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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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315 結城家陣営の葛藤

 那古野城の城下町から南東に鉄道築堤を越えた位置に存在する那古野操車場では、激しい銃声が響き渡っていた。

 広く平らな空間に幾本もの線路が並行して敷かれ、無数の機関車や貨車、客車などが停車しているこの場所は、那古野城攻防戦における南側の最前線であった。


「あの物資を城内に運び込ませるな!」


 銃声飛び交う操車場の一角で、小山朝康少佐は部下たちに檄を飛ばしていた。

 本来は騎兵であるはずの朝康率いる大隊は、今は全員が馬を捨てて歩兵として騎銃を構えている。すでに着剣している三十年式騎銃から、無数の発砲音と共に銃弾が放たれた。

 その銃弾は機関車に命中して火花を散らし、貨車に命中して側面を貫通する。

 連なった機関車と貨車を遮蔽物にしつつ、朝康もまたその先にある貨車から物資を積み下ろそうとしている一色家の兵士に向けて引き金を絞った。

 どうやらこの操車場には、未だ物資を満載したままの貨車が多数、存在しているようであった。恐らく、一色家が那古野城に運び込むべく、領内各地から徴発してきた糧食や物資だろう。

 そして、この操車場に到着したはいいが、貨車から物資を積み下ろし、城に運び込む前に結城家領軍による攻勢が始まってしまったのだ。

 そのため、貨車から積み下ろしを行おうとする一色家の者たちは遮蔽物に隠れることも出来ず、結城家領軍からの銃撃に晒されることとなった。

 すでに朝康が射撃を命じた目標の貨車の周辺では数名の兵士や武装した一色家家臣団らしき者たちが倒れ、米俵から零れた米が操車場の砂利の上にばらまかれていた。

 その砂利や米は、流れ出た血で赤く染められている。

 それでも一色家は物資を何とか回収すべく、新たな人員を投入してきた。


「てっー!」


 急ぎ次弾を装填した兵士たちは、朝康の号令と共に再び一斉射を放つ。黒色火薬の白煙が、停止している機関車の黒煙に代わって立ち上る。

 そして、一色家側からも回収部隊を援護するように射撃が行われた。

 朝康が遮蔽物としている機関車の車体にも銃弾が命中したらしく、耳障りな金属音が響き渡る。

 運悪く銃弾をその身に受けた兵士の絶叫が響き渡り、即座に周囲の兵士が衛生兵を呼びつけた。姿勢を低くした衛生兵が駆け付け、嫌になるほど手際よく負傷者を後方へと運び去っていく。


「……ったく、砲撃で貨車ごと連中を吹き飛ばしちまいたくなるな」


 その様子を見ながら、朝康は舌打ち混じりに小さく呟いた。

 騎兵でありながら歩兵のように戦い、しかも朝康にとってみれば何ともまどろっこしい遮蔽物に隠れながらの銃撃戦を繰り返しているのである。

 華々しい騎兵突撃を行う余地など、この戦場には存在していなかった。

 銃剣突撃も抜刀突撃も、同様に難しい。

 だからいっそのこと、こちらの損害を押さえるためにも砲撃で敵を一掃してしまいたくなってしまうのだ。


「そんなことをしたら、この操車場も使えなくなっちゃうでしょうが」


 だが、朝康の隣で機関車の影に隠れている嘉弥が、そう諫めてくる。


「判ってるっての、そんなことくらい」


 共に従軍してくれている婚約者の言葉に、朝康はふて腐れたように応じた。

 この操車場は、結城家にとっても重要な存在であった。東海道を巡るここまでの戦闘で、結城家領軍は相応に弾薬を消耗していた。もちろん、その他物資や糧食も消費している。

 それら補給物資を結城家領方面から鉄道で輸送し、それを効率的に積み下ろすためにも、操車場の線路や施設を出来るだけ破壊しない形で占領することが求められていたのである。那古野港が自沈船によって使用不能とされている現状、鉄道輸送こそが最前線近くに物資を輸送出来る最も効率的な交通手段となっていたのだ。


