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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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318 双方にとっての正念場

 十二月三日、那古野城攻防戦が開始された翌日、景紀は冬花を護衛として第二師団の担当する戦線の視察に訪れていた。


「ここからだと、那古野城の天守がよく見えるな」


 景紀は土岐川南岸の土手の上から、那古野城に向けて双眼鏡を向けていた。その中に、一色家居城の壮麗な天守閣が映っている。

 白塗りの壁と緑青に覆われた銅瓦が、見事な対比をなしている。太陽の光に、黄金の鯱が輝いていた。

 結城家の居城・河越城には天守が存在せず、三重三階の富士見櫓がその代わりであったから、一色家の巨大で壮麗な天守には圧倒される思いであった。

 城の北側には田畑が広がり、城下町の建物に邪魔されないため、なおさら城の天守がよく観察出来た。

 土岐川と城との間に、すでに一色家守備隊の姿はなかった。結局、一色家が城の北側を流れる土岐川沿いに構築した防衛線は、半日と持たなかったのである。

 昨日の正午前には結城家領軍は渡河突撃を敢行し、一色家が川沿いに築いた陣地を奪取していた。

 潰走を始めた一色家守備隊は、そのまま防衛線を再構築することも出来ず、城内へと撤退を余儀なくされたのである。結城家領軍の側も潰走する一色家守備隊を追撃し、一時は敗走する敵と追撃する味方とが混交する状況となったが、結城家領軍がそのまま城へと突入することは出来なかった。

 友軍を城内に収容しようと、那古野城からも援護射撃があったからである。

 不用意に将兵を損なうことを恐れた第二師団長は追撃の中止を命令、その後は戦死者を敵味方問わず収容し、近くの寺から僧侶を呼び寄せて供養させていた。景紀も戦死者たちを弔う儀式に参加した後、負傷兵たちを見舞っている。

 そのため現状、那古野城北側において戦闘は小康状態となっていた。

 今は那古野城砲撃のための砲陣地の構築を急いでいる最中であった。


「まさか我らの砲で、城を砲撃するという事態になるとは思ってもみませんでした」


 景紀の傍らにいる砲兵部隊の指揮官が、意外そうな口調を隠さずに言った。


「我が国は、戦国時代に戻ってしまったようですな」


「この戦いは、その戦国時代の清算をつけるための戦いだ」


 指揮官の言葉に、景紀が応じた。

 那古野城の北側に展開している砲兵部隊は、第二師団隷下の野砲兵第二連隊であった。皇国陸軍の砲兵連隊は二個野砲兵大隊および一個山砲大隊からなり、一個大隊は砲十二門を定数としている。

 現在、野砲兵第二連隊は二十四門の十一年式七糎野砲(実際の口径は七十五ミリ)を、那古野城に向けて展開させているところであった。皇国陸軍が誇る、列強諸国を見渡しても最新鋭の鋼鉄製後装式施条砲である。

 一方、山砲については射程が短いため、那古野城砲撃には参加しない。敵が砲兵陣地に強襲を仕掛けてきた場合に備え、多銃身砲と共に陣地防衛のために用いることになっていた。


「それで、砲兵陣地の設置はどれくらいで完了する?」


「工兵と協力し、急ぎ周辺の地面の具合を調べていますので、三日以内には」


「よろしい」


 那古野城の北と西側は、低湿地帯であった。今は田畑が開墾されているが、二トン近い砲を複数、敷き並べるには、地盤の調査が必要であった。今後、降雨・降雪などがあれば地面が泥濘化する恐れがあるのだ。

