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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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320 差し出された贄

 皇暦八三六年十二月三日の夕刻近くになって、結城家の陣地に皇主の差遣した勅使が到着した。

 払暁前に皇都を発した勅使は、結城家が鉄道の便宜を図ったことで他の軍需輸送に優先して那古野の地へと向かうことが出来たのである。

 このとき、勅使として選ばれたのは北白瀬宮(きたしらせのみや)親王の第一王子であった。

 北白瀬宮親王は先の対斉戦役末期、長尾憲隆公の後任として征斉大総督に就任した人物であり、その第一王子が皇都内乱後の近衛師団の人事異動に伴い皇都に着任していたことから勅使として選ばれたのであった。

 皇都で景紀の留守を預かる小山朝綱首相や結城景恒内閣書記官長は当初、侍従長や内大臣など皇主の側近を勅使とすることを考えていたが、皇族以外の人選では一色公直に対する勅使と宸翰の効力を弱めかねないとして、最終的に皇族が勅使として選ばれたのである。

 一色公直が結城家を皇主の大権を私議する佞臣・奸臣であると主張している以上、皇族以外の人間を勅使として派遣すれば“勅使ではなく佞臣の使者”と一色公直が見なしかねないことを懸念したのである。

 ただし、皇族を勅使として派遣し、なおも一色公直やその家臣が皇主の言葉に従わなかった場合、皇主・皇族の権威そのものが損なわれかねない政治的な危険性もあった。また、結城家による安易な皇主・皇族の政治利用も、一色家に批難の材料を与えかねない可能性も存在していた。

 しかし結局、皇族勅使の必要性を皇主自身が認めたことから、北白瀬宮親王第一王子の勅使派遣が実現したのである。

 一方の一色家は結城家からの平文の呪術通信で皇族勅使の派遣を伝えられたことから、結城家による謀略を疑いつつも、相手が皇族であることもあり北白瀬宮親王第一王子を城内に迎え入れることにしたのであった。


  ◇◇◇


「これは結城家が皇主陛下の大権を私議している、明白なる証拠となりましょう!」


 城内に勅使を受け入れ、皇主からの宸翰を受け取った一色家では、そのような議論が沸き起こっていた。


「皇主陛下だけでなく親王殿下とその第一王子殿下すら自らの意のままに操ろうとするなど、最早、真の逆賊が誰であるのか、天下の者たちには明らかとなりました!」


 主要な家臣たちが集まった接見の間は、結城景紀に対する批判・批難に満ちていた。


「このような結城景紀の横暴は、有馬・斯波両家も見過ごすはずがありません! 結城・有馬・斯波の三家連合が遠からず瓦解することは必定! 我らはその時を待ち、一挙に反攻に出て大勢を覆すべきです!」


 あくまでも結城景紀こそが皇主の大権を私議する真の佞臣・奸臣であると考えている一色家家臣団にとって、たとえ皇族の勅使であってもそれは結城景紀によって仕組まれたものであり、真に皇主の意思を伝える使者であるとは見なしていなかったのである。

 この点は、小山朝綱首相や結城景恒内閣書記官長(さらに言ってしまえば皇主)にとっても誤算であっただろう。


「そもそも、我らに対する追討令そのものが結城景紀が大権を私議して陛下に強要したものであり政治的正統性はなく、此度の宸翰に我らが従うようなことになれば、それは結城景紀の正統性を認めてしまうことになる。断じて、受け入れることは出来ぬ!」


 一色家の重臣や公直の側近勢力たちは、結城景紀が大権を私議していると考えている以上、皇主の発する詔勅や宸翰に一切の政治的正統性を認めていなかったのである。

 そのため、たとえ人質のこれ以上の処刑を控えるよう諭すとともに彼らの解放を促す皇主からの宸翰であったとしても、その正統性を認めることはすなわち結城景紀の正統性を認めることに繋がってしまうため、一色家としては受けれることが出来ないのだった。


