表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

357/372

327 本営強襲

 那古野城北側の包囲網に術者による急襲が敢行されたとの報告を受けて、仮眠を取っていた景紀はただちに司令部天幕に付属する通信隊天幕に駆け込んだ。


「通信隊長、状況は?」


「現状では冬花殿の式が迎撃を行い、敵の護法童子を防いでいる模様です」


 司令部通信隊を指揮する隊長が、そう報告した。

 軍の通信を担う呪術者は術者としての霊力量はさほどではないが、通信に特化した修行を積んでいるため、霊力波の探知には長けている面があった。

 通信隊はそうした霊力波の探知によって、包囲網北側の戦線で発生している彼我の式による戦闘経過を指揮官である景紀に報告していたのである。


「敵の霊力波による通信妨害の徴候はあるか?」


「はい。いいえ、現在までのところ、その徴候はありません」


「判った。その他、異常な霊力波を探知したら即座に報告しろ」


「はっ、了解いたしました」


 そのまま景紀は司令部天幕へと戻る。那古野城周辺の地図が広げられた机の上には、通信用の水晶球が置いてあった。


『……景紀、そこにいるかしら?』


 景紀が戻ると、それを見計らったかのように水晶球から冬花の声がした。水晶に景紀が近くにいることを探知する術式が組み込まれているのだ。


「ああ、今さっき戻ってきたところだ」


『とりあえず、私の方で北の包囲網に現われた護法童子は撃退しているわ。鉄之介には、本営の警戒を厳にするよう言い付けたところよ』


「了解だ。二人とも、頼りにしている」


 昼間のことがあった所為で、景紀の言葉はどこかぎこちないものになってしまった。冬花が天幕を出ていってから今までずっと、景紀は己のシキガミと顔を合せていない。


『ねぇ、景紀。敵の目的は、何だと思う?』


「俺と話している余裕があるのか?」


 気まずさ半分、冬花の集中力が途切れてしまわないか心配半分で、景紀は確認した。


『この程度なら、まだ余裕はあるわ』


 水晶球の向こうから、平然とした声が返ってくる。


『今のところ、敵の護法童子は包囲網北側の陣地に殺到しているわ。これって、一色家が城への砲撃を防ぐためにこちらの砲陣地を潰そうとしているってこと?』


 冬花の声は、疑わしそうな響きがあった。

 彼女は、軍人として教育を受けた人間ではない。あくまで、呪術師として研鑽を積んできた人間である。

 だから状況判断を景紀に仰ぎたいのだろう。


「その可能性はあるが、第一の目標ではないだろうな」


 だから景紀も、将としての言葉で応じた。


「こっちの砲陣地を潰せれば儲けもの程度には考えているだろうが、それで大勢を覆せるわけでもない。俺らは皇都や結城家領から新たな砲を輸送することが可能だ。一時的な戦果を挙げて城内の士気を上げたいのかもしれんが、砲兵陣地への襲撃そのものがこの夜襲の本命とは思えないな」


『やっぱり、そうよね』


 冬花も、北側の包囲網に対する襲撃が陽動ではないかと考えていたようだ。


『ということは、間違いなく敵の狙いは』


「ああ、この本営、つまりは俺だろうな」


 もし冬花がこの場にいれば、景紀は彼女と視線を合わせて互いに頷き合っただろう。

 シキガミの少女もまた、やはり一色家側の狙いは結城家領軍本営、つまりは景紀の首級を挙げることだと考えている。


「ただ解せないのが、これだけ大々的に式を操っている術者に、俺のいる本営を襲撃するだけの霊力があるのか、ってことだ」


『……そこは、何とも言えないわ』


 一瞬の思考を挟んだ冬花の声には、かすかに苦いものが混じった。


『私は、八束いさなって術者と正面から対峙する前に力を封じられてしまったから』


「……」


 景紀は、かすかに顔を険しくする。その意味では、鉄之介や八重も八束いさなと正面切った呪術戦を行ったとは言い難い。あの童女の姿をした術者は皇都内乱で、早々に主君である一色公直を連れて逃走しているのだから。

