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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十七章 六家興亡編

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323 代わりの贄

 皇暦八三六年十二月四日、穂積貴通は那古野城二の丸御殿の一室に連れてこられていた。

 昨夜から続いた結城・一色両家による交渉の末、貴通を代わりの人質として結城家側が差し出すことで、一色家は人質の解放に同意していたのである。

 一色家側はあくまでも諸侯の子女を奸賊・結城景紀の魔手から“保護”しているという建前を崩さなかったため、景紀が諸侯の子女たちに危害を加えぬ保証として貴通が一色家側に出向くこととなったのだ。

 しかし、勅使の差遣がなければ今も一色家は頑なに人質を拘束し続け、さらなる人質の処刑を行う可能性も考えられた以上、勅使差遣は一色家に対して一定の圧力にはなったといえよう。

 もちろん、景紀が言ったように一色家が結城家に条件を突き付けられる立場ではないと、貴通自身も思っている。

 だが、ここで人質を解放出来るほとんど唯一の機会を結城家が逃すことになれば、この内戦に勝利したとしても、中小諸侯たちの怨嗟が景紀に向けられることは避けられないだろう。何よりも、人質の解放を望む皇主の期待に背く形になれば、結城家が今後、政権を担っていく正統性すら揺らいでしまう。

 皇主はあくまでも人質解放問題において結城家側に責任を負わせることにならないよう配慮してくれてはいたが、だとしても内戦後、皇主の宸襟を悩ませたとして景紀の責任を追及する者が現われないとも限らないのだ。

 景紀を失脚させたい者たちにとって、皇主が実際にどのように考えているかは問題ではない。皇都内乱で「君側の奸を討つ」という名目で蹶起した者たちがいたように、皇主の権威というのは政を行う者たちによって恣意的に用いられがちなのだ。

 それを防ぐためにも、貴通は自ら人質として一色家に赴くことにしたのである。

 そして今朝方、貴通は一色家の遣わした使者に伴われて、那古野城まで連行された。

 とはいえ、有無を言わさず牢にでも放り込まれると考えていた貴通の予想に反し、連れてこられたのは二の丸御殿であった。体に縄を打たれることもなければ、軍服を脱がされて獄衣に着替えさせられるようなこともなかった。ただし当然、軍刀や拳銃などは没収されている。

 もっとも、二の丸御殿に通されたからといって、五摂家の人間として自分が丁重な扱いを受けられるというような期待を貴通はしていなかった。

 地下牢ではなく、あえて二の丸御殿に通されたことに、一色公直の何かしらの意図を感じているからである。

 今、部屋の中には貴通一人しかいない。

 どうやらここは、当主へと拝謁する順番を待つ者が待機するための部屋であるらしい。いわゆる、遠侍(とおさぶらい)という部屋である。

 貴通は畳の上に端然と座りながら、背筋を伸ばしたままじっとしていた。

 ここまで通される中で見た、那古野城の壮麗さを思い出す。結城家の居城・河越城に比べると、重厚な天守閣には圧倒される思いであった。城の中に入ったからこそ、その感は強い。

 領民たちが郷土の誇りとするのも、頷ける。

 あるいはそうした結城家との違いを見せつけることが、一色公直の狙いなのかもしれない。自分たちはこれだけの城に拠っているのだぞ、と。

 未だ一色家は意気軒昂だということを示した後に貴通を解放し、貴通の口から一色家が徹底抗戦の構えでいることを景紀に報告させる。

 景紀も、自分の言葉なら聞き入れるだろう。

 そうして内戦の激化と長期化を恐れた景紀の方から、和議を申し出てくることを期待しているのかもしれない。

 自分と景紀との関係性を利用した、一色家による和平工作である。

 そうすれば、少なくとも一色家の側から和議を申し出、結城家に屈服したという形にはならない。一色家の面子は保たれるのだ。


「……」


 馬鹿馬鹿しい、と貴通は内心で一蹴した。

 いくら那古野城の壮麗さを見せつけられたところで、自分が一色家のために行動することなどあり得ない。

 自分は、景紀に天下を取ってもらいたいのだ。

 一色公直が自分という存在を利用して景紀との和睦を目論んでいるとするのならば、あまりにも浅はかであるといえよう。

 しかし、自分が一色公直の思惑通りに動こうとしなかった場合、彼がどのような行動に出るのかは貴通自身、予測出来ないところであった。

 皇都内乱で伊丹・一色陣営に捕えられた冬花のように、城を包囲する結城家領軍に見える形で自分を辱めようとするだろうか?


