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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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307 非道の戦法

 突如として上空に打ち上げられた照明と、連続する銃声。

 それによって、今まさに結城家領軍の野戦司令部へと急襲を仕掛けんとして進軍していた一色家領軍の騎兵は、次々に撃ち倒されていった。

 悲鳴のような馬の嘶きがしたかと思えば、それもほどなくして途絶える。


「全隊、止まれぇ! 止まれぇ!」


 進撃を続けていた騎兵部隊は、これによってそれ以上の進軍を阻まれることとなってしまった。


「奇襲は失敗か……」


 一色家領軍たる騎兵第四旅団の旅団長は、照明弾(と、彼らは判断していた冬花の矢)の下で呻いた。

 昇龍川を敵の歩哨に察知されずに渡り、その後は呪術通信兵による逆探知を利用して結城景紀のいるであろう野戦司令部を目指していた彼らであったが、その前に敵の防衛線とぶつかることになってしまったらしい。

 これでは、もはや奇襲は成り立たない。

 それどころか、こちらが逆に敵に包囲される危険性すらあった。結城家の側にも、騎兵部隊はいる。それらが自分たちの背後に回り込めば、退路を完全に断たれてしまう。


「だが、ここで退けば我が軍は総崩れとなる」


 旅団長にとって、敵野戦司令部急襲は何としても成功させなければならない作戦であった。

 すでに一色家領軍の下士卒たちの士気の低下は著しい。東海道を始めとする一色家領周辺の中小諸侯たちも、一色家から離反する動きを見せつつあるという。

 極めつけは、石阪の商人たち。

 戦意も物資も乏しく、そして中小諸侯たちからの支持も得られていない中で一色家が大勢を覆すためには、結城家に勝利するしかない。そして、結城景紀の首を挙げることが出来れば、むしろ結城家の側が瓦解することになるだろう。

 しかし、ここで自分たちが退けば、もはや一色家に勝ち目はなしとして下士卒の中から結城家へと投降する者が現れ始めるかもしれない。

 だからこそ、彼らには退くという選択肢はなかった。


「行け、今こそ一色家の御恩に報いる時である」


 旅団長は、傍らにいる部下に静かにそう命じた。






「次、来るぞ!」


 最初の一斉射で先頭を走る騎兵部隊が撃ち倒されたあと、一色家領軍の騎兵は一度隊列を立て直してから、再度の突撃を仕掛けてきた。

 塹壕代わりの畝の縁から顔を出しながら、景紀は周囲に警告を発する。傍らの冬花は、連続して照明用の矢を打ち上げ続けていた。


「……くそっ、これくらいで諦めるなら、最初から連中は挺進騎兵なんて戦法をとっていないか」


 景紀は小さく呟いた。

 歩兵部隊への騎兵突撃が、すでにかつてほどの威力を持たなくなっていることは対斉戦役などの戦訓で彼らも承知しているだろうに、それでもなお突撃を仕掛けようとしてくる。

 それを嗤う気にも、哀れむ気にもなれなかった。ただ苦い何かを、景紀は感じていた。


「敵の一部が、突出してきます」


 景紀の隣で同じように敵との距離を測っていた貴通が、怪訝そうに言った。

 冬花の打ち上げた照明の下に照られた敵騎兵の一部が、何故か突出して突撃を仕掛けようとしてきていたのである。

 あえて少数の騎兵で突撃する意図が判らず、景紀も思わず怪訝そうな表情になった。

 ただ、突撃してくる敵騎兵は散開しているため、多銃身砲での迎撃は困難であった。銃身束ねて砲架に載せた多銃身砲は、その重量のために取り回しがどうしても遅くなる。

 散開した騎兵部隊で波状攻撃を行うことで、こちらの陣地を突破しようという肚だろうか。


「敵が射撃開始線を突破して以降、各個に射撃してよし!」


 そう考えた景紀は、統制された射撃ではなく各個射撃に改めた。

 散開されてしまっては、指揮官が個々に目標を指示するのは困難だ。結城家領軍は、田畑の畝やあぜ道を基準にして射撃開始線を定めている。そこを基準にして、各個に目標を定めて射撃を行わせるつもりであった。

 先ほどよりはまとまりのない蹄が地面を叩く音が、近付いてくる。

 そして、散開して突撃を開始した敵騎兵が射撃開始線を越えたため、畝に潜んでいた騎兵第十八連隊の将兵が個々に射撃を始めた。こちらもはやり、先ほどの一斉射撃ほどのまとまりはない。

