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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

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330 再び相見える者たち

 先に動いたのは、冬花だった。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 刀印を結び、初手から九字を切る。

 八束いさなも即座に反応した。呪符を空中に展開し、結界を張る。


「オン・マリシエイ・ソワカ」


 間髪を容れず、八束いさなは摩利支天の隠形法(おんぎょうほう)を詠唱。九字によって彼女の張った結界が破られるまでの一瞬の間に、童女の姿をした呪術師の姿は消えていた。


「―――っ!?」


 景紀の体が、自然と動く。

 何か予兆があったわけでも、気配を察知したわけでもない。

 しかし、手の中で“雪椿”がかすかに震えていた。

 かつて皇都内乱で見た夢の中と同様に、主に何かを伝えようとするが如くに。

 だからシキガミの主は、霊刀の導くものに従った。

 体を捻り、一瞬前まで自身の死角だった背後に“雪椿”を振う。

 刹那、ガキン、と金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。


「ちぃっ……! 厄介な刀だ!」


 霊刀“雪椿”は、八束いさなの繰り出した鉤手甲を受け止めていた。隠形の解けた女術者の、盛大な舌打ちが間近に聞こえる。

 この術者は、確実に景紀の首を刈り取ろうとしていた。隠形術を使った一瞬で冬花の脇をすり抜け、景紀の背後に回ったのだろう。


「ナウマク・サンマンダ・バサラ・ダン・カン!」


 刀と鉤手甲の競り合いを突くように、冬花が不動明王の小咒を唱える。夜空を焦がす炎が、ぶわりと八束いさなの体を捉えようとした。

 それを避けるため、八束いさなは後ろへと跳ぶ。シキガミ主従と一色家の陰陽師との間に、再び距離が開いた。


「ほう。やるじゃないか、妖狐の小娘」


 わざとらしい感嘆と共に、八束いさなは冬花を見据えた。


「不動明王の小咒。狙いが少しでも狂えばお前の主君まで巻き込んでしまうだろうに、大した術の制御だ」


「そういうあなたこそ、よくも結界を破ってくれたわね」


 冬花が、剣呑な口調で返す。


「呪術通信を放つことで生じた、結界の内と外との繋がり。そこを突いて結界を破ろうとするなんて、針の穴を通すようなものだったでしょうに」


「なぁに、まだまだ若いもんに遅れを取るつもりはないのでね」


 容姿と不釣り合いな、八束いさなの言葉。

 一度は降した相手だからか、冬花相手の口調にはどこか余裕が感じられた。それもまた、呪術師らしい言霊の力を用いた牽制と威圧だろう。


「ああ、それにしても小娘。お前、皇都で私とやり合った時よりも、霊力の充溢が見られる。これはどうしたことだい?」


 そこで八束いさなは、ついと視線を景紀に向けた。そして、合点がいったような表情になる。


「ああ、()()()()ことか。お前たちは主従であると同時に男と女、つまりは陽と陰だったな」


 景紀に向ける一色家の術者の言葉には、飄々としつつもかすかに苦いものが混じっていた。


「まったく、皇都でお前を討ち取り損ねたことがここまで祟るとはね。お陰で我が主家は、存亡の瀬戸際だよ」


「それはこっちの台詞だ。その手、皇都で切り落としたはずなんだがな」


 一色家に仕える術者と結城家を統べる少年は、互いに剣呑な視線を交わし合う。


「ふん、妖狐の血を引く術者を側に控えさせているお前がそれを言うかね?」


 これ見よがしに両手の鉤手甲を構えながら、八束いさなは言う。


「あれだけ痛めつけたそこの小娘だって、今じゃぴんぴんしてるじゃないか」


 にたりといやらしく嗤いながら言霊を操る敵術者の挑発に、景紀は乗らなかった。

 とはいえ、内心は別だ。

 皇都内乱で、景紀は確かに彼女の片手を切り落としたはずだった。しかし、先ほどの八束いさなは両手に鉤手甲を付けて景紀の首を狙ってきた。

 皇都でこの術者を仕留め損ない、あまつさえ主君・一色公直と共に取り逃がしてしまったことが今の状況に繋がっているのだと思うと、景紀は口惜しさを禁じ得ない。


「さて、結城景紀、葛葉冬花。状況は皇都とは逆だ。今、私の側に守るべき主君はおらず、そちらにはいる。今度こそ、我が一色家にとっての禍根は断ち切らせてもらうよ」


「私が、そんなことを許すとでも?」


 冬花が、牽制するように一歩前に出る。


「ふん、一度私に敗れたというのに、威勢のいい小娘だ。なれば、ここから先は術で語り合うとしよう」


 刹那、にぃと嗤った八束いさなが袖口から何か取り出した。

 それは、節竹(よたけ)で編んだ八目の荒籠であった。


「―――っ!?」


 その正体に気付いた瞬間、冬花は刀を抜いて地を蹴っていた。

 だが、八束いさなは彼女の動きを予測していたかのように、ひらりと跳躍してそれを躱す。

 冬花の白刃が、虚しく空を切った。


「くっ……」


 冬花は、相手の跳躍した先を見た。八束いさなは、近くの木の枝の上に飛び移っていた。そして彼女は竹葉で包まれた何かを取り出し、それを荒籠の中にを入れた。

 冬花は瞬時の判断で、女術者を追撃するよりも主君を守ることを選んだ。即座に、景紀を背後に庇うように自分の体を滑り込ませる。

 瞬間、背筋を凍らせるような呪文が夜空に響き渡った。


「此の竹葉(たかば)の青むが如く、此の竹葉の萎むが如く、青み萎め。またこの塩の()()るが如く、盈ち乾よ。また此の石の沈むが如く、沈み(こや)せ!」


 唱えられた呪文は、八目(やつめ)荒籠(あらこ)(しず)めの呪詛(とこい)