「しかし、人質が陛下の御宸襟を悩まし奉っているのであれば、佞臣・奸臣を討つという我らの大義名分の上からも、この宸翰に従うべきであるようにも考えられまするが」


 とはいえ、接見の間に集った主要な家臣たちの全員が、皇主からの宸翰を蔑ろにしているわけではなかった。

 やはり皇主の宸翰には、抗いがたい権威というものがあったのである。


「この宸翰に従うことで我が一色家は逆賊などではなく、真に陛下に対して忠を尽くさんとする股肱の臣であることを証明出来るという考えもありましょう」


 宸翰からは皇主が真に人質の存在に心を痛めていることが拝察出来たため、奸賊・結城景紀の存在はひとまず置いておき、人質に関しては皇主に対する一色家の忠誠を示すためにもこれ以上の処刑を行わないだけでなく、いっそ解放した方がよいのではないかと考える家臣も存在していたのである。

 ただし、主要な家臣たちが皇主からの宸翰に政治的正統性を認めていないため、反論の声は自然と尻すぼみにならざるを得なかった。


「貴様! そのような考えは奸賊・結城景紀の術中に嵌まり込むだけであると、何故判らぬのか!?」


 そして事実、その家臣の言葉はそのような叱責によって封じられてしまった。


「しかし、すでに人質の処刑から数日、未だ周辺の諸侯に動きが見られぬ以上、さらなる処刑はかえって彼らの離反を招くことになりかねぬ」


 そうした中で、一人落ち着いた声で主張したのは、一色家の老臣・大野為尚であった。

 かねてから人質処刑に否定的であった彼は、これを機に主君・公直にこれ以上の人質処刑を思い止まらせようとしたのである。

 これ以上の人質処刑は、政治的な効果が見込めない無用の殺生であると。

 大野為尚は、上段の間で家臣たちの議論を眺めている一色公直に決断を促すように強い視線を送った。


「為尚殿は手ぬるい!」


 だが、公直がこの老臣に何か反応を示す前に、別の家臣が畳を叩いて反論した。


「すべての責任は奸賊・結城景紀にあります! 我らがあやつを破り、再び皇都を奪還すれば、陛下も真の忠臣は誰であったのかをご理解下さることでしょう。そうなれば、人質処刑は真にやむを得ぬ犠牲であったと、陛下もおっしゃられるはずです!」


「為尚殿は、老いて気が弱くなられたのではありませんか?」


 当主・公直と年代的にも近い家臣たちは、家臣団の中でも長老格の為尚の言葉に明らかな嘲笑と哀れみの視線を向けていた。一部、皇主からの宸翰に従うべきはないかと考えている家臣だけが、この老臣に同情的な視線を向けている。


「……結城景紀を討てば、諸侯たちの態度も自ずと明らかとなろう」


 そこでようやく、上段の間に座る公直が重々しく口を開いた。これ以上の議論は、主要な家臣たちの対立を深めるだけだと感じたのだ。


「そうなれば、人質を処刑する必要もなくなり、陛下の御宸襟を悩ませ奉る問題は消えるのだ」


「しかし御館様、勅使には何と返答を?」


 為尚の問いかけに、公直は一瞬、険しい表情を見せた。

 一色家は勅使の正統性を認めていないが、かといって宸翰を拒絶したとなれば、かえって結城家に一色家が逆賊であると喧伝する材料を与えてしまう。

 追討の宣旨が下されている以上、これ以上、一色家が逆賊の汚名をこうむることは公直にも家臣団にも耐え難いことであった。

 宸翰の政治的正統性は認められないが、一方で一色家が皇主第一の藩屏であることは示したい。そうした二律背反の状況に、彼らは置かれているといえた。

 少しの間を置いて、公直は口を開いた。


「……この宸翰は結城家が陛下に強要したもの。であるならば、連中の意図は明らかであろう。結城家は人質を見捨てようとしているわけではないと、陛下と諸侯に示したいのだ。いや、示す必要に迫られていると言った方がよかろう。ならば、我らはそれを逆手にとればよいだけのこと」


 確信に満ちた声で、一色家当主たる男は家臣たちにそう宣言するのだった。






 接見の間で評議を終える頃には、すでに日は完全に暮れていた。

 公直は別室で待たせていた勅使に対して一色家の意思を伝え、城から退出させた。

 当初は一色家が依然として皇室に対して忠義を尽くしていることを示すため、相応の饗応によってもてなすことを考えていたのであるが、それは勅使たる北白瀬宮親王第一王子自身によって拒絶されてしまった。