 それでも、後装式銃による連続した射撃は、敵騎兵を一騎ずつ撃ち倒していく。多銃身砲の把手を握る兵も、敵が自らの射線に飛び込んできた瞬間を狙って発砲していた。

 呪術による照明の下で発砲の閃光が連続し、銃声が左右に広がっていく。


「……」


 景紀は、敵騎兵の様子を注意深く観察していた。多少の撃ち漏らしは生じてしまっているようだが、それでも自分たちの前面には三重の鉄条網を設置してある。これを馬が飛び越えるのは困難であるし、そもそも単騎か少数騎による突撃ならばそれほど脅威にはなり得ない。

 これならば、旅団規模の敵騎兵突撃を連隊規模の歩兵(厳密には馬から下りた騎兵であったが)で凌ぎ切ることが出来るだろう。

 後は、ここで敵騎兵を拘束しつつ、島田少将の騎兵第一旅団が敵の退路を断つのを待てばいい。

 景紀がそう判断した刹那のことだった。


「まずい! 伏せて!」


 突然、隣で冬花が叫び、景紀は頭を押さえつけられた。

 直後に、耳をつんざくような爆発が起こる。爆風が、頭上を駆け抜けた。


「景くん! 敵の騎兵が突然、爆発しました!」


 周囲に領軍の将兵がいることも忘れて、貴通がいささか狼狽した声を上げる。景紀と違って、爆発の衝撃を受けてしまったのだろう。片手で頭を抑えながら、首を振っていた。


「くそっ、そういうことか……っ!」


 景紀は貴通の言葉で、敵がどのような仕掛けを用いたのか即座に理解した。いや、仕掛けというようなものでもないのかもしれない。


「連中、呪術通信兵に自爆させてこっちの鉄条網を破る気だ!」


 直後、景紀の叫びをかき消すように二度目の爆発が夜の大気を震わせた。


  ◇◇◇


 一色家領軍たる騎兵第四旅団は結城景紀のいる敵野戦司令部を急襲すべく、乾坤一擲の作戦に出ていた。

 旅団長も、当然に騎兵突撃が増大する歩兵火力の前に無力化されつつあるという戦訓は知っていた。

 尋常の挺進騎兵では、敵歩兵の防衛線に阻まれて終わるだけかもしれない。そのためには、こちらも敵陣地を突破するための相応の火力が必要である。しかし、騎兵の迅速な機動に野砲を追随させることは困難であった。騎兵の進撃速度に随伴出来るが、野砲に対して射程も威力も劣る騎兵砲では確実に火力不足だ。

 そうした中で、呪術師が使う爆裂術式の存在に思い至った者がいた。

 敵将である結城景紀の従える術者・葛葉冬花が敵に向けて爆裂術式を放ったことは、一色家領軍にも知られている。同じようにこちらの術者に爆殺術式を放たせることで、騎兵に不足する火力を補おうと考えたのであった。

 もちろん、武家に生まれた者たちにとって呪術師がそのような形で戦に関わってくることには抵抗感があった。しかし、そのようなことにこだわっていられる状況ではない。

 ここで結城景紀の首を挙げなければ、一色家が滅びかねないのだ。

 早速、旅団の中から適任者を探すこととなった。

 しかし、問題があった。通信兵として用いられている術者たちは、皆それほど霊力量の多い者たちではない。高位術者は、その大半が皇室や六家直属の家臣として取り立てられている。

 たとえ呪術通信兵たちに爆裂術式を使わせたところで、爆竹程度か、よくて騎兵砲程度の威力にしかならないことはすぐに判明した。そして、連続して術を使わせることも彼らの霊力量から困難であった。

 だが、この作戦構想はそれで終わらなかった。

 誰かが、ならば多量の爆薬を背負わせて敵陣に突っ込ませればいいではないかと言い出したのである。

 どのみち、この挺進騎兵は敵野戦司令部を襲撃し、結城景紀を討ち取ることだけを目的にした作戦である。敵にも騎兵がいる以上、退路を遮断されれば容易に敵中で孤立、全滅することになるだろう。

 だからこそ、あえて生還を期さないような戦術が思い付かれたともいえる。

 すでに戦国時代には、全滅覚悟で敵城や敵本陣に翼龍で乗り込む戦法は存在していた。それを騎兵で行うだけの作戦である以上、そうした究極的な戦術が生み出されてしまうのも無理からぬことであったかもしれない。

 旅団長は、呪術通信兵たちに対して志願は求めなかった。それは、このような非道な戦術に対する指揮官の責任逃れのように感じたからであった。

 旅団長は、旅団司令部直属の呪術通信兵に対してこの任務を命じた。

 旅団司令部には、その通信業務量から比較的霊力の高い者たちが配属されている。彼らに、爆薬を背負って敵陣に突入し爆裂術式を発動、自身の肉体諸共に鉄条網を破壊、突破口を開く役目を担わせようとしたのである。

