表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

333/372

303 北方の傍観者

 戦国時代以来の六家の直接対決が始まりつつあった皇国ではあったが、一方でその動乱にまったく関与出来ていない六家が存在していた。

 北陸地方一帯を治める、長尾公爵家である。

 皇都内乱の発端となった長尾憲隆公爆殺事件によって当主・憲隆と次期当主・憲実を一度に失った長尾家は、景紀たちが追討軍を率いて皇都を発した後も、後継者問題を巡る家中の混乱を収拾出来ずにいた。


「まあ、このまま収拾出来ない方が、私にとっては好都合なんですけど」


 長尾家本領・妙後国にある居城の一室で、長尾多喜子はにやりとして呟いた。


「結局、嶺州の反乱も景紀と冬花さんがいたことで半日とかからずに鎮圧されてしまいましたし、憲俊兄上としても当てが外れたことでしょうね」


「事態が勝手にお前の都合の良いように動いてくれたな」


 どこか傍観者のような口調で言うのは、千坂隆房であった。長尾家有力分家の嫡男であった彼は、父親が爆殺事件に巻き込まれて死亡したため、正式に千坂男爵家当主となっていた。


「嶺州での反乱を憲俊兄上が鎮圧していれば、その武功によって次期当主の座を狙えるようになりますし、伊丹・一色両家と対峙する結城家の背後を守ったということで、景紀に恩を売れたことでしょう。それが全部ご破算になったんですから、いい気味です」


 笑みを浮かべながら、多喜子は愉快そうにうそぶいた。

 爆殺された憲隆公の次男・憲俊は幼年の虎千代(憲実の嫡男)では長尾家は担えないとして、自らこそが次期当主になるべきだと主張している。そのための実績を挙げる機会が、景紀と冬花の活躍によって消え去ってしまったのだから、多喜子としてはいい気味だと思っていた。


「相変わらず、いい性格してるな」


 隆房が、そんな多喜子に向けてあからさまな呆れの表情を浮かべる。


「で、後継者問題がこじれた方がお前にとって都合がいいのは判るが、このまま後継者が決まらないってのも問題だろ? どうやって、虎千代様を次期当主にするんだ」


 多喜子の目論見は、まだ幼い憲実の嫡男・虎千代を次期当主とすることで自身の政治的影響力を拡大していくことである。そのために有力分家を継いだ隆房と婚姻を結び、虎千代の後見人としての立場を確立しようとしていた。

 後継者問題が長引けばそれだけ多喜子が介入できる場面は増えるだろうが、一方で虎千代を当主に据えない限り、多喜子の目論見は達成されない。


「そこはやっぱり、結城家頼みですね。景紀としても、伊丹・一色両家を降した後は、対ルーシー戦役に備える必要があるでしょうから、いつまでも氷州植民地を治める長尾家が後継者問題でごたついていては困るはずです。どこかで、私たちと手を結ぶことになるでしょう」


「お前にしちゃあ、随分と他人頼みな策だな。いや、策とも言えねぇか」


 心底意外そうに、隆房は言った。そんな年上の幼馴染に、多喜子はふくれっ面を見せる。


「本当は私、全てを滅茶苦茶にして自分も退場するつもりだったんですよ? それを引き留めたのは隆房なんですから、そんな言い方はないでしょうに」


「全てを滅茶苦茶にして自分だけおさらばしようとしていたから、止めたんだろうが」


 隆房の声は、舌打ちを堪えるような口調であった。自分は本当に、この女が自害するのを止めて正解だったのだろうか、と今さらながらに思い始めている。

 それでも、この女に付き合おうと決めてしまった以上は仕方がない。

 隆房は、幼少期に多喜子から受けた仕打ちを忘れていない。自分があえて長尾家の子供たちの中で孤立するように仕向けて、景紀にとっての冬花のような存在を得ようとしたこの女の恐ろしさは、十分に理解しているつもりだ。

 有馬頼朋翁との共謀とはいえ、実父である長尾憲隆公を爆殺することまでしてのけた女だ。それに巻き込まれて、隆房の父も死亡している。

 だから隆房にとって、多喜子は父の仇でもあった。

 だが同時に、そんな多喜子に嫌悪感を覚えつつも、哀れにも思っていた。結局、彼女は孤独なのだ。

 自分が多喜子に惚れているかと言われれば、おそらくそれは否だろう。だから、彼女の孤独を自分が癒してやろうと思っているわけではない。

 ただ、どこか放っておけない危うさを感じてしまっているだけなのだ。

 それに、兵学寮で五年間、首席を維持し続けたあの後輩に女の身で対抗しようとしている部分に、共感してしまっている部分もあった。隆房自身、あの後輩に一泡吹かせてやりたいと先輩として思うことだってあるのだ。

