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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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306 騎兵夜襲

「だいぶ撃ちまくったな」


 十一月二十四日の日没後、景紀は貴通の集計した帳簿を見て呆れ気味に呟いた。

 日中、昇龍川対岸の一色家領軍の陣地に対して行われた砲撃は、現在、結城家領軍が保有している砲弾の三分の二近くを消費する結果となっていた。

 もちろん後方からの輸送は行っているが、前線付近に十分な港や操車場がないため、いささか滞り気味であった。

 官軍という立場もあり結城家領軍だけでなく皇都鎮台の保有する弾薬も輸送させてはいるが、列車への積み込み、積み下ろしという作業はどうしても兵站上の隘路になりがちであった。

 また、清水港を確保して皇都の港から前線付近まで船舶による輸送が可能となっていたが、結局のところ鉄道部隊による鉄道施設の拡張が間に合わず、確保した東海道上の港を十分に活用しきれずにいた。これは、一色家によって鉄道橋や隧道などが破壊された結果、その復旧工事に鉄道部隊が割かれてしまっていたという要因も大きい。


「宵に連絡して、領内私鉄各社からもっと鉄道技師たちを徴傭してもらうよう言わないといけないな」


「沖仲仕たちへの報酬も、もう少し上乗せしてもいいかもしれません」


 やはり景紀たちは昇龍川近くの寺院を接収し、そこに野戦司令部を前進させていた。

 寺の周囲には、田畑が広がっている。昇龍川両岸は、東海道沿いに街が形成されているものの大部分は田畑であった。

 すでに景紀は、自軍が昇龍川に到達する前から伝単(ビラ)などによって周辺の農民に退避を促している。その伝単は対岸にも龍兵を使ってばら撒かれ、そのために一色家領軍に対しても降伏を勧告する内容ともなっていた。


「収穫期を終えた時期だったことは不幸中の幸いかもしれんが、これだけ砲弾で田畑を鋤き返していたら来春が大変だろうな。周辺の農民には十分な補償をしてやらないと拙いことになるぞ」


 農民は、皇国陸軍にとって兵士の中核をなす者たちである。将家がいたずらに彼らの反感を買うことになれば、皇国軍としての結束に綻びが生じてしまう。

 内戦によって皇軍相撃の事態となっている以上、さらに皇国軍を分裂させる要素を増やすことは避けたいというのが景紀の本音であった。

 内戦後は、皇国陸軍を再建しなくてはならないのだ。


「そんなにあちこちに大盤振る舞いして、結城家の財布は大丈夫ですか?」


 若干の諧謔を込めつつも、貴通は釘を刺すように指摘した。

 実際、結城家は出兵するに当たって軍属・軍夫として雇った者たちに給金を支払っており、船会社や鉄道会社にも補償金を渡していた。

 その上、戦火に巻き込まれた者たちにまで補償金を支払うことになれば、この内戦における結城家の軍費はさらに膨れ上がるだろう。


「まあ、ぎりぎり財布の底が抜けることはないだろうよ」


 景紀は貴通に笑って返した。


「狸の皮算用と言われるかもしれないが、内戦に勝てば伊丹・一色家の保有する金山・銀山を接収出来る。まあ、連中が腹いせに坑道を爆破してしまうかもしれないが、そうなったらなったで結城家には南洋植民地の金山・銅山がある。何とか採算は合わせるさ」


「勘弁して下さいよ。天下人が借金で首が回らなくなったとか、格好が付きませんから」


 意図して楽観的な同期生に、貴通は一つ溜息を零す。

 今この状況で深刻に考えることでもないのかもしれないが、やはり六家相克の事態となれば結城家の側もそれなりに消耗することになる。

 そもそも、戦国時代末期に六家体制が成立したことも、そうした領内の人的・経済的・資源的負担に耐えられず、共倒れになるのではないかという危機感があったからだ。

 戦国大名同士の争いではなく、官軍と賊軍という立場での対決になったとしても、やはり結城家の負担も相応にあるのだ。

 それを、貴通は懸念していた。

 とはいえ、やはりいまこの場で真剣に考えることでもないだろうと思い直す。軍師としてあまりあれこれ景紀に指摘したとしても、彼の負担をいたずらに増やすことになってしまう。

 景紀に目の前の戦闘の指揮に集中してもらうのもまた、軍師としての役割だろう。

 寺の外から、砲声が響いてきた。

 敵の眠りを妨げるために、夜も不規則な砲撃を繰り返すよう命じてあるのだ。一色家の側は、昼間の砲撃戦で砲弾をかなり消耗してしまったのか、夜間の砲撃は行ってきていない。