 曰く、皇主より追討の宣旨が出ている者からの饗応を受けることは出来ない、とのことであった。

 北白瀬宮親王第一王子のこの発言を伝えられると激昂しかけた家臣もいたが、流石に皇族の身を害することは出来ず、そのまま城から退去させざるを得なかったのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 勅使である北白瀬宮親王第一王子は、一色家との会見の結果を景紀に伝えると、夜行列車で再び皇都へと出発した。

 勅使としての役割を無事に果たしたことを、一刻も早く皇主に報告するためである。

 もっとも、それは表向きの理由だろうと景紀も貴通も思っていた。

 皇主からの宸翰があるにもかかわらず一色家がこれ以上の人質処刑を行うようであれば、それは皇室の権威を損なうこととなる。そうした問題を回避し、後は結城家と一色家の問題であると示すために、北白瀬宮親王第一王子はそそくさと那古野の地を後にしたのだろう。

 そうして景紀たちの元には、一色公直が勅使を通じて景紀に宛てた書状だけが残された(複写した書状を勅使は皇都へと持ち帰った)。

 書状は、一色家が一定の条件の下で人質の解放を行う用意があることを告げるものであった。


「……ったく、何が諸侯の子女を俺から保護している、だよ」


 だが、書状に書かれていた一色公直の主張に、景紀は呆れたように吐き捨てた。


「彼らを無残にも処刑しておいて、よく言えたものです」


 貴通も、一色家からの書状に嫌悪感と憤りを隠せなかった。

 書状の中で一色公直は、あくまで結城家を奸賊であるとする姿勢を崩していなかった。そのため勅使に対しても、諸侯の子女を那古野城に留めているのは、あくまでも逆賊・結城景紀の魔手より保護しているだけであると主張したとのことである。にもかかわらず結城景紀が皇主に対して讒言を吹き込んだことは極めて遺憾である、とも。

 一色公直は景紀を逆賊であるとして徹底的に批判することで、皇主からの宸翰に従おうとしないことへの政治的正統性を保つことに汲々としているようであった。


「ただ、流石に一色公直も皇主からの宸翰を完全に無視するのは自らの正統性を危うくすると考えたので、条件付きの人質解放案を提示するという形をとることにしたのでしょう」


「条件を出せる立場か、よく考えろってんだ」


「ですが、この条件は実に巧妙ですよ」


 取り付く島もない景紀に対して、貴通は深刻そうに書状の文面に視線を落とす。


「人質解放の条件として、朝康殿を代わりに一色家へ人質として差し出すように要求してくるとは」


「……」


 貴通が示した書状の一文に、景紀は渋面を作った。

 一色公直が勅使に託した書状によって突き付けてきた人質解放の条件とは、代わりの人質として結城家有力分家の嫡男・小山朝康の身柄を一色家に差し出すことであった。

 一色公直の主張としては、諸侯の子女たちを結城家に預ければ、結城家は必ずやその者たちを周辺諸侯に対する人質として扱うであろう。それでは、これまで一色家が彼らを“保護”してきた意味がなくなってしまう。だからこそ、それを防ぐために結城家側から一色家に対して人質を差し出す必要がある、というものであった。

 人質解放(一色公直は書状の中で決して「人質」の文言を使用していなかったが)は、あくまでも結城家に対してではなく、子女たちの実家に対して行うというのが、一色家側の姿勢であるようだった。


「ったく、あの単純な朝康のことだ。この条件を聞いたら、人質を救うためだとか言って、殺されるかもしれないことを承知の上で自分が代わりに那古野城に向かうと言い出しかねないぞ」


 厄介そうに、景紀は舌打ちをした。

 一色公直の巧妙なところは、人質解放の代償を結城家に対してのみ求めているところであった。人質としている子女たちの実家に対しては、何ら要求を突きつけていないのである。

 つまり景紀の決断一つで、人質の運命が決まってしまう。

 もし朝康を犠牲にする形で人質を解放しようとすれば、結城家宗家と有力分家・小山家との関係は決定的に悪化する。

 現政権を小山家が担っていることから、景紀としても朝康の父・小山朝綱子爵との関係悪化は避けたいところであった。これまで宗家に対して従順であろうとしていた朝綱であったが、流石に嫡男を人身御供のような形で犠牲にされれば、景紀を恨むことだろう。