 節竹を編んだ八目の荒籠に、竹葉で包んだ塩をまぶした小石を入れて行う古の呪詛。

 その禍々しい霊力の奔流を、冬花は正面から受け止めた。


「しかしくま、つるせみの、いともれとおる、ありしふゑ、つみひとの、のろいとく!」


 唱えたのは、呪詛返しの呪文。


「くっ……!」


 だが、禍々しい霊力はなおも冬花と背後にいる景紀を呑み込もうとする。

 この呪詛の本来の返し方は、呪詛の源となっている詛戸(とこいど)をひっくり返すこと。だが、八目の荒籠は八束いさなの掌中にあり、冬花のいる場所からは手が出せない。

 自らの術と霊力で、呪詛を弾き返すしかなかった。

 シキガミの少女の顔が、苦しげに歪む。


「冬花!」


 それを案じて、景紀が叫ぶ。この状況では彼女に守られるしかない己に、歯噛みする思いであった。

 だが、主君が名を呼んでくれたことは、冬花にとっては何よりも励みであった。彼女の口元に、強がりとも不敵ともとれる笑みが浮かぶ。


「オン・シュチリ・キャロラハ・ウンケンソワカ!」


 刀を地面に突き立てて三股印(さんごいん)を結び、呪詛を打ち砕く大威徳明王の明咒を唱える。ぶわりと彼女の体から清冽な霊力がほとばしった。

 それが、禍々しく冬花と景紀を包み込もうとする霊力を押し返していく。


「ちぃっ……!」


 今度は、八束いさなの顔が歪む番であった。彼女もまた呪詛の源である荒籠に霊力を込め、冬花の霊力を打ち消そうとする。

 二人の術者の霊力が相克し、周囲に雷光が散った。

 放たれる霊力が、この場の三人にとって圧迫感すら覚えるほどに高まった、次の瞬間であった。

 どす黒いものが、荒籠から噴き出したのである。


「くっ……!」


 慌てて、八束いさなは詛戸を返して竹葉にくるまれた石を捨てた。冬花によって返された呪詛が、逆流しかけたのである。

 童女の姿をした術者は、自ら詛戸をひっくり返すことで呪詛そのものを消し去らざるを得なかった。

 それで、周囲を圧迫していた霊力も霧散していく。


「ふー……」


 冬花は、額に汗すら浮かべて荒い息をついた。


「冬花、お前……」


 背後の景紀は、彼女の狐耳と尻尾の封印が解けていることに気付く。最早、封印を維持している余裕がなかったのだろう。


「……八目の荒籠鎮めの呪詛を、力技で返してくるとは」


 すとん、と地上に降り立って、八束いさなは妖狐の少女を見据える。


「いかに人魚の肉を喰らった私とはいえ、純粋な霊力量では本物の妖の血を引く者には敵わんというわけか」


 その彼女もまた、長く息を吐き出した。

 呪詛を行った者と、それを返した者。わずかな間の攻防であったが、二人の術者の霊力を相応に消耗させていたのだ。


「そう判断したなら、さっさと城に逃げ帰って一色公直に降伏を勧めてきたらどうかしら?」


「ふん、一度呪詛を返した程度で粋がるなよ。妖狐の小娘」


 息を整えつつ不敵に言い放った冬花に、八束いさなは嘲るように返す。

 互いに弾んだ息を落ち着かせながら、相手の次なる呪術を警戒する。妖狐の血を引く術者と人魚の肉を喰らった術者の視線が、油断なく交錯する。


「ノウマクアラタンノウタラタヤ・アタキャロボタラヤチシャヤ・バイシラマンダヤ―――」


 だが、八束いさなは完全に息が整う前に術の詠唱を開始した。

 唱えたのは、毘沙門天の随軍護法の真言。天共(てんぐ)四万の力を借りて、敵を打ち破る呪文である。

 息を整えずに詠唱すれば威力は落ちる。だが、彼女は冬花に対して先手を取ることを選んだのだろう。


