313 城下に迫る
景紀たち率いる結城家領軍主力が美河国を越えて一色家本領・尾治国へと入ったのは、十一月三十日のことであった。
一方、景紀に先んじて芳尾平野へと進出していた島田富造少将の騎兵第一旅団は、そのまま先遣隊としてさらなる前進を続けていた。
皇国陸軍の教範では、騎兵は一日に最大六〇キロ進軍出来ることになっていたから、騎兵第一旅団は美河国―尾治国間国境を越えた時点で一色家の居城・那古野城まであと一日の距離にまで迫っていた。
歩兵部隊の存在する独混第一旅団でも、那古野城まで二日の距離である。
もちろん、これは途中で一色家側の抵抗がまったくないことが前提の計算であるが、実際に一色家領に侵攻した結城家領軍は一色家領軍・領民からの抵抗を受けることがなかった。
むしろ、騎兵第一旅団などは進軍の途中で召集されて那古野城に向かおうとする予備役・後備役の集団に遭遇、これをその場で召集解除して故郷に帰させるという珍事まで発生していた。
領主より突然召集の命令を受けた予備役・後備役の者たちは、ほとんどが抵抗なくこの指示に従った。平民出の下士卒にとって、この突然の召集命令は不満の多いものだったのだろう。
もちろん、平民の中にもあくまで領主への忠義を尽くすべきという者もおり、そうした者たちは捕縛して後送することになった。
ただし、順調に一色家領内を進軍しているように見える結城家領軍にも、問題はあった。
それは、結城家の占領地域が極めて限定的であることだった。基本的に、東海道の街道周辺と東海道本線の鉄道路線周辺という、点と線を結ぶような形になっていたのである。
「一色家の忍集団とかが後方に回り込んで、線路なんかの破壊工作を行い始めたら拙いことになるな」
景紀は進軍途中の小休止の中で、貴通にそう言った。
占領地域の順調な拡大よりも那古野への進軍を優先している以上はやむを得ないことではあるが、やはりそうした可能性は常に警戒していなければならない。
「東海道本線には鉄道部隊を回して線路の保守や警備に充てているが、線路に沿ってずらっと歩哨が立ち並んでいるわけでもないしな」
線路を警備する鉄道部隊の者たちも、東海道本線全域に常に兵力を張り付けておけるだけの兵力はない。そもそも、皇都から二〇〇キロ以上の長さにおよぶ線路の全域に守備隊を配置するなど、現実的ではない。
必然的に、歩哨を巡回させて線路の警備に当たらせることになる。忍の中でも破壊工作などの訓練を専門に受けた者たちであれば、結城家領軍鉄道部隊の警備の隙を突くことは可能だろう。
「ただ、忍集団をそのように活用したところで、最早大勢を覆すことは不可能でしょう」
当然、貴通も景紀と同じ懸念は抱いているが、今さら結城家領軍の後方を脅かす戦術に出たところで大勢に影響はないと考えている。
破壊された線路を修理するための資材を、結城家は後方からいくらでも運んでくることが出来るのだ。官軍ということもあり、官営鉄道や私鉄各社の鉄道技師たちに対する協力要請も容易である。
「すでに一色家は領軍主力を失っていますし、急いで召集をかけている予備役・後備役の者も士気が低そうです」
一色公直の命によって召集された予備役・後備役の者たちが、結城家領軍から召集解除の指示を受けると素直に故郷に帰っていったことからも、そうしたことはうかがえる。
そうした兵士たちを、一色公直がどれほど頼りにするかは判らない。
「だとすると、やっぱり俺の首を取りに来るか」
「恐らくは」
一色公直の元に残された有力な手駒は、高位術者の八束いさなと主家直属の忍集団の二つだろう。
その他にも一色家は十二歳から五十歳未満の家臣団を武装させ、さらには予備役や後備役、牢人たちを呼び寄せて那古野城とその城下の防備を固めているだろうが、景紀の側が真に警戒しなければならないのは、やはり八束いさなと忍集団だろう。
実際、皇都内乱では八束いさなによって、形勢を覆されかけたのだ。
依然として、景紀ただ一人を討てば状況は逆転するということに変わりはない。これは、皇国陸軍、そしてその統治体制が依然として封建的なものであることの証左だろう。
だけれども、皇都内乱のときとは違っていることもある。
「そんなことを、私がさせないわ」