 だからこそ、この条件は拒絶するしかない。

 だが一方で、一色家に子女を人質として捕えられている諸侯からしてみれば、彼らを救えるほとんど唯一の機会を結城家が逃したと受け取られてしまうだろう。

 結城家が一人、犠牲を出すことで他の多くの人質たちを救出出来るのだ。

 景紀と小山子爵家との関係、景紀と中小諸侯との関係、どちらを選択しても、もう片方との関係が悪化することは避けられない。

 一色公直は諸侯の子女たちを捕え人質とし、さらには彼らを処刑するという非道を行いながらも、諸侯の怨嗟が景紀に向かうように巧妙に仕向けているのだ。


「くそっ。人質の所為で諸侯連中が俺たちに積極的に協力しようとしないのを好都合とか考えるべきじゃなかったな」


 景紀は髪をかきむしりながら呻いた。

 景紀も貴通も、この内戦で中小諸侯たちが結城家に積極的に協力することで功績を挙げ、戦後に政治的発言力が増大することを恐れていた。六家体制が崩壊したとしても、他に有力な諸侯が出現すれば、それは六家体制とさして変わらない。

 そうした政治情勢を生み出さないためにも、中小諸侯たちの曖昧な態度は結城家にとって政治的に好都合であったのだ。

 これまで一色家に捕えられた人質たちが、結城家に対してではなく中小諸侯たちに対して機能していたことも、そうした考えを助長した。

 しかし、一色家による人質処刑という事態は、そうした前提を覆してしまった。

 周辺諸侯たちが確実に一色家から離反するのを覚悟の上で、人質を処刑することによって結城家と中小諸侯との関係に楔を打ち込もうとしているのだ。少なくとも、景紀と貴通は人質処刑をそのように捉えていた(実態としては、一色家家臣団の統制を維持するという内部的な要因が大きい)。


「景くん」


 打開策が見つからず顔を険しくする景紀の耳に、男装の軍師の凜とした声が響いた。


「僕が、行きましょう」


「何?」


 一瞬、この同期生が何を言い出したのか理解出来ず、景紀は聞き返してしまった。


「僕が、朝康殿の代わりに一色家に行きます」


 貴通は景紀をまっすぐに見つめて、そう言った。


「ここで結城家を分裂させることも、諸侯の怨嗟が景くんに向かうことも防がなくてはなりません」


「馬鹿か!」


 景紀は反射的に怒鳴ってしまった。

 貴通の声に、迷いの響はなかった。彼女が本気でそう言い出しているのだと、景紀は理解せざるを得なかった。


「冬花が皇都内乱で連中にどんな目に遭わされたか、お前も知っているだろう!? それに、お前が女だってことは一色公直には露見しているんだぞ!」


 皇都内乱で冬花を執拗に拷問し、少女としての尊厳を貶める姿で市中を引き回した者たちが、貴通に同じことをしないとは限らない。

 そんな危険な役目を貴通にさせることなど、景紀に出来るはずもなかった。


「冬花さんは、それでも殺されませんでした」


 だが、貴通の方はどこまでも冷静であった。


「それは、伊丹・一色両家が呪詛を恐れていたからでしょう。なら僕も、冬花さんにそういう術をかけてもらえばいいだけです。それで、最低限の身の安全は確保出来ます」


 男装の少女は、凪いだ瞳を景紀から離さない。


「それに僕は、五摂家の姫君です。たとえ冬花さんの術がなくても迂闊に手出しは出来ないでしょうし、人質としての価値も十分にあります」


「だが、お前を殺したり出来なくても、お前を辱める手段はいくらでもあるだろう!?」


 景紀は譲らなかった。

 彼女の言う通り、“穂積貴通”は五摂家の姫君なのだ。それは確かに人質としての価値ではあったが、一方で一色公直にとっては景紀の側近中の側近の一人だ。ここまでの敗北で積み重なった彼の鬱憤が、貴通に向けられないとも限らない。肉体的な危害を加えずとも、女であるならば辱める方法などいくらでも存在する。


