽物として用いられた。

 将校たちはそんな兵士たちを叱咤して、城の補修を急がせる。

 だが、その声も時折、炸裂する砲弾によってかき消されてしまう。

 いつ止むとも知れない砲声に、城を守ろうとする者たちは家臣団・将兵の別なくただひたすらに耐えるしかなかった。

 結城家領軍から撃ち込まれる砲弾は、那古野城内を物理的にも精神的にも大きく揺さぶりつつあったのである。






「御深井丸北側石垣上の多門櫓および隅櫓は、多数の被弾によってすでに倒壊の危険性が出てきております」


 砲撃の喧噪が届く二の丸御殿接見の間にて、家臣団の一人がそう報告した。

 すでに接見の間の畳も引き剥がされ、上段の間の一色公直やその他家臣たちは床几の上に腰をかけている。


「このままでは、中に詰める守備隊が下敷きとなる可能性がありましょう。御館様、何卒、退避のご許可を!」


 那古野城の守備には、領軍将兵だけでなく家臣団の多くが加わっている。特に公直が十二歳以上五十歳未満の家臣に動員をかけ、武器を取って戦うよう命じていたから、むしろ場所によっては武器を持った家臣団の数が領軍将兵よりも多い区画が存在していた。

 この家臣が報告してきた御深井丸は、そうした武装した家臣団の守備隊が詰めている区画であった。

 一方の領軍守備隊は主に北の丸から三の丸にかけての区画に配置されている。

 これは、那古野城において御深井丸よりも北の丸の方が弱点であると考えられていたからである。

 もともと築城当時には存在せず、近代的な陸軍が整備される中で増築された北の丸は、他の区画と違って石垣などが積み上げられていない。単に、湿地帯を埋め立てただけの区画に過ぎなかった。

 北の丸北側は市内を流れる川が自然の堀の役割を果たしていたが、一方で三の丸との間の堀は埋め立てられて地続きとなっている(城内に駐屯する歩兵第六連隊などが往来しやすくするため)。

 戦国時代も終わり、城郭の役割が領主の権威の象徴へと移り変わる中で、堀の埋め立ては当時さほど問題視されなかったが、ここに来て那古野城の弱点の一つとなってしまっていた。

 そのため、戦力としては比較的充実し、指揮系統も明確な領軍将兵が北の丸の守備に就くこととなったのである。

 近代化を進めていた中で、那古野城に戦国時代と同じ役割が求められるようになってしまったのは、皮肉としか言い様がない。


「多門櫓の倒壊は、守備隊の士気に関わる問題だ。櫓に詰める者たちの退避は認めぬ」


 家臣からの要請を、一色公直ははね除ける。


「砲撃によって損傷した箇所の修復に努めよ。必要であれば領軍工兵隊を投入してでも、多門櫓の倒壊を防ぐのだ」


 天守閣ほどではないにせよ、御深井丸の全周を囲う多門櫓と隅櫓は那古野城の象徴的な建築物の一つである。

 それが倒壊する事態となれば、籠城する者たち全員の士気を低下させかねないのだ。

 だからこそ、公直は櫓に拠る者たちの退避を認めなかった。


「この城には郷土を守らんとする領軍将兵と、武士としての忠義を尽くさんとする我が家臣たちが拠っているのだ。結城の小倅が行うこけおどしの如き砲撃に狼狽える者などいないと、私は信じている」


 砲撃の轟音が二の丸御殿にも届く中で、一色公直の言葉はなおも揺るぎなく発せられた。

 居並ぶ家臣団は、自らの主君がこの城に拠って徹底抗戦を貫く覚悟であることを、改めて理解することとなったのである。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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