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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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310 一色家領軍の壊滅

 皇暦八三六年十一月二十六日、昇龍川西岸に陣地を築き結城家を迎え撃とうとしていた一色家領軍は降伏した。

 第三師団司令部より平文の呪術通信が結城家に向けて発信され、同時に陣地の各所で白旗が掲げられたのである。

 それは、結城景紀率いる結城家領軍本隊が一色家領軍の陣地へと突入しようとする寸前のことであった。すでに一色家の陣地は小山朝康らの別働隊によって攻撃を受けていたものの、この降伏によって双方共にそれ以上の流血を防ぐことが出来たわけである。

 ただし、一色家家臣団出身の第三師団長は呪術通信兵に降伏の通信を発信させた直後、その責任を取って自決した。切腹した彼の介錯を務めた、やはり一色家家臣団出身の参謀長もまた、後を追うように拳銃自決を遂げた。

 逆賊の汚名を着せられて処刑されるよりも、敗戦の責任をとっての名誉の自決を選んだと言われる。

 ただし、師団長は主君である一色公直と結城景紀に宛てた遺書を副官に託していた。一色公直に対する遺書は自らの不忠を詫びるものであり、もう一方の結城景紀宛の遺書には一色家家臣団出身の将校も含めた部下たちに対し寛大な処置を願う旨の文言が記されていた。

 もちろん、景紀としても一色家領軍の将兵たちを過度に処罰するつもりはなかった。内戦終結後には皇国陸軍を再建しなければならない以上、陸軍内部に出来るだけ遺恨を生み出すようなことをしたくなかったからである。

 実際、会戦以前に景紀が一色家領軍に対し撒いた伝単(ビラ)には、速やかに降伏すれば寛大な処置を行う旨を記してあった。

 皇主から追討の宣旨を授かっているとはいえ、一色家の者たちにあまりに厳しい態度で臨めば、かえって追い詰められたと感じた一色家領軍の抵抗を激しくするだけでもあったからだ。

 景紀はただちに降伏を受け入れ、一色家領軍の武装解除に取りかかった。

 ただし、寛大な処置を約束したとはいえ、彼らをそのまま解放するわけにもいかなかった。特に一色家家臣団出身の者たちを解放すれば、本領に戻りまた武器をとって結城家領軍に抵抗する可能性があるだろう。

 そのため、内戦終結までは一色家領軍の将兵たちは結城家によって抑留されることとなった。

 ただし、これはこれで別の問題を生じさせていた。






「降伏した一色家領軍ですが、手持ちの糧食が極めて少ないことが確認されました」


 その日の夜、一色家領軍の武装解除などを一通り終わらせた後、景紀のいる司令部天幕で貴通が報告した。


「恐らく、追討の宣旨が出たことで商人たちから十分に食糧を買い入れることが出来なかったのでしょう。(ほしいい)重焼麺麭(じゅうしょうめんぽう)(ビスケット)、缶詰など軍が普段から備蓄している食糧ばかりです。生鮮品がほとんどありません。弾薬も、似たようなものでした」


 つまり一色家は戦の準備が不十分なまま、挙兵していたということが判明したのである。


「一色家側の窮乏事情が知れたのは良かったんだろうが、これはこれで困ったことになったな」


 貴通からの報告に、景紀は顔をしかめた。


「ほとんど一個師団分の食い扶持を、どこからか確保しなければならねえわけだからな」


「そうなりますね。一応、そうした事態を想定して小田野城には物資が集積してありますが、流石にここまでの窮乏ぶりとは思いませんでした。すみません」


「いや、お前が謝ることじゃないだろ」


 頭を下げた男装の少女を責めるつもりは、景紀にはない。すべては、物資も弾薬も不足したまま挙兵した一色公直の責任である。


「しかし景くん、これはこれで拙いことですよ」


 貴通は帳簿を片手に深刻そうな表情になった。


「今、我が軍の輜重段列の持つ糧食を分け与えるとなれば、こちらの進撃速度にまで影響を及ぼします」


 当然のことではあるが、今、結城家領軍の手元にある糧食を分け与えることになれば、それだけ結城家領軍の将兵の口に入る食糧が減ることになる。それはつまり、進撃出来る距離にまで影響を及ぼすことになるのである。


