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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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311 悲劇の責任

「御館様、人質を処刑などしては、かえって諸侯の心は我らより離れていきます!」


 接見の間での会議の後、執務室へと下がった一色公直に対して老臣・大野為尚はそう訴えていた。


 結局、会議で公直は明確な裁定を下さず、家臣団の意見を聞き置くだけに留めていた。それだけ、急進的な意見が多かったにせよ、会議は紛糾していたということである。


「だが、処刑せねば家臣どもは収まりがつかんだろう」


 老臣の進言に対し、公直は冷淡であった。

 もともと、諸侯たちの子女を人質として拘束することを命じたのは、公直自身なのである。当初から、人質の運命については突き放して考えている部分があった。

 一方の老臣・大野為尚は主君に対して人質を取ることの愚を繰り返し訴えていたが、聞き入れられることはなかった。

 今もまた、若くして一色家当主となった者と、長く一色家に仕える老臣との意見には隔たりがあった。


「それに、人質の処刑は結城景紀に対しても打撃となる。人質が処刑されたすべての責任は、奸臣・結城景紀にあるのだと、そう諸侯たちに喧伝するのだ」


「そ、そのような……」


 人質処刑の責任すべてを結城景紀に押し付けようとする公直の考えに、為尚はおののいた。


「別におかしなことではあるまい? そもそもの発端は、結城景紀が不法にも皇都を占拠し、皇主陛下の大権を私議していることにあるのだ。結城景紀がこのようなことをしなければ私も人質などを取る必要はなかったし、ましてや処刑する必要もなかったのだ。結城景紀の過ぎた野心故に、今、皇国はこのような惨禍をこうむる羽目に陥っている。そうであろう?」


 公直は、皇都を脱出する最中で目撃した牢人どもの乱暴狼藉を覚えている。攘夷の大義を理解しない結城景紀が蹶起を潰すことがなければ、あのような悲劇は生まれなかったのだ。

 今回の人質処刑にしても、公直はその責任は結城景紀にあると考えている。

 もちろん、公直とて戦況が自らに不利であることを自覚している。

 だが、自分の手元には八束いさなという特異な術者と、忍集団が残っている。彼らを用い、結城景紀を討つことが出来れば、戦局を覆すことは依然として可能だ。

 結城景紀に未だ子はなく、結城家内部には結城景秀のように当主の座への執着を覗かせる者がいる。結城景紀さえ討ち取れば、結城家内部は混乱し、一色家と対峙するどころではなくなるのだ。

 正々堂々たる会戦で結城景紀、そして結城家領軍を打ち破れなかったことで公直自身の名声にも傷が付くことになろうが、事ここに至っては他に選択肢はない。

 そして、公直自身としては一色家の滅亡ということはあまり考えたくもないことではあったが、人質処刑は仮にそのような憂き目にあったとしても結城景紀に打撃を与えられる策であった。

 人質を処刑された諸侯たちは、何故自らの息子や娘を救い出せなかったのかと、結城景紀を恨むことになるだろう。そうなれば、一色家が滅亡し、結城家が天下を取ることになっても、その政権基盤には常に不満の火種が燻ることになる。

 公直、そして一色家自体が滅びても、結城景紀に一矢報いることが出来るのだ。

 自らの破滅すら結城景紀に一太刀浴びせる手段にしようとしていることに、公直自身、皮肉な気分を覚えないでもなかったが、それだけ自らに何度も苦杯を舐めさせてくれたあの小倅に対して許しがたいものを感じているのも確かであった。

 そもそも、結城景忠が病に倒れ、結城景紀が齢十七にして政治の表舞台に出てこなければ、六家の次代を担うのは自分であったはずなのだ。

 六家長老の有馬頼朋翁はすでに高齢で、現役当主であった伊丹正信もそれなりに年齢を重ねていた。有馬貞朋公は所詮、父親の操り人形で、斯波兼経は(まつりごと)に興味がない文化人。長尾憲隆も結局は自分の権益に汲々とするだけの人物。

 有馬頼朋翁が亡くなれば、次に六家を牽引するのは当然、伊丹正信公であったはずだ。しかし、正信公の嫡男・寛信は正信から疎まれている存在である。

 そうなれば、いずれ正信公の権力基盤を引き継ぎ、攘夷で国論をまとめ上げて六家の次世代を担うのは、正信公と攘夷という志を共にしていた自分であったはずだ。

 自分より下の世代の結城景紀が結城家当主を継ぐ頃には、六家の中で自分は確固たる地位を築き上げていたことだろう。

 だというのに、結城景忠公が病に倒れ、結城景紀が六家会議に出てきてから、すべてがおかしくなった。あの小倅は、未だ六家や中央政府で影響力を発揮していた有馬頼朋翁を後ろ盾にして六家会議を引っ掻き回し、国論を分裂させたのだ。

