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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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308 近代性の中の封建制

 重く低い地響きを轟かせながら、一色家の騎兵部隊は結城家領軍の陣地へ向けて突進した。

 騎兵槍を突き出し、騎銃を構え、馬上で喊声を上げる。

 夜間でありながら統制のとれた騎兵突撃は、ある種、芸術的ともいえる光景であった。それは、皇国武士団が近代的な軍隊へと変質を遂げてもなお残っていた、古の騎馬武者たちの魂の現れであったのかもしれない。

 だが同時に、それは皇国陸軍が本当の意味で近代的な軍隊へと発展出来ていなかったことを表わす光景でもあった。未だ封建的な制度・価値観を色濃く残していたからこそ、彼らは主家の存続のために突撃を敢行していたのだから。


「冬花!」


 そして皮肉なことに、彼らの前に立ちはだかったのもまた、皇国陸軍の近代性ではなく、主君への忠義という封建制の残滓であった。

 景紀の声と共に、冬花はぐっと弓を引き絞った。そこに番えられた矢が、勢いよく放たれる。

 空気を切る音と共に弧を描いて飛翔した矢は、今まさに結城家領軍の防衛線を突破しようとした一色家騎兵部隊の中で炸裂した。

 シキガミの少女が放った矢は、照明用ではなく爆裂術式が込められたものであった。

 夜を焦がすような爆発が、馬ごと騎兵たちを吹き飛ばしていく。馬の悲鳴のような嘶きと、人間の断末魔の叫び。

 だが、それでも騎兵突撃は止まらない。自爆した呪術兵が破壊した鉄条網の穴を突破すべく、周囲の損害を無視してひたすらに突進を続ける。

 戦友たちの喊声が爆裂術式で消えていきながらも、彼らは怯まなかった。


「てっー!」


 そして、振り下ろされた景紀の軍刀とともに、連続した銃声がそこに加わる。

 馬の地を叩く音、騎兵の喊声、爆裂術式の轟音、騎銃の銃声、多銃身砲の発砲音、そして負傷した人馬の断末魔の呻き。

 夜の静寂を破る喧噪が、彼我の将兵の耳を聾する。

 爆裂術式に騎銃と多銃身砲による弾幕が加わったことで、突撃を続ける一色家騎兵部隊の損害はさらに積み重なっていく。

 結城家側の陣地では、兵士たちが騎銃に次弾を装填し、多銃身砲に新たな弾倉を装着して射撃を続けた。

 夜の暗がりの所為か、鉄条網の破られていない箇所に突撃して馬ごと転倒する騎兵もいた。そして、多くの一色家の騎兵たちが鉄条網の破られた箇所へと殺到したことで、結城家側の射撃がそこへ集中する。

 だが、一色家の騎兵もまた、馬上から騎銃を撃ち始めた。

 結城家の将兵に頭を上げさせないことで、突破をより容易にしようとしているのだ。落馬した騎兵も、軽傷の者は倒れた馬の体を遮蔽物にして結城家側へと射撃を行った。

 景紀の近くで、軽快な射撃音が途絶えた。


「ちぃっ……!」


 景紀は思い切り舌打ちを響かせた。多銃身砲を操作する兵士たちがやられたのだ。


「衛生兵ー!」


 多銃身砲はその構造上、ある程度高さがあるので、他の将兵たちのように塹壕代わりの畝や畦に身を隠すことが難しい。一色家の誰かが、立ち上がっている彼らに射撃を加えたのだろう。

 多銃身砲の射撃を抑えることが出来れば、突破はさらに用意になる。


「貴通!」


 景紀は、傍らの貴通に声をかけた。


「はい!」


 彼女も、この同期生が何をやりたいのかを理解した。二人とも、腰をかがめた姿勢で素早く移動する。そして、後方に控えていた衛生兵とほとんど同時に、兵が撃ち倒された多銃身砲の元に辿り着く。

 負傷した兵のことは衛生兵に任せて、景紀と貴通は多銃身砲に取り付いた。貴通が側にあった弾薬盒から新たな弾倉を取り出し、それを装着する。


「装填よし!」


「てっー!」


 貴通の合図と共に、景紀は多銃身砲の把手を回した。弾倉から薬室に送り込まれた銃弾が、束ねられた銃身が回転するごとに発射されていく。

 今まさに鉄条網の破れから突破を果たそうとした敵騎兵の何騎かが、それで薙ぎ倒された。

 がちん、と把手を回しても弾が発射されなくなる。


「次!」


「はい!」


 即座に、貴通が弾倉を交換する。そしてまた景紀は把手を回して射撃を続けた。その発砲音をかき消すような爆裂術式が、敵騎兵を吹き飛ばした。

 畝や畦に塹壕代わりにしている兵士たちからの射撃も加わり、一色家の騎兵は次々と倒れ伏していく。

 運良く鉄条網を突破出来た敵騎兵もいたが、すでに騎兵としての突撃衝力は失われていた。複数の兵たちに取り囲まれて、馬上で銃剣によって串刺しにされて落馬する。

 だが、それでも彼らはなおも突撃を止めなかった。

 馬を倒されながらも負傷の軽い一色家の将兵たちは、白兵のまま結城家の陣地へと突入しようとした。胸に銃弾を受けた一色家の兵士が背中から倒れていくが、隣の兵士はそれを無視して銃剣を構えたまま結城家の陣地へと迫った。