「僕たちは一色家領軍を壊滅させた以上、速やかに一色公直の居城である那古野城まで進軍すべきです。ここで進撃を遅滞させるようなことになれば、一色家は牢人でも何でも雇い入れて籠城のための兵力を強化しようとするでしょう」


 景紀も貴通も、この敗戦で一色公直が恭順を選ぶとは考えていなかった。もし一色公直にその意思があったのならば、皇都内乱後に皇主に対して伏罪恭順の意を示していたはずである。

 恐らく一色公直は、領内の鉄道や橋梁、隧道を破壊し、そして後備役・予備役を動員して徹底抗戦の構えを見せようとするだろう。また、少しでも兵力を増強するために牢人たちを雇い入れようとするかもしれない。

 そして、一色家に仕える高位術者・八束いさなの動向も気になるところであった。

 だからこそ、貴通は降伏した一色家領軍将兵への対応のために時間を浪費してしまうことを危惧していたのである。


「こうなったら、もういっそ降伏した一色家領軍の面倒は東海道諸侯の連中に任せちまおう」


 そう悩む同期生に対し、景紀はあっさりとした口調で言った。


「あっ! その手がありましたか!」


 貴通も、景紀からの指摘で初めて気付いたようであった。


「どうせ今まで一色家寄りの態度をとるか、成り行きを見守っていただけの連中だ。この勝利で、何とか俺たち結城家に擦り寄る機会を窺っているはずだ。だから俺たちも、連中に要求を突きつけやすい」


 つまり景紀は、問題となる一色家領軍将兵の食糧の確保を東海道の中小諸侯たちに担わせようとしたのである。

 幸いというべきか、東海道上での戦闘は要所要所での会戦に留まったため、東海道諸侯たちの領地はそれほど荒廃していない。もちろん、一色家によって橋梁や隧道が破壊された箇所はあるが、今年秋の収穫や備蓄が根こそぎ奪われるというような事態は起こっていなかった。

 それでも不足する分に関しては、食糧を買い入れる際の代金を東海道諸侯たちに負担させればいい。

 また、こうした形で結城家の要請に東海道諸侯を従わせることは、内戦後の結城家による諸侯への統制強化にも役立つことになるだろう。


「ああ、でも景くん。一つだけ問題がありますよ」


「何だ?」


「一色家に捕らえられている人質の存在です」貴通は端的に答えた。「彼らの存在がある限り、僕らへの協力を渋る諸侯もいるでしょうし、強いて協力させようとすれば内戦後に遺恨も残ります。僕らが諸侯たちに子女を見捨てるよう、命じた形になりますから」


「ちっ、確かにそうか」


 貴通からの指摘に、景紀は忌々しげに舌打ちをした。


「ここに来て、人質の存在が俺たちにとっても足枷になってくるか」


 今まで景紀たちは、中小諸侯が子女を人質に取られ結城家に対して積極的に協力する姿勢を見せられないことを好都合だと考えていた。内戦終結後、結城家の勝利に貢献しなかったという理由で彼らの政治的発言力を低下させることが出来るからだ。

 有馬・斯波両家と協調しつつも結城家一強の政治体制を確立するためにも、中小諸侯が内戦において功績を挙げることは、景紀たちにとってあまり歓迎出来ることではないのだ。

 しかし、結城家が一色家領軍を壊滅させ、内戦の趨勢が明らかとなりつつある今、中小諸侯の協力が得られないことは、かえって結城家の側にとっても不利益を生じつつある。


「そうです!」


 と、突然、貴通はぱちんと手を打ち鳴らした。


「僕らからの要請ではなく、中央政府からの要請にしてしまいましょう!」


 今度は彼女の方が解決策を思い付く番であった。


「皇国陸軍は軍閥の寄り合い所帯みたいなものですが、それでも一応は“皇国の国軍”です。僕たち結城家だけが一色家の将兵たちの面倒を見なければならない道理はありません。ここは中央政府に、各諸侯への要請を出してもらいましょう」


 つまり貴通は、結城家に降伏した者たちを“一色家領軍”ではなく“皇国陸軍”の将兵として扱うことで、彼らを抑留することによって生じる負担を中央政府に担わせようとしているわけである。

 そして諸侯たちも、あくまでも中央政府に従っているだけで、結城家に対して協力しているわけではないと一色家側に釈明することが出来る(もちろん、それを一色公直が聞き入れるかは別問題だが)。

