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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

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328 墨の魑魅魍魎

 硝子か陶磁器が砕け散るような感覚とともに、鉄之介は自分と姉の構築した結界が破られたことを知った。

 直後、台地の頂上で爆炎が上がる。衝撃が、地面を揺るがした。

 一度目は防いだはずの爆裂術式が、結界の破られた無防備な領軍本営を襲ったのだ。轟音と爆風は、今まさに坂道を駆け上がろうとしていた鉄之介の元にまで届く。


「くそっ……」


 自分たちの結界のどこに綻びかあったのか。

 だが、悪態をついてみても始まらない。結界が破られたことで、今までその外側を乱舞していた水墨画の魑魅魍魎や紙の蝶や鳥などが一斉に本営陣地を守る将兵たちに襲いかかってきたのである。

 本営陣地のあちこちで、襲われている兵士の悲鳴が聞こえてきた。

 鉄之介は軽く舌打ちをして、息を吸い込む。


「東海の神、名は阿明(あめい)、西海の神、名は祝良(しゅくりょう)、南海の神、名は巨乗(きょじょう)、北海の神、名は禺強、四海の大神、百鬼を(しりぞ)け、凶災を(はら)う、急々如律令!」


 そして、一息に百鬼夜行を退ける呪文を唱えた。

 だが、先ほどまで結界の外側を覆い尽くすがごとく乱舞していた百鬼夜行を消滅させるには一度だけでは足りないようであった。

 確かに鉄之介の周囲では水墨画の妖たちが風に吹かれた砂のように消滅していったが、未だ百鬼夜行や敵の式の気配はこの台地のそこかしこから感じるのだ。


「くそっ……」


 鉄之介はもう一度毒づき、台地の頂上に背を向けて駆け出した。本営にいる景紀の安否は、自分が向かわずとも姉が確認してくれるだろう。自分はとにかく、乱舞する百鬼夜行絵巻の魑魅魍魎と敵の式を潰していくしかない。


神火(しんか)清明(せいめい)、神水清明、神風清明!」


 鉄之介は邪気払いの呪文を唱え、今まさに兵士たちに襲いかかろうとしていた墨の百鬼夜行を消滅させる。


「怪我してる奴はいるか!?」


 魑魅魍魎が一気に消滅して呆けている兵士たちに、鉄之介は急かすように確認した。もし傷口から呪詛を流し込まれていたら、衛生兵や軍医では対応出来ない。


「い、いや、俺たちは大丈夫だ」


 鉄之介の声に現実に引き戻されたらしい兵士が、答える。鉄之介の方も素早く兵士たちを一瞥するが、呪詛に冒されている気配はない。


「ならいい! 常人(ただびと)が無理に対抗しようとするな! 近くに通信兵がいたら、そいつらに結界でも張ってもらってそこに籠ってろ! あいつらも呪術師だ! 多少はそれで凌げるはずだ!」


 軍に通信兵として所属している呪術師たちに、鉄之介や冬花ほどの霊力量はない。百鬼夜行や式を退けることは困難だろう。

 しかしそれでも、自分が救援に駆け付けるわずかな時間であれば、結界を張って魑魅魍魎たちを凌ぐことは出来るはずだ。

 鉄之介は、それを期待した。

 まだ周囲には、墨の百鬼夜行や紙の式たちの気配が残っている。彼はそれらを退けるべく、再び駆け出した。


「オンシュチリ・キャロラハ・ウンケンソワカ!」


 大独股印を結び、魔を降す大威徳明王の呪文を唱える。

 台地を覆い尽くさんばかりであった百鬼夜行も式も、徐々にではあるが数が減ってきているようであった。流石に敵の術者も、これだけの数の魑魅魍魎たちを操っている以上、一体一体をそこまで強力にすることは出来なかったのだろう。

 鉄之介がそう楽観視しかけた、その刹那のことだった。


「―――これで相見えるのは、三度目かな? 少年」


 唐突に、乱舞する百鬼夜行の向こうから一人の小柄な女が現れた。墨の魑魅魍魎たちが、まるで道を開けるかのように左右に分かれる。

 一度目は皇都郊外の有馬家別邸からの帰路で、二度目は皇都内乱の宮城を巡る戦いの中で、相見えたことのある一色家の術者、八束いさなだった。


「てめぇ……」


 鉄之介は、童女の姿をした相手を睨み付ける。


「宮城では少年としっかりと手合わせせずに立ち去って、済まなかったね」


 その容姿に不釣り合いなほど老成した、余裕のある声で彼女は言った。


「何せあのときは、我が主を落ち延びさせねばならなかったんだ。許してくれたまえよ」


 鉄之介は周囲の魑魅魍魎を警戒しつつ、八束いさなに向けて呪符を構える。八重が自分に託してくれた、あの呪符だ。


「とはいえ、今回もまた、若人(わこうど)に指南しているほど私も余裕があるわけではないのでね」


 百鬼夜行と式を従えた八束いさなは、あくまでも落ち着いた調子を崩さない。


「だから少年。今回は私の代わりに君の相手をしてくれる者たちを連れてきてやったよ」


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 八束いさながにたりと嗤うのと、鉄之介が呪符を放ち九字を切るのは同時であった。