 分家とはいえ、自分も六家の血を引く男子である。同年代の景紀に、対抗意識を抱いてしまうのは当然だろう。

 だから、隆房は多喜子に付き合ってやることにした。いずれどこかで、父の仇として手ひどく裏切ってやろうというほの暗い思いも、胸の奥に秘めながら。


「まあ、そういう訳で今私が何か画策しようとしても後手後手に回るだけですから、とりあえず虎千代派であることを示しつつ当面は傍観に徹さざるを得ません」


 隆房が内心でそう思っていると、多喜子はひどくつまらなそうにそう言って続ける。


「でも、私が何も動いていないわけじゃあありませんよ? 結城家には、次期当主であった憲実兄上の嫡男・虎千代が長尾家を継ぐことの正統性を書き連ねて、私たちを支持してくれるよう訴えた書状を出しています」


「景紀の正室の宵姫は、亡き憲隆公の妹君の娘だからな。虎千代の後見人として、結城家を味方に付けることほど今の情勢で心強いものはないな」


「それに景紀としても、虎千代の後ろ盾の一人となれば私などを介して長尾家に影響力を及ぼすことが出来ます。彼にとっても、悪くないことだと思いますよ。憲俊兄上が当主になれば、そうはいきませんから」


「とはいえ、今ごろその景紀は東海道を追討軍を率いて進軍中だろうな」


 隆房は遠く東海道の方角に目を遣った。そして、多喜子の方に視線を戻す。


「お前の出した書状への返書は遅くなる。それまで、憲俊殿が軽率な行動を起こさないか警戒しつつ、虎千代派の支持拡大を狙うしかないだろうな」


「まあ、私だってそのあたりはちゃんと考えていますよ。というか、景紀が伊丹・一色両家を降した後のことの方が実は大変ですから、そのあたりの根回しをしておきませんと」


「事実上、景紀が天下人になるんだからな」隆房も、多喜子の言葉に頷いた。「長尾家としても、六家として対等であると主張することは難しくなる」


 実際、長尾家は皇都内乱の鎮圧に何ら貢献せず、この度の伊丹・一色両家の追討令も長尾家には下っていない。

 長尾家は、国内で内戦を伴う大変革が起ころうとしているこの時に、何ら主体的な行動をとっていないのだ。必然的に、内乱終結後の政治的発言力は低下せざるを得ない。

 恐らく、内戦終結後は同じ六家であった有馬・斯波両家よりも低い立場に置かれることになるだろう。


勤子(いそこ)様がどう反応するか判りませんが、私は時機が来たら虎千代を河越にやってしまった方がいいと思っています」


「結城家に対する人質、ってわけか? で、事実上、お前にとって一番邪魔な人間を長尾家領から追い出す、と?」


 内戦終結後、諸侯たちがどのような形で景紀に忠誠を示すことになるのか判らない。

 また、景紀がどのように諸侯たちを統制していくのかも判らない。

 ただ、長尾家の後継者と目されている幼子を結城家に差し出すというのは、長尾家が結城家に恭順するという意思を明確に示すことになるだろう。

 それを虎千代の母である勤子が認めるかどうかは判らないが、少なくとも長尾家内での影響力強化を狙いたい多喜子にとって困ることは何もない。何せ、幼子とはいえ長尾家の当主となるべき人間が領内からいなくなるのだ。

 そして、憲俊、憲親という二人の兄を失脚させることに成功すれば、亡き長尾憲隆公の血を引く人間は多喜子以外に存在しなくなる。

 女性が正式に当主となることは出来ないが、少なくとも戦国時代以来の武家の慣習から、虎千代が兵学寮を卒業して政務をとれる年齢になるまでの間は、長尾家宗家に属する成人女性が長尾家家長としての役割を担うことになるだろう。

 結城家との関係を良好に保ちつつ、領政における多喜子の影響力拡大を図る。この姫君らしい強かさだと隆房は思った。

 そしていずれ、多喜子はその虎千代すら排除しようとするだろう。

 この女が自分と婚儀を結ぼうとした理由も、それだ。宗家の姫君と有力分家当主の血を引く男児が生まれれば、後継者のいなくなった宗家にその男児を送り込むことが出来る。

 宗家の血筋が途絶えたときのための分家という存在意義を考えれば、これもやはり武家の習慣に背くことはない。

 ただ、問題はある。


「景紀の野郎が、お前の野心に気付かないわけがないと思うがな。虎千代様を結城家にやるってことは、逆に結城家がお前の魔の手から虎千代様を保護するってことにも繋がるぞ?」


「あら、隆房も恐ろしいことを平然と言いますね?」


「最初に言い出したのは、おめぇだろうが」


 からかうように言う多喜子に、隆房は嫌な顔を見せる。

 確かに、自分も多喜子の物騒な考えにだいぶ染まってきてしまったかもしれない。虎千代をどう排除して、自分と多喜子の子を長尾家当主にするかを考えてしまっているのだから。


「確かに、そこは厄介といえば厄介なんですよね。宵さんが今、景紀の子を身籠もっていますから、虎千代を結城家にやると、その子と仲良くなる可能性もありますし、虎千代自身が結城家寄りの考えに染まることも考えられます。そうなると、景紀としても自分に都合の良い長尾家の直系男子を当主に据えたいと思うでしょうし」