 そのため、場所によっては地面に厚板を敷き詰めて砲床を築設する必要があった。


「近代化された“国崩し”を備えたお前たちならば、戦国時代であれば難攻不落を誇っただろう城であっても落とせると信じている」


「はっ、ご期待に応えてみせます」


 “国崩し”とは、戦国時代末期に登場した大砲を指す言葉である。

 二十四門の野砲は、まさしく現代の“国崩し”として一色家の居城を打ち据えることになるだろう。

 景紀はもう一度、那古野城天守閣に視線を向けてから、自らの野戦司令部へと踵を返したのであった。






 景紀が東山の野戦司令部に戻ると、留守を任せていた貴通が帳簿を睨んでいた。


「……ああ、景くん。お帰りなさい」


 景紀に気付いた彼女が、帳簿から顔を上げる。


「おう」


 短く応じた景紀は、貴通の後ろに回ってその帳簿を覗き込んだ。


「どうした?」


「第二師団が保有している弾薬のことです」貴通は机の上に広げた帳簿を示した。「中山道上で戦闘が発生しなかったため、僕たち東海道部隊よりも弾薬は豊富です。しかし、とはいえそれでも一会戦分の砲弾です。那古野城攻城戦が長引けば、そして一色家を降し、さらに西進して有馬・斯波両家と共に伊丹家を降すことになれば、領軍全体で砲弾が決定的に不足するようになります」


 この時代、皇国陸軍において砲一門あたりの携行弾数は四〇発と定められている。実際、これまでの列強諸国の戦争において、一会戦あたり砲一門が四〇発を超えて射撃を行うことはまれであった。

 しかし、先の対斉戦役にて、皇国軍は弾薬消費量の飛躍的増大を経験している。

 小銃や砲が前装式から後装式となったことで装填速度が速まり、その分、弾薬消費量が増大したものと考えられた。しかし、こうした戦訓が分析され、それが皇国軍全体に反映される前に皇都内乱が発生し、そのまま皇国は六家相克の内戦状態に突入してしまった。

 結城家領軍は出陣にあたって、貴通を中心とする対斉戦役を経験した兵站担当者たちの尽力によって規定の四〇発よりも多く砲弾を携行出来るよう手配していたが、それでも十分であるかどうかは未知数であった。

 第二師団は、昨日の攻勢ですでに砲弾を相応に消費しているのだ。

 結城家領軍は東海道本線と中央線という関東地方から伸びる二つの鉄道路線を確保し、それによって兵站を維持しているが、砲弾だけを結城家領から輸送してくればいいというものではない。砲弾以外にも将兵や軍馬の糧食、医療品を輸送し、そして負傷した将兵の後送なども鉄道輸送は担わなければならない。

 特に第二師団の担当地域には物資弾薬を貨車から降ろし、前線に輸送するための終末停車場の広さが十分ではなかった。那古野の北側には操車場も機関車修理工場も存在していないため、鉄道部隊が周辺の農地へと引き込み線を敷設し、一から終末停車場を建築しなければならなかったのである。

 これも、周辺の地域が低湿地帯であるという問題から構築には時間がかかるものと見られている。

 鉄道輸送は確かに前近代に比べて補給の在り方を一新したものの、従来の馬匹輸送と同じく積み込み・積み下ろしの部分が輸送上の隘路になってしまうという問題は厳然として存在するのだ。


「東海道で降伏した一色家領軍はほとんど砲弾を保有していませんでしたので、鹵獲出来た砲弾もわずかです」


 内戦ということもあり、一色家領軍から鹵獲した兵器弾薬は規格が一致しているため結城家領軍でも流用することが出来たものの、そもそも鹵獲出来た数が少ないという現実があった。一色家側が挙兵に際して十分な物資を集められなかったことが要因と考えられたが、皮肉なことにそれが結城家によって鹵獲兵器が利用されるという事態を防いでいたのである。


「貴通、とりあえず伊丹家をどうこうすることは考えなくていい。今はな」


 景紀は自らの軍師にそう指摘した。彼女の中では景紀を天下人に押し上げたいがために、一色家に続いて伊丹家も景紀に討伐させたいようであったが、すべてはまず目の前の一色家を降してからである。


「あまり先のことを考えすぎて、那古野城攻撃で砲弾をケチって攻城戦が長引けば本末転倒だぞ」


「それはそうですが……」


 貴通は景紀の言葉に渋い顔を見せた。


「仮に敵の術者が城全体に結界を張っていた場合、こちらは単に砲弾を消耗するだけになりますよ?」


 実際、景紀たちは陽鮮における倭館攻防戦で対物結界を張り、敵の攻撃を防いだ経験がある。同じことを、一色家の術者がやっていないとも限らないのだ。


「その点はどうだった、冬花?」


 景紀は先ほどまで自身と共に那古野城を観察してきた冬花に顔を向けた。


「確かに、結界らしい気配は感じられたけど、それは主に呪詛なんかを防ぐための対呪術結界の方ね。対物結界が張ってあるのは、天守閣と本丸くらいだと思うわ。流石に高位術者でも、あの規模の城全体に対呪術・対物の両方の結界を維持するのは霊力を相応に消耗するから」