 もはや銃弾を装填している暇がないと悟った結城家の側も、銃剣や軍刀でそれを迎え撃つこととなった。

 そして、両軍の将兵が交錯した。

 彼我の喊声と悲鳴が、一瞬にして混ざり合う。

 突き出してきた銃剣に刺突される者、銃床で頭を割られる者、軍刀で切り結ぶ者、一色家の将兵が突入に成功した箇所では、直接的な暴力の応酬が始まった。


「ちぃっ……!」


 景紀が再び大きな舌打ちをすると、多銃身砲陣地に迫ろうとした敵兵を軍刀で切り捨てた。その背中を守るように、貴通も軍刀を抜いている。

 暗がりの中で、敵はここにいるのが景紀と貴通だとは気付いていないようであった。とにかく多銃身砲陣地を潰そうと、襲いかかっているだけなのだろう。


「―――っ!?」


 その時、景紀の視界に何かが飛んでくるのが見えた。


「まずい!」


 景紀は咄嗟に多銃身砲から離れ、地面に突っ込むようにして伏せた。その背後で、爆発が起こる。

 敵兵が多銃身砲に向かって、擲弾を投げつけたのだ。

 景紀は口の中に入ってきた土を吐き出して、素早く立ち上がった。地面に倒れた景紀を刺し殺そうとした敵兵の腹部に軍刀を突き刺し、そのまま押し返す。悲鳴を挙げるその敵兵を無視して、彼の腹を蹴って軍刀を引き抜いた。


「景紀、大丈夫!?」


 今まで爆裂術式を撃ち込んで後続の部隊が突入してくるのを防いでいた冬花が、主君の危機を悟って駆け付けてきてくれた。


「ああ」


 景紀はもう一度土混じりの唾を吐き出し、さっと周囲を見回した。

 結城家は陣地に突入されたものの、各所で敵兵を撃退しているようであった。そもそも、突入してきた一色家の将兵の数の方が少なかったからだろう。

 彼らは結城家の陣地に突入を果たす前に、その戦力の過半を失っていたのだ。

 やがて、陣地の東側から突撃喇叭の音が響いてきた。

 一色家騎兵部隊の側面を突くために回り込んだ、島田富造少将率いる結城家側の騎兵部隊が到着したのである。

 夜でも目立つ、敵味方識別のための真っ白な吹き流しを軍旗代わりに掲げているのが見えた。また、呪術通信兵が敵味方識別のための霊力波を放つことになっていたから、景紀率いる部隊からの誤射もほとんど発生しなかった。

 島田少将率いる結城家騎兵部隊は、すでに騎兵部隊としての体を成さなくなっていた一色家騎兵部隊の側面へと喊声を上げながら突入を開始するのだった。

 こうして、一色家領軍による乾坤一擲の結城家野戦司令部に対する急襲作戦は、騎兵第四旅団の壊滅という形で終わったのであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 夜が明けると、結城家側は再び昇龍川対岸への大規模な砲撃を開始した。

 昨夜の挺進騎兵によって、結城家側がまったく混乱していないことを対岸の陣地に拠る一色家領軍将兵に知らしめるためであった。それによって、敵将兵の士気低下を狙ったのである。

 昨夜の戦闘における一色家騎兵部隊の戦死者の埋葬などは、地元の寺と雇った軍夫に依頼してあった。そのため、一色家側とは遺体の引き渡しなどの交渉、休戦は一切行っていない。

 ただし、砲撃の激しさに反して、結城家側も砲弾事情はかなり厳しいものがあった。

 すでに二十四日の時点で保有していた砲弾の三分の二を消耗し、残りの三分の一で砲撃を再開していたのである。もちろん、鉄道輸送などによって後方から届く弾薬は即座に前線の砲兵に送られて、その三分の一をわずかにでも増やそうと懸命な努力を続けている。

 そのようにいささか無理をしてでも対岸への大規模砲撃を決行しているのは、やはり一色家領軍将兵の士気低下、結城家領軍の健在を誇示することを狙っていたからであった。


「実質、この昇龍川を巡る戦いが決戦になるだろう。だから、あまりけち臭いことは言わずに、砲兵部隊には砲弾を好きなだけ使わせろ」


 景紀は貴通にそう指示していた。

 一色家領軍は、第三師団および騎兵第四旅団を基幹としている。この他に留守師団など予備役・後備役などの人員を集めれば多少は戦力を増強出来るであろうが、領軍の戦力の中核を担っているのはやはり第三師団と騎兵第四旅団なのだ。