 しかし、そこで多喜子はにやりと黒い笑みを見せた。


「でもまあ、それもそれで面白いじゃありませんか? 長尾家を誰が継ぐのかで、景紀と虚々実々の駆け引きが出来そうですから」


「本当にお前、いい性格してるわ」


 呆れ気味に、隆房は多喜子に半眼を向ける。


「ふふっ、そんな私に付き合おうとしている隆房も、十分いい性格ですよ」


「てめぇに染められたんだよ」


 舌打ち混じりに、隆房は言い返した。そんな今は婚約者となった幼馴染に、多喜子はいささかわざとらしい艶やかな笑みを浮かべて見せる。


「それじゃあ、長尾家の真の後継者を誕生させる準備でもしますか?」


 そう言って多喜子は、着物を肩から滑らせようとする仕草をした。


「馬鹿か」


 だが、隆房は白けたような表情を見せるだけであった。


「まだ婚儀も済ませてねぇのに、子を孕んだらお前の立場が揺らぐだろうが」


 彼は、多喜子があえてふざけてこちらをからかおうとしているのだと判っていた。要するに、現状では積極的に動くことの出来ない退屈さを、隆房で解消しようとしているのだ。

 やはり、ろくな女ではない。


「それに、この状況で子を孕んで、もし男児だったら、家中の火種がまた増えるだろうが。家中を安定させるために有力分家に嫁ぐ決意をした健気な姫君、って印象を自分から捨て去る気か?」


 この女の狡猾なところは、長尾家家臣団に対しては後継者問題で揺れる家中を憂えている姫君として振る舞っていることだ。

 亡き兄の遺した虎千代を支えるため、有力分家である千坂男爵家に嫁ぐことで虎千代の後ろ盾を確かなものにしようとする、健気な姫君。それが、多喜子が家臣団たちに見せている顔である。

 婚儀を終えてその初夜で子を孕んだのならばともかく、今この状況で隆房と多喜子が子を作ることになれば、後継者問題に関して何らかの野心があるのではないかと周囲に思われてしまう。

 もちろん、隆房自身も有力分家の嫡男であるために、そうした疑いを向けられやすい。場合によっては、多喜子を籠絡したというような批判まで生まれてしまうかもしれない。

 現状でそのような面倒事に巻き込まれるのは、ご免であった。多喜子の野心に付き合うだけでも大変なのだから、これ以上、隆房としては厄介な状況を自ら招き入れようとは思わない。


「つれないですねぇ」


 やはりわざとらしい残念そうな表情で、多喜子は着物を直した。


「あなたにとっては父の仇でもある私の体を蹂躙する機会でもあるんですよ? 男としての征服欲を刺激されませんか?」


「てめぇに被虐趣味があったとは知らなかった」


 真面目に付き合っているだけ無駄だと悟っているので、隆房の声にはぞんざいな響きがあった。


「ったく、俺をからかうのに体を張るくらいに暇なら、いっそ勤子様の説得でもしたらどうだ? 今のところ、結城家の後ろ盾を得るのに一番障害になってるのは、あの人だろうが」


「えー、あの人の相手は何かと面倒じゃないですか」


 隆房の言葉に、多喜子は本心からの渋面を作った。

 公家華族出身の憲実正室の勤子は、家格や血筋、学歴などに対してことさら敏感な女性であった。そのため、景紀正室である宵姫のことは、皇都の学校に通ったこともない田舎者の女として見下している。

 そんな勤子にとって、宵姫とその夫・景紀の力を借りて我が子・虎千代を長尾家当主とすることは、その矜持が許さないはずだ。

 そもそも彼女は、虎千代が新たな長尾家当主となることは長尾家嫡男の血筋からして当然だと考えている。他家の後ろ盾が必要という考え自体が、勤子にとっては矜持をいたく傷付けられることのようであった。

 自らが他家に助力を乞うのではなく、家臣団や他家は虎千代を新たな長尾家当主と認めて当然というのが彼女の考えなのだろう。

 そして多喜子にとっては、虎千代が政務をとれる年齢に成長するまでの間、長尾家家長としての役割を担う女性として競合関係にある相手でもある。憲俊、憲親という二人の兄を失脚させた次には、勤子にも失脚してもらわなければならないのだ。


「こうなったらむしろ、憲俊兄上より先に勤子様に消えてもらった方がいいかもしれませんね。夫を亡くしたんですから、寺にでも押込めてしまいますか」


「……」


 当面は虎千代を当主とするために勤子と協力するのではなく、あっさりと排除を決めてしまった多喜子に空恐ろしいものを感じつつも、隆房はどこか高ぶるものを感じていた。

 権力というものを掴みにいこうとする、危うくも甘美な興奮。

 だから目の前の女は、こんなにも野心家な人間となってしまったのかもしれない。

 夫の父である景忠公を押込めてしまった宵姫といい、長尾の血を引く姫君というのはこんな奴らばっかりだな。呆れと畏怖と共に、隆房はそう思うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