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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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304 一色家の防衛線

 皇暦八三六年十一月十九日、東海道上で発生した結城家と一色家による最初の会戦は、一色家側の敗北に終わった。

 その敗報は呪術通信を用いて、ただちに尾治国首府・那古野へと伝達された。


「馬鹿な! 東海道には峠道も多い。そこで結城家領軍を待ち伏せれば、十分に勝機はあったはずだろうに!」


 報告を受けた一色公直は、叱責するような調子でそう叫んだ。もちろん、報告をもたらした者自身に罪はない。だが、公直はそう言わずにはいられなかった。

 恐らく先鋒部隊同士の激突であろうが、一色家と結城家の領軍が初めて相まみえる戦いである。戦術的な結果以上に、政治的な影響は大きい。

 賊軍とされてしまった一色家の初戦での敗北は、諸侯の離反や領軍下士卒の士気低下を招きかねないのだ。


「いったい、先鋒部隊の指揮官は何をやっていたのだ!? まさか漫然と東海道を進軍していたわけではあるまいな!?」


「現地からの詳報はまだですが、どうやら陣頭に立っていた結城景紀を討ち取ろうと大谷川付近にて会戦を挑んだようでありまして……」


 報告者が、恐懼したように主君の疑問に答える。


「くそっ、逸ったか……!?」


 公直は、痛恨の表情を浮かべた。

 恐らく、結城景紀はそうした一色家側の焦りを見抜いていたのだろう。だからこそ陣頭に立って一色家領軍の前に自らの姿を晒し、こちら側の指揮官の軽挙を誘ったのだ。

 そして実際に、先鋒部隊指揮官は結城景紀の術中に嵌まってしまった。


「現在、先鋒部隊の敗走を受けまして、領軍主力は昇龍川にて結城家領軍を迎え撃つ方針に転換するとのこと」


「……久努国の諸侯どもが、裏切らねばよいがな」


 皮肉とも自嘲ともとれぬ声で、公直は言った。

 大谷川で敗れた一色家領軍ではあったが、まだ一色家本領との間には二本の大きな河川があった。

 一つは大井川であり、もう一つは昇龍川である。

 大井川は、廬原(いおはら)国と久努(くの)国との国境(くにざかい)となっている河川である。近代的な橋梁が築かれる以前の時代では、函嶺(はこね)と並んで東海道屈指の難所として知られていた。それほど、架橋が難しい川だったのである。

 もう一方の昇龍川は、久努国の中央部を流れる川である。こちらも、「暴れ龍」と呼ばれるほど古来より頻繁に氾濫を繰り返してきた川であった。

 こうした渡河が難しい河川を天然の要害として防衛線を敷くのは、戦術的には妥当な判断だろう。


挿絵(By みてみん)


 しかし、廬原国・久努国ともに一色家の領地ではない。一色家領最東の領国である美河国は、その久努国の西隣である。

 大谷川での敗戦で、東海道諸侯たちが一斉に結城家寄りの態度に転じないとも限らない。そうなれば、それら諸侯の領民たちを軍夫として雇い入れることも困難となるだろう。

 あるいは、一色家と繋がりの深い一部の諸侯はなおも一色家への協力を続けるかもしれないが、領民が領主の方針に従うかはまた別だろう。賊軍の軍夫となれば、彼ら自身も結城家によって処断されかねない。

 また、もう一つ問題があった。

 昇龍川では、大谷川からあまりにも後退し過ぎているように感じられたのだ。初戦で敗戦した上に、大きく戦線を後退させることになれば、それだけ一色家の劣勢を中小諸侯たちに示してしまうことになりかねない。

 当然、領軍の士気にも関わる。


「御館様、いかがいたしましょうか?」


 主君からの勘気をこうむらないかと、恐る恐るその家臣は公直の判断を仰ごうとした。


「……」


 公直は少しの間、悩んだ。

 ここは、昇龍川までの後退を認めず、廬原国と久努国との国境となっている大井川で結城家を迎え撃つように命令するか。

 しかし、大井川は戦場となった大谷川から峠一つ挟んだだけである。結城家領軍が急速な追撃を仕掛けてきた場合、陣地の構築や橋梁の破壊が間に合わない可能性があった。


「……やむを得ん。現地部隊がそう判断しているのならば、昇龍川で結城家領軍を迎え撃つ準備を進めよ」


 結局、公直は現地部隊の判断を追認するしかなかった。


「ただし、大井川の橋梁や昇龍川までの間にある隧道は徹底的に破壊し、結城家の進軍を極力遅らせるようにせよ。そして、陣地の構築も急がせろ。引き続き、那古野からは物資を送る」


「はっ、承知いたしました」


 公直は報告者が自らの前から去っていくのを見ながら、もどかしさを感じていた。

 現地を治める諸侯が一色家から離反する危険性はあるが、かといって昇龍川以西に後退することは戦術的にも政治的にも出来ない。

 自分も結城景紀のように陣頭に立てば、領軍の士気も高揚するだろう。しかし、公直は自らの居城から動けずにいた。

 それは、兵站を支えるための糧食や医療品の確保が不十分なまま、挙兵してしまったからである。

 一色家当主として、御用商人を始め領内の商人や豪農などを説き伏せて物資を差し出させる必要があった。彼らは石阪の商人連中のように明確に一色家に対して非協力的な態度をとってはいないが、やはり様々な理由を持ち出して、一色家への物資の納入を渋っている者たちも多かった。