 そのため、結城家領軍の将兵は交代で睡眠をとることが出来ている。

 景紀はちらりと時計を確認した。そろそろ、二二〇〇時を回ろうとしている。


「貴通、先に休んでいてくれ。四時間後に交代だ」


「判りました。じゃあ、お先に失礼します」


 貴通は景紀にそっと笑いかけて、寺の本堂を後にした。


  ◇◇◇


 最初に異変を察知したのは、冬花だった。


「―――景紀、昇龍川に沿って飛ばしておいた式に反応があったわ」


 それは、日付が二十五日へと変わったあたりであった。

 冬花は机の上に広げられた地図に駆け寄ると、昇龍川の上流を指差した。


「反応があったのはこのあたり。騎兵の集団よ」


「夜襲か。積極的だな」


 東海道諸侯へと送る書状を書いていた景紀も、すぐに地図を覗き込んだ。その表情に、驚きはない。

 各所に歩哨を立ててある上、昇龍川の河口から扇状地の端に至るまで警戒用の式を冬花に飛ばさせてもいたからだ。あらかじめ、一色家領軍が夜襲を仕掛けてくる可能性は考慮していた。


「おい、各部隊に警報を出せ」


 司令部脇の通信室で待機している当直の呪術通信兵に、景紀は即座に命じた。また、司令部付きの従兵に命じて僧房で寝ている貴通を起こしに行かせる。


「防衛側の利を捨てて、攻勢に出てくるか」


 そうして地図のところに戻った景紀は、そう呟いた。一色家側の判断も、判らないでもない。

 要するに、向こうも昇龍川全域を防衛するには兵力が足りないのだ。そのため、渡河地点を自在に選べるという点で、結城家領軍の側に戦闘の主導権があった。

 逆に、だからこそ一色家領軍は夜襲に出ることで、その主導権を奪い返そうとしているのだ。


「景紀、彼らの狙いは何だと思う?」


「この司令部を急襲して、指揮系統を麻痺、あわよくば俺を討ち取ること」


 景紀は、何でもないことのように言った。しかし、そんな主君にシキガミの少女は不思議そうな表情を見せる。


「それって、あらかじめ私たちの居場所が判っていないと不可能だと思うんだけど?」


 少なくとも、景紀の司令部を探すために周辺地域で時間を浪費してしまっては、結城家領軍の側に迎撃態勢を整える時間を与えてしまう。貴通と違い女子学士院出のために軍事に疎い冬花であっても、そのくらいのことは判っていた。


「いや、連中はかなり正確にこの司令部の場所を特定出来ているはずだ」


 景紀は断ずるように言った。


「どうして?」


「そりゃあ、お前も含めて呪術師たちがこれだけ通信用に霊力波を飛ばしていたら、向こうの呪術兵からしたら一発だろうが」


「あっ……」


 冬花は、しまったという顔を見せた。呪術師である自分が逆に失念していたことに気付いたのだ。

 頻繁に通信用の霊力波を飛ばしているため、敵の呪術師からすれば逆探知は用意なのだ。最も霊力波の反応が強い場所が、景紀のいる司令部だと敵は判断することだろう。


「まあ、そのあたりは冬花が責任を感じる必要はない。というか、霊力封鎖なんてしていたらまともに指揮統制が出来ないんだから、そこは割り切るしかない」


 景紀の声には冬花を気遣うというよりも、事実を述べるだけ淡々とした調子があった。要するに、彼は霊力波の逆探知によって司令部の位置が特定されることを、将の立場として割り切っているのだ。


「すみません。遅くなりました」


 と、本堂に貴通が駆け込んできた。眠りについてまだ二時間といったところだが、彼女の顔からはすでに眠気の気配はなかった。


「いや、こっちこそ起こして悪かったな」


「何を言っているんですか。軍師の僕を仲間外れにしないで下さいよ」


 くすりと、貴通は冗談めかした笑みを浮かべる。


「じゃあ、行くぞ」


 どこか和やかに見えた雰囲気を消し去って、景紀は宣言した。貴通と冬花が、力強く頷いた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 昇龍川に沿って野戦陣地を築いた一色家領軍であったが、当然ながら河口から扇状地の端まで二十キロ近い戦線をすべて守り切るだけの兵力は存在していなかった。

 しかし同時に、それは結城家側にとっても同じことであった。

 昇龍川を東に渡河してくる一色家騎兵部隊を、河岸で迎え撃つ部隊は存在しなかった。このため、一色家領軍である騎兵第四旅団は一兵も損なうことなく、昇龍川を渡河することに成功した。


「“昇”とは“勝”に通ずる。ここを戦場に選んだのは我々である以上、勝利するのは我が一色家である」


 旅団長はそう言って将兵たちを鼓舞する。渡河に成功したこの瞬間、戦いの主導権はこちらが握っているといってもいい。

 一色家家臣団や一色家分家の出身者が多い騎兵第四旅団の士気は、御家の危機であることもあって高かった。それは追い詰められたが故のことであったのかもしれないが、少なくとも戦意に不足はない。