「敵も負傷者たちを収容しようとしているようです」


 さっと機関車の影から顔を覗かせて敵情を確認していた朝康付きの先任下士官が報告する。貨車から物資を回収しようとしている一色家の側は遮蔽物に隠れることが難しく、死傷者の数は結城家領軍の比ではないようであった。


「収容させてやれ。敵とはいえ、同じ秋津人だ」


 朝康はそう言って、一時、射撃を控えさせた。武士の情けだと思った。一色家側で戦う下士卒たちのどこまでが、本当に一色家への忠義のために戦おうとしているか判らない。

 武人として戦功を挙げることに、ある種、幼い憧れを抱いている朝康であったが、だからといって戦功を挙げる相手が誰でもいいわけではないのだ。

 操車場に一瞬の小康状態が訪れる。

 ただし、朝康も警戒は緩めさせない。一色家の側がなおも物資の回収に固執するようであれば、それを撃退し、この操車場を占拠することが自分たちの任務なのである。

 とはいえ、景紀の作戦方針では、南側はあくまでも助攻でしかない。

 一色家が北側の防衛線に南側から兵力を転用出来ないよう、圧力をかけ続けることが最大の目的なのである。

 半ば市街戦のような状況に陥りつつある操車場での攻防戦であるが、無理に損害を出してまで操車場を早期に占領する必要はないと、景紀は各級指揮官に通達していた。北側の防衛線が突破されれば、一色家側は城の防衛網を縮小せざるを得なくなる。

 おのずと、操車場からも撤退して鉄道築堤の中に新たな防衛線を敷き直すことになるだろう。

 朝康たちはそれまでの間、この戦場に敵軍を拘束し続けていればいいのだ。


  ◇◇◇


 中山道部隊を主攻、東海道部隊を助攻とする結城家領軍による攻勢は、南北とも比較的順調に進んでいると言えた。

 むしろ、北側の防衛線が結城家側の予想よりも脆弱であったほどである。

 しかし、那古野城とその城下町を見下ろせる台地に領軍本営を置いている景紀たちは、その戦況を素直に喜べない状況に陥っていた。


「一色公直が、人質の処刑を行っただと?」


 景紀は険しい声で、報告者に問い返した。


「はい。城下町から避難してきました者たちから、そのような証言を得ております。二、三日ほど前、三人の少年少女が市中を引き回された上で、磔にされたと」


 この日、ようやく景紀のところにまで一色家による人質処刑の情報が届いたのである。

 十一月三十日に人質処刑が行われてから、三日後のことであった。


「その後、引き続き処刑が行われたかは、避難民からの証言からは判りませんでした」


 報告者も、このような報告を若き当主に対して行わなければならないことが不本意そうな口調であった。それだけ、人質処刑という一色家の行いに憤りを抱いているのだろう。


「人質全体の人数は判らんが、三人を処刑したということはこれが第一段ということだろう。さらに処刑を行う可能性を示すことで、俺たちや周辺諸侯の動揺を誘うのが一色家の狙いだ」


「この情報は、領軍の中にも遠からず広まるでしょう。いかがいたしましょうか?」


「多数の避難民が同じ証言をしているなら、今さら手遅れだろう」景紀は依然として険しい口調で続けた。「我が領軍の将兵が一色家の捕虜になれば同じような殺され方をすると考えた一部の者が動揺を見せるかもしれないが、将校や下士官たちによく言い聞かせて兵卒たちの動揺を抑えるように努めろ」


「はっ、承知いたしました」


 報告者は敬礼して、野戦司令部の天幕を退出していく。


「……一色家は、そこまでやりますか」


 貴通が、呻くように言った。流石の彼女も、一色家が実際に人質の処刑にまで及ぶ可能性については低く見積もっていたのだ。

 人質の存在を用いて一色家領の周辺諸侯に結城家への協力を行わせないように圧力をかけるといったことは考えられたが、処刑すればかえってその実家である諸侯の一色家からの離反を招きかねない。