「つまり城の外廓部分については砲撃で崩せるわけだな?」


「ええ、恐らくは」


 主君の言葉に、シキガミの少女は頷いた。


「ただちょっと奇妙なのは、どちらの結界もかなり強固に張られていたことね。あれは、結界内部で術者が常に術を組んでいないと維持出来ないほどのものよ。あらかじめ霊力を注ぎ込んで設置しておくだけの結界だと、あれほどのものにはならないわ」


「つまり、お前にそう思わせることが一色公直、そして八束いさなとかいう術者の狙いなわけだな」


 景紀は冬花の言葉を聞いて、にやりと笑う。


「要するに一色家は城に籠って徹底抗戦すると、俺たちに思わせたいわけだ。そのためにまず、お前に敵高位術者が城内で高度な結界を維持し続けていると、俺に報告させる」


「じゃああの結界は、偽装工作の可能性もあるってこと?」


「そう考えておいた方がいいだろうな」


「やはり一色公直は、景くんの首を狙っているということでしょう」


 主従の会話に、軍師の少女が加わった。


「景くんを討とうと思ったら、まずは冬花さんや鉄之介くんを排除する必要があります。お二人の油断を誘うために、あえて城内に強固な結界を張って術者は城内にいるのだと誤認させようとしているのかもしれません」


「逆に言えば、八束いさなが俺たちを討つためにこちらを襲撃しようとすれば、城の結界は弱まる。そうなれば、那古野城は所詮は近世城郭だ。近代化された砲兵の砲撃には脆いだろう」


「天守閣などは、こちらから見ればいい的ですからね。それで敵の士気を喪失させ、降伏を早めることが出来れば、砲弾の消費も少なくてすみますが」


「その前段階として、俺たちを討とうする敵の術者や忍連中を降す必要があるがな」


 恐らく一色公直にとって、景紀を討ち結城家領軍、そして結城家そのものを内部崩壊に追い込むことは、起死回生の一手だろう。その策を打ち破れば、すでに領軍主力を失っている一色家に抵抗する力は残されていない。

 依然として一色家に捕らわれている人質という問題が残っているものの、戦術的な面での勝敗はほぼ決するだろう。

 少なくとも、景紀はそう考えている。

 未だ油断は出来ないが、かといって過度に自分の首を狙いに来るだろう者たちの存在を恐れてもいない。


「冬花、ここ数日は鉄之介と一緒に警戒を怠らないでくれ。恐らく今後数日が、俺たち自身にとっての正念場になるだろうからな」


「判ったわ」シキガミの少女は、主君からの命に生真面目な口調で応じた。「この本営の周辺には結界を張って、探索用の式も飛ばしておくわ」


「ああ、頼む」


 景紀はシキガミとしての務めを果たそうと意気込む少女への信頼を表わすように、小さく彼女へと笑みを向けるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 那古野城三の丸にある中部鎮台司令部は、緊張でひりついた雰囲気に満ちていた。


「敵は城の北側に砲兵陣地を築きつつあります。また、南側の敵は鉄道築堤に迫りつつあります。結城家領軍による包囲網は、確実に狭まっております」


 鎮台参謀は指揮棒で地図を示しつつ、一色公直や重臣たちに説明を続けていた。


「恐らく敵軍は一両日中に砲兵陣地の構築を終え、我が城への砲撃を開始するものと予想されます。また、鉄道築堤に近い地区に住んでいる領民については城下の寺や学校に避難するよう、軍の方より呼びかけております。敵の散布した伝単(ビラ)を信じるならば、結城家は寺と学校を攻撃の対象より外していると思われますので」


 那古野城攻防戦の開始からわずか一日で、一色家は鉄道築堤の内側へと押し込められていた。

 北側の戦線では土岐川を突破した結城家領軍によって守備隊は城内への撤退を余儀なくされ、南側についても結城家の攻勢を守備隊は支え切れず、鉄道築堤の外側の地域を放棄しなければならなくなっていたのである。

