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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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316 結城家御台所の責務

「お姫さん、皇都に潜んどった伊丹家や一色家の忍は、あらかた片付けといたで」


 結城家本領彩城国首府・河越では、宵が景紀直属の忍・朝比奈新八から報告を受けていた。


「ご苦労でした」


 河越城本丸御殿の庭園に面した廊下に立つ宵は、庭園の木、その影に立つ新八を労った。

 貴通の性別が暴露された件など、皇都内乱後も伊丹家や一色家の隠密衆や忍集団と思われる者たちが皇都市内に潜み活動を続けていることは結城家にとっても見過ごせることではなかったのだ。

 特に貴通の性別を伊丹・一色陣営で知っているのは、宮城における戦いで彼女の衣服が切り裂かれるのを目撃した一色公直と、それに付き従っていた八束いさなという術者だけのはずであった。

 それが暴露されてしまったということは、特に一色家の忍は未だ当主である公直の指令を受けて皇都市内で反結城家工作を続けているということである。

 伊丹家の忍については当主・正信が死亡し、嫡男・寛信や孫の直信が皇都屋敷に軟禁されているために、どこまで伊丹家からの指令を受けているのかは判らない。あるいは、正信の遺命に今も従って皇都市内で活動を続けているのかもしれない。

 いずれにせよ、両家の忍が今も皇都に潜伏して結城家に批判的な言動を煽動する可能性がある以上、そうした者たちは早急に排除する必要があった。

 今はまだ、貴通の件を除けば結城家に批判的な落書が皇都市内で発見されるなどの段階に留まっていたが、皇都市内で破壊工作が行われれば皇都市民たちは大混乱に陥るだろう。

 大火を起こされれば結城家は焼け出された市民たちを救護せねばならず、鉄道路線や物資の集積所などの破壊が行われれば領軍への補給に支障が生じてしまう。

 そのため結城家では、皇都内乱で押収した伊丹・一色両家の機密文書を急ぎ分析して、身分や名前を偽って皇都に潜伏している両家の隠密や忍を特定、これを排除するために自らもまた隠密や主家直属の忍集団・風間家を動かしていた。


「まあ、僕だけの成果やあらへんけどな。酉一郎(ゆういちろう)殿にもかなり協してもろうたわ」


 いつも通りの飄々とした口調で、新八は言った。

 酉一郎とは、結城家当主直属の忍一族・風間家の当主・卯太郎の嫡男で、宵の護衛である菖蒲の兄に当たる。皇都内乱の際も、酉一郎は新八に合流することに成功して景紀率いる領軍の宮城進撃を援護したという。


「では、後で卯太郎殿を通して褒美を渡しておきましょう」


「僕にも頼むで」


「ええ、それはもちろん」


 風間家は、あくまでも当主に直接仕える立場にあるので、当主である景紀やその正室である宵から褒美を取らせるのが通例であった。一方の新八自身も景紀に直接雇われている人間であるので、やはり宵から報酬を渡すことになっている。


「ただ、油断はせんといてな」新八は軽い口調ながら、戒めるように言った。「葦原にある僕の伝手なんかも使(つこ)うてはみたが、やっぱりまだ隠れとる者はおるやろうからな」


 情報機関として官僚系家臣団の下で組織化された隠密衆と異なり、主家直属の忍集団は当主からの直接の命令で動くため、押収した機密文書には現れない人物も存在する可能性があるのだ。

 実際、佐薙家直属の忍集団・中野家は結城家の目をかいくぐって、嶺州霜月騒動まで活動を続けていたことが確認されている。これについては結城景忠があえて見逃していた面もあるが、結城家側が中野一族の規模や実態の把握に失敗していたことも大きい。


「判りました。益永殿を通して、隠密衆の方にも伝えておきましょう」


 官僚系家臣団系統の隠密衆と用人系統の忍集団では命令系統が違うために、必然的に情報の共有がなされにくい。特に主家直属の忍集団に関しては当主からの命令で動くために、基本的に重臣ですらその動きを十分に把握出来ていない。