 そもそも中央政府は中央集権的な権力を持たないため、政策遂行に当たっては六家を初めとする諸侯に協力を仰がざるを得ない。必然的に、中央政府は六家など有力諸侯の強い影響下に置かれることになる(そうなるように、かつての六家が内閣制度を整えたわけであるが)。

 今回はこうした中央政府の問題点を利用し、諸侯に協力を要請するという形で、結城家に代わって中小諸侯を統制する役割を担わせようとしているわけである。

 もちろん、それによって中央政府の諸侯に対する影響力が結城家に対して相対的に高くなってしまう可能性があるが、現内閣は結城閥系の小山朝綱内閣である。当面は、結城家の影響下にあるだろう。


「それじゃあ早速、小山首相への書状を書くぞ。俺とお前、連名の書状だ」


「ああ、それはいいですね」


 にやりと景紀は笑い、貴通も悪戯っ子じみた笑みを浮かべる。

 景紀は皇都内乱を勝利に導き、結城家の当主となった身。貴通もまた皇都内乱で結城家側についた唯一の五摂家の出身者である。

 そして今や一色家領軍を壊滅させ、皇国随一の軍事力を保有する将家となった。

 功績と家格、軍事力、その三つを掌握している二人の名が入った書状の影響力は絶大である。

 景紀や貴通、有馬貞朋公や斯波兼経公が不在で政治的空白地帯となっているであろう皇都に対して影響力を行使することは、中央政府をあくまでも結城家の影響下に置くという点で効果的であった。

 そしてそれによって中小諸侯と中央政府、その双方に結城家による統制を及ぼすことが出来るのであるから、二人の策は抜かりないものといえた。

 一色家の軍事力が健在だったからこそ態度を曖昧にしていた諸侯たちも、これで旗幟を鮮明にせざるを得ないだろう。


「だが、まだこれで終わったわけじゃあない」


 景紀は、自らの気を引き締めるように言った。


「一色家と伊丹家を降さない限り、本当の意味で勝利したことにはならない」


「はい。僕たちはこのまま、那古野に向けて進撃を続けましょう」


 貴通もまた決意の籠った声で応じる。


「僕たちの手で、戦国時代の清算をつけるのです」


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、領軍壊滅の報を受けた一色家の家臣団の動揺は激しかった。

 一色家居城である那古野城では、接見の間に主要な家臣たちが集められて緊急の会議が開かれることとなった。


「佞臣・奸臣どもに降るなど、あり得ぬことだ! 第三師団の将兵どもは、主家からの恩顧を忘れたのか!?」


 だが、家臣たちの口を突いて出たのは、結城家に降伏した第三師団への批判ばかりであった。

 一色家領軍にとって第一線級の兵力はこの第三師団と騎兵第四旅団の二部隊であり、その二つが失われた今、那古野城を守るのは予備役・後備役の者たちを集めた二線級の部隊しか存在しない。

 だからこそ、降伏という形で第三師団が失われてしまったことに対して、家臣団たちは愕然としていたのである。それが、第三師団将兵への批判という形で現れていたといえよう。


「御館様の御前であるぞ! 静まらんか!」


 そんな家臣たちの醜態を一喝したのは、一色家の老臣・大野為尚(ためなお)であった。先代当主・公義(きみよし)の時代に家老を務めていただけあって、その態度に領軍壊滅による動揺は少しも見られなかった。


「我らがここで議論すべきは、領軍主力を失った今、結城家に対していかなる態度を取るべきかということであろうが」


「いや、まだ我々は負けたわけではありません!」


 居並ぶ家臣団の中から、そのような声が上がる。


「領内より予備役・後備役の者たちを集めれば、結城家に対して一撃を加えることが可能です! 結城家も皇国が内乱によって荒廃し、皇国軍が損なわれることを避けたいはず! 一撃して和議を結べば、我が一色家の存続は叶いましょう!」


 その主張に、同意する声が次々と上がる。

 先ほどまで結城家を佞臣・奸臣と呼び、そのような者たちに降伏した第三師団の者たちを批判しておきながら、今度はその佞臣・奸臣と和議を結ぶことを主張する。その矛盾を指摘する者は、この場にはいなかった。