 もちろん、敵司令部への急襲が成功して結城景紀を討ち取れれば、このような戦術を用いる必要はない。

 しかし、すでに当初の作戦計画は崩れてしまっている。だから旅団長は、窮余の一策として採用した戦術を、実行に移すことにしたのである。

 彼としても、このような任務を部下に命ずることは苦渋の決断であった。

 だが、退くことの出来ない戦いである以上、やむを得ないことであった。

 そして命じられた呪術兵たちも、これが生還を期しがたい作戦である以上、無意味に敵の弾幕の前に斃れるよりも自らの肉体を以て後続の友軍のために血路を開く任務の方に意義を見出していた。

 騎兵第四旅団は、騎兵科という理由もあり、一色家領軍の中でも特に華族・士族を中心とした武家出身者の多い部隊である。平民出の下士卒たちの中にも、一色家家臣団の陪臣となっている者たちが多い。

 そうした部隊であるが故、主家である一色家が敗れることへの危機感は他の領軍諸部隊よりもはるかに高いものがあった。

 当然、呪術兵たちもそうした危機感を共有している。

 賊軍となってしまったことへのある種の諦観もあったのだろうが、騎兵第四旅団は他の一色家領軍諸部隊の者に比べると、自らの部隊、そして領主である一色家と運命を共にしようという意識は強かったのだ。

 こうした要素が重なり合い、本来は通信業務を担っていた彼らは爆薬を背負い、敵鉄条網へと突撃したのであった。






 夜空を焦がす爆発は、都合五度、発生した。

 この内、実際に鉄条網まで到達して自爆することに成功したのは三名のみであった。残りの二名は、馬が銃弾に倒れて落馬したその場で自爆した。

 爆薬を背負った呪術通信兵は他にもいたが、彼らは銃弾をその身に受けて爆裂術式を発動する間もなく死亡していた。


「彼ら、自分の命と引き換えに爆裂術式を発動しているわ!」


 しかし、そうした一色家側の戦術を知らない冬花はおののくように景紀に告げた。彼女は、敵の呪術師が自分の魂まで術式発動のために注ぎ込むことで、本来の霊力量を超える爆裂術式を発動させられているのだと考えていたのである。


「くそっ! 鉄条網の開いた穴から後続の敵騎兵が突っ込んでくるぞ! 総員、警戒せよ!」


 景紀は周囲に向けて叫んだ。

 実際のところ、魂と引き換えに発動させる術式は高度であるため、一色家の呪術通信兵たちは使っていない。しかし、それほどまでに爆薬を背負い、自らの全霊力を注いだ爆裂術式の威力は強烈だったのである。

 彼らなりに、結城家に一矢報いてやろうという執念がなせる技であったのかもしれない。


「怯むな! 俺たちが、先の対斉戦役で騎馬民族の末裔たる斉軍騎兵に打ち勝ったことを忘れたか!?」


 景紀は立ち上がって、周囲の将兵たちを鼓舞した。一色家の用いたあまりの戦術に、呆けたようになっている兵もいたからだ。


「多銃身砲は、鉄条網が破られた箇所に照準を合わせよ! 敵が射撃開始線を越えたら、一斉に撃て!」


 十九歳の若き結城家当主がまったく臆することのない態度を見せている以上、周囲の将兵たちも己を奮い立たせずにはいられない。


「騎銃は、一斉射撃に切り替える! ただし、第二射以降は各個に撃ってよし!」


 一個旅団に何名の呪術通信兵が配属されているのか、景紀は知っている。この自爆攻撃は、まだあと数度は続くかもしれない。

 厄介なものを感じながらも、景紀はそれをおくびにも出さずに続けた。


「なお、不用意な突撃はこれを禁ずる! あくまで、陣地に拠って戦え! 終わり!」


 夜の暗がりの向こうから、喇叭の音が聞こえてきた。一色家の騎兵部隊が、今まさに突撃に移ろうとしているのだろう。

 騎兵突撃はまず目標一〇〇〇メートル手前で隊形を整え、常歩から速歩に移行しつつ目標手前六〇〇メートルにまで迫る。そして速歩から駈歩へと速度を上げつつ、距離四〇〇メートルで一気に襲歩へと切り替えて突撃を敢行するのだ。


「景紀」


 冬花が、確認するように主君の名を呼んだ。


「ああ、頼む」


 景紀は、己のシキガミが何を確認したかったのかを理解していた。

 やがて、馬が激しく地を叩く音と共に、うねりのような喊声が夜の暗がりを突き破る。一色家の騎兵部隊はついに、その総力を挙げた突撃を開始したのだ。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
呪術師だってそんな替えの利く人材ではないだろうに特攻隊扱いとは無茶苦茶なことしてますね。人間を大事にしない組織なんて仮にここで勝てたとしても未来はないでしょうね。
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