 しかし、だからこそ一色家は一部の人質のみを処刑することで、他の諸侯たちに引き続き圧力を加えようとしているのかもしれなかった。

 景紀も、貴通と同じく人質の存在をそこまで真剣に考えていなかった。むしろ中小諸侯が結城家に非協力的な態度をとることを、内戦後に彼らの政治的発言力が上がらないから好都合だと考えていたほどである。


「俺も見込みが甘かった」景紀は顔を歪めた続けた。「連中は、皇都内乱で冬花を引き回したような奴らだったな」


 天幕に控えている冬花は、痛ましそうな顔をしていた。

 皇都内乱で伊丹・一色陣営に捕らえられていた彼女が拷問や市中引き回しを受けながらも、殺されることだけはなかったのは、彼女が呪術師であり、そして妖狐の血を引いていたからだ。呪術師による呪詛、妖狐による祟りを恐れたから、伊丹・一色陣営の者たちは冬花を殺せなかった。

 だが今、一色家に人質となっている中小諸侯の子女たちは、そのように殺すことを躊躇わせる力を持つ者たちではない。


「……急いで宵と、小山首相に書状を書く。冬花、呪術通信でも同様の内容を河越に送信してくれ。陛下にこの件を奏上して、人質処刑を諫めるような勅旨を発してもらうしかない」


「しかし、それでは一色公直の術中に嵌まる危険性はありませんか?」


 貴通はいささか躊躇った口調ながら、景紀の言葉に難色を示した。


「そもそも、人質処刑がこちらを動揺させるためかもしれないと、景くんもさっき言ったばかりではないですか。ここで皇主陛下が僕たちと一色家、双方に停戦を促すような詔勅を出す事態になれば、かえって一色公直の思うつぼです。僕たちは、伊丹・一色家を降し、天下を取る機会を永遠に失います」


「判ってる」


 景紀は苛立たしげな息をついた。


「正直なところ、俺が懸念しているのは政治的な問題だ。ここで結城家が、人質を完全に見捨てたような形になるのは拙い。内戦後、諸侯を統制するのに要らん恨みを買いたくないからな」


 冬花が傍らにいるのであえて景紀は口にしなかったが、景紀は皇都内乱で一度、冬花を見捨てる決断をした。彼女が市中引き回しにされ、辱められているというのに、景紀は幼馴染で乳兄妹(きょうだい)よりも勝利を優先したのだ。

 シキガミの契約よりも、自分はそちらを取った。

 そして今もまた、人質一人一人のことを心から案じてはない。いや、冬花と違って自分とまったく関係ない者たちであるために、どこか突き放した感情さえあった。

 幼少期から冬花を虐め、蔑む者たちを見てきたことで抱くようになった他者へのどことない不信感は、結局、自分と関わりのない者たちへの無関心へと繋がってしまうのだろう。


「……ったく、そういうふうにしか人質を見れない俺も、大概だな」


 そう、景紀は自嘲した。


「……」


「……」


 貴通も冬花も、何も言わなかった。彼女たちもまた、自分たちが人質個人個人の身を案じているわけではないことを自覚していたからだ。

 二人にとって、大切なのは景紀がこの内戦の勝者となることなのだ。景紀の将としての立場、結城家新当主としての立場で考えれば、皇都内乱やここまでの内戦で散っていた領軍将兵のためにも、彼には人質の存在などに惑わされて欲しくないと思っている。

 景紀はもう一度、苛立たしげに、そして気持ちを切り替えるように息をつくと、二人に向き直った。


「一色公直が、人質処刑だけで終わらせるつもりがあるとは思えん。人質処刑で周辺諸侯に脅しをかけつつ、戦況を逆転させる機を狙っているはずだ。俺を討ち取れば、形勢は一挙に覆る。一色家の忍集団、そして八束いさなとかいう術者への警戒は怠るな」


 その言葉に、シキガミの少女と男装の軍師は強く頷いた。

 領軍が土岐川の一色家防衛線を突破し、那古野城の北側に迫りつつあるという報告がもたらされたのは、この少し後のことであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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