 老臣・大野為尚も自分よりも下の世代の家臣団のそうした滑稽さには気付いていたが、あえて口に出すことはない。そのような言葉尻を捉えての議論など、時間の浪費でしかないと判っているからだ。

 今この瞬間にも、結城家領軍は東海道と中山道を通って那古野城に迫ろうとしているのだ。

 特に中山道を通って一色家本領を目指している結城家領軍に対する備えは、まったくと言っていいほどに行われていなかった。

 これは東海道を進む結城家領軍主力、つまりは結城景紀が直率する部隊を真っ先に撃破することで、結城家領軍の士気を阻喪(そそう)させることを狙っていたからである。

 結城景紀は主君押込という手段で当主の座を手にした者であり、彼が戦場で敗北すれば結城家内部で反景紀勢力が動きを活発化させ、一色家と対峙するどころではなくなる。

 すでに一色公直は結城景忠の異母弟・景秀に対し、領内の反景紀勢力をまとめ上げるよう、伝えていた。結城景秀が家臣団内の反景紀勢力を糾合することが出来れば、結城家は混乱に陥るはずであった。

 また、一色家は密かに佐薙家遺臣団を支援し、嶺州で蜂起するように仕向けていた。嶺州での士族反乱が起これば、結城家はそちらにも兵力を割かねばならない。

 そこに、一色家が勝利する好機が生まれる。

 そう、彼らは考えていた。

 だが現実には、結城家内部で反景紀派が動き出した様子はなく、嶺州での士族反乱も半日と経たぬ内に鎮圧されてしまったようであった。

 公直が皇都を奪還するために弄した策謀は、ことごとくが不発に終わっていたといえよう。

 しかし、そうした現実を直視出来る者がどれほどこの場にいるのか、大野為尚には判らなかった。

 為尚の息子で現当主・公直の重臣となっている為之(ためゆき)もこの場にはいたが、積極的に発言しようとはしていない。息子・為之は皇都内乱において主君・公直が本領へと落ち延びた際、皇都に取り残されて結城家に一時、捕らえられていたという。

 その後、結城景紀は皇都に残っていた一色家や伊丹家の家臣を人質とすることなく、それぞれの領地に帰していたが、それ故に国許(くにもと)に留まっていた家臣たちからは疑いの目で見られていた。無事に領地に帰ってこられたのは結城家と内通しているからではないか、と思われていたのである。

 東海道における敗北で家臣団がかえって急進化している現状で迂闊なことを言えば、身が危ないと考えているのだろう。為尚は父親として、息子の態度が情けなかった。

 こうした場で主家のために行動することことが、家臣としての務めであろうに。


「結城家に対して一撃を加えるというが、ではそのための弾薬、そして糧食を初めとする物資はどこから持ってくるのだ?」


 だから為尚は、自分が急進化している家臣団たちを抑える言葉を続けざるを得なかった。一撃講和論に一縷の望みを託して、かえって滅亡の憂き目に遭わないとも限らないのだ。


「領内からかき集めればよかろう。領民も領内の商人も、郷土のため、そして一色家への忠義を尽くす機会が与えられたのだ。むしろ名誉なことではないか」


 だが、接見の間に集まった者たちは、未だ結城家領軍に一撃を加えて和議に持ち込むという考えを捨て切れないようであった。


「この際です。諸侯どもの人質は全員処刑し、我が一色家に対し非協力的な態度を取ったことへの懲罰といたしましょう! さすれば、周辺諸侯どもも我らに協力的にならざるを得ますまい!」


 さらには、そのような意見までが飛び出してしまう。流石にぎょっとした為尚であったが、この老臣がそれに反対を唱える前に接見の間からは、人質処刑に賛同する意見が相次いでしまう。

 家臣団たちは、一色家が逆賊とされ、さらには結城家領軍に敗北したという鬱憤を、人質処刑という形で晴らしたいのではないか。

 そのような疑いすら抱くほど、結城家への徹底抗戦と人質処刑という主張は接見の間の大勢を占めつつあった。


「大義ある我らに与せず、佞臣・結城景紀におもねろうとする者もまた佞臣に他ならず! ならば、その血を引く者もまた佞臣! 彼らを処刑し、結城家におもねることの代償がいかに高くつくか、それを諸侯どもに知らしめてやろうではありませんか!」


 もはや会議の行方は、この老臣一人では覆そうもないところにまで来ていたのである。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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