「……」


 貴通は、膝の上できゅっと拳を握りしめた。


「―――おやおや、随分と不安そうな様子じゃないか」


 不意に響き渡った声に、男装の少女は咄嗟に腰を浮かせた。畳の上の刀を掴もうと手を伸し、それが没収されてしまっていたことに気付く。


「あなたは……」


 誰もいなかったはずの部屋に突然現れたのは、皇都内乱で自分と景紀を窮地に追い込んだ童女の姿をした術者・八束いさなであった。


「ふむ、警戒されてしまっているようだね。まあ、無理もないか」


 声の質そのものは幼いのに、その響きには老成したものがある。相変わらず、何ともちぐはぐな印象を受ける術者であった。

 現状の一色家でほとんど唯一、景紀を直接討つことの出来る能力を持った相手であるだけに、貴通も警戒せざるを得ない。

 だが、八束いさなの方はそんな貴通の態度を気にした様子もなく、男装の少女の頭の上から爪先までをじっと観察してきた。

 その視線に何か不気味なものを感じて、貴通はますます警戒を強める。


「……これはまた、随分とやっかいな守護の術式だ」


 やがて八束いさなは、呆れを隠さない声とともに溜息をついた。


「結城景紀は、随分とお前を大切に思っているようだな。こちらが下手な手出しをすれば、要らぬ怪我をしてしまいそうだ」


「あなたが僕に手を出して、それで消耗してくれるならむしろ望むところですよ」


 貴通は、この童女の姿をした術者を挑発するように言った。

 景紀は冬花に命じて、自分に十重二十重(とえはたえ)の守護の術式を施してくれた。少なくとも、肉体的な危害を加えようとすれば、相応の呪詛がこの城内にまき散らされることになるという。

 もちろん、不安がないわけではない。でも、皇都内乱で冬花を降したという術者を、自分が少しでも消耗させられるのならば、それは景紀のためになるだろう。


「言うじゃないか、小娘」そう言って鼻を鳴らす八束いさな。「だが、その挑発には乗らんよ」


 童女の姿をした術者は見透かしたような笑みを貴通に向けた。


「お前たち結城家の側も、警戒してはいるんだろう? この私が、結城景紀を討とうとすることを」


「……」


「そのためにも、ここで霊力を消耗するわけにはいかんのさ」


 努めて無表情を貫く貴通を、八束いさなは面白そうなものを見るようにしていた。


「お前が人質とならなければ、結城景紀と一緒に討ち死にさせてやったのだがな。人質になったばかりに、これから結城景紀の首を見せられることになるんだ。今のうちから、覚悟しておいた方がいいぞ?」


 ことさら貴通の不安を煽ろうとするように、童女の姿の術者はそう続けた。


「皇都で僕らを討ち損じた癖に、よく言いますね」


「だからこそ、今度は討ち果たして見せるさ」


 貴通の嘲るような反論を、八束いさなは軽くあしらうように受け流した。そうして、童女の姿は現われたときと同じように貴通の前から姿を忽然と消えた。

 恐らくは、幻術の類だったのだろう。

 部屋にはまた、貴通一人が残された。


「……冬花さん」


 男装の少女は、小さく祈るように呟いた。


「景くんのこと、頼みましたよ」


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「景紀! てめぇ、どういうことだ!」


 結城家領軍本営の天幕に怒鳴り込んできた相手に、景紀は鬱陶しそうな視線を向ける。視線の先には、怒りに顔を歪めた青年がいた。


「俺の代わりに、貴通の奴を一色家に人質に差し出したらしいじゃねぇか!?」


 その青年―――結城家有力分家の嫡男である小山朝康は、天幕の入口を跳ね上げてずかずかと踏み込んできた。司令部従兵や衛兵たちも、流石に相手が結城家有力分家の嫡男であるために、戸惑って動きを止めてしまっている。