皇都内乱では伊丹・一色陣営に囚われていた冬花が、今は景紀の側にいるのだ。シキガミの少女は、主君と五摂家の令嬢との会話に不敬と承知で割り込み、自らの決意を伝える。
「今度は必ず、最後まであなたの側で守り通して見せるから」
強い意志の籠った赤い瞳に見つめられて、景紀は小さく笑みを浮かべた。
「ああ、頼りにしているぜ。俺のシキガミ」
そして、そんな主従の絆を、軍師の少女は憧憬と共に見守るのだった。
◇◇◇
翌十二月一日、景紀たちはついに那古野の市街地を望める地点にまで進出した。
一方、先行していた騎兵第一旅団は那古野港を占拠、港湾施設を確保することに成功している。ただし、港湾施設自体はそれほど破壊されていなかったものの、湾内には自沈させた船が多数存在していたため、那古野港を利用しての補給は当面の間、困難と判断された。
さらに中山道を進軍してきた第二師団を中核とする追討軍も、芳尾平野へと進出を果たしていた。中山道部隊は途中で一色家領軍や中部地方の諸侯たちの抵抗を受けることなく進軍してきたため、兵力および弾薬はほとんど損なわれていなかった。
第二師団の一部部隊はさらに那古野西方に進出し、西国方面ヘと続く東海道および鉄道路線を遮断することにも成功している。
しかし、かつての都があった西京方面ヘと続く街道と鉄道を遮断したとはいえ、それだけで那古野城に拠る一色家が恭順するとは考えられないことであった。
実際、那古野城と周辺の一色家領との連絡が遮断されていく中で、一色家側は翼龍やそれに曳かせた気球などで物資を城内に運び込もうとしていることが確認されている。
また、那古野城はあくまでも近世城郭であるとはいえ、城として築かれた以上、地形的には攻めにくい場所に存在していた。
城の北側から西側へと反時計回りに土岐川という川が流れており、これが天然の堀となっていたのである。領内の橋梁の破壊を行っていなかった一色家側も、流石にこの土岐川と、その左岸側を流れ途中で土岐川に合流する山田川の橋梁だけは大小問わずすべて破壊している。
さらにこの土岐川流域は低湿地帯となっており、城の北側と西側に大規模な部隊を展開させることは困難であった。実際、那古野の城下町も城の南側にかけて発展しており、逆に低湿地帯となっている城の北側と西側には田畑が広がっていた。
「とはいえ、北側が最も開けていることには変わりない」
城下町の南東、那古野城からおよそ七キロほどの地点にある台地の上に野戦司令部を置いた景紀は、独混第一旅団や騎兵第一旅団などの各級指揮官たちを前にそう言った。
この台地は城下町の東側にあることから地元民に“東山”と呼ばれ、那古野の名所図会などにも登場する花見の名所などとして知られていた。
東山は地形的には那古野城防衛のための外郭陣地として用いることも出来たはずであったが、一色家はこの台地を無防備に結城家領軍に明け渡していた。東山の防衛に兵力を割くほどの余裕が、一色家側には残されていなかったのかもしれない。
「第二師団には、土岐川沿いに砲兵陣地を築かせて城内を砲撃させる。那古野城に対する攻撃は、基本的に第二師団を中心として北側から行うものとする。北側からなら、流れ弾が市街地に落ちて城下で大火が発生する可能性も低いだろう」
城下の領民たちを多数巻き込むことになれば、やはり内戦後の統治に禍根を残すことになるだろう。内戦である以上、無辜の民の犠牲は出てしまうだろうが、その数を極限する努力は将としてすべきだろうと景紀は思っている。
戦国時代であれば敵の城下町など略奪の対象でしかないが、今の皇国でそのような蛮行を許すわけにはいかない。
封建制と近代が入り混じる皇国の体制に、景紀は改めて嘆息したい思いだった。平穏に隠居出来る日は、当分の間、来なさそうである。
とはいえ、内心でぼやいていても始まらない。
「こちらからは城に対して龍兵爆撃を行う。城下の者に対しては、出来るだけ寺や学校に避難するよう伝単を撒け。城への総攻撃を開始する段になっても、絶対に寺や学校を攻撃するような事態は避けるよう、各部隊に徹底させろ」
「承知しました」龍兵隊を率いる加東正虎少佐が頷いた。「誤爆を行わんよう、部下にはきつく言っておきます」
「頼む」
「それと、また鉄之介の坊主を乗せていきましょうか? 空から爆裂術式を打ち込めば、天守閣なんかも一発だと思いますがね?」