 今回は伊丹・一色家の隠密衆・忍集団の排除という同一目的のために動いているが、やはり宵が両者の間に立って上手く統制しなければならなかった。


「宵姫様」


 と、廊下の向こうから風間菖蒲が駆けてきた。彼女は宵の眼前でさっと片膝をつくと、一枚の紙を差し出した。


「先ほど、葛葉冬花より緊急の呪術通信がありました。急ぎ翼龍便で正式な書状を送るとのことですが、まずはこちらを」


「……」


 冬花から緊急の通信ということで、宵は普段通りの無表情をいささか固くしてそれを受け取った。そして、さっと目を通す。

 そして、その顔がわずかに歪んだ。


「……何と言うことを」


 一瞬だけ絶句して、宵は絞り出すようにそう言った。

 冬花からの通信は、一色公直による人質処刑を伝えるものであった。通信では、景紀の花押入りの正式な書状を翼龍便で送るので、それを小山首相と協力して皇主に取り次いで欲しい旨が書かれていた。景紀は急ぎこの件を皇主に奏上し、これ以上の人質処刑を諫める勅旨を発してもらう肚のようである。

 もちろん、身重の宵を気遣って無理はしないようにという趣旨のことは書かれていた。

 しかし、そのようなことを言っていられる事態ではないだろうと宵は思う。

 人質処刑の報は、彼女自身にとっても衝撃であった。処刑された者たちを悼む気持ちも、胸の内にはある。

 しかし結城家御台所となった少女の頭は、即座に人質処刑がこの内戦に与える影響を考え始めていた。

 仮にこの人質処刑によって、一度は結城家に恭順する姿勢を見せた東海道諸侯が寝返れば、東海道の街道と鉄道は遮断される。景紀とその領軍は一色家領内で孤立してしまうのだ。

 実際問題、伊丹・一色両家追討の宣旨が発せられていながら中小諸侯たちがただちに結城家に恭順する姿勢を見せていたわけではない。人質の存在もそうだが、景紀が六家当主としては若過ぎるということも中小諸侯たちの態度がはっきりしなかった要因の一つではないかと宵は考えている。

 つまり、景紀は中小諸侯たちから未だ侮られているのだ。自分と同じように。

 現状、景紀は戦場で一色家に対して勝利を収め続けることで東海道諸侯をようやく恭順させたが、今後も諸侯たちが従順であるかは判らない。

 歴史上、朝廷から追討令を発せられながら官軍を打ち破り、時の皇主や上皇を島流しにしてしまった武将も存在しているのだ。

 景紀は一色家の居城・那古野城に迫っているというが、その占領地は点と線を結ぶような形となっている。依然、情勢は流動する可能性があると考えるべきだろう。


「菖蒲殿」


「はっ」


「ただちに重臣の皆様を接見の間に召集して下さい。緊急の会議を開きます」


「かしこまりました。ただちに」


 菖蒲はさっと立ち上がり宵に対して一礼すると、その場から素早く駆け出していった。


「お姫さんも大変やねぇ」


 まだ庭園に控えていた新八が、同情気味に労ってきた。


「ええ。しかし、私が選んだ道です」


 忍の青年の言葉に、宵ははっきりした口調で返す。


「そうである以上、結城家御台所としての責務を果たすまでです」


 彼女はそう言うと、躊躇いを感じさせない足取りで接見の間へと向かうのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一色家に捕らわれていた人質の一部が処刑されたとの報は、宵からの電信で皇都の首相官邸にももたらされていた。

 小山朝綱首相は電信を受け取ると、ただちに内閣書記官長の結城景恒を呼び出した。


「人質の処刑とは……。一色公直殿は、そこまで苛烈な人物であっただろうか?」


 小山首相はそう言って、やるせなく首を振って嘆息する。内閣書記官長の景恒も、電信の文面を見て険しい顔をしていた。


「度重なる敗北と追討の宣旨が、公直殿をこのような凶行に走らせたのかもしれませんな」


 電信の送達紙を朝綱の方に返しつつ、景恒は言う。


「つまり、景紀殿は公直殿を追い詰めすぎたということか?」


「まあ、一面的にはそういうことになるでしょうな。だからこそ、あの甥っ子はこれ以上、一色家が人質を処刑することを防ぐため、陛下の詔勅を必要としているのでしょう」


 確かに人質を処刑したのは一色家であるが、息子や娘を処刑された諸侯たちが景紀の方を恨まないとは限らない。結城家が人質を救出する努力をせず、一色家を追い詰めることで結果的に人質の命が失われたと諸侯たちが認識すれば、彼らの怨嗟は景紀にも向かってしまう。

 そうなれば、内戦後における諸侯の統制に禍根を残しかねない。

 だからこそ景紀は、皇主の詔勅によってこれ以上の人質処刑を阻止しようとしているのだろう。


「しかし、陛下へこの件を奏上し、詔勅を発してもらうということは、この状況では一長一短です」


 景恒は続けた。


「陛下への不敬を承知で申しますが、ここで陛下が人質の命を救うため我が結城家に一色家と和議を結ぶよう仰せになれば、それは人質を処刑した一色家の術中に嵌まることにもなりましょう」