 景紀は宮城での戦いで八束いさなの片手を切り落としたが、それが彼女の術者としての能力にどの程度、影響を与えているのかも不明である。


『あるいは、術者を陽動に使って、その隙に忍たちを潜入させて景紀の暗殺を狙う、というのも考えられるんじゃないかと思うけど……』


「向こうは手練れの術者だろう? この本営には結界が張ってあることは判ると思うんだがな」


 実際、結城家領軍本営は、冬花と鉄之介という二人の術者による結界によって守られているのだ。さらには、冬花と鉄之介が警戒用の式を本営周辺に飛ばしている。

 たとえ潜入や暗殺といった特殊技能を鍛えられた忍であったとしても、本営の司令部天幕まで辿り着くのは容易ではない。


「……あるいは、八束いさなとかいう術者には、それだけの自信があるのか? 北側の包囲網に式による陽動作戦を行いつつ、冬花たちの張った結界を突破するだけの自信が」


『……』


 最初に冬花に問われた景紀であったが、彼もまた一色家側の意図を掴みかねていた。


「閣下!」


 そうしている内に、血相を変えた通信隊長が司令部天幕に飛び込んできた。


「何事か?」


「式です! 大量の式が結界の外に!」


 景紀は即座に霊刀“雪椿”を引っ掴んで、天幕を飛び出した。そして、通信隊長が言ったことの意味を悟る。


「―――っ!?」


 思わず、声にならない呻きが出た。

 本営のある台地の周囲を、無数の魑魅魍魎や蝶、鳥が乱舞していたのである。黒い墨絵に実体を与えたような妖怪どもは、恐らく百鬼夜行絵巻を実体化させたもの。白い蝶や鳥は、その形に切った紙に霊力を吹き込んだ式だろう。

 もはや、数えるのも馬鹿らしいほどの数であった。


「……俺たちは、敵術者の力を見誤っていたのかもな」


 ぼそりと、景紀は呟く。顔には、痛恨の表情が浮かんでいる。

 確かに自分たちは一度、皇都内乱で一色家の術者を退けた。しかし一方で、その八束いさなという術者が冬花を降したこともまた事実なのだ。

 だが、まずは兵士たちの動揺を鎮める必要があった。

 司令部天幕の周辺では、突然の魑魅魍魎の出現に、領軍本営陣地の守備についている将兵たちの間でちょっとした騒ぎが起こっていたのである。たとえ墨絵の妖怪であったとしても、それが突然、乱舞する姿を見れば誰しもば動揺もするだろう。

 景紀も己の認識の甘さを内心で罵倒しつつ、目の前の事態にまずは対処することにした。


「狼狽えるな!」


 周囲の将兵を、景紀は一喝した。


「この程度の怪異、対斉戦役と皇都内乱を潜り抜けたことに比べればどうということもない! お前たち、俺がいつも誰を側に控えさせているか、もう忘れたか!?」


 景紀は冬花と鉄之介の術者としての力量を信頼している。この魑魅魍魎の群れが一色家の術者の仕業であろうとも、二人ならば退けられるだろうと確信に近い思いを抱いていた。

 しかし、周囲の兵士たちは違う。

 だから動揺している彼らに冬花と鉄之介の存在を思い出させようとしたわけであるが、その辺りの機微は古参の下士官の方が一枚上手であった。


「若様、そいつは随分と頼もしい惚気(のろけ)ですな」


 近くにいた下士官が、諧謔をたっぷりと込めた声で応じたのである。


「おいお前ら、若様んとこの陰陽師の嬢ちゃんと坊主が、何とかしてくれるってよ!」


 そしてすかさず、周囲の兵士たちにそう叫んで動揺を鎮めようとしたのだ。冬花や鉄之介の存在よりも、むしろその古参の下士官の方が頼もしそうな勢いである。

 これはいかに結城家当主となったとはいえ、若輩者の景紀には出来ない芸当であった。とはいえ、景紀自身は自分の意図しない方向で兵士たちの動揺が鎮められていく様に、苦り切った不本意そうな表情を浮かべていたが。


「閣下!」


 しかし、下士官が景紀を茶化すことで動揺していた兵士たちを和ませてくれたとはいえ、事態が解決したわけではない。直後に、天幕を飛び出してきた通信隊長が警告の叫びを上げた。