「では、ここで人質を完全に見捨てますか?」


 貴通は景紀の言葉に直接的には答えず、そう迫ってきた。


「景くん。あなたの憤りは、一色公直に人質をとられ、そして処刑された諸侯たちの憤りと同じです。このまま人質を見捨てれば、この内戦が終結した後、何十人もの諸侯からそのような感情を向けられることになりますよ」


「っ……!」


 景紀はぎりっと奥歯を噛みしめた。恐らくはそうした究極の選択を景紀に強いることが、一色公直の狙いなのだろう。たとえこのまま一色家が滅びたとしても、内戦後の結城家の政権基盤に打撃を与えるという、そうした執念を感じさせた。


「景くん」たたみかけるように、貴通は言う。「これは、僕らの失策です。僕らもある意味では、一色公直と同じです。人質の運命など顧みず、むしろそれで中小諸侯たちが結城家の勝利に貢献したくでも出来ないことを好都合と考えていた。天下を取りに行く以上、その冷徹さは必要だったでしょう。ならばその冷徹さは、僕ら自身にも向けねばなりません。景くん、あなたは皇都内乱で冬花さんを見捨てたことを、忘れましたか?」


「てめぇ……っ!」


 その言い方があまりにも酷薄なものだったので、景紀は思わず貴通の胸ぐらに掴みかかろうとしてしまった。だが、寸でのところで思い止まる。

 貴通にこれ以上、八つ当たりじみた感情をぶつけたくはなかった。

 彼女を最初に辱めてしまったのは、きっと自分なのだから。

 景紀の腕が、力なく下りる。


「景くん」


 促すように、貴通が言った。どこまでも冷徹でありながら、どこか慈しみを込めた、そんな響の声だった。


「……まずは、無条件での人質解放を一色家に要求する」


 呻くように、景紀は貴通の言葉に応じた。


「それが駄目なら、とっとと城を落として、お前を迎えに行く」


 それは、血を吐くような言葉であった。景紀は、貴通を一色家に代わりの人質として差し出すことを決めたのである。

 自分がこの追討軍の総大将であるならば、決断を下すのは自分自身なのだ。貴通が言い出したからではなく、自分の決断によって彼女を一色家に向かわせる。

 それが、景紀なりの彼女の決意との向き合い方だった。


「ええ。お願いします」


「―――っ」


 それでも、どこか安心させようとするかのように笑みを浮かべた彼女を直視することが出来ず、景紀は冬花を呼び出すためにそそくさと司令部天幕を出ていった。






 その日の夜、結城家と一色家は深更に至るまで活発な使者の遣り取りを行い、人質解放に向けた交渉を重ねていった。

 しかし結局、一色家側は結城景紀を奸賊であると批難するばかりで、無条件での人質解放には頑として応じない姿勢を見せ続けた。

 景紀は貴通を人質を差し出すことになるのを最後まで避けようと、すでに降伏して結城家に捕えられている一色家家臣団出身の将校を人質と同数だけ解放するという条件も提示したものの、彼らは一色家を裏切った者たちであるとして、公直側はその条件にも応じようとしなかった。

 あるいは一色公直は、この交渉で結城家に妥協を強いることで、ささやかなりとも溜飲を下げたかったのかもしれない。

 結果、日付が変わった十二月四日の未明に至り、穂積貴通を代わりの人質として一色家に向かわせることで人質全員の解放を行うことを、両家の間で合意することとなった。

 人質の解放は四日〇九〇〇時に行われることとなり、ここに結城家と一色家を巡る攻防は新たな局面を迎えることとなったのである。

 これにて、第十六章「六家相克」編は完結となります。

 ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。


 拙作はありがたいことに、第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞を受賞し、書籍化が決定いたしました。

 詳細が発表出来る段階になりましたら活動報告やSNS等で告知していきますので、書籍版が発売された際には、是非ともよろしくお願いいたします。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
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実際貴通を人質に出して最悪殺されるリスクと、諸侯の人質を見殺しにするリスクってどうなんでしょうか。ルーシー戦役も見据えてなるべく損失が少ないように動いているんでしょうけど、主人公なら人質が死ぬより貴通…
以前(斉との戦争時)までは面白く読んでいましたが、皇都の内乱編でかなりストレスがたまり、ようやく乗り越えたと思ったら、ここで理解しがたい理由で貴通を人質に出す、正直なところ、主人公側にヘイトをかけすぎ…
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