321 結城家御台所の座
結城家の本領・河越では、直接的な戦禍からは遠い日々が続いていた。
皇都内乱で行われた河越空襲の爪痕はまだ城や城下町の一部に残っていたが、再建工事は順調に進んでいる。
皇都についても、戦闘で被害を受けた地域の復興が結城家主導の下で進められていた。
それらの報告書を河越城表御殿の執務室で読み込んでいた宵は、目の疲労を覚えて紙面から顔を上げた。目の間を、軽く揉む。
伊丹・一色両家追討のための軍資金、皇都・河越復興のための予算、このところ結城家は出費が続いている。南洋植民地の利権を持つ結城家にとっても、それらは無視出来ない規模のものになりつつあった。
「とはいえ、来年度の税を上げるわけにもいかないでしょうし……」
宵はそう独りごち、小さく息をついた。
南洋植民地から採れる金や銅、そして皇国では結城家が販売をほとんど独占しているガタパーチャ(海底電信などの被覆材として使われる樹脂)の輸出などによって、結城家の財源は六家の中でも比較的豊かな方である。
しかし、結城家一家で皇国という国家の財源を賄うことは出来ない。
伊丹・一色両家が中央政府に反抗しているために、両家が支配する広大な地域から中央政府に納められる税が途絶えていることも問題であった。
内戦が長引き、両家の領地が荒廃することになれば、皇国の財政は極めて深刻な事態に陥るかもしれない。
景紀や貴通は、ルーシー帝国やヴィンランド合衆国など列強諸国の介入を防ぐために内戦の早期決着を目指しているというが、将来的な財政面からも内戦の長期化は好ましくないだろう。
ただ、十七の小娘一人に何が出来るわけでもない。
結城家御台所となり、実質的に結城家の全権を掌握している宵ではあったが、だからといってすべてを自分の意のままに操れるわけではないのだ。
自分はまだ経験も何もない十七の小娘に過ぎない。有馬頼朋翁のような、老獪な政治家では到底あり得なかった。
家臣団や現政権を担っている小山朝綱首相らの支えがなければ、結城家御台所として十分に権力を振うことすら出来ないだろう。
もちろん、宵は自身の権力基盤があくまでも景紀の正室であることに由来していることを忘れてはいない。
家臣団が自分を支持しているのも、実家である佐薙家が没落しているという要因が大きいだろう。
そうでなければ、十七の小娘の後見人面をして、父である佐薙成親が結城家の政に介入しようとしたかもしれない。
そうした危険性が低いと家臣団も判っていたから、宵が主導した主君押込は景忠公への家臣団の不満も相俟って、成功したのだ。
現在までのところ、宵と家臣団との利害関係は一致している。
自身が景紀に嫁いできた直後に比べれば、随分とした変化である。それを、自身の成長と呼べるかどうかはまた別問題かもしれないが。
「ひとまず、財政の問題は気を付けねばならないでしょう」
家臣団の中にはこの内戦や復興に費やされた資金を、伊丹・一色両家から没収した財産で補おうと主張する者が出てこないとも限らない。
当然、宵も伊丹・一色家領内の金山・銀山の接収、ある程度の財産の没収は両家に対する懲罰としてやむを得ないと思っている。しかし、あまり苛烈な処断を下しては、領民の反発を受けることになるだろう。
両家の財産は、それぞれの家臣団への俸禄や領内の振興にも使われているのである。
財産の没収は伊丹・一色両家の家臣団を困窮させ、そのために領民への重税へと繋がり、最悪、十分な俸給を受けられなくなった家臣団の牢人化・匪賊化に加え、重税による一揆や打ち壊しといった事態が生じかねない。
結城家は皇都内乱にて景忠公正室・久姫を殺害されており、伊丹・一色両家に対する復仇の念は相応に存在している。
それがあまりにも行き過ぎたものとならないよう、宵は気を配らねばならなかったのである。
景紀の不在中、領内の家臣団を統制するのは彼の正室である自分の役割なのだ。
その日一日の政務を終えた宵は、当主一家の居住空間である奥御殿へと下がった。
一色家による人質問題など気になる事柄はいくつか存在していたが、結城家、そして中央政府側としての対応は済んでいる以上、宵としては報告を待つ以外にない。
奥御殿は、景忠公の時代に比べて随分と静かな場所に変わっていた。
景紀に側室がいないため、奥御殿に勤める者の数が少ないからだ。
主君押込を行ったことから、もともと奥御殿に住んでいた景忠公と国許御前と言われる側室たちは河越城三の丸にある隠居屋敷に移されている。彼らに仕える近侍や奥女中たちも、同様に三の丸に移されているか、一定の恩給を与えて暇を出されていた。
本来、結城家は城下町の郊外に皇都屋敷にも劣らない広大な庭園を備えた下屋敷も有していたが、あえて監視の容易な城内に留めている。