 しかし、放たれた呪符は八束いさなを捉えることなく、彼女を庇うように集まった墨絵の妖たちに吸い込まれてしまう。

 鉄之介の術を代わりに受けた水墨画の魑魅魍魎たちが消滅したとき、すでにそこに八束いさなの姿はなかった。


「ちぃっ……!」


 そして次の瞬間、鉄之介はひりつくような殺気を感じ取った。咄嗟に呪符を抜き、結界を張る。

 直後、不可視の障壁に、金属が激突した。

 忍たちが使う投擲用の武器、苦無だった。

 苦無が飛来した方向を確認すれば、木の陰に隠れながらも陣地の各所で焚かれている篝火に照らされて浮かび上がった、黒装束の人影が見えた。


「……」


 鉄之介が咄嗟に周囲を確認すれば、それぞれに武器を構えた忍らしき者たちが自分を取り囲んでいる。

 恐らく、一色家に仕える忍集団だろう。


「……」


 鉄之介は警戒しながら、自身を取り囲む忍たちと対峙する。

 彼らの目的は、自分の足止めだろう。その隙に八束いさなは台地の頂上まで駆け上がり、景紀の首を狙う肚に違いない。


「くそっ……」


 破れかぶれの策であるのかもしれない。しかし、油断は出来ない。

 相手は常人とはいえ、身体能力に優れた忍たちだ。それに苦無や刀には、毒が塗ってあるかもしれない。

 治癒の術式で治せるからと、多少は傷を負うこと覚悟で戦うのは危険だろう。

 そして、鉄之介がこうして忍たちと対峙している間は、台地の上を乱舞する魑魅魍魎たちへの対処が疎かになる。

 あるいは、それも敵の狙いか。

 八束いさなに景紀を討たせ、百鬼夜行絵巻の魑魅魍魎たちで結城家領軍本営を混乱状態に陥れる。

 それが、一色公直の目的なのかもしれない。

 状況は、極めて厄介であった。


「……いいぜ、相手になってやるよ」


 それでも自身を奮い立たせるため、鉄之介は獰猛に笑いながら言う。

 相棒たる八重もいない。姉である冬花もいない。

 この場には、自分一人だ。

 鉄之介は片手で呪符を掴みつつ、もう片方の手で刀を抜いた。その刀身に、狐火をまとわせる。

 同時に、黒装束の者たちも動く。


「はぁっ!」


 鉄之介はそれを迎え撃つように、呪符を放つと同時に狐火をまとった刀を思い切り横に薙いだのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 二度目の爆裂術式は、台地の頂に設けられた結城家領軍本営天幕をまとめて薙ぎ払っていた。

 爆風が四方に拡散し、土煙が舞い上がる。

 しかし、霊刀“雪椿”を構えた景紀は、その頂の中央で五体満足のまま立っていた。自らもそれを自覚して、緊張を解くために長い息をつく。


「―――まったく、無茶をするわね」


 土煙の向こう側から、呆れるような、それでいて苦笑するような声が台地の頂に響いた。

 その言葉に、景紀の口元に思わず笑みがこぼれる。

 頼もしい、自らのシキガミの声だ。

 収まりつつある土煙の向こうに、景紀を背後に庇うように冬花が立っていた。


「いくら霊刀に私と宵姫様のお守りがあるからといって、常人が爆裂術式を正面から受け止めようとするなんて無茶苦茶よ」


 自身の主君にちらりと視線を向けて、シキガミの少女は諫めるように言う。それでいて、その口調はどこか満足そうだった。

 景紀が「頼む!」と叫んだことが、彼女にとってよほど嬉しかったらしい。


「仕方ねぇだろ、全員の退避が間に合いそうになかったんだから」


 景紀はざっと周囲を確認した。爆風に煽られたのか、尻餅をついたり転倒している者たちはいるようだが、戦死者は出ていないようであった。


「もう、私が間に合わなかったらどうするつもりだったのよ?」


「実際間に合ったんだからいいだろ?」


 文句と軽口を、互いに交わし合う。昼間のぎこちなさが、いつの間にか消えていた。


「まったく、もう」


 冬花は主君を優しく罵倒して、右手で刀印を作る。

 結界が消滅した所為で、台地の頂上にも百鬼夜行絵巻から抜け出した魑魅魍魎たちが押し寄せつつあった。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 九字を切り、一息に詠唱する。頂上に押し寄せてきた魑魅魍魎の群れが、瞬く間に消滅していく。しかし、呪文一つで全滅させられるほど、墨絵の百鬼夜行たちの数は少なくない。