「さらなる高霊力反応を探知! 恐らくは、爆裂術式です!」


「来るか」


 その報せに、景紀は動揺を見せなかった。


「総員、衝撃に備えよ!」


 ただ一言、周囲の将兵にそう命じるだけであった。自らはその場に伏せるでもなく、ただ泰然と夜空を見上げる。

 刹那の時を置いて、轟音とともに爆炎が本営を包み込んだ。

 景紀はさっと手をかざして目を細めながら、なおも夜空を見上げ続ける。腹に響く轟音は、しかしそれだけに終わってしまった。

 爆炎が将兵たちを焼き払うこともなく、爆風が本営の天幕を吹き飛ばすこともない。

 冬花と鉄之介が構築した結界は、敵術者の放った爆裂術式を防ぎきったのだ。

 まだ若い指揮官が一切の動揺を見せていない姿を見たからだろう、将兵たちもどこか安堵の表情を浮かべていた。


「通信」


「はっ!」


 景紀は、通信隊長に命じた。


「各部隊に伝達。本営は健在なり。各部隊は冷静沈着、なおも警戒を緩めることなくさらなる敵襲に備えよ。以上だ」


 今の爆炎は、騎兵第一旅団や同第二旅団、そして第二師団にも見えたことだろう。本営が壊滅したのではないかとの動揺が領軍内部に広がる前に、景紀は手を打ったのである。

 復唱した通信隊長が、天幕へと戻るべく駆け出していく。

 しかし、これだけ派手な爆発があったのだ。本営健在の通信を打ったところで、領軍内部には動揺する者は出てくるだろう。

 出来れば景紀自身が各部隊を視察して兵卒たちを鼓舞し、動揺を鎮めたいところであるが、結界の張ってある本営の外に不用意に出るわけにはいかない。

 あるいは、敵の術者はあえて防がれることを承知の上で、領軍将兵の動揺を誘うために派手な爆裂術式を本営に撃ち込んだのか。

 鉄之介や八重を責めるつもりはないが、皇都内乱で一色公直とともに八束いさなを取り逃がしてしまったことが、こうも祟るとは。

 景紀は歯噛みする思いであった。しかし、そうしてばかりいても仕方がない。周囲の兵卒たちがさほど動揺を見せていないことを確認して、彼もまた天幕に戻ろうとした。

 先ほどの爆裂術式に呼応して、一色家領軍による夜襲が行われないとも限らないのだ。司令部健在の通信を打たせる一方で、領軍諸部隊から状況を報告する通信が入るかもしれない。

 だが直後、景紀は八束いさなという術者の厄介さをさらに思い知らされることになる。


「閣下!」


 先ほど通信隊用の天幕に飛び込んだ隊長が、すぐに駆け出してきたのである。


「通信妨害の霊力波が放たれております! 呪術通信は、送受信とも不能!」


「……やってくれたな」


 景紀は、呻くように言った。確かに、自分が敵でもそうするだろう。爆炎に包まれた領軍本営と連絡が取れないとなれば、領軍の各部隊は混乱する。

 通信を回復させるには冬花か鉄之介が、妨害用霊力波を打ち払う必要がある。それほど霊力量の高くない呪術通信兵では、高位術者の放つ妨害用霊力波に対抗出来ない。

 だが今、その二人は爆裂術式を防ぐための結界の維持に霊力を割いている。さらに冬花は、北側の包囲網を襲う護法童子の迎撃も担っているのだ。

 これ以上の負担をかければ、結界の強度が下がるだろう。そうなれば、敵の放つ爆裂術式によって結界が破られる可能性がある。


「すぐに各部隊に伝令を出せ。それも、なるべく複数名に別々の経路をとらせて」


 景紀は素早く決断した。伝令であれば、霊力波妨害の影響は受けない。

 しかし、その伝令を狩るべく一色家の忍集団が待ち構えているかもしれなかった。敵の狙いには、司令部と領軍各部隊の連絡を遮断することも含まれているかもしれないのだ。

 だからこそ、景紀は伝令を複数名を別々の経路で出すことを命じたのである。

 当然、一色家は自身を討ち取った後、結城家領軍を破るべく領軍による逆襲に転ずることだろう。そのために、結城家側の混乱を出来るだけ拡大させようとするはずだ。

 もちろん、仮に景紀を討ち取ることに失敗したとしても、結城家領軍を混乱状態に陥れることは一色家にとって決して損にはならない。結城家側が領軍の統制を回復するために浪費する時間は、一色家側が態勢を立て直し、包囲網を突き崩すための大きな間隙を生み出すことになるからだ。

 それを、阻止しなければならなかった。

 だが、通信隊長に続いて通信隊の兵卒を率いる下士官も天幕を飛び出してくるに及んで、景紀はすでに遅きに失したことを悟らざるを得なかった。


「けっ、結界が、結界が破られました!」


「馬鹿な!」


 叫んだのは、通信隊長だった。彼も呪術師であるが故に、冬花と鉄之介が構築した結界がいかに高度なものなのかを理解していたのである。

 それが、破られたのだ。


「敵の妨害用霊力波で、こちらの呪術兵どもがおかしなことになっているのではあるまいな!?」


 通信隊長は、敵の霊力波によって領軍の呪術兵が錯乱したとでも考えているようであった。


「通信隊長、詮索はあとだ!」


 だが、景紀は八束いさなという術者が、一度は冬花を降したことを覚えている。結界が破られたことは、確実だと見なすことにした。


「退避だ! 通信隊の連中も急いで掩蔽壕に潜らせろ!」


 景紀は蹴飛ばすような調子で命じた。結界が破られた以上、領軍本営を爆裂術式から守れる障壁は存在しない。

 だが、彼らに時間的猶予は与えられなかった。

 身を隠す壕に駆け込もうと天幕を飛び出した二人の呪術兵が、天幕の出入り口のところで愕然として空を見上げて硬直してしまったのである。

 それで、景紀はすべてを察した。


「くそっ! 間に合えっ!」


 それは、咄嗟の判断だった。景紀は即座に駆け出して天幕のところに戻ると、霊刀“雪椿”を抜いて構えたのである。


「冬花、頼む!」


 何だって自分は飛び出してからそんなことを叫んだのか。

 さっきまであれほど顔を合せるのを気まずいと思っていたシキガミの名を呼んだ自身に内心で苦笑を浮かべた次の瞬間、閃光と爆風が台地の頂上を覆い尽くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