 この内、騎兵第四旅団は昨夜の戦闘で壊滅し、残るは対岸の陣地に拠る第三師団だけとなっている。

 彼らを壊滅、または恭順させることが出来れば、一挙に一色家本領である尾治国の首府・那古野まで進軍することが出来るだろう。

 ここから先は、昇龍川のような大きな河川に乏しい。

 むしろ、昇龍川を突破したならば、一色家に鉄道や橋梁、隧道を破壊する暇、そして予備役・後備役を動員する時間的猶予を与えずに、迅速に那古野城を包囲してしまうべきであった。

 もちろん、形勢の不利を悟った一色公直が、動員した兵力と共に西方に落ち延び、伊丹家との合流を図る可能性も存在する。しかし、その場合は、中山道を通って西進する第二師団を基幹とする結城家領軍が東海道を遮断、それを阻止することになるだろう。

 いずれにせよ、一色家に残されたまとまった兵力というのは、今、景紀たちが昇龍川を挟んで対峙している第三師団だけなのだ。

 これを壊滅、ないし恭順させることが出来れば、一色公直が予備役・後備役を動員しようと、彼らの士気は振わないだろう。敗戦が続いている上に、自分たちは賊軍扱いなのである。

 その意味で、昇龍川を巡る戦いは大谷川の戦い以降続いている、一色家領軍将兵の士気を阻喪(そそう)させるための会戦の総仕上げともいえるものであった。


「……」


 だが景紀は、まだ自分たちの勝利を確信出来ずにいた。

 確かに、一色家は騎兵第四旅団を失い、こちらの渡河を機動的に防御出来る兵力を失った。兵力的にも、第三師団だけで昇龍川全域を守ることは出来ない。

 結城家の側でも、渡河を確実に成功させる作戦の準備は進んでいる。

 だが、昨夜、一色家は呪術兵を自爆させるという非道の戦術に出てきた。もしかしたらこの先、自らの領地であるにもかかわらず、呪術師を動員して結城家領軍に瘴気を流し込むような戦法に出てこないとも限らないのだ。先の対斉戦役での斉軍のように。

 そして領軍が壊滅したとしても、一色家の忍集団や八束いさなという高位術者が残されている。

 彼らに命じ、なおも景紀一人を討つということに固執するかもしれない。


「景くん……?」


 険しい顔で地図を眺めている同期生を案ずるように、貴通が声をかけてきた。


「……ああ、すまん」景紀は地図から顔を上げた。「いや、もし一色家が昨夜のような非道な戦法をこの先も乱用してきたら、と思ってな。対斉戦役で瘴気を流し込まれたという先例もある。あるいは、俺への呪詛か」


「そこまでやりますか?」


 景紀の不吉な予測に、貴通も顔を険しくした。二人とも、先の対斉戦役では瘴気に苦しむ自軍将兵の姿を見ている。また、瘴気によって土地が汚染され、井戸水などが使えなくなってしまった事例も知っている。


「判らん。一色公直がやらずとも、一部の人間が独断でやるかもしれん」


 少なくとも、呪術兵に自爆させる戦術は、現場の指揮官たちの発案だろう。あるいは、呪術兵たちの自発的なものかもしれないが。だからこそ、読めない部分があった。


「それで景くん。船の方、手配が完了しましたよ」


 これ以上は予測に予測を重ねるだけと悟った貴通は、話題を変えた。


「ああ、よくやってくれた」


「僕は、景くんの軍師ですからね」


 景紀がそう労えば、貴通はどこか得意げな微笑みを見せた。


「少なくとも、周辺に噂としても広まっていますよ。結城家が東海道沿いで小型の船をかき集めている、と」


 景紀と貴通は、東海道周辺の地域から船をかき集めていた。昇龍川の渡河に使うため、という理由であった。結城家領軍は浮橋のための小舟を多数、用意していたが、それとは別に漁民たちから小型の船を徴発していたのである。

 実際問題、一色家領軍が後退時に橋梁を破壊したために、あらかじめ結城家領軍が用意した小舟の多くが浮橋設置のために取られてしまっていた。


「噂は対岸にも広がっているだろうな」


「ええ、これで我が軍による渡河が間近と向こうが思ってくれれば、これまで敗北を積み重ねてきた一色家領軍です、さらなる士気の低下を狙えるでしょう」


「そのあたりを計算して、こっちが周辺から船を集めていることが対岸にも噂として流れるようにしているわけだからな」


 野戦司令部の外からは、盛んな砲声が響き続けている。砲撃や噂の流布で、対岸の一色家領軍の将兵は神経をすり減らしていることだろう。


「では、やりますか?」


 どこか期待するように、貴通が問うた。


「ああ、やる。これ以上、決着を引き伸ばす意味もないだろう」


 景紀は、宣言するように言った。


「攻撃発起は、明朝〇七〇〇時とする。その旨、全軍に通達しておけ」


「了解です。鉄之介くんたちに、準備を急ぐように伝えておきます」


 男装の少女は、そう言って不敵な表情と共に兵学寮の同期へと敬礼するのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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