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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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312 不完全な焦土作戦

 十一月二十六日に一色家領軍主力を降伏に追い込んだ結城家領軍は、その後も東海道を西へと進んでいた。

 結城景紀率いる独立混成第一旅団および騎兵第二旅団は佐夜部湖南を通る東海道本道を進み、島田富造少将率いる騎兵第一旅団は湖北側を通る東海道支街道を進撃した。


挿絵(By みてみん)


 これは、支街道を突破することで一色家領美河国の首府・今橋を迂回、その西側に出ることが可能だったからであった。東海道本道と支街道は今橋よりも西の地点で合流しており、これによって今橋城に拠る一色家領軍の守備隊の退路を断つことを企図したわけである。

 加えて景紀は、城の守備隊が那古野方面に撤退するにあたって鉄道や橋梁、隧道を破壊することを恐れていた。それを防ぐためにも、一色家領軍に先んじて東海道上の主要な施設を奪取する必要があったのである。

 また、戦火を恐れた領民たちが那古野方面ヘと避難しようとして街道が埋まってしまうことも、景紀は危惧していた。これは、皇都内乱と同じである。

 だが実際のところ、こうした景紀の懸念は杞憂に終わった。

 景紀率いる本隊に先行して東海道を西進していた島田少将率いる別働隊が、十一月二十九日、ほとんど抵抗を受けることなく美河国を横断、一色家本領・尾治国との国境を突破して芳尾(ほうび)平野へと進出を果たしたのである。

 これにより、芳尾平野へと繋がる街道や鉄道、隧道を結城家の側は無傷で確保することに成功した。

 一方、東海道本道を進撃していた独混第一旅団および騎兵第二旅団は二十八日、美河国首府・今橋に到達、政庁および歩兵第十八連隊の衛戍地となっている今橋城を無血開城させている。

 しかしながら、この時点で政庁にあった重要書類はほとんどが一色家家臣団によって焼却されており、結城家側が接収出来た機密文書は少なかった。

 また、今橋城の無血開城によって一色公直がとろうとしている領内の防衛体制も判明することとなった。


「城に残っているのは老人ばかりだったな」


 城を接収するにあたって自ら城内に乗り込んだ景紀は、城内に残っていた一色家の家臣団たちの顔ぶれを見た後、そう感想を漏らした。


「恐らく、若い人間はすべて那古野城に集めているのでしょう」


 貴通も、城に残っている者たちの年齢を考えて険しい顔をする。

 実際、この後、今橋城の一色家家臣団を尋問した結果、一色公直は家臣団の内、十二歳以上五十歳未満の家臣はすべて那古野城に集合するよう、命令を発したのだという。

 将家の家臣といっても、全員が軍人というわけではない。兵学寮ではなく、高等小学校、中学校、大学と文官の道を進む者たちもいる。いわゆる、官吏として領内で働く家臣たちである。

 つまり一色公直は、家臣団の武官・文官の別、そして男女の別なく十二歳以上五十歳未満の者たちを那古野城防衛のために動員しようとしているのだろう。

 この他、予備役・後備役の者たちも召集しているはずであろうから、昇龍川で降伏させた一色家領軍と同等かそれ以上の兵力が那古野城に集結することになる。


「城内には弾薬も食糧もほとんど残されていません。先日、僕らが降した一色家領軍に支給したからか、それとも那古野城での籠城のために持ち去ったのかは判然としませんが」


「後者だとしたら、一色公直は不徹底だが焦土作戦を行おうとしていることになるな」


 焦土作戦とは、防御側が攻撃側に利用される恐れのある施設や物資などをことごとく焼き払うなどして撤退していく戦術のことである。

 とはいえ、今橋城自体が焼き払われていないことから、仮に一色公直が焦土作戦を行おうとしているとしても、それは不徹底なものと見做すことが出来よう。それが、城を燃やすことによって領民を動揺させ、召集した者たちの士気を低下させると考えているからなのかどうなのかは不明であるが。

 ただ、いずれにせよ一色公直が領内に根こそぎ動員をかけ、結城家に対して徹底抗戦を行う構えであることは明白であった。


「やはり、一色家側の動員が完了する前に、速やかに那古野城まで進軍する必要がありそうですね」


 貴通は、景紀にそう言う。


「ただしこの先、一色公直が領内の商人や農民から食糧などを根こそぎ徴発していることも考えねばなりません。あるいはそうすることによって、進撃する僕らの負担を増やそうと目論む可能性もあります」