「ちょっと、朝康!」


 そして、後ろで制止しようとする嘉弥姫を無視して、朝康は景紀の胸ぐらを掴み上げようとした。


「っ!?」


 しかし、その手が景紀に触れる寸前で、朝康の手首が掴まれた。キッと朝康は掴んできた相手を睨み付けた。


「我が主君への狼藉は、許しませんよ」


 景紀の側に控えていた冬花が、主君を害そうとする青年の手首を締め上げていたのである。


「邪魔すんじゃねぇ!」


 それに対して朝康も抵抗するが、身体強化の呪術を己にかけている冬花は彼の手首を掴んで離さない。骨を砕くような力が手首に加えられて、流石の朝康も痛みに顔をしかめた。


「朝康!」


 そうして動きを止めた婚約者を、嘉弥姫が強引に景紀から引き離そうとする。


「嘉弥!」


「いいから! 少し頭を冷やしなさい!」


 なおも抵抗する朝康を、嘉弥姫は叱り付けた。自らの婚約者にそう言われ、朝康も多少なりとも冷静になったようだ。嘉弥姫に羽交い締めにされたまま、引き摺られて景紀から距離を取らされた。


「景紀様、うちの馬鹿が大変ご無礼をいたしました」


「嘉弥姫も、苦労しているな」


 婚約者の代わりに謝罪する嘉弥姫に、景紀は同情的な視線を投げかけた。冬花は、まだ朝康が景紀に殴りかかるのではないかと警戒している。


「で、何の用だ、朝康?」


 景紀は、あえて有力分家の青年をそう呼んだ。この場で彼を領軍の騎兵少佐という一部下として扱えば、将として彼を処罰しなければならないからだ。

 公私を弁えずに怒鳴り込んできた朝康に合せなければならないのは面倒であったが、ここで彼を処罰することになればさらに面倒なことになる。

 結城家領軍内部で宗家と分家の諍いが起こっていると知られれば、将兵の士気にも関わるからだ(もう手遅れかもしれないが)。


「景紀、てめぇ、一色家から人質を取り戻す代わりに、貴通の奴を一色家に差し出したらしいな?」


 未だ怒りの収まらない調子で、朝康は言う。


「しかも最初、一色家が人質として要求してきたのは俺だって言うじゃねぇか。何でそれをすぐ俺に言わなかった!?」


「言ったら、お前は代わりに人質になることを躊躇わなかっただろう?」


 溜息交じりに、景紀は答える。


「当たり前だ! ここで人質を見捨てたら、結城家の沽券に関わるだろうが!」


「お前は自分の犠牲で人質が救えて満足かもしれないが、その影響を考えたことがあるのか? 結城家宗家当主が、有力分家の嫡男を見捨てたことになるんだぞ?」


 どうにもこの分家の青年は、自分の立場というものに無頓着のようだった。

 こうして景紀の元に怒鳴り込みに来ることもそうであるし、自分が人質として犠牲になることの影響にも考えが及ばないらしい。


「じゃあ、五摂家の姫君を犠牲にするのは良いのかよ!」


「良いわけあるか」


 ただでさえ貴通を犠牲にする決断をして気分がささくれ立っているところに、無神経にそう言われ、思わず景紀は吐き捨てた。


「だが、ここで人質を見捨てれば内戦に勝っても諸侯たちとの間で遺恨が生じる。お前を犠牲にしても朝綱殿との関係が悪くなる。だったら、貴通に犠牲になってもらうしかない」