 そのために、大斉帝国を破り、いよいよ華夷秩序に代わる皇国を中心とした東亜新秩序を打ち立てようというその時に、皇国は内戦という惨禍をこうむることになってしまった。

 だからこそ公直は、結城景紀という存在に激しい敵意を抱いていたのである。






「やれやれ、宮殿で結城景紀を討てなかったことがここまで響くとはね」


 大野為尚が退出した執務室に、唐突に響く声があった。


「八束いさなか」


 公直が声のした方に顔を向ければ、童女と変わらない外見の女術者がいた。


「けっこういいところまで行っていたんだがね。結城景紀に仕える葛葉姉弟(きょうだい)にはしてやられたよ」


 主君であるはずの相手に対して敬意が感じられない口調と共に、八束いさなはふらりと公直の前にやってくる。

 人魚の血を呑み、不老の体を得たという術者の態度に、公直は一瞬だけ不快そうな表情を見せたが、この術者にそのような指摘が無駄なことは判っている。何代もの一色家当主に仕えてきた女術者にとって、公直などまだまだ若造に過ぎないのだろう。


「体の方は、もういいのか?」


 だから公直は、別のことを訊いた。


「ああ。ほら、この通り」


 八束いさなは、右手を掲げてみせた。皇都内乱で景紀に切り落とされたはずの右手は、まるでそのような事実などなかったかのように復活していた。


「流石に利き腕だったから、少しの間不便ではあったがね」


 茶化すような口調を、公直は無視した。


「八束いさな。今度こそ、我らは結城景紀を討たねばならぬ。忍の者たちと共に、奴の首を取ってもらうぞ」


「まあ、こうなった以上、我が主殿がそう言い出すのは判っていたよ。結城景紀が葛葉冬花に戦場で爆裂術式を多用させたことに嫌悪感を示していた我が主がそう命じてくるのだから、よほどのことだね」


「ふざけている場合ではない」


 どこか真剣さに欠けた、いってみれば子供の冗談に付き合う親のような口調で応じてくる八束いさなに、公直は流石に怒気の孕んだ声を向けた。


「ふざけているのは、むしろ我が主の方ではないかな?」


 だが八束いさなは、そうした今代の主君に対して少しも遠慮した様子を見せない。


「人質を取ることまでは、まあ、いいだろうね。だけれども、それを処刑しようなどというのはいただけない。追い詰められて、少し自棄(やけ)になっていないかい?」


「自棄になどなっていない」


 ぶすりとして、公直は応じた。


「我が主は、結城景紀を討ち取って、再び皇都を奪還して天下を掌握したいのだろう? 人質を処刑などしてしまっては、我が主が政権を取ったときに、諸侯連中から要らぬ恨みを買うだけになると思うがね? そもそも、人質というのは生きていてこそ価値があるんだ。生きていれば、周辺の諸侯とも、結城景紀とも、交渉の材料に出来る。むしろ人質を生かして、周辺の諸侯から結城景紀に圧力をかけてもらった方が得策だと思うがね。うちの息子や娘を無事に救うために、どうか一色家と和議を結んで下さい、という感じでね。政権を取った後に諸侯からの支持を必要としているのは、結城家も同じさ」


「だが、処刑せねば家臣たちが収まらん」


「おいおい、自分で人質を取るよう命じておきながら、ここに来て家臣を言い訳に使うのかい?」


 八束いさなは、流石に咎めるような口調になった。


「領軍の壊滅によって、家臣団内部に動揺が広がっている。この動揺を鎮め、家臣団の団結を強めるためには、人質の処刑しかない」


「まったく、それは当主として家臣団を統制出来ていないと自白しているようなものだ。攘夷を唱え過ぎたのが、いささか仇になった形だね」


 内部の結束を固めるために外に対して強硬な姿勢をとり、かえって組織の存続を危うくするという事例は、歴史上、いくつも存在する。そうした状況に、今の一色家は陥っていたといえよう。


「……」


 皇都で急進攘夷派浪士たちが伊丹正信公の統制を離れていく様を見ていた公直としては、険しい顔で黙り込むしかない。


「さて、老婆からの忠告はせいぜいこのくらいにしておくよ。私はあくまで歴代一色家当主に仕える身だからね。我が主殿には結城景紀を討ち取った後の恩賞でも期待していることにしよう」