「だな」


 貴通の指摘は、ある意味で最悪に近い予測であった。

 結城家が占領した地域から食糧が失われているとすれば、そこに住まう者たちの生活を結城家が保障してやらねばならない。そうでなければ、占領地の治安が極めて不安定なものとなってしまうだろう。

 同じ秋津人とはいえ、一色家の領民にとって結城家領軍は所詮、余所者なのだ。一揆とはいかないまでも、かつての広南出兵のような米騒動が発生すれば、結城家領軍はその鎮定にも兵力を割かねばならない。

 そして武力を以て一色家の領民を鎮圧することになれば、領民たちの結城家への反発はいっそう強まることになるだろう。

 また、一色家領は、先日降伏した一色家領軍将兵にとっても故郷なのである。将来的に彼らを再び皇国陸軍の一部として組み込むことを考えた際、占領した一色家領での統治政策は極めて穏健なものでなければならない。


「流石にこれは、東海道諸侯たちに対して直接、要請を出すしかないでしょう」


 苦い顔で、貴通は言う。


「中央政府を通すような、悠長なことを言っていられる場合でもありません。それに、一色家に人質を取られている諸侯にとっても、あくまで一色家領民のための行動であると一色家に釈明することが出来ます」


 一色家に捕らえられている人質の問題は、すでに景紀たちにとっても無視出来ぬものとなっていた。


「しかしまあ、これだけのことをやると、仮に一色公直が俺たちに勝ったとしても、諸侯や領民たちからの支持を得るのは難しくなるぞ」


 景紀は徹底抗戦の構えでいるだろう一色公直の姿勢を厄介であると感じると共に、一方で怪訝に思ってもいた。

 諸侯の子女を人質にとり、そして領内からは食糧などを徹底的に徴発する。それは結城家領軍との戦いに勝利するためだけの手段であり、その後がまったく考えられていないように見えるのだ。

 景紀たちは内戦後を見据えているにもかかわらず、一色公直にはそうした姿勢が感じられない。


「あるいは一色公直は、景くんに勝てればそれでいいのかもしれませんね」


 同期生の疑問に、貴通はそんなことを言った。


「攘夷論という主義主張の問題もあるのでしょうし、以前に有馬貞朋公が指摘していた次代の六家を担うことになる政敵の早期排除といった理由もあるんでしょうが、もうここまで来ると政治的な理由は多くを占めていないように感じます。政治的に一色家の生き残りを図るなら、皇都内乱後に伏罪恭順の意を示せば良かったのですから」


「要するに、六家当主としての矜持、あるいは意地って奴か」


「だと思いますよ。本人に自覚があるかどうかはともかく」


 少し辛辣に、貴通は首肯する。そして、景紀に向けて小さく笑った。


「まあ、景くんは当主にもなっていない内から隠居隠居言っていたそうですからね。ちょっと一色公直の心が読めないのも仕方ないでしょう」


 貴通は別に景紀を咎めているのではないのだろうが、何となく景紀としてはばつの悪い気分になっていた。


「そういう歪んだ矜持とか意地とかを持っている人間というのは、結局、最終的に理性的な判断が出来なくなってしまうのかもしれません。僕の父のように」


「……」


 確かに貴通の父・通敏もまた、五摂家の血の純潔に対して歪んだ矜持を持つ人物であった。そうでなければ、女児であった貴通に男児として振る舞わせたりはしなかっただろう。


「僕らが決着を付けようとしているのは、そういう相手なのかもしれません」


「……」


 自身の父と今の一色公直の態度を重ね合わせているのか、貴通の声にはほの暗い響きが混じっていた。父親の呪縛からようやく解放されたはずの彼女は、未だその影に取り憑かれているのかもしれない。


「……行くぞ、貴通。ここであまり道草を喰っていたくはない」


 だったら、景紀に出来ることはただ一つだった。

 彼女を縛ろうとするものから、彼女を守る。

 一色公直に父・通敏の執着を重ね合せているのならば、その一色公直を降すだけであった。そしてそれは、六家会議から続く景紀自身の因縁にも決着を付けることになるだろう。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 実際のところ、一色公直の那古野城防衛方針は、焦土作戦というほど徹底したものではなかった。

 むしろ、領民からの反発を考えると焦土作戦は実行出来ないというのが正しかった。

 すでに一色家は領内全土に対して食糧や物資を差し出すよう、布告を出している。

 郷土を守るため、そして一色家への忠義を尽くすため、領内の商人や農民はこの布告に従って当然であるという意識が家臣団の中には根強くあったが、かといってそんな彼らも領内を荒廃させる焦土作戦までは主張しなかった。