 このため一色家は、操車場の貨車の中に未だ積載されていた物資を回収する手段を永遠に失うことになった。また、砲兵工廠も結城家に奪取され、兵器生産能力も完全に喪失した。


「なお、守備隊の撤退の最中に相当数の牢人どもが、いずこかへ逃げ散った模様であります」


 その報告に、司令部内に嘆息とも憤りともとれぬ音が漏れた。

 牢人どもは結城家への仕官の道が断たれたことで一色家に身を寄せていたが、その一色家に結城家を打ち破る力がないと見るや、早々に逃げ出したらしい。

 皇都で狼藉を働いて討伐の対象となり、辛うじて一色家領にまで落ち延びてきた彼らであったが、次はどこへ行こうというのか。


「しかし、考え方によっては牢人どもの逃亡はかえって良かったかもしれませんな」


 だが、重臣の中には牢人集団の逃亡を前向きに捉える者もいた。


「あのような輩を城内や城下に入れては、要らぬ騒動を起こすだけでしょう。特に城下の民に狼藉を働くことになれば、我々は内部に大きな混乱を抱えることになります。牢人どもを鎮圧するために兵力を割かねばならない事態にもなります」


 実際問題、現状の一色家に騒動を起こした牢人集団を鎮圧するだけの兵力的余裕はないのだ。皇都内乱では、結城家領軍に敗北して自棄を起こした牢人たちによる乱暴狼藉が発生したというから、那古野城下ではそうした事態が未然に防げたと見ることも出来るかもしれない。


「それに、逃げ散った牢人どもが食糧などを求めて結城家の輜重段列などを襲うかもしれません。そうなれば、むしろ儲けものでしょう」


 いっそ朗らかな声でそう言い切った重臣の姿に、鎮台参謀は一瞬だけ鎮台司令官に顔を向ける。

 鎮台司令官は一色家分家の人間が務めていたが、かすかに諦観を滲ませた瞳を鎮台参謀に返すだけであった。

 一色公直が若くして一色家宗家当主となったため、中部鎮台司令官は軍歴だけは長いが家格は低い分家出身者が就任していた。当主の権威を凌ぐような者が鎮台司令官に就いていては、家中に不要な混乱を引き起こすと考えられていたからである。

 要するに、公直の地位を脅かしかねない者に軍事力を預けることは出来ないということである。

 そのため、この鎮台司令官は一色家一門衆の中では比較的年長であるとはいえ、政治的にも軍事的にも発言力は皆無に等しい人物であった。宗家当主・一色公直から期待されていたのは予算の策定や募兵など、事務処理能力の方だったのである。

 そのため、鎮台参謀の縋るような視線を受けても、何も発言することが出来ずにいた。

 とはいえ、昨日もそうであったが、同じ一色家家臣団でありながら吏僚と軍人の間で状況の認識に大きな温度差が存在しているように感じているのは、鎮台参謀も鎮台司令官も同じであった。

 あるいは、重臣や側近たちは、主君である一色公が講じたという結城景紀を討ち取る秘策とやらに期待しているのだろうか。

 鎮台司令部の者たちは、司令官や副官、参謀を含めて主君からその秘策の詳細を伝えられていない。

 主家存亡の危機であるにもかかわらず、一色家の政治を担う者と軍事を担う者との関係は円滑を欠いているように鎮台司令部の者たちには感じられた。


「御館様」


 鎮台参謀はやむを得ず、その双方を統制する立場にある一色公に言葉を求める。


「軍は動ずることなく、ただちに部隊の再編に着手せよ」


 だが、そんな鎮台参謀の態度を怯懦と受け取ったのか、一色公直は重々しく命じた。


「結城景紀を討てば、結城家領軍は自然と瓦解しよう。その機を逃さず我らは反攻に転じ、皇都を奸臣どもの手から解放する。ここ数日が、我らにとって存亡を賭けた正念場であると心得よ」


 一色家の当主たる男は、その場の全員の気を引き締めるかのように、そう告げるだけであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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