 騎兵第四旅団の将兵の中には先日の大谷川の戦いで敗れた者たちも混じっているが、だからこそ今度こそ結城景紀の首級を挙げるのだと逆に敵愾心を燃やしている者が多かった。


「よいか? 我々の働きに一色家の、いや、皇国の命運がかかっている。必ずや奸賊・結城景紀を討ち取り、皇主陛下の御宸襟を安んじ奉るのだ!」


 そうして彼らは蹄の音と共に、先導する呪術通信兵を先頭にして結城家領軍の野戦司令部を急襲すべく、速度を上げていくのだった。






 一方、冬花が敵騎兵部隊の昇龍川渡河を早期に発見したため、野戦司令部の周囲ではすでに兵士たちが配置についていた。


「騎兵と言いながら、我らの役目はこんなことばかりですな」


 若干の皮肉を込めていったのは、騎兵第十八連隊の細見為雄大佐であった。

 騎兵でありながら、連隊の者で馬に跨がっている将兵は誰もいない。田畑の畝やあぜ道を即席の塹壕代わりにしながら、着剣した三十年式騎銃を構えている者ばかりである。

 先の対斉戦役における海城攻防戦でも、やはり細見大佐以下の騎兵は陣に籠って戦う機会の方が多かった。


「俺の下に付いたのが運の尽きだと思ってくれ」


 景紀がにやりとして応じる。景紀自身も騎兵をまったく活用しないわけではないのだが、かといって乗馬戦にこだわることもあまりしない。


「まあ、一色家に付くよりかははるかにましでしょう」


 細見大佐は苦笑した。そんな軽口を叩き合った後、景紀は表情を引き締めた。


「現状では、独立歩兵第一連隊は動かせない。だから、お前たちの働きに期待している」


「了解。我らは武家の生まれ。馬から下りようが、その精強さが失われるものではないと、一色家の連中に見せてやりますよ」


 景紀が直率する独立混成第一旅団は、歩兵、騎兵各一個連隊、野砲兵一個大隊を中核とする。この内、独立野砲第一大隊は昇龍川右岸(西岸)の一色家領軍陣地に対する砲撃のために川沿いに配置されており、陣地の転換は間に合わない。

 また、砲兵陣地は敵歩兵などによる肉薄攻撃に対しては脆弱である。これは、砲兵が本来は遠距離の敵を撃つための存在であるからだ。

 そのため、砲兵陣地周辺を守る歩兵部隊の存在は欠かせなかった。彼らを司令部の防衛に割くわけにはいかない。

 結果として、景紀の野戦司令部を守備する兵力は、司令部付き小隊の他は馬から下りた騎兵第十八連隊のみであった。もちろん、旅団には龍兵第六十四戦隊もいるが、彼らを地上要員として陸戦に投入することは、いたずらに龍兵を損耗するだけになる。

 この夜も、彼らはさらに後方で待機していた。


「景紀様」


 矢筒を背負っている冬花が呼びかけてきた。将兵たちの前なので、その言葉遣いは従者然としたものにしている。


「敵騎兵は、まっすぐこちらに向かってきています。恐らく、呪術兵による先導を受けているものと思われます」


「だろうな」


 最初から予測されていたことなので、景紀に驚きはない。


「攪乱用の霊力波を放ちますか?」


「いや、いい。このまま、ここで連中を迎え撃つ」


 景紀は、冬花からの進言を退けた。こちらの司令部を発見出来なかった敵騎兵が、さらに後方地域に潜り込むことを避けたかったのだ。挺進騎兵は、結城家の側にとっても厄介な戦術なのだ。

 ここで敵騎兵を撃滅出来るのであれば、そうした憂いもなくなる。さらに、今後の作戦行動で結城家の側が渡河を敢行した場合、それを機動的に防御する兵力も削ぐことが出来る。


「お前には、探知と照明、爆裂術式を頼む」


「承知いたしました」


 だから景紀は、冬花に爆裂術式による火力支援を命じた。

 その時、北方から遠く馬の嘶きが響いてきた。


「来るぞ。総員、撃ち方用意!」


 景紀の号令と共に、各員が弾薬盒から取り出した三十年式騎銃に素早く装填する。

 畝の影に潜んでいるからこそ、徐々に近付いてくる馬の集団が立てる地響きが鮮明に感じ取れた。だが、誰一人として怯懦に呑まれている者はいない。

 彼らは対斉戦役で、騎馬民族の末裔たる斉の騎兵部隊をこうして打ち破った経験があるからだ。

 夜の闇の向こうから伝わってくる地響きが、少しずつ大きくなっていく。彼らはまっすぐに、野戦司令部を置く寺へと接近を続けているようだった。


「……」


 景紀は、逸りそうになる心を抑えていた。

 三〇〇〇騎近い騎兵が立てる地響きが大きくなっていく中、暗闇の中で結城家領軍はなおも沈黙を保ち続けていた。


「……」


 景紀は月明かりに刀身が反射しないよう注意しながら、軍刀を抜く。

 そして地響きが腹に響くほどに近付いてきた刹那、彼は叫んだ。


「冬花!」


「はい!」


 すでに矢をつがえていた冬花が弓を引き絞り、上空へと向けて放つ。途端、夜空に眩い光源が発生し、それが流星のように飛んでいく。

 その明かりの下で、雲霞のごとく接近を続けていた敵騎兵の姿が露わになる。


「用意―――」


 景紀の左右で、騎銃を構える音が聞こえた。


「てっー!」


 そう叫ぶと同時に、景紀は軍刀の切っ先を敵騎兵に向けて振り下ろす。

 刹那、畝に沿って弾けるように騎銃の銃声が連続した。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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