 領民たちにはあくまでも領主への忠誠や郷土愛に基づいて物資を差し出させるという建前をとっている以上、そうした忠誠や郷土愛を損なわせるような命令までは出せなかったのである。

 また、結城家領軍によって一色家領が荒廃することになれば、自然、領民の間でも結城家に抵抗する動きが出てくるだろうという期待もあった。

 こうしたことから、一色家は焦土作戦を徹底して行うことが出来なかったのである。

 また、結城家領軍の進軍を遅らせるための鉄道や橋梁、隧道の破壊も困難となっていた。一色家は物資の集積が十分に行えないまま挙兵してしまった関係上、未だ那古野城に運び込まれた武器弾薬、糧食などの軍需物資が不足していたからである。

 領内全土から物資を集めている関係上、鉄道や橋梁、隧道の破壊は行えなかった。

 また、動員・召集した者たちを那古野城に集合させるためにも、交通施設の破壊を早期に行うことは出来なかった。

 ただし、那古野城および城下町の防備は進められている。

 城下町を走る馬鉄の車輌を用いて道を塞ぎ、さらには城下町の学校などから机や椅子を運び出して障害物とするなど、結城家領軍を城下に侵入させないようにする措置が講じられていた。

 また、公直自身が皇都内乱で行った河越空襲の先例から、城下町の防火対策も徹底させることにした。空襲による火災の延焼を防ぐため、一部の建物を取り壊して空き地を作ろうとしたのである。解体した建物の資材は、当然ながら城下の防御陣地構築のために流用された。

 これらの作業には城下町の市民たちも動員され、さらには主家を守るための志願兵の募集すらかけられた。

 しかし、一色家は平民出の志願兵に対して士族への取り立てを約束したものの、募兵に応ずる者はほとんどいなかった。軍夫の募集もかけていたが、それすら十分な数が集まっていない。

 かえって、城下が戦場となる前にさらに西方へと逃れようとする領民たちが日に日に増えていく有り様である。

 一方で、皇都から逃れてきた攘夷派浪士などはこの募兵に応ずる者が多かった。彼らは最早、結城家に仕官することは叶わず、伊丹・一色両家が再び政権を奪還することに望みをかけるしかなかったのである。


「かくなる上は、人質をさらに処刑して周辺諸侯どもに圧力をかける他ないでしょう!」


 こうした現状に、一色家家臣団の中からはそのような意見も出てくるようになった。

 一色公直の決定により、人質の内、まず男女問わず年長者三名を市中引き回しの上、磔にて処刑することとなっていた。

 処刑の期日は、十一月三十日である。

 その範囲を、さらに拡大すべしというわけである。

 それによって周辺諸侯は一色家に従わざるを得なくなるか、あるいは人質解放を求めて結城家に対し一色家との和議を結ぶよう嘆願するかもしれない。

 結城景紀としても、内戦後に中小諸侯たちを統制しなければならない以上、人質を見殺しにしたという汚名はこうむりたくないはずである。

 また、この状況下で人質処刑に恐れをなした東海道の諸侯が一色陣営の側に立てば、那古野に向けて進軍中の結城家領軍は退路を遮断されて東海道上で孤立する。今ここで、東海道の諸侯たちが一挙に一色家側に寝返れば、結城家領軍を背後から突き、一色家領軍と共に彼らを殲滅することが可能となるのだ。

 そうした期待もあって、人質のさらなる処刑を唱える家臣は他の急進化した家臣団からの支持を得るようになった。

 だが公直は、そうした家臣団の主張を退けた。


「まずは当初の通り、人質三名を処刑する。さらなる人質処刑は、その後の諸侯たちの反応を見てからでも遅くはあるまい」


 とはいえ、彼は決して、人質に情けをかけようとしているわけではない。公直にとって、最初から人質の運命など慮るに値しないものであった。人質とは、あくまでも周辺諸侯に圧力をかけるための道具でしかないのだ。

 しかし、そのように人質を見ている公直が家臣団の主張を退けたのは、あくまで一色家の意思決定の中枢は自分であることを示したかったからである。

 家臣団の強硬意見に当主である自分が引き摺られるようでは、自身の家臣団に対する統制力が失われてしまう。

 急進化した家臣団に対して、一色家の意思決定を担うのは当主であるこの自分であるということを公直は示したかったのである。


「人質の処刑は、あくまで周辺諸侯に対する見せしめでしかない。我らが真に対峙すべきは、結城景紀である。そこをはき違えてはならぬ」


 公直は来たるべき結城景紀との対決に向けて、家臣団の気を引き締めにかかるのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
統制が取れなくなることを恐れていることこそが既に統制力が足りていないことの証な気もしますね。
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