 消えた空間を埋めるように、また新たな百鬼夜行が押し寄せてくる。鳥や蝶の形に切った紙の式たちも、台地の頂上へと大挙して飛来してきた。


「はぁっ!」


 だから景紀もまた、兵士たちに襲いかかろうとした墨の妖を斬った。霊刀“雪椿”の一閃が墨絵を断ち切り、妖を消滅させる。


「お前たちはとにかく退避していろ!」刀を振いつつ、景紀は司令部要員の将兵たちに叫んだ。「それと、俺が健在だってことを全軍に伝えろ! さっき言った通りに、伝令を出せ!」


 二度の爆裂術式と、霊力妨害による司令部からの通信の途絶。

 それによって領軍内部で動揺と混乱が広がらないとも限らない。景紀は台地頂上から将兵を退避させつつ、先ほどの命令を繰り返した。

 景紀の叫びを受けて、将兵たちが台地の頂上から退避していく。

 墨の魑魅魍魎や紙の鳥や蝶たちは、彼らを追わなかった。その代わり台地の頂上で景紀と冬花を取り囲むように、密集して乱舞を始める。

 まるで、不気味な墨の壁であった。

 その中から、妖たちが勢いよく飛び出してくる。


「ちぃっ……!」


 景紀は跳び退(すさ)りつつ、自らに向かってくる妖を“雪椿”で斬り捨てた。


「東海の神、名は阿明、西海の神、名は祝良、南海の神、名は巨乗、北海の神、名は禺強、四海の大神、百鬼を避け、凶災を蕩う、急々如律令!」


 そして冬花の凜とした詠唱が、壁となって乱舞する作りものの妖たちを一気に吹き飛ばしていく。しかし、すぐに新たな魑魅魍魎たちが頂上へと押し寄せてくる。

 まるで、二人をここに閉じ込めようとするかのようであった。


「悪いな、冬花。総大将が逃げるわけにはいかないんでな」


「判ってるわよ。そのために、私がいるんだから」


 景紀が強気に言い、冬花はそれに応えるように言葉を重ねる。無数の魑魅魍魎や式によって頂上に閉じ込められながらも、二人に臆した様子は微塵もなかった。

 問題は、無尽蔵に湧いてくるこの百鬼夜行絵巻の妖たちをどうするかであった。

 すると、その妖たちの様子に変化が生じる。

 景紀たちを取り囲むように乱舞していた水墨画の魑魅魍魎たちは、上空へ向けてまるで竜巻のように一定方向に渦を巻き始めたのだ。

 刹那の後に、今まで無数の妖たちの姿をとっていた水墨画は、上空で一つの巨大な妖へと変化する。

 猿の顔を持ち、狸の胴体に虎の四肢、蛇の尾を持つ、異形の姿。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 それが鵺だと認識した次の瞬間、冬花は九字を切っていた。同時に、水墨画の鵺が景紀に向かって突進を開始する。

 九字の呪文と突進する鵺が、正面から激突した。


「―――っ!」


 だが、陰陽道最強の呪文を受けても鵺の突進は止まらなかった。体の大部分を消滅させられながらも、瞬時に水墨画の魑魅魍魎たちが押し寄せてその体を再生させてしまったのである。


「景紀!」


「ちぃっ……!」


 冬花の警告の叫びと、景紀の舌打ちは同時だった。

 振われた虎の前足を、景紀は霊刀“雪椿”で受け止める。冬花の力を宿した霊刀そのものが一種の結界となり、景紀が吹き飛ばされるのを防いでいた。


「降臨諸神、諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除、急々如律令!」


 景紀が鵺の突進を受け止めている間隙を突き、冬花が破邪の呪文を唱える。それで、景紀にかかる鵺の圧力が弱まった。

 その隙を、逃さなかった。

 斬、と景紀は“雪椿”を一閃。

 自らに振われるはずだった鵺の前足を切り落とす。

 だが、所詮は墨絵の妖怪。鵺は痛みに叫びを上げることなく、そのまま上空へと飛び出す。再び周囲から集まった百鬼夜行絵巻の妖たちが、空中に浮かぶ鵺の体を瞬時に修復していく。

