第1巻発売記念SS1 庭園の楽しみ方
書籍版第1巻11話以降で、景紀に庭園を案内される宵の話。
宵にとって嶺州の居城も皇都の華族屋敷も、狭いものでしかなかった。
たとえどれほど広大な敷地や庭園を誇っていようとも、そこを自由に散策することが許されていなかったからだ。
だから宵にとって庭園といえば自身の居室から見える範囲のものでしかなく、言ってしまえば絵画同然のものであった。景色はあるのに、自らが足を踏み入れることは出来ない場所。
もちろん、庭園を眺められるだけでも庶民に比べたら随分な贅沢であっただろう。だから宵は、そのことを不満に思うことはなかった。
「今日は、庭園を案内してやりたいんだが、どうだ?」
ところが、景紀に嫁ぐと、宵の行動が許される範囲は劇的に広がった。
まだ外出などはしていないが、婚儀の翌日には景紀自らに表御殿を案内してもらったし、その後は自身や景紀の私生活の場である奥御殿を実際に巡ってその間取りを覚えることになった。屋敷内で迷子にならないためだ。
敷地面積十万坪以上を誇る結城家皇都屋敷の表御殿と奥御殿は、それだけ広大なのだ。
当然、それに付随する庭園も、宵が部屋から見た限りでは佐薙家のものよりもよほど広そうであった。もっとも、景紀の誘われるまで、そもそも庭園に下りてみたいという思いすら生まれていなかったが。
しかし彼に誘われて、自分も庭園を歩き回って良いのだと思うと、俄然、興味が湧いてくる。
「是非、お願いします」
どこか逸るように言った自分に、景紀は微笑ましそうに「おう」と頷いた。少し、子供っぽかっただろうか? でも、庭園を散策するのは、初めてなのだから仕方ない。
履き物をはき、景紀と共に庭園に下りると、やはり屋内からでは十分に感じることの出来ない庭園の広大さを感じる。
家臣や領内の有力者を招いて茶会などを開く際に使う広い芝生の区画、節くれ立った見事な枝振りの梅が並ぶ梅林、草庵風の茶室から数寄屋造りの茶室。
庭園には、屋内から眺めているだけでは実感出来ない奥行きがあった。十一月の少し肌寒い空気も、宵に外を感じさせる。
「本当はもうちょっと花とか紅葉が綺麗な季節に案内してやりたかったんだがなぁ……」
宵を導くように歩く景紀は、少し残念そうであった。確かに、宵の嫁ぐ時期がもう少し早ければ、恐らくこの庭園は紅や黄色の色彩豊かな表情を見せてくれたことだろう。
「でも、雪化粧や来年の梅や桜を待つ楽しみがありますから」
しかし宵は、それを残念とは思わなかった。むしろ、将来の楽しみが出来たとすら思っている。そして、そんな前向きな考えが咄嗟に出てきた自分自身に、密かに驚いてもいた。
「それに、今なら山茶花や竜胆といった花々が見られます」
苔むした築山や趣ある赤松の木、そして無骨な景石は、まるで山奥を散策しているかのような錯覚を覚えさせる。そうした中で彩りを添えてくれる山茶花や竜胆は、今の季節ならではの花だろう。
今までこうした庭園を散策したことのない宵にとっては、それだけでも十分新鮮で、楽しいことなのだ。
池に敷かれた沢飛石を歩くときには、景紀が落ちないように手を添えてくれた。それもまた、ちょっとしたこそばゆさを覚えるが、殿方とこのように庭園を散策する新鮮さを感じさせるものであった。
「そうです、景紀様。今度、植物図鑑を持って庭園に出てもいいですか?」
ふと思いついたことがあって、宵はそんなことを口にした。あまりに唐突だったので、景紀が一瞬、目を瞬かせる。
「私にとって、今まで庭園は見ているだけの世界でした。ですから、花だけでなく、そこにある植物のことも、もっとじっくり観察したいと思ったのです」
宵が真面目にそう説明すれば、景紀はとても面白そうな笑みを浮かべた。
「いいぜ。そん時は、俺も誘ってくれよ」
なるほど、今度は自分が景紀を外に誘う立場になるのか。それはそれで楽しそうだと、宵は思うのだった。