景忠公異母弟の景秀やその嫡男・景保が、景紀を正統な当主と認めずに景忠公の身柄を奪取し、景紀に反旗を翻す可能性があったからだ。そうなれば、結城家は継承争いで混乱する。
内戦が行われている最中に、それは絶対に避けたい。
もっとも、景秀は伊丹・一色家への使者の任を病気と称して十分に果たさなかったため、宵の側も療養の名目で屋敷に押込め、景保についても景紀への狼藉を働いた廉で謹慎を余儀なくされている。彼らが今すぐに家中の反景紀勢力を糾合することは困難だろう。
多少、小さな事件が結城家家中で起こる可能性は否定出来ないが、ひとまず景秀・景保親子の蠢動は封じ込められている。
宵はそう思いながら、奥御殿のとある一室に向かった。
「母上、ただ今戻りました」
「宵、おかえりなさい」
いささか案じるような声で宵を出迎えたのは、彼女の実母であり佐薙成親の正室・聡姫であった。
彼女は景紀の招きによって嶺州から河越城に居所を移していたため、先日の嶺州霜月騒動にも巻き込まれずに済んでいた。
自分が戦に赴いて不在中、宵が寂しい思いをしないようにという景紀の配慮だったが、宵も自身の夫の隠された思惑については薄々勘付いている。景紀は聡を、長尾家の御家騒動から極力、遠ざけておきたいのだろう。
聡は爆殺された長尾憲隆公の実妹であり、当然、その娘である宵も長尾家の血を引いている。
長尾家は現在、憲隆公嫡男・憲実卿の嫡子・虎千代派と、憲隆公次男の憲俊派に分裂しているという。どちらの派閥も当然、聡姫という伝手を用い、結城家からの支持を得ようとするだろう。
そうなれば、長尾家の後継者争いに結城家が巻き込まれることになる。だからこそ、長尾家領と境を接している嶺州に聡を置いておきたくなかったのだ。
もちろん、景紀としても長尾家の後継者争いに介入する意思はあるだろう。ルーシー帝国と国境を接している氷州植民地は、長尾家が権益を握っているのだ。
今後、ルーシー帝国との対峙する情勢になるだろうことを考えると、長尾家が安定していることが景紀にとっても望ましいのだ。
しかし、自らの意思で介入するのと、巻き込まれるのとでは、まったく違ってくる。
伊丹・一色両家との対決を控えている中で、長尾家の後継者問題にまで介入するだけの余裕は、今の景紀にはない。
だからひとまず、長尾家の後継者問題に結城家が巻き込まれないよう、聡を河越に呼び寄せたのだろう。
宵はそのことで、景紀に何か思うところはない。
景紀の子を宿した今、少しでも自身に近しい者がいれば多少は安心出来るのもまた事実だからだ。
「母上。何か、不自由なことはありませんでしたか?」
「いいえ、奥御殿の皆様も、非常によくして下さっています。景紀様には、感謝しなくてはなりませんね」
娘からの問いかけに、聡は柔らかく微笑んだ。
そんな母の笑みに、宵の胸はちくりと痛んだ。皮肉なことに、今度は自分は母を軟禁しているのだ。
かつて自分と母は、長尾家の血を引くというだけで父・成親やその家臣団から疎まれ、城の一角に事実上の軟禁状態にあった。父が失脚したことで母はようやく自由になったが、河越に居を移した今、今度は娘によって奥御殿に押込められていた。
宵にとって母が近くにいることは個人の感情としては嬉しかったが、一方で結城家御台所としてはいささか政治的に危険な存在だと思っている。
理由はやはり、母が長尾家の血を引いていることだった。
まだ十七で結城家御台所となった宵の後見人として、長尾家の虎千代派・憲俊派双方が母を介して名乗りを上げて逆に結城家に介入してこないとも限らないのだ。
今の長尾家にそこまでの余裕があるのかは不明であったが、長尾多喜子など油断のならない相手が長尾家側にいることもまた事実なのだ。
若年の宵が家臣団から支持を受け、結城家当主の権力をその正室として振うことを許されているのは、後見人を名乗る他家の人間から介入される余地がないと見なされているからだ。
仮に宵が母の実家である長尾家を頼ろうとしていると思われたり、あるいは母の実家に心を寄せているような素振りを見せれば、今まで宵が結城家御台所として築いてきた権力が揺らいでしまう。
それは、絶対に避けなければならなかった。
だからこそ、宵は幼少期から佐薙家の中で唯一、自分の味方となってくれていた母を奥御殿に軟禁するという不義理を働いていたのだ。
心のどこかで、自分はこれほどまでに権力に固執する人間だったのだろうかと、問いかけてくる声が聞こえる気がした。
だが、自分は生涯をかけて景紀を支えるという誓いを交わしたのだ。
そのために、結城家御台所の座を揺るがせるような要素は、排除しなければならなかった。
宵はその“誓い”を理由に、自分の奥底から聞こえてくる声を封じようとしていた。