「すでに伊丹・一色両家には追討の宣旨が下されている。綸言(りんげん)汗の如し、と言うが、陛下がそれを覆されるとも思えん」


 君主が一度発した言葉を取り消すことは、その権威を自ら毀損することに繋がる。だからこそ、一度発せられた追討令が覆されることはないだろう。

 そう考えつつも、朝綱は悩ましげな表情を見せていた。


「だが、陛下が結城家、そして景紀殿に対して人質の存在を慮るように仰せになれば、これはちと厄介なことになることは確かだ。仮に一色家によってさらなる人質の処刑が行われれば、それは景紀殿が陛下のご期待に添えなかったことになる。そうなれば、景紀殿が伊丹・一色両家を降したとしても、内戦後に国内を統制することが困難となるだろう。有馬貞朋公と斯波兼経公は、今は景紀殿に協力的だが、今後はどうなるか判らんし、その家臣団たちまでが結城家の風下に立つ状況に甘んじ続けることを良しとするかも判らん。景紀殿が陛下のご期待に背いたという汚名を被ることになれば、必ずそこ糺弾しようとする者たちが現れるだろう」


「そして一色公直殿の立場からすれば、人質を処刑すればするほど、景紀殿の権威を貶めることが出来る。これは、陛下に何らかの詔勅を出していただくにしても、その文言はよほど慎重なものでなければなりませんぞ」


 結城家出身の二人の政府要人は、互いに難しい顔を突き合せていた。

 人質のこれ以上の処刑を防ぐため、景紀が皇主の権威を利用しようとしていることは理解出来る。しかし、皇主の権威を利用するということは、諸刃の剣でもあるのだ。

 結城景紀は自分たちより若く、政治経験もそれほど豊富とは言えないが、その程度のことを理解していないほど愚かではない。そうでなければ、父・景忠が病に倒れた際に当主代行を大過なく勤め上げることは出来なかっただろう。

 だから景紀も、皇主の権威を利用する難しさを自覚した上で、宵姫や自分たちにこうした要請をしてきたに違いない。

 景紀も景紀なりに政治的な打算があって人質のこれ以上の処刑を防ごうとしているのだろうが、むしろ人質処刑を一色家糺弾の政治的道具として用いないあたりが、ある種の甘さ、そして若さなのかもしれない。朝綱と景恒は、ともにそんなことを思っていた。






 そうして内閣総理大臣と内閣書記官長の二人は、即座に宮中工作へと乗り出していった。

 宮内省御霊部長の浦部伊任を始めとする結城家に近い宮中勢力へとまずこの件を伝え、皇主への奏上を行う根回しを始めたのである。

 景紀は翼龍便にて自身の花押の入った正式な書状を送ると伝えてきていたが、それが手元に届くまでの間に朝綱と景恒は宮中への働きかけを済ませてしまおうと考えていた。

 一色家による人質処刑という事態を結城家が極めて深刻に受け止めているということを内外に示すことで、結城家が決して人質を見捨てようとしているのではないことを喧伝する必要性を二人は感じていたのである。

 これは当然、中小諸侯や皇都市民だけでなく、皇主に対しても結城家が人質の生命を憂慮しているという姿勢を示す意図があった。

 景紀からの花押入りの書状が翼龍便にて届いたのはその日の夕刻であったが、その頃にはすでに朝綱と景恒は宮中に参内する準備を整えていた。そうして景紀からの書状を携え、二人は皇主への拝謁を願い出たのである。

 事前の宮中工作の成果もあり、彼らが参内した時点で皇主の耳には一色家による人質処刑の情報は届いていた。

 皇主はすでに時刻が夜になっているにもかかわらず、二人の拝謁を許した。そして朝綱と景恒に対し、人質の処刑を極めて憂慮している旨の言葉をかけるとともに、これ以上の人質処刑を一色公直に思い止まらせるための勅使を派遣する意思を示した。

 皇主は結城家に対して勅使を無事に一色家居城にまで送り届けるための便宜を図るように命じたのみであり、景紀に対して人質の存在を慮るようにとの言葉は一切発さなかった。

 事前の宮中工作の成果もあったのであるが、皇主自身もまた、自らの不用意な発言が一色公直ではなく結城景紀に責任を負わせる結果になりかねないことを自覚していたのである。

 同時に皇主は勅使として誰が適当であるのかを朝綱と景恒を下問し、二人は即座に勅使として適任と思われる人物の選定に取りかかった。

 そうして翌日、まだ日の出を迎える前に皇主からの宸翰を託された勅使が皇都を発することとなったのである。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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