相変わらず加東少佐から小僧扱いされている鉄之介が、司令部の隅で不服そうな顔をしていた。
とはいえ、那古野城の天守閣を一撃で破壊してしまうというのは、敵の士気を挫くという意味では効果的な戦術であるかもしれなかった。
皇国の城は今や城郭としての役割よりも、権威の象徴としての役割の方が強い。その象徴の中でも最たるものが天守閣だろう。特に那古野城の天守閣は、その壮麗さが全国でも有名であった。
「いや、流石にそれは逆効果だろう」
だが景紀は、加東少佐の進言を退けた。
「一撃で天守を破壊してしまえば、かえって激昂した一色家家臣団が徹底抗戦を叫びかねない。郷土の誇りを破壊された領民たちも、俺たち結城家への反感を抱くかもしれない。あえて天守を攻撃対象から外す必要性はないだろうが、積極的に標的にする必要もない。むしろ、天守が破壊されるかもしれないという恐怖を敵に植え付けた方が効果的だろう。それが、連中の士気を挫けさせる要因にもなる」
「若もなかなかえげつないことを考えますな」
加東少佐は皮肉な笑みを浮かべて、自身の意見を引っ込めた。
「ただ、城内には高位術者による結界が張ってあるかもしれない」景紀は続ける。「それが確認出来た場合は、結界の破壊のために鉄之介を同乗させることもあるかもしれない」
「判りました。覚えておきましょう」
「続いて、那古野城に対する包囲網についてだ」
景紀は広げられた地図を示した。
「先ほども言ったが、主攻面は北側からとする。俺たちのいる南側からの攻勢は、どうしても市街戦になる。無闇に市街戦に雪崩れ込めばこちらの損害も無視出来ぬものとなるだろう。そのため、南側からの攻勢は北側の第二師団の攻勢を容易とするための助攻という形になる。よって、第二師団による攻勢とそれによる城への砲撃の成果を見極めつつ、我が軍はひとまず南側は鉄道築堤の線まで進出することとする」
皇都を発した東海道本線は、城下町の南側を通って西側に抜けている。一方、皇都を発し中部地方を通って那古野に至る中央線は、城下町東側を通り南側で東海道本線に合流していた。
そのため、市街地を鉄道路線がちょうど馬蹄のように西―南―東を囲っているわけである。
景紀は、戦況を見極めつつこの線まで部隊を進める肚であった。
皇都内乱の際もそうであったが、市街戦をいかに避けつつ勝利するかというのが悩ましいところであった。
城下に住む無辜の民を巻き込んでしまえば結城家領軍の官軍としての正統性が揺らいでしまう。そして何より、市街戦は兵力を際限なく呑み込む消耗戦となってしまうのだ。
今回は、一色公直の拠る那古野城と東海道本線との位置関係から、装甲列車で付近まで乗り込んでいくという手段がとれない。
そうした制約の中で攻城戦を行わねばならない以上、一色公直が徹底抗戦の構えを見せていることもあり、那古野城を短期間で陥落させることは困難だろう。
景紀としては、その時間こそがある意味で一色公直の存在以上に厄介な相手であった。
戦勝を重ね、官軍ということで士気も高い結城家領軍であるが、やはり戦闘が激化し、攻城戦が長引けば厭戦気分も出てくるだろう。今は戦国時代とは違うのだ。国民意識の芽生えにより、秋津人同士の戦争に懐疑的な考えを持つ兵士たちも出てくるに違いない。
国際情勢から内戦にうつつを抜かせるのは来春までと考えてはいる景紀や貴通であったが、実際のところは領軍将兵の士気がどこまで持つのかは不確実な部分があった。
その意味では、景紀は自らが率いる軍の内部に一種の危うさを抱えながら一色公直との対決に臨もうとしていたといえるだろう。
西国における伊丹家追討の戦況も気になるところでもあり、出来る限り早期に一色公直との決着を付けたいところであった。
もちろん、結城家新当主として、そして追討軍総大将として、そうした内心を領軍将兵たちに見せることはない。
景紀は、野戦司令部に集まった一同を見回した。
「あと一撃で、我らは一色家を降せるところまで来た。お前たちのこれまでの奮戦に感謝すると共に、より一層の奮励を期待したい。この戦を以て、戦国時代の清算とするために」
結城家当主として、景紀はそのように各級指揮官たちへと奮起を促すのであった。