 そして、鵺は再び地上に向けて空を蹴って突進してきた。


「オン・カラカラ・シバリ・ソワカ!」


 単純な破邪の呪文では効果が薄いと判断した冬花は、不動金縛りの真言(マントラ)を唱える。

 しかし、不動金縛りの術は鵺を捉えることなく、即座に間に割り込んできた鳥型の式へと吸い寄せられてしまった。恐らく、式に身代わりの術式が仕込んであったのだろう。

 不動金縛りの術をすり抜けた鵺は、なおも景紀を狙って空中を疾駆する。


「オン・キリキリ・ウンハッタ!」


 冬花は即座に景紀と鵺の間に割り込み、結界を展開する。

 墨で描かれた鵺が結界に激突し、霊力と霊力が相克して火花を散らした。


「オン・カラカラ・シバリ・ソワカ!」


 その状態で、冬花はもう一度不動金縛りの呪文を詠唱する。今度は、身代わりの式が乱入してくることなく、術が鵺を捉える。

 不可視の拘束を受けた鵺が、それを逃れようともがく。


「景紀!」


「おう!」


 互いに、それだけで十分だった。

 さっと姿勢を低くした冬花を景紀は飛び越え、鵺に向けて“雪椿”を振り下ろす。

 斬ったという感触はなかったが、景紀の振った霊刀は確実に水墨画の鵺を両断した。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 追い打ちとばかりに、冬花が九字を唱える。両断された鵺の体が、一気に消し飛ばされた。


「くそっ、駄目か……!」


 だが、それでも鵺を完全に消滅させるには至らない。景紀は思わず舌打ちをした。

 体を両断され、そこに九字の術式を受けながらも、鵺は再び周辺から飛来した魑魅魍魎たちを取り込んで元の形を取り戻したのである。


「今ので術式の核を破壊出来たと思ったんだけど」


 悔しげに、冬花が奥歯を噛みしめた。

 鵺の大元となった百鬼夜行絵巻の魑魅魍魎たちも、消滅させたそばから出現していた。もしかしたら、絵巻そのものを消滅させない限り、鵺や百鬼夜行を完全に消滅させることは出来ないのかもしれない。

 もちろん、術者の霊力が続けばという条件付きだが、これだけの術式を展開している敵術者がそう簡単に霊力切れを起こすとは考えにくい。


「冬花、水だ!」


 シキガミの少女が攻めあぐねていると、主君たる少年が叫んだ。


「相手の正体が墨の絵なんだったら、水をぶっかけてみろ!」


 それは、単なる常人の思い付きだったろう。だが、景紀の言葉で冬花の脳裏に閃くものがあった。


「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ!」


 龍索印(りゅうさくいん)を結び、水天の真言を唱える。

 途端、呪術によって生み出された水によって鵺が押し流されていく。墨絵の鵺は、やがてその形を保てなくなり、水の中に溶けて消えていった。

 墨の混じった水がばしゃりと地上に落ち、地面に染みを作っていく。


「……」


「……」


 景紀と冬花は一瞬、その染みから復活した鵺が飛び出してくることを警戒していた。

 しかし、そのようなことは起こらなかった。とはいえ、それで安堵出来るわけでも、ましてや緊張を緩められるわけでもない。

 鵺の肉体を修復するはずだった百鬼夜行絵巻の魑魅魍魎が、行き場を失って再び景紀や冬花に襲いかかろうとし始めたからだった。


「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ!」


 冬花は再び水天の呪文を唱える。それによって生み出された水流が、水墨画の魑魅魍魎たちを押し流し、溶かしていく。

 破邪の呪文よりも、よほど効果的のようであった。

 頂上に押し寄せる魑魅魍魎や鳥や蝶をかたどった式の数は、確実に減っていた。台地を見回っていた鉄之介が、頂上への百鬼夜行の流入を防ぐために奮戦してくれているのだろう。

 だが、未だ童女の外見を持つ一色家の女術者が姿を見せていないのが気懸かりであった。

 あるいは、台地を駆け上る途中で鉄之介と遭遇し、足止めを喰らっているのか。だとしたら、鉄之介の応援に駆け付けるべきか。

 彼の側には今、八重がいない。

 景紀と冬花が、そう考えた刹那のことであった。


「―――やれやれ、水で溶かして押し流すとか、呪術師らしからぬ発想だね」


 唐突に、その声が響いた。


「常人の咄嗟の思い付きにしては、随分と効果的だったよ」


 台地の頂上へと続いている道から、夜の闇から抜け出すように現れたのは、一色家に仕える童女の姿をした術者であった。


「水墨画の百鬼夜行は、絵巻本体と霊的に繋がっている。それに水を掛けられたんだからほら、この通り、絵巻の方もびしょびしょだ。これはもう、使い物にならんね」


 そう言って八束いさなは、いささか忌々しげな口調と共に濡れた絵巻を放り投げた。絵巻に描かれていたであろう百鬼夜行の絵は、水で滲んで単なる染みになっていた。


「だがまあ、私が到着するまでの足止めの役目は何とか果たしてくれたようだから、良しとしよう」


 そう言って、八束いさなは捕食者の目で景紀と冬花を見据える。


「……」


「……」


 景紀は霊刀“雪椿”を、冬花は呪符を構えながら、彼女と対峙する。

 シキガミの主従と童女の姿をした陰陽師との間で、静かに火花が散った。

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