 一部の御用商人ですら、一色家が物資の差し出しを命じているにもかかわらず、蔵に在庫がないなどとあれこれ理由を述べ立てているほどであった。

 皇主による追討令か、あるいは石阪の商人たちに引き摺られたのかもしれない。

 そんな彼らに対して、公直はなおも物資を差し出させるべく、今も那古野で商人や豪商相手に交渉を続けざるを得なかったのである。

 そのため、この城を離れることが出来ずにいた。

 また、中山道を西進してくる結城家領軍の存在も気懸かりであった。東海道に領軍主力を振り向けてしまった一色家に、この中山道部隊を迎撃出来る戦力は乏しかった。

 中山道を進めば、そのまま結城家領軍は那古野に達することが出来る。あるいは、芳濃国を占領して那古野の西方で東海道を遮断、一色家と伊丹家の連繋を断つということも考えられた。

 現在は、留守師団を急ぎ那古野に集結させ、那古野城と城下町の防衛体制を固めようとしているところであった。

 基本的に留守師団は、本来の師団が出征した際、その管区の警備や徴兵事務などを引き継ぐために後備役の者たちで編成される部隊である。必然的に年齢の高い者で構成されているため、戦力的には現役の師団に劣る。

 また、こうした後備兵を中心に編成された部隊は、年齢的に家庭を持っている者が多いために現役部隊に比べて士気が劣ると見られていた。

 だからこそ、領軍主力と留守師団、どちらを公直が陣頭指揮すべきかといえば、将兵の士気を奮い立たせるためにも留守師団の方になる。

 そうした事情が重なった結果、公直は東海道上にて自らの率いる軍で結城景紀と対峙することが叶わなかったのである。


「だが、我が領に近付けば近付くほど、地の利は我らにある」


 領軍の敗報、集まらぬ軍需物資、後備役の根こそぎ動員、そうした不利な形勢を自覚しつつも、公直はなおも強気に呟いた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 東海道の上空を、数騎の翼龍が西へ向かって飛行していた。

 地上もすでに冬の気配が濃くなっているが、上空はそれ以上であった。風を切って進む翼龍に騎乗している龍兵たちは、皆一様に防寒用の飛行服をまとっている。


「坊主、そろそろ昇龍川が見えるぞ」


 その一騎、龍兵第六十四戦隊の戦隊長たる加東正虎少佐の翼龍は、後部の鞍にもう一人、同乗者を跨がらせていた。


「小僧扱いするな!」


 加東隊長の言葉に反発して叫んだのは、鉄之介であった。前の鞍で手綱を取る加東少佐と背中合わせになる格好で、翼龍に乗っていた。


「そう反発しているうちはまだまだ餓鬼だ」


 加東少佐は、同乗させている少年の言葉を笑って受け流した。


「来年には父親になるんだったら、もうちょっと鷹揚に構えていた方がいいぞ」


「余計なお世話だ!」


 その間にも、翼龍は高速で進んでいく。


「鉄之介、用意はいいな!?」


「ったく!」鉄之介は、それ以上の反発の言葉を呑み込んだ。「いつでも大丈夫だ!」


 彼は、騎上で水晶球を構えた。同時に、身を乗り出して地上を覗いてみる。

 山脈が海の間際まで迫っている東海道にしては、だいぶ開けた扇状地が眼下に広がっていた。その中央を、体をうねらせた龍のような川の流れが貫いている。

 それが、昇龍川であった。


「よし、行くぞ!」


 加東少佐の言葉とともに、翼龍が速度を上げた。甲高い翼龍の鳴き声が、空に響き渡る。


「……」


 鉄之介はじっと地上を見つめながら、水晶球に霊力を込めて地上の様子を記録していく。

 時折、風に乗って銃声が聞こえてきた。地上にいる一色家領軍が、銃を撃っているのだろう。だが、皇都内乱で河越が空襲を受けた際、結局、河越城の守備隊が地上からの射撃で一騎の翼龍も撃墜できなかったように、今回も撃墜される友軍騎はいない。

 運悪く当たってしまう可能性もなくはないだろうが、加東少佐は地上から銃弾が届く高度を計算した上で飛行している。

 だから鉄之介は、水晶球での撮影に専念することが出来た。翼龍を被弾から守るための結界を張ることになれば、どうしても集中力が削がれて鮮明な記録を水晶球に記録することが出来なかっただろう。

 そうして地上の様子を水晶球に収めることしばし。


「―――むっ!? いかん、敵騎のお出ましだ!」


 鉄之介が地上の撮影に集中していると、突然、加東少佐が叫んだ。ただし、その声には熟練搭乗員らしい余裕が感じられた。


「撮影はここまでだ! ずらかるぞ!」


 とはいえ、流石に敵地の上空で長く留まっていることは出来ないらしい。加東少佐は笛を吹いて護衛の龍兵たちにも撤退することを知らせた。

 鉄之介が顔を上げれば、確かに西方から黒い粒のような存在が複数、迫ってくるのが見えた。

 加東隊長が手綱を鮮やかに捌き、翼龍がぐるりと旋回していく。護衛の翼龍たちも、隊長騎に追随するように素早い旋回を見せた。

 結城家領軍の龍兵の中でも、精鋭を集めた六十四戦隊らしい統制の取れた機動であった。

 後方から、翼龍の嘶きが聞こえる。

 敵龍兵も、こちらを追撃すべく速度を上げようとしているのだろう。

 だが、すでに遅い。

 鉄之介は、あらかたの撮影を済ませていた。そして撮影した画像・映像は、自身の水晶球に記録されているだけでなく、景紀の側に控える姉の持つ水晶球にも同時に送信されている。

 万が一、鉄之介たちが撃墜されて水晶球が損なわれたとしても支障がないようにするための措置であった。

 そのことにどこか癪なものを感じつつも、それが戦場というものなのだろうという納得も鉄之介の中にはある。彼もまた、陽鮮での倭館籠城戦や皇都内乱などを経験している身であった。

 やがて鉄之介を乗せた翼龍は敵騎の追跡を振り切って、東の空へと去っていった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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