 代わりの人質になると言い出したのは貴通自身であるが、決断を下したのは景紀である。だから景紀は、自らが貴通を人質に差し出したと受け取られるような言い方をした。

 自分で言っていて、自身への怒りと不快感がこみ上げてくるような言葉だった。


「お前なら、誰も犠牲にせずに人質を救える策を思い付けたはずだろうが! 何か結城家当主だ! 何が領軍総大将だ! 馬鹿野郎!」


「朝康!」


 宗家当主に対するあまりの暴言に、嘉弥姫が青くなって婚約者の青年を叱り付ける。


「……都合の良いことばかり抜かしやがるな、朝康」


 ぞっとするほど低い声と共に、景紀は朝康を睨み付けた。


「分家嫡男ってのは気楽な立場だな、おい? 自分が思い付きもしない策を宗家当主なら思い付けただろうと怒鳴りつけ、挙げ句の果てに『馬鹿野郎』と罵倒出来るんだからな。本当に羨ましいよ。今からでも立場を代わってやろうか?」


「っ……」


 婚約者の言葉と景紀の剣呑な声で、朝康も流石に言い過ぎであったことに気付いたらしい。

 こいつに憤りを向けたところで八つ当たりにしかならないと判っていながらも、景紀はそう言わずにはいられなかった。


「ふん、自分が宗家当主の器でも、総大将の器でもないことくらいは自覚があったらしいな」


 黙り込んでしまった朝康に、景紀は冷たく言い放った。やはり、意趣返しにしかならない言葉であった。

 結局、人質を巡る駆け引きでは一色公直の方が一枚上手であったということに尽きる。自分は後手に回り過ぎ、結果として皇主から勅使の差遣を仰ぐことになり、さらには人質として貴通を差し出さなければならない事態に陥ってしまったのだ。

 自分自身の迂闊さが招いた状況に、景紀ははらわたが煮えくりかえる思いであった。

 だが、だからといってその感情に身を任せ続けることも今の景紀には許されない。自分は結城家宗家当主であり、領軍総大将なのだから。


「嘉弥姫」


「はい」


 名を呼ばれ、嘉弥姫はいささか緊張したようだった。婚約者に対する監督不行き届きを叱責されるとでも思ったのだろう。


「すまないが、これから解放される人質の面倒を見てやってくれないか? 俺の方で、近くの寺に頼んで受け入れ準備を整えさせた。厳つい兵士よりも、同年代の少女の方が人質たちも安心するだろう」


「承知いたしました」


 景紀が朝康に処罰を下すことも、自身を叱責することもなかったからか、嘉弥姫は少し安堵の表情を浮かべていた。


「ほら、行くわよ。朝康」


 そうして嘉弥姫は景紀に一礼すると、未だ不満顔の朝康を引き摺るようにして司令部天幕から退出していった。

 それを見届けて、景紀は深く息をつく。


「……俺はこうやって、皇都内乱の時もお前を見捨てたんだ」


 傍らに控えていてくれる冬花に、景紀は懺悔するように言った。同時に、どこか自棄(やけ)っぱちな響きもあった。

 それは、景紀が冬花に抱く一つの負い目であった。たとえそれが、結城家を勝利に導くためであったとしても。


「でも、あなたは私を助けてくれたわ」


 そんな主君に、冬花は小さく笑みを浮かべながら首を振った。シキガミの少女にとっては、それだけで十分だったのだ。

 この人が、負い目を感じる必要はない。


「だから今度も、貴通様を助けに行きましょう」


 シキガミの少女は、主君を勇気付けるようにそう言った。


「……そうだな」


 それで景紀も、少しだけ気を取り直したらしい。言葉には、かすかに前向きな響きが宿っていた。

 この度、拙著『秋津皇国興亡記』第1巻の書影が公開となりました。

 描いて下さったのは、イラストレーターの未早先生です。

 発売は、2025年11月25日(火)となります。何卒、よろしくお願いいたします。


挿絵(By みてみん)

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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