「くっ……!」


 後手に回ったと悟った冬花は、小さく呻いて空中に呪符を展開した。瞬時に、自身と景紀を覆う結界が出現する。


「―――マカラジャヤ・ヤキャシャチバタバ・ソトタソソシツラバラソワカ・ダヤキマタタタビハラシャヤメイバタヤタホセイジクシャ・バイシラバイシラマダヤ・マカラシャヤキバダカヂタラマジャウトババ・ナバシャタヤシャナホバ・ギャバテイシツデントバタラハタヂ・ソワカ!」


 長い呪文を、八束いさなは上がりそうになる息を無理矢理押さえつけて唱え切った。

 彼女がぜえはあという荒い息をつくのと、巨大な霊力が冬花の結界を押し潰そうとするのは同時だった。

 冬花は刀印を結び、結界をさらに強化する。彼女の霊力によって構築された不可視の障壁は軋むような音を立てていたが、一応は持ち堪えていた。

 それで得た猶予の中で、冬花は自らの息を整えようとする。


「冬花」


 そんなシキガミの少女に、景紀は声を掛けた。


「皇都内乱で俺がお前の力をまとった術、今ここで使えるか?」


「景紀?」


 一瞬、冬花は戸惑ったような声を出した。


「いくら“雪椿”があるとはいえ、今のままじゃ俺があいつに一太刀加えるのは無理だ」


 皇都内乱で、景紀は冬花の力をまとって、八束いさなと対峙した。そして、彼女の片手を切り落としている。

 そのときの術が、阿尾舎法という、術者自身の体に金剛夜叉明王や迦楼羅などを降ろす神懸かりの術を応用したものであった。


「……判ったわ」


 一瞬の逡巡の後、冬花は葛藤を呑み込むような声とともに小さく息をつく。


「守るべき主君を矢面に立たせるのはシキガミ失格かもしれないけど」


 シキガミの少女は己の不甲斐なさを悔やむように儚く笑みを浮かべると、自らの歯で自身の親指の皮膚を破った。


「ちょっと、じっとしてて」


 そう言って、彼女は景紀の目の下に己の血で五芒星を描く。


「オンマカヤシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク・ハラベイシャヤウン」


 同時に、シキガミの少女は阿尾舎法の呪文を唱えた。

 瞬間、景紀は自らのものではないが、自らに深く馴染む力の漲りを覚える。皇都内乱で感じたものよりも、もっと深く、そして自然にその力をまとえているように感じた。

 一度、彼女と肉体的にも深く繋がったことで、より冬花の霊力に景紀の肉体が同調出来るようになったのかもしれない。


「これで、冬花一人を戦わせずに済むな」


 己の不甲斐なさを嘆く冬花を勇気付けるように、景紀は彼女に向かって笑って見せた。


「まったく……」


 シキガミの少女は笑みを困ったようなものに変えて景紀に背を向け、再び八束いさなと対峙する。だが、封印の解かれた狐の尻尾が、落ち着かなそうに揺れているのが景紀からは見えた。

 そして、随軍護法の術を行使するので手一杯だからなのか、童女の姿をした術者は冬花が阿尾舎法を使う間、一切の手出しをしてこなかった。両手で印を結んだまま、こちらを見据えている。

 ひゅんと景紀が“雪椿”を振れば、刀身が狐火をまとった。


「どう、いけそう?」


「ああ、皇都の時よりも、調子が良いくらいだ」


 冬花は地面に突き立てたままの刀を鞘に収め、景紀は一歩踏み出して彼女の横に並ぶ。

 互いに刹那の目配せをし、一色家の術者と対峙する。


「じゃあ冬花、仕切り直しといこうぜ」

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