 主君の頑なさに折れたのか、それとも人質の運命そのものには最初から興味がなかったのか、内心をあまり見せない言葉を残して、八束いさなは公直の前から姿を消した。


「……」


 執務室に一人残された公直は、険しい視線を虚空へと向け続けるのであった。


  ◇◇◇


 人質処刑に最も強く反対したのは、公直の正室・仲姫であった。


「公直様、彼ら自身に何の罪もないというのに、処刑などとは道理が通りません!」


 執務を終えた公直を奥御殿で迎えた仲は、開口一番にそう言った。


「彼ら自身に何の罪がなくとも処刑される。それが人質というものだ」


 だが、己の正室に対しても、公直は自らの主張を曲げなかった。


「ここは六家当主として、寛大な度量を示すときではありませんか? それこそが、諸侯から公直様が支持される理由になりましょう」


「その諸侯どもが、先に私から離れたのだ。寛大さを示す時期は、とうに過ぎている」


 政略結婚で結ばれながら比較的夫婦仲は良好な二人であったが、この問題については真っ向から意見が対立した。


「だからこそ、なおさら寛大さを示さねばならないのです」仲は、自身の夫に強く主張した。「恐れによって、政は成り立ちませぬ。徳を以てこそ、政は成り立ちましょう」


「その徳を理解せぬ者が多すぎる。なればこそ、奴らが理解出来る恐れによって臨まねばならんのだ」


 苛立たしげに、公直は反論した。

 彼が苛立っているのは、正室である仲姫ではなく、自らの大義を理解しようとしない諸侯や商人たちであった。彼らの非協力的な姿勢により、東海道上で一色家領軍は壊滅することになってしまったのだ。

 諸侯たちが東海道上で結城家に対し抵抗の姿勢を見せ、商人たちが潤沢な物資を一色家に提供していれば、騎兵第四旅団が壊滅し、第三師団が降伏するという事態にはなっていなかっただろう。

 結城景紀のような確固たる政治思想を持たぬ者に、これからの皇国を任せることは出来ない。

 西洋列強の魔手が東洋へと伸び、ヴィンランド合衆国が泰平洋進出を強化しているこの国際情勢において、軟弱な者が政権を握れば皇国は衰亡の道を歩むだろう。

 攘夷で国論を統一し、東亜に新秩序を確立することこそが、国家百年の大計のために必要なことだというのに。


「公直様、そのような態度ではますます皆の心は一色家より離れてしまいます。どうか、人質となっている者たちへ寛大な態度で接して下さいませ」


「寛大な処置をとったところで、諸侯どもが私に従うと思うのか?」


 仲姫の言葉を切り捨てるように、公直は言った。そんな夫の態度に、仲姫は悲しげに首を振る。


「公直様、我らは皇主陛下より追討の宣旨を賜った身です。この上、年若き者たちを大勢殺したとの汚名を着てはなりません」


 あくまで人質の運命と夫の名誉を慮ろうとする仲姫であったが、しかしその言葉は公直の怒りと失望を買うこととなった。

 公直は自らの正室を睨み付けた。


「仲! お前まであのような偽りの宣旨を信じるとは、皇室第一の藩屏たる六家の正室にあるまじきことだぞ!」


 夫の怒声に、仲姫はびくりと肩を縮めた。


「我らは大権を私議する結城景紀によって不当に貶められただけであり、真に皇主陛下への忠義をなさんとするのは我らである! 私の室であるならば、そのくらいは弁えておけ!」


 公直は仲姫にどこか裏切られた気分になりながら、彼女を置き去りにして奥御殿の居室へと向かっていった。

 そんな夫の背を、仲姫は不安を隠しきれない表情と共に見つめ続けるのであった。


  ◇◇◇


 一色家が捕らえた人質の処刑という方針は、誰も覆すことが出来ずに決定された。

 ただし、公直の仲姫に対する後ろめたさがあったからか、全員を一度に処刑する形式はとられなかった。

 まず、人質の中から男女を問わず年長者の三名を処刑することが決定された。

 これを中途半端であるとしてあくまで全員処刑を主張する家臣もいたが、公直は人質をより有効に活用するためであるとして、一部家臣を説き伏せた。

 人質の一部を処刑すれば、諸侯たちはさらなる処刑を恐れて一色家に恭順する姿勢を示すか、結城家に対して一色家との和議を結ぶよう圧力を掛けるなどの効果が期待出来るというのが、その理由であった。

 処刑方法は、市中引き回しの上での磔であった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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